わが心(こゝろ)生命を厭(いと)ふ然(され)ば我わが憂愁(うれへ)を包まず言(いひ)あらはし わが魂神(たましひ)の苦(くるし)きによりて語(ものい)はん
われ神に申さん我を罪ありしとしたまふ勿(なか)れ何故(なにゆゑ)に我とあらそふかを我に示したまへ
なんぢ虐遇(しへたげ)を爲(な)し汝の手の作(わざ)を打棄(うちすて)て惡(あし)き者の謀計(はかりごと)を照(てら)すことを善(よし)としたまふや
汝は肉眼(にくがん)を有(もち)たまふや汝の觀(み)たまふ所は人の觀(み)るがごとくなるや
なんぢの日は人間の日のごとく汝の年は人の日のごとくなるや
何とて汝わが愆(とが)を尋ねわが罪をしらべたまふや
されども汝はすでに我の罪なきを知(しり)たまふ また汝の手より救(すく)ひいだし得(う)る者なし
汝の手われをいとなみ我をことごとく作れり然(しか)るに汝今われを滅ぼしたまふなり
請(こ)ふ記念(おぼえ)たまへ汝は土塊(つちくれ)をもてするがごとくに我を作りたまへり然(しか)るに復(また)われを塵(ちり)に歸(かへ)さんとしたまふや
汝は我を乳(ちゝ)のごとく斟(そゝ)ぎ牛酪(ぎうらく)のごとくに凝(こら)しめたまひしに非(あら)ずや
汝は皮と肉とを我に着せ骨と筋(すぢ)とをもて我を編(あ)み
生命(いのち)と恩惠(めぐみ)とをわれに授(さず)け我を眷顧(かへりみ)てわが魂神(たましひ)を守りたまへり
然(しか)はあれど汝これらの事を御心(みこゝろ)に藏(かく)しおきたまへり我この事の汝の心にあるを知る
我もし罪を犯さば汝われをみとめてわが罪を赦(ゆる)したまはじ
我もし行状(おこなひ)あしからば禍(わざはひ)あらん假令(たとひ)われ義(たゞし)かるとも我頭(わがかうべ)を擧(あげ)じ其(そ)は我は衷(うち)に羞耻(はぢ)充(み)ち眼にわが患難(なやみ)を見ればなり
もし頭(かうべ)を擧(あげ)なば獅子(しし)のごとくに汝われを追打ち我(わが)身の上に復(また)なんぢの奇(くす)しき能力(ちから)をあらはしたまはん
汝はしばしば證(あかし)する者を入(いれ)かへて我を攻め我にむかひて汝の震怒(いかり)を増し新手(あらて)に新手を加へて我を攻(せめ)たまふ
何とて汝われを胎(はら)より出(いだ)したまひしや然(しか)らずば我は氣絶(いきた)え目に見らるゝこと無く
曾(かつ)て有(あら)ざりし如(ごと)くならん即(すなは)ち我は胎(はら)より墓(はか)に持(もち)ゆかれん
わが日は幾時(いくばく)も无(な)きに非(あら)ずや願くは彼(かれ)姑(しば)らく息(やめ)て我を離れ我をして少しく安んぜしめんことを
我が往(ゆき)て復(また)返ることなきその先に斯(かく)あらしめよ我は暗き地(ち)死の蔭(かげ)の地に往(ゆか)ん
この地は暗くして晦冥(やみ)に等しく死の蔭(かげ)にして區分(わいだめ)なし彼處(かしこ)にては光明(ひかり)も黑暗(くらやみ)のごとし