是(こゝ)においてナアマ人(びと)ゾパル答へて言(いひ)けるは
言語(ことば)多からば豈(あに)答へざるを得んや口おほき人あに義(たゞし)とせられんや
汝の空(むな)しき言(ことば)あに人をして口を閉(とぢ)しめんや汝嘲(あざ)けらば人なんぢをして羞(はぢ)しめざらんや
汝は言ふ我(わが)敎(をしへ)は正し我は汝の目の前に潔(きよ)しと
願(ねがは)くは神(かみ)言(ことば)を出(いだ)し汝にむかひて口を開き
智慧(ちゑ)の秘密をなんぢに示して その知識の相倍(あひばい)するを顯(あらは)したまはんことを汝しれ神はなんぢの罪よりも輕(かろ)くなんぢを處置(しょち)したまふなり
なんぢ神の深事(ふかきこと)を窮(きは)むるを得(え)んや全能者(ぜんのうしゃ)を全(まつた)く窮(きは)むることを得(え)んや
その高きことは天(てん)のごとし汝なにを爲(な)し得んや其(その)深きことは陰府(よみ)のごとし汝なにを知(しり)えんや
その量(りやう)は地よりも長く海よりも濶(ひろ)し
彼もし行(ゆき)めぐりて人を執(とら)へて召集(めしあつ)めたまふ時は誰か能(よ)くこれを阻(はゞ)まんや
彼は僞(いつは)る人を善(よ)く知りたまふ又(また)惡事(あくじ)は顧(かへり)みること無(なく)して見知(みしり)たまふなり
虚(むな)しき人は悟性(さとり)なし その生るゝよりして野驢馬(のろば)の駒(こま)のごとし
汝もし彼にむかひて汝の心を定め汝の手を舒(の)べ
手に罪のあらんには これを遠く去れ惡(あく)をなんぢの幕屋(まくや)に留(とゞ)むる勿(なか)れ
然(さ)すれば汝(なんぢ)面(かほ)を擧(あげ)て[きず]なかるべく堅(かた)く 立(たち)て懼(おそ)るゝ事なかるべし
すなはち汝(なんぢ)憂愁(うれひ)を忘れん汝のこれを憶(おぼ)ゆることは流れ去(さり)し水のごとくならん
なんぢの生存(いきなが)らふる日は眞晝(まひる)よりも輝(かゞや)かん假令(たとひ)暗き事あるとも是(これ)は平旦(あした)のごとくならん
なんぢは望(のぞみ)あるに因(より)て安んじ汝の周圍(まはり)を見めぐりて安然(やすらか)に寐(いぬ)るにいたらん
なんぢは何にも懼(おそ)れさせらるゝこと無(なく)して偃(ふし)やすまん必ず衆多(おほく)の者なんぢを悦(よろ)こばせんと務(つと)むべし
然(され)ど惡(あし)き者は目(め)曚(くら)み逃遁處(のがれどころ)を失(うし)なはん其(その)望(のぞみ)は氣(いき)の斷(たゆ)ると等しかるべし