ヨブこたへて言ふ
なんぢら而已(のみ)まことに人なり智慧(ちゑ)は汝らと共に死(しな)ん
我もなんぢらと同じく心あり我はなんぢらの下に立(たゝ)ず誰か汝らの言(いひ)し如(ごと)き事を知(しら)ざらんや
我は神に[よば]はりて聽(きか)るゝ者なるに今その友に嘲(あざ)けらるゝ者となれり嗚呼(あゝ)正しくかつ完(まつ)たき人あざけらる
安逸(やすらか)なる者は思ふ輕侮(あなどり)は不幸(ふしあはせ)なる者に附(つき)そひ足のよろめく者を俟(まつ)と
掠(かすめ)奪(うば)ふ者の天幕(てんまく)は繁榮(さか)え神を怒(いか)らせ自己(おのれ)の手に神を携(たづさ)ふる者は安泰(やすらか)なり
今(いま)請(こ)ふ獸(けもの)に問(と)へ然(さら)ば汝に敎(おし)へん天空(そら)の鳥に問へ然(さら)ばなんぢに語らん
地に言へ然(さら)ばなんぢに敎(をし)へん海の魚もまた汝に述(のぶ)べし
誰かこの一切(すべて)の者に依(より)てヱホバの手のこれを作りしなるを知(しら)ざらんや
一切(すべて)の生物(いきもの)の生氣(いのち)および一切(すべて)の人の靈魂(たましひ)ともに彼の手の中(うち)にあり
耳は説話(ことば)を辨(わきま)へざらんや その状(さま)あたかも口の食物(くひもの)を味(あぢは)ふがごとし
老(おい)たる者の中(うち)には智慧(ちゑ)あり壽長者(いのちながきもの)の中(うち)には穎悟(さとり)あり
智慧(ちゑ)と權能(ちから)は神に在(あ)り智謀(ちぼう)と穎悟(さとり)も彼に屬(ぞく)す
視(み)よ彼(かれ)毀(こぼ)てば再び建(たつ)ること能(あた)はず彼(かれ)人を閉(とぢ)こむれば開き出(いだ)すことを得(え)ず
視(み)よ彼(かれ)水を止(とゞ)むれば則(すなは)ち涸(か)れ水を出(いだ)せば則(すなは)ち地を滅(ほろ)ぼす
權能(ちから)と穎悟(さとり)は彼に在(あ)り惑(まど)はさるゝ者も惑(まど)はす者も共に彼に屬(ぞく)す
彼は議士(ぎし)を裸體(はだか)にして[とら]へゆき審判人(さばきびと)をして愚(おろか)なる者とならしめ
王等(わうたち)の權威(けんゐ)を解(とき)て反(かへつ)て之(これ)が腰に繩(なは)をかけ
祭司等(さいしたち)を裸體(はだか)にして[とら]へゆき權力(ちから)ある者を滅ぼし
言爽(ことばさはやか)なる者の言語(ことば)を取除(とりのぞ)き老(おい)たる者の了知(さとり)を奪(うば)ひ
侯伯(きみ)たる者等(ものども)に恥辱(はぢ)を蒙(かうむ)らせ強き者の帶(おび)を解(と)き
暗中(くらきうち)より隱(かく)れたる事等(ことども)を顯(あらは)し死の蔭(かげ)を光明(ひかり)に出(いだ)し
國々(くにぐに)を大(おほい)にし また之(これ)を滅ぼし國々を廣(ひろ)くし また之(これ)を舊(もと)に歸(かへ)し
地の民(たみ)の長(かしら)たる者等の了知(さとり)を奪ひ これを路(みち)なき荒野(あれの)に吟行(さまよ)はしむ
彼らは光明(ひかり)なき暗(やみ)にたどる彼また彼らを醉(よへ)る人のごとくによろめかしむ