白銀(しろかね)は掘(ほり)いだす坑(あな)あり煉(ね)るところの黄金(こがね)は出處(いづるところ)あり
鐡(くろがね)は土より取り銅(あかゞね)は石より鎔(とか)して獲(う)るなり
人すなはち黑暗(くらやみ)を破り極(はて)より極(はて)まで尋(たづ)ね窮(きは)めて黑暗(くらやみ)および死蔭(しかげ)の石を求む
その穴を穿(うが)つこと深くして上に住む人と遠く相離(あひはな)れ その上を歩(あゆ)む者まつたく之(これ)を覺(おぼ)えず 是(かく)のごとく身を縋下(つりさ)げ遙(はるか)に人と隔(へだた)りて空(くう)に懸(かゝ)る
地その上は食物を出(いだ)し其(その)下は火に覆(くつが)へさるゝがごとく覆(くつが)へる
その石の中には碧(みどり)の玉のある處(ところ)あり黄金(こがね)の沙(すな)またその内にあり
その逕(みち)は鷙鳥(あらきとり)もこれを知(しら)ず鷹(たか)の目もこれを看(み)ず
鷙(あら)き獸(けもの)も未(いま)だこれを踐(ふま)ず猛(たけ)き獅子(しし)も未(いま)だこれを通らず
人(ひと)堅(かた)き磐(いは)に手を加へまた山を根より倒(たふ)し
岩に河(かは)を掘り各種(もろもろ)の貴(たふと)き物を目に見とめ
水路(みづみち)を塞(ふさ)ぎて漏(もら)ざらしめ隱(かく)れたる寳物(たからもの)を光明(あかるみ)に取(とり)いだすなり
然(さり)ながら智慧(ちゑ)は何處(いづこ)よりか覓(もと)め得(え)ん明哲(さとり)の在(あ)る所は何處(いづこ)ぞや
人その價(あたひ)を知(しら)ず人のすめる地に獲(う)べからず
淵(ふち)は言ふ我の内に在(あら)ずと海は言ふ我(われ)と偕(とも)ならずと
精金(せいきん)も之(これ)に換(かふ)るに足(たら)ず銀(ぎん)も秤(はか)りてその價(あたひ)となすを得(え)ず
オフルの金(きん)にてもその價(あたひ)を量(はか)るべからず貴(たふと)き靑玉も碧玉(みどりだま)もまた然(しか)り
黄金(こがね)も玻璃(はり)もこれに並ぶ能(あた)はず精金(せいきん)の器皿(うつはもの)もこれに換(かふ)るに足(たら)ず
珊瑚(さんご)も水晶も論(いふ)にたらず智慧(ちゑ)を得(う)るは眞珠(しんじゅ)を得るに勝(まさ)る
エテオピアより出(いづ)る黄玉(きのたま)もこれに並ぶあたはず純金(じゅんきん)をもてするともその價(あたひ)を量(はか)るべからず
然(され)ば智慧(ちゑ)は何處(いづこ)より來(きた)るや明哲(さとり)の在(あ)る所は何處(いづこ)ぞや
是(これ)は一切(すべて)の生物(いきもの)の目に隱(かく)れ天空(そら)の鳥にも見えず
滅亡(ほろび)も死も言ふ我儕(われら)はその風聲(うはさ)を耳に聞(きゝ)し而已(のみ)
神その道を曉(さと)りたまふ彼その所を知りたまふ
そは彼は地の極(はて)までも觀(み)そなはし天(あめ)が下を看(み)きはめたまへばなり
風にその重量(おもさ)を與(あた)へ水を度(はか)りてその量(りゃう)を定めたまひし時
雨のために法(のり)を立て雷霆(いかづち)の光のために途(みち)を設(まう)けたまひし時
智慧(ちゑ)を見て之(これ)を顯(あら)はし之(これ)を立て試(こゝろ)みたまへり
また人に言(いひ)たまはく視(み)よ主(しゅ)を畏(おそ)るゝは是(これ)智慧(ちゑ)なり惡(あく)を離(はな)るゝは明哲(さとり)なり