名は美膏(よきあぶら)に愈(まさ)り 死(しぬ)る日は生(うま)るゝ日に愈(まさ)る
哀傷(かなしみ)の家に入(いる)は宴樂(ふるまひ)の家にいるに愈(まさ)る 其(そ)は一切(すべて)の人の終(をはり)かくのごとくなればなり 生(いけ)る者またこれをその心にとむるあらん
悲哀(かなしみ)は嬉笑(わらひ)に愈(まさ)る 其(そ)は面(かほ)に憂色(うれひ)を帯(おぶ)るなれば心も善(よき)にむかへばなり
賢(かしこ)き者の心は哀傷(かなしみ)の家にあり 愚(おろか)なる者の心は喜樂(たのしみ)の家にあり
賢(かしこ)き者の勸責(いましめ)を聴(きく)は愚(おろか)なる者の歌詠(うた)を聴(きく)に愈(まさ)るなり
愚(おろか)なる者の笑(わらひ)は釜(かま)の下に焚(もゆ)る荊棘(いばら)の聲(おと)のごとし是(これ)また空(くう)なり
賢(かしこ)き人も虐待(しへたぐ)る事によりて狂(きやう)するに至るあり賄賂(まひなひ)は人の心を壊(そこ)なふ
事の終(をはり)はその始(はじめ)よりも善(よ)し 容忍(しのぶ)心ある者は傲慢(ほこる)心ある者に勝(まさ)る
汝(なんぢ)氣を急(はや)くして怒(いか)るなかれ 怒(いかり)は愚(おろか)なる者の胸にやどるなり
昔の今にまさるは何故(なにゆゑ)ぞやと汝言(いふ)なかれ 汝の斯(かゝ)る問(とひ)をなすは是(これ)智慧(ちゑ)よりいづる者にあらざるなり
智慧(ちゑ)の上に財産をかぬれば善(よ)し 然(しか)れば日を見る者等に利益おほかるべし
智慧(ちゑ)も身の護庇(まもり)となり銀子(かね)も身の護庇(まもり)となる 然(され)ど智惠はまたこれを有(もて)る者に生命(いのち)を保(たもた)しむ 是(これ)知識の殊勝(すぐれ)たるところなり
汝(なんぢ)神の作爲(わざ)を考ふべし 神の曲(まげ)たまひし者は誰かこれを直(なほ)くすることを得(え)ん
幸福(さいはひ)ある日には樂(たのし)め 禍患(わざはひ)ある日には考へよ 神はこの二者(ふたつ)をあひ交錯(まじへ)て降(くだ)したまふ 是(こ)は人をしてその後(のち)の事を知ることなからしめんためなり
我(われ)この空(くう)の世にありて各様(もろもろ)の事を見たり 義人の義(たゞしき)をおこなひて亡(ほろ)ぶるあり 惡人の惡をおこなひて長壽(いのちながき)あり
汝(なんぢ)義(たゞしき)に過(すぐ)るなかれまた賢(かしこき)に過(すぐ)るなかれ 汝なんぞ身を滅(ほろぼ)すべけんや
汝(なんぢ)惡(あしき)に過(すぐ)るなかれまた愚(おろか)なる勿(なか)れ 汝なんぞ時いたらざるに死(しぬ)べけんや
汝(なんぢ)此(これ)を執(とる)は善(よ)しまた彼にも手を放すなかれ 神を畏(かしこ)む者はこの一切(すべて)の者の中より逃(のが)れ出(いづ)るなり
智慧(ちゑ)の智者(ちしや)を幇(たす)くることは邑(まち)の豪雄者(つよきもの)十人にまさるなり
正義(たゞしく)して善(ぜん)をおこなひ罪を犯すことなき人は世にあることなし
人の言出(いひいだ)す言詞(ことば)には凡(すべ)て心をとむる勿(なか)れ 恐(おそら)くは汝の僕(しもべ)の汝を詛(のろ)ふを聞(きく)こともあらん
汝も屡(しばしば)人を詛(のろ)ふことあるは汝の心に知(しる)ところなり
我(われ)智慧(ちゑ)をもてこの一切(すべて)の事を試(こゝろ)み我は智者とならんと謂(いひ)たりしが遠くおよばざるなり
事物(ものごと)の理は遠くして甚(はなは)だ深し 誰かこれを究(きは)むることを得(え)ん
我は身をめぐらし心をもちひて物を知り事を探(さぐ)り 智慧(ちゑ)と道理(だうり)を索(もと)めんとし 又惡の愚(ぐ)たると愚癡(ぐち)の狂妄(きやうまう)たるを知(しら)んとせり
我(われ)了(さと)れり 婦人(をんな)のその心(こゝろ)羅(わな)と網(あみ)のごとくその手(て)縲絏(しばりなは)のごとくなる者は是(これ)死よりも苦(にが)き者なり 神の悦(よろこ)びたまふ者は之(これ)を避(さく)ることを得(え)ん罪人(つみびと)は之(これ)に執(とらへ)らるべし
傳道者(でんだうしや)言ふ 視(み)よ我その數(すう)を知(しら)んとして一々(いちいち)に算(かぞ)へてつひに此事(このこと)を了(さと)る
我(わが)なほ尋(たづ)ねて得(え)ざる者は是(これ)なり 我(われ)千人の中(うち)には一箇(ひとり)の男子を得(え)たれども その數(かず)の中には一箇(ひとり)の女子(をんな)をも得ざるなり
我(わが)了(さと)れるところは唯是(たゞこれ)のみ 即(すなは)ち神は人を正直者(たゞしきもの)に造りたまひしに人(ひと)衆多(おほく)の計略(てだて)を案(かんがへ)出(いだ)せしなり