我子(わがこ)よわが言(ことば)をまもり我が誡命(いましめ)を汝の心にたくはへよ
我が誡命(いましめ)をまもりて生命(いのち)をえよ 我(わが)法(おきて)を守ること汝の眸子(ひとみ)を守るが如(ごと)くせよ
これを汝の指にむすび これを汝の心の碑(ひ)に銘(しる)せ
なんぢ智慧(ちゑ)にむかひて汝はわが姉妹なりといひ 明理(さとり)にむかひて汝はわが友なりといへ
さらば汝をまもりて淫婦(いんぷ)にまよはざらしめ 言(ことば)をもて媚(こぶ)る娼妓(あそびめ)にとほざからしめん
われ我室(わがいへ)の[まど]により [れんじ]よりのぞきて
拙(つたな)き者のうち幼弱者(わかきもの)のうちに 一人の智慧(ちゑ)なき者あるを観(み)たり
彼(かれ)衢(ちまた)をすぎ婦(をんな)の門(かど)にちかづき其家(そのいへ)の路(みち)にゆき
黄昏(たそがれ)に半宵(よひ)に夜半(よは)に黒暗(くらやみ)の中にあるけり
時に娼妓(あそびめ)の衣(ころも)を着たる狡(さかし)らなる婦(をんな)かれにあふ
この婦(をんな)は譁(さわが)しくしてつゝしみなく 其(その)足は家に止(とゞま)らず
あるときは衢(ちまた)にあり 或時(あるとき)はひろばにあり すみずみにたちて人をうかゞふ
この婦(をんな)かれをひきて接吻(くちつけ)し 恥(はぢ)しらぬ面(かほ)をもていひけるは
われ酬恩祭(しうおんさい)を献(さゝ)げ今日すでにわが誓願(ちかひ)を償(はた)せり
これによりて我なんぢを迎へんとていで 汝の面(かほ)をたづねて汝に逢(あ)へり
わが榻(とこ)には美(うるは)しき褥(しとね)およびエジプトの[あやぬの]をしき
沒藥(もつやく)蘆薈(ろくわひ)桂皮(けいひ)をもて我が榻(とこ)にそゝげり
來(きた)れわれら詰朝(よのあくる)まで情(じやう)をつくし愛をかよはして相(あひ)なぐさめん
そは夫(をつと)は家にあらず遠く旅立して
手に金嚢(かねぶくろ)をとれり 望月(もちづき)ならでは家に歸(かへ)らじと
多(おほく)の婉言(なまめきたることば)をもて惑(まどは)し口唇(くちびる)の諂媚(へつらひ)をもて誘(いざな)へば
わかき人たゞちにこれに隨(したが)へり あだかも牛の宰地(ほふりば)にゆくが如(ごと)く 愚(おろか)なる者の桎梏(あしかせ)をかけらるゝ爲(ため)にゆくが如(ごと)し
遂(つひ)には矢その肝(きも)を刺さん 鳥の速(すみや)かに羅(あみ)にいりてその生命を喪(うしな)ふに至るを知(しら)ざるがごとし
小子等(こどもら)よいま我(われ)にきけ 我が口の言(ことば)に耳を傾(かたむ)けよ
なんぢの心を淫婦(いんぷ)の道にかたむくること勿(なか)れ またこれが徑(みち)に迷ふこと勿(なか)れ
そは彼は多(おほく)の人を傷つけて仆(たふ)せり 彼に殺されたる者ぞ多(おほ)かる
その家は陰府(よみ)の途(みち)にして死の室(しつ)に下(くだ)りゆく