雨乞い
雨乞い
是(こ)の月に、大(おほ)きに旱(ひで)る・・・・(日本書紀 皇極紀)
1
皇極元年(六四二年)の夏、飛鳥の盆地には雨が降らなかった。
飛鳥川の水源となる一帯の山にも一、二度夕立があったのみである。日照は思いのほか長く続いていった。上流からの水は減る一方となり、倭京(みやこ)の人々は不安を覚えるようになった。村人は空を仰いではため息をつき、救いの雨の到来を待ち望むようになった。水音も高らかに溢れるほど豊かに流れていた飛鳥川が、今では痩せ細った流れに変貌している。水を巡っての深刻な争いもあちこちの村で起きるようになっていった。
朝から青空が広がって風はなく、薄い雲すら掛からなかった。眩しい陽は容赦なく頭上から照りつけてくる。人だけでなく鳥や獣、山野の草木も乾ききって、水を求めていた。飛鳥の盆地に広がる畑の作物は立ち枯れが目立つようになり、僅かに残ったものも急速に生気を失いつつある。畑地は細かくひび割れ、農夫が足裏で踏みしめる地は熱を持っていた。倭京(みやこ)では井戸や池が少ないことから飛鳥川に水を頼っているが、その川水の流れは日ごとに勢いがなくなっていった。僅かな湧水を求めて掘られ、使われていた浅い井戸もたちまち枯れてゆく。溜め池はすでに干上がり地割れが始まっていた。盆地では飛鳥川の支流も何本か縫うように流れていたが、どれも次第にかぼそくなってゆき、各家の大甕(かめ)に汲み置いている水も乏しくなりつつあった。
夕暮れが近づいていた。申し合わせの通り、山麓の集落に住む村人たちは、各戸それぞれ一束ずつの薪を背負い、蝉の鳴き声が絶え間なく降り注いでいる山道を汗に塗れつつ上っていった。
今宵、山で火を焚いて神に雨を祈るのである。山上近くの祠の前に、運び上げられた薪が積まれていった。山でする雨乞いの焚き火は、大きいほど効力があるとされていた。一同が揃うと村の祝(はふり)と呼ばれる神職の老人が祠の前に立ち、儀式が始まった。まずは神の名を称え、長く雨が降らず苦しむ民の窮状を神に訴えてゆく。そして祈雨を祈る詞(ことば)を神に奏上し終わると、祝(はふり)は厳かに薪に火を入れた。煙が筋になって立ち昇ってゆく。もっとよく炎が上がるようにと薪が動かされるたびに煙が四方に流れ、やがて炎に勢いが出て取り囲む村人の顔を赤々と照らし出した。
燃えさかる炎を前に、太鼓の響きと笛の音に乗って村人は、歌いつつひとしきり舞った。天への願いごとは、煙や香をできるだけ高く空に上げるのが良いとされていた。天に届くほどの煙は神の心にも雲を呼び起こし、太鼓は雷鳴を誘い出す、という古からの言い伝えに従い、日照が続くと村人は山のお社に上り、火を焚き太鼓を打って舞うのだった。やがて焚き火が燃え尽きてしまうと、今度は松明を手にした男たちが一列になって尾根や山道を練り歩き、大声を上げ夜空に松明を振りかざして雨を願った。それが「火振り」と呼ばれる古からの雨乞いの儀式であった。
麓の村で、丹穂(にほ)は揺れる火を見つめていた。闇の中にちらちらと火の列が浮かび上がり、見え隠れしつつ長い生き物のように動く。松明が空にかざされ振られるたび、風に乗って遠くきれぎれではあるが、男たちの声がここまで届いてくる。長い火の龍が身をうねらせながら山を這っているように見える。十三歳の少女、丹穂の目には、それは畏怖の思いと混じり合いつつも、幻のように美しい灯火の情景と映った。
雨乞いの祈願は山上で行われるが、それは男たちだけで行われ、女はこの夜、山へは上らない慣わしだった。麓に残った村の女たちはこの神事に合わせて外へ出、遠い炎を見つめながらそれぞれに祈るのである。
火の列はゆっくりと山を降りてきた。
「雨たんもれ、雨たんもれ」と男たちの唱和する野太い歌声が近づいてくる。丹穂は弟の辰(しん)の姿を列の中に探した。辰は今年初めてこのような神事に加わったのである。大人たちに混ざって最年少の辰が、無事に役を務められたかどうかが気になっていた。見れば辰は短めの松明を手に、上気した顔で列の後尾につき、ひときわ高く澄んだ声で歌っていた。父親のいない丹穂の家では、各戸から男が出るようにと村の長(おさ)から触れが回ってきた場合、十歳の辰がその務めを果たすのだった。
「暑かったでしょう」
丹穂が土間の水甕から水を汲むと椀に入れて手渡した。
「うん」
冷たい水をひと息に飲んでもまだ興奮がおさまらないのか、言葉は少なく瞳だけがきらきらと輝いている。病で臥せっている母親がやつれた顔をこちらへ向けて辰の方を見た。その傍らには五歳になる末の弟が手足を広げて眠りこけていた。
「雨が降るかしら」
丹穂は蒸し暑い室内から外へ出ると夜空を仰いだ。人々の祈雨の願いに反し、おびただしい星が煌いている。これでは明日も雨は降りそうにない。落胆しながら丹穂は周辺の山々を見つめた。村を取り巻く見慣れた山並みは、ある山は椀を伏せた形に蹲り、また黒々とした輪郭となって折り重なり合って遠くの峰へと続いていた。近くの林の中ではひっそりと梟が啼いている。夜気には雨の兆しを思わせるような湿り気はまったく感じられず、辰が持ち帰った燃えさしの松明が、水に浸けたのにもかかわらずまだ熱を帯び、焦げた木の臭いを辺りに放っていた。
