なんぢ岩間(いはま)の山羊(やぎ)が子を産む時をしるや また[め]鹿の産(さん)に臨(のぞ)むを見しや
なんぢ是等(これら)の在胎(はらごもり)の月を數(かぞ)へうるや また是等(これら)が産む時を知るや
これらは身を鞠(かゞ)めて子を産み その痛苦(いたみ)を出(いだ)す
またその子は強くなりて野に育ち出(いで)ゆきて再(ふた)たびその親にかへらず
誰(た)が野驢馬(のろば)を放ちて自由にせしや誰(た)が野驢馬(のろば)の繋縛(つなぎ)を解(とき)しや
われ野をその家となし荒地(あれち)をその住所(すみか)となせり
是(これ)は邑(まち)の喧閙(さわがしき)を賤(いや)しめ馭者(ぎょしや)の號呼(よばはり)を聽(きゝ)いれず
山を走(はせ)まはりて草を食(くら)ひ各種(もろもろ)の靑き物を尋(たづ)ぬ
[のうし]肯(あへ)て汝に事(つか)へ なんぢの飼草槽(かひばをけ)の傍(かたはら)にとゞまらんや
なんぢ[のうし]に綱(つな)附(つけ)て阡陌(うね)をあるかせ得(え)んや是(これ)あに汝にしたがひて谷に馬(ま)[ぐは]を牽(ひか)んや
その力おほいなればとて汝これに恃(たの)まんや またなんぢの工事(わざ)をこれに任(まか)せんや
なんぢこれにたよりて己(おの)が穀物を運びかへらせ之(これ)を打禾塲(うちば)にあつめしめんや
駝鳥(だてう)は歡然(よろこばしげ)にその翼(つばさ)を皷(ふる)ふ然(され)どもその羽(はね)と毛とはあに鶴(つる)にしかんや
是(これ)はその卵を土の中に棄(すて)おき これを砂の中にて暖(あた)たまらしめ
足にてその潰(つぶ)さるべきと野の獸(けもの)のこれを踐(ふ)むべきとを思はず
これはその子に情(なさけ)なくして宛然(あたかも)おのれの子ならざるが如(ごと)くし その劬勞(くらう)の空しくなるも繋念(きづかふ)ところ無(な)し
是(こ)は神これに智慧(ちゑ)を授(さづ)けず穎悟(さとり)を與(あた)へざるが故(ゆゑ)なり
その身をおこして走るにおいては馬をもその騎手(のりて)をも嘲(あざ)けるべし
なんぢ馬に力を與(あた)へしや その頸(くび)に勇(いさ)ましき鬣(たてがみ)を粧(よそほ)ひしや
なんぢ之(これ)を蝗蟲(いなご)のごとく飛(とば)しむるや その嘶(いな)なく聲(こゑ)の響(ひゞき)は畏(おそ)るべし
谷を[あがき]て力に誇(ほこ)り自(みづか)ら進みて兵士(つはもの)に向(むか)ふ
懼(おそ)るゝことを笑ひて驚(おど)ろくところ無(な)く劍(つるぎ)にむかふとも退(しり)ぞかず
矢筒(やづつ)その上に鳴り鎗(やり)に矛(ほこ)あひきらめく
猛(たけ)りつ狂(くる)ひつ地を一呑(ひとのみ)にし喇叭(らつぱ)の聲(おと)鳴(なり)わたるも立(たち)どまる事なし
喇叭(らつぱ)の鳴(なる)ごとにハーハーと言ひ遠方(とほく)より戰鬪(たゝかひ)を嗅(かぎ)つけ將帥(しゃうすゐ)の大聲(おほごゑ)および吶喊聲(ときのこゑ)を聞(きゝ)しる
鷹(たか)の飛(とび)かけり その羽翼(つばさ)を舒(のべ)て南に向ふは豈(あに)なんぢの智慧(ちゑ)によるならんや
鷲(わし)の翔(まひ)のぼり高き處(ところ)に巣を營(いと)なむは豈(あに)なんぢの命令(いひつけ)に依(よら)んや
これは岩の上に住所(すみか)を構(かま)へ岩の尖所(とがり)または峻險(けはし)き所に居(を)り
其處(そこ)よりして攫(つか)むべき物をうかゞふ その目のおよぶところ遠(とほ)し
その子等(こら)もまた血を吸ふ凡(おほよ)そ殺されし者のあるところには是(これ)そこに在(あ)り