我(われ)観(み)るに日の下に一件(ひとつ)の患(うれへ)あり是(これ)は人の間(うち)に恒(つね)なる者なり
すなはち神(かみ)富と財(たから)と貴(たふとき)を人にあたへて その心に慕(した)ふ者を一件(ひとつ)もこれに缺(かく)ることなからしめたまひながらも 神またその人に之(これ)を食ふことを得(え)せしめたまはずして 他人のこれを食ふことあり 是(これ)空(くう)なり惡(あし)き疾(やまひ)なり
仮令(たとひ)人(ひと)百人の子を挙(まう)けまた長壽(いのちながく)してその年齢(よはひ)の日多からんも 若(もし)その心(こゝろ)景福(さいはひ)に満足せざるか又は葬(はうむ)らるゝことを得(え)ざるあれば 我言ふ流産(りうざん)の子はその人にまさるなり
夫(それ)流産の子はその來(きた)ること空(むな)しくして黒暗(くらやみ)の中(うち)に去(さり)ゆきその名は黒暗(くらやみ)の中にかくるゝなり
又(また)是(これ)は日を見ることなく物を知ることなければ彼よりも安泰(やすらか)なり
人の壽命(いのち)千年に倍するとも福祉(さいはひ)を蒙(かうむ)れるにはあらず 皆(みな)一所(ひとつところ)に往(ゆ)くにあらずや
人の勞苦(ほねをり)は皆その口のためなり その心はなほも飽(あか)ざるところ有(あ)り
賢者(かしこきもの)なんぞ愚者(おろかなるもの)に勝(まさ)るところあらんや また世人(よのひと)の前に歩行(あゆむ)ことを知(しる)ところの貧者(まづしきもの)も何の勝るところ有(あら)んや
目に観(み)る事物(ものごと)は心のさまよひ歩くに愈(まさ)るなり 是(これ)また空(くう)にして風を捕(とら)ふるがごとし
嘗(かつ)て在(あり)し者は久しき前(さき)にすでにその名を命(つけ)られたり 即(すなは)ち是(これ)は人なりと知る 然(され)ば是(これ)はかの自己(おのれ)よりも力強き者と争ふことを得(え)ざるなり
衆多(おほく)の言論(ことば)ありて虚浮(むなし)き事を増す然(され)ど人に何の益(えき)あらんや
人はその虚空(むなし)き生命(いのち)の日を影のごとくに送るなり 誰かこの世において如何(いか)なる事か人のために善(よ)き者なるやを知(しら)ん 誰かその身の後(のち)に日の下にあらんところの事を人に告(つげ)うる者あらんや