飛鳥川の上流には稲渕の集落があるが、古くは南淵と呼ばれ、川に沿って遡ってゆくと栢森(かやのもり)に至る。更に奧へと進んでいくと入谷(にゅうだに)であるが、その山中の流れが飛鳥川の水源とされていた。そこは龍在峠から吉野へと繋がってゆく道筋にある。
一方で多武峯の山中を源とする冬野川が流れ下ってきて、この二本の川が合流し、飛鳥川の本流となって盆地を北へと流れていた。
入谷の山中を源とする流れは、何本かの細い支流を集め、やがて稲淵川となって栢森を下っていく。そして祝戸の辺りでは帯を巻くようにうねりつつ下り、冬野川と合わさって飛鳥川と名を変え、さらに盆地を北へと進み、甘樫丘(あまかしのおか)では北西へとその向きを変え、橿原の方へと流れ下っていくのである。
飛鳥盆地を流れる川は、山から平地へと流れゆく距離が短いため、常でも急流となった。豪雨ともなれば一気に水嵩が上がり、激流となって盆地を奔るように駈けてゆく。流れが速く、川底を深くえぐるようにして土砂を運び降ろしていくため、上流の川底は少しずつ深くなっていった。激流はしばしば流路を変えることがあった。田畑や人家を呑み込み、下流域では土砂が広がり堆積して湿地帯となってしまう。そのため氾濫が起きやすくなり、大きな集落を営みにくかった。
飛鳥川の洪水を防ぐ工夫として、川の上流に井堰(いぜき)を設けて水位を上げ、水量を加減し、枝分かれさせて田畑へ水を引く試みがなされるようになっていった。この方法を用いると遠くまで水を送ることができる。堰の効用が知られると、川には何箇所も堰が作られていき、広範囲に水が配られるようになって、周辺の山野や荒地の開墾が進んでいった。
堰は丸太や大きな石を流れに置いて水をせき止める、というごく簡単なものから、削った杭を交差した形に打ち込んで強度を増したもの、更にその隙間を茅草で編んで覆うものなどいくつかの種類があった。流れに置いた石は、人が伝って飛び、対岸へ渡る橋としても使えるという利点もあり、飛鳥川にはあちこちに設けられていた。ただこうした簡単な堰は、洪水の度に壊れ流失してしまうことが多く、そのつど新たに造り直さねばならなかった。水がよく鎮まるようにという願いから、水神が信仰されるようになっていった。上流には水を司る龍神や河伯(かわのかみ)が祭祀され、水を分ける堰の近くにも祠が建てられ水の神が祀られていった。
次の日も空は晴れ渡っていた。五歳の弟にしきりに食べ物をねだられたが、家には固く干からびた豆が少しと、粟(あわ)、稗(ひえ)の雑穀以外すぐに食べられるものがなかった。
「待っていてね。何か探してくるから」
丹穂は言い置いて戸外へ出た。近くで摘めるものはないだろうかと思いつつ、周囲を見回しながら歩いてゆく。植えられた麻の葉が微風に揺れていた。梶の木の葉もそよいでいる。木陰を伝いつつ食べるものを探して山野を歩くのは常のことであった。野草を摘みとってきて刻み、粟や稗のおかゆに混ぜようと思ったのである。春先なら近くの林には筍が出るし、水辺には芹、野には土筆(つくし)、嫁菜、はこべ、蓬(よもぎ)などが群生している。けれども季節が進んだ今、かつてない日照のせいもあってか、夏の野草はどれも萎れがちであった。激しい陽ざしなのでどの家も近くで菜を摘もうとするため、すぐには見つけられない。秋の山で恵まれる茸や葡萄、栗の実の頃までには、まだまだ日を待たなければならないのだった。
丹穂の家では、父親が三年前、命じられて貴人の御墓を造るための労役に出た折、坂道で引いていた綱が切れ、石の下敷きになり亡くなった。村から出た男たちのうちでただ一人、丹穂の父だけが命を失ったのである。突然の不幸に見舞われて家族は打ちのめされたが、その後は母親が病んで寝ついてしまい、まだ幼かった弟たちの世話は、ほとんど丹穂がして懸命に育てた。そして上の弟の辰がまだ年少ながら、一家の生活を担って野良に出て畑を打つようになった。丹穂も近隣の家の機織や糸紡ぎなど、女のする仕事を手伝って少しの食料を分けてもらう形で何とか日々をしのいでいるのだった。
野びるがあればいいのに、と思いつつ丹穂は畔に佇んで足元を探した。すでに取り尽くされたのか、食べられる野草は少ない。畑のなり物はと目を上げて見ると、炎暑に耐えて瓜が実っていた。でもそれは取ってはならない。地面に落ちている傷んだ瓜ならもらってもいいだろうか、と思案していると、丹穂の様子をどこからか見ていたのか男が近づいてきた。
「瓜が欲しいのか」
村の長の息子の伊依(いより)だった。
「いいえ」
丹穂はこの男が苦手だった。妻も子もいるのに、村の女たちに手を出すという噂があったから、あまり係りたくなかった。こんな所に佇んで物欲しげにしている様子を見られたことも恥ずかしい。ひもじくて困っている状況だと、わかってしまうのが惨めだった。黙ってその場から立ち去ろうとした丹穂の背に、伊依が言った。
