ダビデの訓諭(をしへ)のうた
その愆(とが)をゆるされその罪をおほはれしものは福(さいは)ひなり
不義をヱホバに負(おは)せられざるもの心にいつはりなき者はさいはひなり
我いひあらはさゞりしときは終日(ひねもす)かなしみさけびたるが故(ゆゑ)にわが骨(ほね)ふるびおとろへたり
なんぢの手(みて)はよるも晝(ひる)もわがうへにありて重(おも)し わが身の潤澤(うるほひ)はかはりて夏の旱(ひでり)のごとくなれり セラ
斯(かく)てわれなんぢの前(みまへ)にわが罪をあらはしわが不義をおほはざりき 我いへらくわが愆(とが)をヱホバにいひあらはさんと 斯(かゝ)るときしも汝わがつみの邪曲(よこしま)をゆるしたまへり セラ
されば神をうやまふ者はなんぢに遇(あふ)ことをうべき間になんぢに祈(いの)らん 大水あふれ流るゝともかならずその身におよばじ
汝はわがかくるべき所なり なんぢ患難(なやみ)をふせぎて我をまもり救(すくひ)のうたをもて我をかこみたまはん セラ
われ汝(なんぢ)ををしへ汝をあゆむべき途(みち)にみちびき わが目をなんぢに注(とめ)てさとさん
汝等わきまへなき馬のごとく驢馬(うさぎむま)のごとくなるなかれ かれらは[くつわ]たづなのごとき具(ぐ)をもてひきとめずば近づききたることなし
惡者(あしきもの)はかなしみ多かれどヱホバに依頼(よりたの)むものは憐憫(あはれみ)にてかこまれん
たゞしき者よヱホバを喜(よろこ)びたのしめ 凡(すべ)てこゝろの直(なほ)きものよ喜びよばふべし