ナアマ人(びと)ゾパルこたへて曰(いは)く
これに因(より)てわれ答をなすの思念(おもひ)を起(おこ)し心しきりに之(これ)がために急(せか)る
われを辱(はづか)しむる警語(いましめ)を我(われ)聞(きか)ざるを得(え)ず然(しか)しながらわが了知(さとり)の性(せい)われをして答ふることを得(え)せしむ
なんぢ知(しら)ずや古昔(いにしへ)より地に人の置(おか)れしより以來(このかた)
惡(あし)き人の勝誇(かちほこり)は暫時(しばらく)にして邪曲(よこしま)なる者の歡樂(たのしみ)は時の間のみ
その高天(たかきてん)に逹しその首(かしら)雲に及ぶとも
終(つひ)には己(おのれ)の糞(ふん)のごとくに永く亡(うせ)絶(たゆ)べし彼を見識(みし)る者は言(いは)ん彼は何處(いづく)にありやと
彼は夢の如(ごと)く過(すぎ)さりて復(また)見るべからず夜の幻(まぼろし)のごとく追(おひ)はらはれん
彼を見たる目かさねてかれを見ることあらず彼の住(すみ)たる處(ところ)も再びかれを見ること無(なか)らん
その子等(こども)は貧(まづ)しき者に寛待(なさけ)を求めん彼もまたその取(とり)し貨財(たから)を手づから償(かへ)さん
その骨には少壯(わかき)氣勢(いきほひ)充(みて)り然(しか)れどもその氣勢(いきほひ)もまた塵(ちり)の中に彼とおなじく臥(ふさ)ん
かれ惡を口に甘(あま)しとして舌の底に藏(をさ)め
愛(をし)みて捨(すて)ず之(これ)を口の中に含みをる
然(され)どその食物(くひもの)膓(はらわた)の中にて變(かは)り腹(はら)の内にて蝮(まむし)の毒とならん
かれ貨財(たから)を呑(のみ)たれども復(また)之(これ)を吐(はき)いださん神これを彼の腹(はら)より推(おし)いだしたまふべし
かれは蝮(まむし)の毒を吸ひ[くちばみ]の舌に殺されん
かれは蜂蜜(はちみつ)と牛酪(ぎうらく)の湧(わき)て流るゝ河川(かはがは)を視(み)ざらん
その勞苦(ほねをり)て獲(え)たる物は之(これ)を償(かへ)して自(みづか)ら食(くら)はず又その求めたる所有(もちもの)よりは快樂(たのしみ)を得(え)じ
是(こ)は彼貧(まづ)しき者を虐遇(しへた)げてこれを棄(すて)たればなり假令(たとひ)家を奪ひとるとも之(これ)を改(あらた)め作ることを得(え)ざらん
かれはその腹(はら)に飽(あく)ことを知(しら)ざるが故(ゆゑ)に自己(おのれ)の深く喜ぶ物をも保つこと能(あた)はじ
かれが遺(のこ)して食(くら)はざる物とては一(ひとつ)も無し是(これ)によりてその福祉(さいはひ)は永く保(たも)たじ
その繁榮(さかえ)の眞盛(まさかり)において彼は艱難(なやみ)に迫(せま)られ乏(とぼ)しき者すべて手をこれが上に置(おか)ん
かれ腹(はら)を充(みた)さんとすれば神(かみ)烈(はげ)しき震怒(いかり)をその上に下(くだ)し その食する時にこれをその上に降(ふら)したまふ
かれ鐡(くろがね)の器(うつは)を避(さく)れば銅(あかゞね)の弓(ゆみ)これを射透(いとほ)す
是(こゝ)において之(これ)をその身より拔(ぬけ)ば閃(きらめ)く鏃(やじり)その膽(きも)より出(いで)きたりて畏懼(おそれ)これに臨(のぞ)む
各種(もろもろ)の黑暗(くらやみ)これが寳物(たからもの)をほろぼすために蓄(たくは)へらる又(また)人の吹(ふき)おこせしに非(あらざ)る火かれを焚(や)き その天幕(てんまく)に遺(のこ)りをる者をも焚(やか)ん
天かれの罪(つみ)を顯(あら)はし地(ち)興(おこ)りて彼を攻(せめ)ん
その家の儲蓄(たくはへ)は亡(うせ)て 神の震怒(いかり)の日に流れ去(さら)ん
是(これ)すなはち惡(あし)き人が神より受(うく)る分 神のこれに定めたまへる數(すう)なり