「瓜はいくつ欲しいのか。欲しいだけやるぞ」
丹穂は振り向いて男を見つめた。気まぐれに瓜をくれようとしているのか、それとも単にからかわれているだけなのか、心を計りかねた。伊依は畑に入り無造作に三、四本もいでくると、瓜を丹穂の手籠に入れた。
「いいのですか」
礼を言って貰おうとしたとき、丹穂の手首を伊依が掴んだ。強い力だった。驚く丹穂に伊依は眼で畑の農小屋を示した。それが何を意味するかは丹穂にもわかった。いくら飢えているといっても、瓜数本のためにこんな男に弄ばれるのは嫌だと思い、丹穂は逃げようとして必死にもがいた。けれども伊依はなかなか手を放してくれなかったので、丹穂はとっさにその手に噛みついた。
あ、と声を上げて男は手を離したが、次の瞬間、丹穂は左耳を殴られて地面に倒れた。唇と舌が切れて口中が血だらけになったが、ぐずぐずしているとまた掴まりそうで、丹穂は素早く起き上がると必死の思いでその場から走って逃げた。
頭と左耳がひどく痛み、耳が詰まったようになって聞こえず、熱も出てきたが、心配をかけるので母や弟には道で転んだと言いつくろっておいた。隣家の嫁が、しばらく顔を見せない丹穂を案じて立ち寄り、怪我を知ると青物を分けてくれた。そして畔を通ったときに見つけたといって、丹穂の手籠も届けてくれた。隣家の嫁は何となく事情を察したらしく、伊依にはこれからも気をつけなければいけない、と小声でさとした。
切り傷は治ったが、片方の耳はまったく聞こえなくなった。人といると話もよく聞き取れない。良い方の耳で聞こうとするので、自然と首を少し傾けるようになった。耳が悪いことは人にはわからないので、そういう仕草は単なる癖と映るのだが、こういうことになったいきさつを思うと、丹穂の心には悔しさが蘇る。
雨は降る気配もないまま、日が過ぎていった。隣家で機織や糸紡ぎを手伝いながら丹穂は女たちの話に耳を傾ける。
「市を移して、祀りをなさったそうですよ」
「そうすると雨が降るのですか」
「市の出入り口を閉めて、人を入れないようにして、そこで清めの祀りをするとよいのだとか」
「雨を呼ぶという有り難いお経が、お寺で読まれたというではありませんか」
「あまりにも長くて時間がかかるので、お坊様が拾い読みをされたのですよ」
「蘇我の大臣(おとど)が、お寺の庭で、ご自分で香炉を上げて天に祈られたとか」
「願いが聞き届けられたのか、ほんの少しの雨があったけれど、でもすぐに止んでしまったそうで、それっきり」
「その後、お経はもう読まれないのですか」
「そのようですよ」
お寺というのは飛鳥寺のことで、盆地のほぼ中央部にあった。真神原にあった渡来人の飛鳥衣縫造祖(あすかきぬぬいのみやつこのおや)、樹葉(このは)の邸宅を壊し、そこに寺が建てられたのである。飛鳥寺は蘇我氏の氏寺で、蘇我馬子が建立した。馬子が物部守屋を倒した戦勝の後に、馬子が発願したという。百済から寺工、鑪盤(ろばん)博士、瓦博士、画工などが渡来して、造営の指導に当たったのである。建立には二十一年余の年月を要し、当初は法興寺と呼ばれていた。寺の名も馬子が仏法興隆の中二文字をとってつけたというのである。
山から用材が伐り出され、樹液を抜くため長い間水に浸けられた。そうすることによって木材は強度を増し、虫がつかず、反りも少なくなるという。その後材木はよく乾燥させてから、人々が目を見張るような大きな堂宇と塔が建てられていった。そして塔の心柱の礎の内部には、百済から献じられた仏舎利が納められた。完成した伽藍は、五重塔を中心に三方向に金堂を配置するという壮大にして華麗なものであった。周囲に回廊を巡らせたその外側にも、横長の大きな講堂が建てられた。もともとこの地にはみごとな槻の木(けやき)の林があったので、伽藍は豊かな緑に包まれ、夏には涼しい木陰を作り出していた。
中金堂に安置する本尊の釈迦三尊像が造立されたのだが、丈六仏像の背が高く入らなかったため戸を壊そうとしたが、造仏工の鞍作鳥(くらつくりのとり)が工夫し壊さずに納めたと伝えられている。
盆地に忽然と出現した伽藍は壮麗で威容を誇り、遠くからでも青空に屹立する塔がのぞまれた。飛島でこれまで建てられたどの神のお社よりも立派で美しいと、人々はこのような寺を建てた蘇我氏の力や財力に驚きつつしきりに噂したものだった。
隣家の女たちは手を動かしながら話を続ける。
「こちらでは先日、山奥の男淵の龍神様の滝で、牛や馬を殺して捧げたということですよ」
「でも、降りませんでしたね」
「それでは足りない、ということでしょう」
「ではどうすれば」
「古からの伝えでは、最後には人を供えるしかない、と」
「まあ恐ろしいこと・・・・」
丹穂も側で聞いていて身震いした。牛馬を殺して捧げる訳は、本来は清浄にしておかなければならない水源の地で、祝(はふり)がわざと動物を殺し、血で神聖な水を汚すことによって水神を怒らせるというものである。水神の怒りが大きければ大きいほど大雨が降るといわれていた。牛馬を献じても降らないときは、もっと大切なものを捧げることになっている。その次に差し出されるのは、人の命であった。
村の中を流れゆく川は、清らかで冷たく、実に美しい流れであった。丹穂は清冽な水を見ると、心の中まで洗い流されていくような気がする。そんなきれいな流れと生贄のむごたらしい死の儀式はどうしても結びつかず、山中の滝で殺されて横たわる屍を思うだけで丹穂は戦慄を覚える。
村から少し川を遡った山中には女淵と呼ばれる滝があった。そこには女の龍神様が棲んでおり、そこからさらに奧へと山道をたどれば男淵の滝があって、男の龍神様が棲んでいるといわれていた。男淵の滝も女淵の滝もともに深い滝壷を持ち、その底は龍宮へ通じているということだった。
女淵の滝へは村から小道が通じているが、男淵の滝の方は女淵から更に上った深い山中にあって、そこへ行く道もところどころ消えかかっているらしい。男の龍神様が棲むという神域の上、そこは生贄が捧げられる地でもあるので村人は畏れ、祝のほか、里の者が近づくことはなかった。
隣家の門口に丹穂の下の弟が姿を見せて中を覗いていた。姉を呼びに来たのである。「家に人が来ている」
たどたどしくそう言うので、丹穂は急いで隣家を辞して家に戻った。見れば村の長だった。家に長が来ることなど滅多にない。何かしら不吉な予感がした。
「何でございましょう」
丹穂に向かって、長はしばらく言いよどんでいた。母親の病の具合などを訊いてくれる。しつこい咳が続くこと、食が進まないことを丹穂は説明した。話が一段落したところで長は話を切り出した。
「実は、今日は言いにくいことを、頼みに来た」
「母は起きられないので、私がうかがいます」
「実は、先日、倭京(みやこ)の役人から、雨乞いのことを伝えてきた。近く尊いお方がこの村に来られて、川のほとりで神様に祈られることになった」
「いったいどなたが」
「宝姫大王(たからひめのおおきみ)が来られる」
「まあ」
宝姫王(たからのひめみこ、皇極天皇、重祚して斉明天皇)は舒明大王の后であったが、舒明大王が病で俄かに崩御された後、後嗣をどうするかについて群臣が協議したものの、意見が分かれて定まらなかった。そこで推されて后の宝姫王が大王の位に立たれたのである。それはつい最近のことであった。
舒明大王には中大兄皇子(なかのおおえのみこ)と大海人皇子(おおあまのみこ)の二人の皇子があったが、父大王の殯(もがり)の宮で誄(しのびごと)を奉った中大兄皇子はそのときまだ十六歳、王位に上るのには時期が早いとされたようである。大王となった宝姫王は、このとき四十代の後半くらいであった。
「そんな高貴なお方が、ここで雨乞いを」
「そうだ。その雨乞いの時に合わせて、男淵の滝の龍神様に捧げものをすることになった。必ず降ると伝えられている供えものが要るのだ」
「つい先日、牛や馬を殺して捧げたと聞きましたが」
「今回、牛馬では雨雲は呼べなかったようだ。ここらの山ではほんの少しの雨すら降らなかった。それで今度は、人を捧げることになった。昔から長く日照が続いた折には人を捧げてきた。そうすれば不思議なことに必ず雨が降るというのだ。随分前のことだが、日照で皆が困り果てた折、若い娘の命を男淵の龍神様に捧げたことがあったそうだ。それでようやく雨が降って皆助かったと聞いている」
丹穂は黙って目を伏せた。長も言葉を探している。
「どうだろうか。考えてみてはくれまいか」
話の流れに丹穂は困惑する。
「もしかして・・・・男淵の滝で、私が生贄に」
長は頷く。
「お前が引き受けてくれるのなら、残った家族の暮らしは一生面倒見よう。私が約束する。今後は決して飢えさせるようなことはしない」
熱心に説き続ける長の言葉を聞きながら、丹穂は貧しさにあえいできたこれまでの苦しい日々を思った。それはひもじさとの闘いだったような気がする。伊依から見下されてあんな振舞いをされても抗議もできず、惨めな思いを味わうのも、貧しさゆえであったろう。考えている丹穂に長は続けた。
「すまないが村々を救ってくれ、皆を助けてほしい。この通りだ」
長は懇願し、頭を下げた。それを見ているうちに、ふとこの話を受けてもいいと思う心が生じてきた。うちの家族がもう飢えなくて済むのなら、私が犠牲になってもいいのではないか。
「でも、母と幼い弟はどうなるのでしょう。弟の辰が何もかも引き受けて世話をするのは無理だと思いますが」
「近所の女たちに言って、交替で毎日の食事の世話や、そのほかの面倒も見させることにしよう。何も案じることはない」
(でも、なぜ私なのでしょうか)
丹穂は口に出しかけて止めた。それはわかっている。今この村で一番貧しいからなのだ。父親がおらず、母親が長く患っており、幼い弟もいて、このままではどうしようもなく、いずれは行き詰まってしまうと、誰もが思っているからなのだ。一家には生きる希望がなかった。これから先も生きていて良いことはないだろうし、家族がこの先ずっと食べるものに困らずに暮らしてゆけるのなら、自分の命と引き換えてもいいのではないか、絶望感の中で考えを巡らせながら、やがて丹穂は顔を上げた。
「承知いたしました」
長はほっとした表情になった。
「相談しなくていいのか」
長はまどろんでいる母親の方をうかがう。
「後で私が言います」
「そうか」
実は母親は心も病んでいるのだった。幸いにも極めておとなしい病人で、奇矯な振る舞いがないのがまだしも救いであった。隠しているのではないけれども、特に話題にしたいことでもない。母親は起きている時もぼんやりとした虚ろな目をしており、人との話も合わなかった。隣家は事情を知っているが、長がどこまでそれを知っているのかどうかはわからない。
辰(しん)が畑から戻ると、丹穂は生贄として自分が捧げられることになったいきさつを話した。辰はあまりのことに絶句し、蒼白になり、涙を流した。
「明日の晩、神様に選ばれたしるしとして、この家の屋根か軒端に矢を立てておく、と長が言われました。明け方には人をよこして、私を男淵の滝まで連れて行くのだとか」
淡々と丹穂は言った。こうなった以上は、自分に起きようとしていることを受け入れるしかないと、気持ちを固めるためにも冷静さを保とうとしていた。すでに心を決めているらしい丹穂の態度に、辰はうなだれた。
次の晩、丹穂は辰とともに眠らずに起きていて、家の中から外を見ていた。村は夜の静寂に包まれ、遠くの森で野鳥が鳴き交わす声がこだまのように響いてくる。遠くにぽつんと二つの黒い人影が現れた。淡い月の光に照らされてその人影はこちらへ近づいてくる。月光の中に浮かび上がったのは、弓矢を手にした長と、その息子の伊依であった。老人では夜歩きするのに足元が覚つかないことから、伊依が付き添ってきたのであろう。二人は丹穂の家のすぐ近くまで来ると、立ち止まった。
いよいよその時が来たようだ。長が弓に矢を番えゆっくりと構えている。息を呑んで丹穂と辰は、矢が放たれようとする瞬間を見つめていた。
ところが、長は静止したままじっと動かない。そのうちにふっと手を下ろしてしまった。再び矢を番え直す様子でもない。しばらく首を捻って何か考えている。
「違う」
「ここではない」
戸外での親子のやりとりが微かに聞こえてくる。丹穂は辰と思わず顔を見合わせた。
「あっちのようだ」
「戻ろう」
長と伊依はくるりときびすを返すと、来た道を引き返していった。二人の足どりはどこか空を踏むような奇妙な感じに映った。
「どうしたのでしょう。帰ってゆかれた」
「矢はこの家には刺さらなかった」
丹穂にも辰にも訳がわからなかった。二人ともずっと戸外を気にして見ていたが、結局その夜、長たちが再び姿を見せることはなかった。次第に夜が白んでゆく。明け方には、誰かが迎えに来ると聞かされていたので、丹穂はとりあえず身支度をして待つことにした。身を清めて髪を梳き、あらかじめ長から届けられていた白い衣を着け終えたが、誰もやって来る気配がない。辰が様子を見るために外へ出ていった。
「村のほうが騒がしい。何かあったらしい」
「ともかく長の家に行ってみましょう」
二人が村の中心に近づくと、人だかりがしていた。
「辰、あれを見て」
白羽の矢が伊依の家の屋根に突き刺さっていた。家の中では伊依と妻が子どもを抱きしめて泣き叫んでいる。狼狽する長と取り乱した長の妻の姿も垣間見える。戸外では村人たちが屋根に突き立った矢を指さしつつ、男淵の滝の龍神や、生贄のことを口にして騒いでいる。
「白羽の矢ではないか」
「伊依の娘が選ばれた」
「長が、なんと自分の孫娘を龍神様に差し出されるのだ」
「きっと雨が降る」
伊依の家には四歳になる娘があった。やがて祝(はふり)の老人がやって来ると、人を掻き分けて家に入っていった。しばらく中で話し合っていたが、老人は出てくると丹穂の姿を見て物陰に手招きし、低い声で語った。
「見ての通り、この家に白羽の矢が立った。昨夜、長と伊依は丹穂の家に向かったのだが、近くまで行ったところ急に道がわからなくなり、心がぼんやりと妙な具合になったそうだ。二人は夢うつつのまま村をさまよい歩くうち、神がここだ、この家だ、と教えられたその声に従い、長は言われるままに矢を放った。朝になってみると、それは伊依の家とわかった。神が決められたのだ。神が望まれた通り、矢が立った家の娘を贄(にえ)とする。丹穂はこのまま戻ってよい」
丹穂は力が抜けて思わず足元がよろめいた。
村村の祝部(はふりべ)の所教(おしへ)の随(まま)に、或いは牛馬を殺して、諸(もろもろ)の社(やしろ)の神を祭(いの)る。或いは頻(しきり)に市を移す。或いは河伯(かわのかみ)を祷(いの)る。既に所効(しるし)無し。(日本書紀)
・・・・大雲経(だいうんきょう)等を読ましむ。時に、蘇我大臣、手に香鑪(かうろ)を執りて、香を焼(た)きて願(ちかひ)を発(おこ)す。辛巳(かのとのみのひ)に、微雨(こさめ)ふる。壬午(みづのうまのひ)に、雨を祈(こ)ふこと能(あた)わず。故、経を読むことを停(や)む。(日本書紀)
2
宝姫大王(たからひめのおおきみ)は雨乞いのため南淵へと行幸されることになった。宝姫大王が飛鳥の宮室を出て、飛鳥川の河上へと向かわれた、という知らせが入ると、長からは、今日は誰も戸外へ出て畑を打ってはならぬ、と急ぎの触れが村中を駆け巡った。行幸の列は川岸を通るのだが、場所によっては、畑の方が川岸よりも高い位置になるので、列を見降ろすことにもなりかねず、失礼があってはならないからである。雨乞いの儀式が終わるまで、村人は家に籠っているように、とも付け加えられた。
宝姫大王の一行は飛鳥川沿いに道を遡り、南淵の臼滝(うすたき)と呼ばれる地まで来ると、そこでひとまず輿(こし)を留めた。宝姫大王は輿を下りて休憩され、その後雨乞いの祭祀が行われる。山麓には川の女神である宇須多岐比売命(うすたきひめのみこと)が祀られていた。
飛鳥川はその地点で川幅が狭まり、水が白く泡立ち激しく渦巻いている。宝姫大王は岸に寄ってじっと水面を見つめられた。涼しげな飛沫が岸の岩を濡らし、水音は高らかに響き、清水は大岩を滑り落ちていく。臼滝の名は、川床に臼のようになっている岩があるからとも、水が渦を巻いているからともいわれていた。そこには宮山を神体山とする宇須多岐比売命(うすたきひめのみこと)の社があり、社の背後が宮山であった。宝姫大王は社に詣でるために道をゆっくりと上り、幣帛を捧げて社で降雨を祈願された。
祭祀の場には、里の長をはじめ警護の兵、お供の女官たちが控えていた。宝姫大王は神前に額づいて目を閉じ静かに手を合わせ、その間に神の庭では若い舞女による舞が奉納されていった。楽人の笛の音がゆるく流れる中、舞は続けられ、宝姫大王は身じろぎもせずに雨を祈られた。儀式はやがて終了したが、空は依然として明るく晴れ渡ったままである。空に黒雲が現れるのを今か今かと待ち望みつつ、人々は梢の上に広がる青空を眺め、そっとため息をつくのだった。そのとき女官の一人が木立の中で動く小さな人影を見咎めた。
「そこにいるのは誰です」
丹穂(にほ)と辰(しん)だった。二人は前へ進み出ると、膝をついて頭を下げた。「そこで何をしているのです。なぜそんな白い衣を着ているのです」
丹穂は問われるまま、これまでのいきさつを説明した。一度は生贄に選ばれて滝壺で死ぬと覚悟を決めたのであるから、心がまだ急に元へ戻らず、こんな自分でも、もし何か必要が生じて雨乞いのお役に立てるようなことがあればと思い、そういうことを考えていると家にじっとしていられないような気持ちになって、弟とともにここへ来てしまったこと、来てみるとすでに儀式が始まっていたので、邪魔にならないように木立の後ろにいたこと・・・・。
「この娘の言っていることに間違いはありませんか」
女官が村の長に問うと、長は力ない様子で頷いた。長は昨夜からの思いがけない出来事に衝撃を受け憔悴しきっており、言葉少なく「その通りでございます」とだけ述べて、悲しそうに眼を伏せた。
丹穂はそっと宝姫大王を仰ぎ見た。美しく整った顔立ちだけれども、威厳のある鋭い眼差しであった。そしてもう髪に白いものが混ざっている年齢であること、少しお耳が遠いのか、女官が耳元に近づいてものを言うことにも気づいた。私と同じように、耳を患っておられるのかもしれないと丹穂は思った。女官が皆に問いかけている。
「この先に、女の龍神様の棲む女淵の滝という所があるそうですが、誰かそこへ案内できますか」
問いに対して、辰が誰よりも早く、はい、と返事した。宝姫大王は、宇須多岐比売神のお告げにより、女淵の滝へと向かいそこで龍神に雨を祈る、と仰っているということだった。
宝姫大王の乗った輿は、宇須多岐比売の社を出てゆっくりと川沿いに道を進んでいった。辰が先頭に立って一行を案内した。女淵の滝まで宝姫大王に付き従っていくお供の人数は、先ほどの祭祀の時よりも減っていた。年老いた女官や老人たち、山道に不慣れな若い舞女は宇須多岐の社に残ることになり、代わりに丹穂と辰の姉弟が加えられた。
川に沿って道を遡ってゆくと、山からの細い流れが合流している地があり、そこは栢森(かやのもり)と呼ばれている。そこにも小さな祠が建てられていた。川の合流点では岩から水が勢いよくなだれ落ち、白く激しく渦巻いている。
女淵へはそこから左の道をとって上ってゆくのである。道端には羊歯が生い茂り、杉や檜が林立する山道には、長い蛇が横切ることがあるし、百足も出る。辰は一行の人たちに危害が及ばないよう、左右から伸びて道を覆う草を掻き分け、前方や足元に気を配った。村で育ったので山道には慣れている。目の前に垂れ下がる蔓や蜘蛛の巣をよけ、尖った枝や絡まった枝を払いつつ進んでいった。
山が深くなるにつれ、道は少しずつ険しくなり、差してくる日の光は遠のいていった。輿を担ぐ男たちは息をはずませ、交代しつつ山道を上った。薄暗い道には時折涼しい風が吹き降ろしてきて、山の冷気さえ感じられるのであった。人の住む里を離れると、川のせせらぎの音と梢で鳴き交わす野鳥の声のみが遠く近く耳に響いてくる。そんなとき、人の目には見えない山に棲む精霊が、高い枝のどこからそっと一行の行方を見つめているような気さえしてくるのだった。高く低く奏でられる流れの音に導かれるかのように一行は進んでいった。
丹穂たちの母親は、この上の入谷(にゅうだに)の出であったから、二人はこの辺りの地理には詳しいのであった。里帰りをする母親に連れられて何度か通ったことのある思い出のある道でもあった。父親が亡くなった頃と前後して、入谷の村では病が流行り、入谷の丹穂の祖父母も親類も、その折に次々亡くなっていったので、もう行き来は絶えていたが、道をたどると心に懐かしさが湧いてくる。母親が心身を病むようになったのは、夫の死に続いて両親や親戚を一どきに失ったためであったろう、と丹穂は思っていた。
女淵の滝に着いた。滝の周囲には里とは異なる空気が流れているようだった。ひんやりとした風が樹木を揺すっては通り過ぎてゆく。茂った枝葉は重なり合って緑の濃い影を作り、辺りはしんと静まって薄暗く、明らかに山の霊気が漂っていた。人の領域ではなく、ここはすでに龍神の棲まわれる清浄な空間であった。
滝はそう大きくはないのだが、佇まいは清らかさに満ちている。皆畏怖の思いに打たれて滝を見つめ沈黙していた。滝の水音だけが森の中にこだまし、轟いていく。流れ落ちる滝は女の龍神に因む女淵の名にふさわしく優美な姿を見せている。龍宮に通じるというその滝壷は深い水の色をたたえていた。
宝姫大王は乗り物を降りて滝を拝し、そこに粗莚(あらむしろ)が敷かれると、木の枝を組み合わせて藤の蔓で結った小さな祭壇が設けられ、祭祀が執り行われた。神酒や盛り塩、神饌と水を滝の神に供え、大王自ら清水を滝壷に注ぎ入れ、低く唱えごとをされる。そして敷物を滝の前に広げると、その上に跪(ひざまづ)いて天地、四方を拝し、天を仰いで神に雨を乞われた。まず北極星のある北の方を拝し、次いで東、南、西の方を拝された。その願いと祈り方は深く真剣であり、その言葉は静かであったが力が籠っていた。
女官が丹穂に羅(うすもの)の舞衣と採り物の柳の小枝を手渡して、ご命令なので滝の前で舞うようにと促した。それは宝姫大王が肩に掛けるようにまとっておられた薄い衣であった。丹穂は突然のことに驚き、どうしてよいのかわからなかった。思いがけない成り行きにただ立ちすくんでいた。
「大丈夫です。何も考えず、ただ自然のままに体を動かして舞えばよいのです。さあ」
と女官が励まし、そっと背を押した。
舞うとき柳の枝を手に持つのは、その葉の形が雨に似ているからである。楽人が笛を構えると、風が流れるように微かな音色が響き始めた。
丹穂は羅を肩に掛けて柳の枝を手にしたとたん、このような衣装をつけて舞ったことなど一度もないのにもかかわらず、笛の音に呼応するように自然に足が踏み出され体が動いていくのを、自分でも不思議なことに感じた。丹穂はゆるやかに回転し舞いつつ、笛の音に導かれているのだと思った。しばらく経つと滝の向こうにもう一つの光景が見えるのに気がついた。
・・・・伊依に背負われた幼女が男淵への山道を上ってゆくところだった。滝に着くと幼女は降ろされた。今から何が起きるのか理解していない幼女は、不思議そうに滝を見ている。祝(はふり)の老人が恐がらせないように優しく幼女に話しかけ、布でそっと目隠しをすると、幼女を抱き上げた。伊依はその場から後ずさりして、嗚咽していた。丹穂は次第に涙で目の前がかすんできた。あの幼女の運命は、自分に降りかかる運命であったのだ。
祝が龍神に唱えごとをしつつ、滝に近づいていった。呪文が繰り返されて幼女は高く差し上げられ、そして次の瞬間、滝壷に投げ込まれた。激しい飛沫が上った。悲鳴が聞こえ、そして滝の音に掻き消されていった。
丹穂は泣いていた。どうしても涙が止まらなかった。ふと宝姫大王の方を見ると、やはり静かに涙を流しておられた。同じ光景を幻のように見ているのだとわかった。宝姫大王にもたしか間人(はしひと)という名の若い皇女がおられるのだった、と丹穂は思い当たった。涙は雨に通じる。多くの人の流す涙は雨に繋がってゆく。涙をぬぐいつつ宝姫大王の祈りは続けられていった。
宝姫大王は、時折祈りの合間に確かめるように西の空を見上げておられた。天気は西から変わってゆくことが多い。丹穂もまたそれを知っていたから、雨雲が近づいている気配はないだろうかと期待しつつ空を仰いだ。
空は晴れ渡り小雨の気配もなかった。祈りは途絶えることなく続けられた。このまま雨が降らなければ、どうなるのだろう、と丹穂は気になった。雨が降るまで自分は舞い続けないといけないのだろうか。
女官が宝姫大王に近寄り、何か耳打ちしている声が途切れ途切れに聞こえてきた。それによると、どうも西の方で数日前に大きな嵐があったらしく、その後、嵐は大雨と風を伴いつつ幾つもの村を通り過ぎて、徐々にこちらの方角へと向かうかもしれない、ということだった。そのことを知らせて来る者があったため、宝姫大王は時期を見計らってここに祈願に来られたのであろうか。でもまだ嵐はやって来ない。あるいは逸れてゆくかもしれない。
宝姫大王は祈りを止め何か思案しておられた。ふとその視線が、丹穂の弟の辰の上に留まったので、丹穂は不穏なものを感じて緊張した。辰はほかにすることもないので、足を投げ出し樹にもたれて居眠りしている。もしかすれば、宝姫大王は辰をこの滝の神様の贄にしようと考えておられるのではないか。
男淵の滝の龍神様に幼女を捧げて祈願したように、この女淵の滝の龍神様にも男児を投げ入れてみようかどうか、とたった今思い着かれたのではないか。嵐がこちらに来るかどうかはまだわからない、仮に嵐が近づいたとしても、雨が降り出すまでにはまだ時がかかりそうだ・・・・丹穂には宝姫大王の心が揺れ動いているように感じられた。辰の命が危ない、その懸念で丹穂は青ざめ、舞が止まった。
宝姫大王はきっとした表情で丹穂を見つめてきた。うろたえた丹穂の心の中を見透かすような、咎めるような強く鋭い視線であった。丹穂は自分の感じたことが現実のものとなりそうだと感じ、体が震えた。
(辰を死なせてはならない。どうか恐ろしいことがここで起きませんように。辰が無事でいられますように)
丹穂は真剣に祈りを捧げた。
(天の神様、龍神様、雨の神様、どうか雨が早く降りますように。たくさん降らせてください。雨を早く、何とか雨をお願いします)
祈るうちに、丹穂は何かが取り憑いたようにくるくると旋回し始めた。その場に居合わせた人々は、ふっと空気が変わったのを感じ取った。丹穂の半ば狂ったようなその様子に合わせるように、笛の音色も変わり、調子が高く速くなっていった。丹穂は次第に苦しくなり、息が切れそうになったが、体の動きはもう止めようとしても止まらない。勝手に体が回転するのである。辰が生贄となるかもしれない恐れ、それを命じるかもしれない宝姫大王への恐怖、雨を乞い願う切迫した思いが入り混ざり、丹穂はすっかり度を失い、冷静さも失って、激しく泣きながら跳ね回るように舞い続けた。
「おうおう」
空のどこからか、突如空気を震わせて太い声が響き渡った。強い風が吹き降ろし、山が鳴動し、樹木は激しく揺れ、地響きがしている。それは人間でないものの声であった。風に煽られて着ているものが翻り、一瞬体が宙に浮き上がるような気がした。丹穂は驚愕しつつ、思わず救いを求めるように宝姫大王の方を垣間見た。宝姫大王も顔を上げて丹穂の視線に目で応えた。その表情には、先ほど丹穂をきっと見据えた、厳しさや険しさはもうなかった。
楽人や女官たちには不審な物音や天からの大声は、何も聞こえないらしく、平然としていて怖がっている様子はない。宝姫大王は丹穂を安心させるかのように再び目で頷き返すと、少しも動じることなく天の咆哮に応えるかのように、空に向かって深く一礼された。丹穂も震えながら慌ててそれに倣った。
天から響く不思議な大声が鎮まってゆくと、程なく遠くで微かに雷が鳴り始めた。二度、三度と稲光が空を切り裂いてゆく。やがて空に黒雲が現れると、嵐の前触れのように風が吹き始めた。黒雲は瞬く間に広がって、辺りは急に暗くなり、梢を揺らす風とともに、最初の雨粒がぱらぱらと落ちてきた。樹木の枝葉に落ち岩を叩く雨音が、最初は軽く、そして次第に強くなって、丹穂の耳にも聞こえて来る。透き通るように流れる滝水には束の間、半円の小さな虹が掛かり、そして消えていった。空はやがて黒い雨雲で覆われていき、雨が断続しつつ、やがて雨足は強まり、人々が待ち望んだ雨が始まった。その雨はやがて豪雨となり、雨は乾いた大地を充分に潤してゆき、風雨は五日の間降り続いて止むことがなかった。
・・・・天皇(すめらみこと)、南渕(みなみぶち)の河上(かはかみ)に幸(いでま)して、跪(ひざまづ)きて四方(よも)を拝む。天(あめ)を仰(あふ)ぎて祈(こ)ひたまふ。即(すなは)ち雷(いかづち)なりて大雨(ひさめ)ふる。遂(つひ)に雨ふること五日(いつか)。溥(あまね)く天下(あめのした)を潤(うるほ)す。
・・・・ 天下(あめのした)の百姓(おほみたから)、俱(とも)に称万歳(よろこ)びて曰(まう)さく、「至徳(いきほひ)まします天皇なり」(日本書紀 皇極紀)
参考文献
「日本書紀」岩波文庫
「古代を考える 飛鳥」門脇禎二 吉川弘文館
古代の短編小説「雨乞い」について
日本書紀皇極天皇の項に、雨乞い逸話が載っています。牛馬を献じて社で祈りますが、効き目はなく、蘇我蝦夷が雨乞の経典を転読させ、自ら香炉を挙げて祈っても、小雨でした。そこで女帝が南渕の川上で四方を拝し、天を仰いで祈願すると、雷鳴が鳴り、大雨が降ったというのです。舞台地は、明日香村の飛鳥川上流とされています。雨乞祭祀を題材に、村に住む少女の視点で創作してみました。