二荒山神社(下野一宮) 日光東照宮
湯本 中宮祠 華厳の滝
二荒山神社(下野一宮) 日光東照宮
湯本 中宮祠 華厳の滝
日光東照宮
東照宮の境内は人で溢れていた。五重塔も陽明門も回廊も、写真を撮る人たちで一杯である。有名な「三猿」のある厩舎の前に行ってみた。長いこと三猿は絵や置物などで見知っていたが、その由来を知らないままに過ごしてきた。ここへ来て説明を読み、それが子どもに対して「悪いことを見るな 言うな 聞くな」という教訓であったことを初めて知った。
三猿は神馬を入れる神厩舎の長押(なげし)に施された細長い透かし彫りの彩色彫刻であった。人の一生が猿になぞらえた物語になっている。親に「悪事を見ざる言わざる聞かざる」の方針で育てられた子猿が成長して青雲の志を抱き、挫折を味わって慰められ、やがて伴侶を得て子を持つ、という話が左から右へと展開しているのだった。三猿の場面は第二面にある。猿は馬の守り神であるために猿が描かれたのだそうで、全部で十二匹の猿が登場している。
このような透かし彫り彫刻は境内の建物の至る所にあった。竜や麒麟などの霊獣、仙人や七福神や霊鳥、昆虫、孔雀、蓮の花・・・・ほとんどそれらで埋め尽くされていて豪華絢爛、どれもかなりの迫力で、見ているだけで圧倒されてしまった。
本地堂に入って「鳴き竜」の絵を見上げる。お坊さんの説明によると、竜には昇り竜と下り竜の二種類があり、昇り竜のほうだけが手に玉を持っている。(手にないときは顎の下に隠し持っているのだとか)人の願いをこうやって天に持ち運ぶので、下りの竜は玉を持っていないのだそうだ。
堂内の天井には大きな竜が黒々と描かれていて、その絵の下でお坊さんが拍子木を打つと、音が反響してりんりんと鈴のような音色がお堂に鳴り響く。なるほど不思議な音で面白い。
解説と実演が終わると、即移動を促されるのだが、もう一度音を聞きたかったので、その場にとどまっていた。今度は外国人のツアー客で、ガイドさんがフランス語で通訳している。お坊さんはサービス精神を発揮して、大きく何度も拍子木を打ち鳴らしたので、音はさっきよりも素晴らしく響いた。
下野一宮 二荒山神社
人で渦巻く東照宮を抜けて、石灯籠の道を歩いて隣接する日光二荒山(ふたらさん)神社へ行った。左手には苔のついた石垣とその向こうに林立するきれいな緑の杉、右手には古い石灯籠が並ぶ直線の道である。遠近法で描かれた絵画の中の道を直進しているような気持ちが生じ、ふっと風景の奧に吸い込まれそうになる。整然と揃いすぎた石灯籠が人の列とも見えるせいなのかと思うが、黙々と歩いているとふっと平衡感覚が揺らいでくる・・・・そんな感じの起きる道であった。
二荒山神社は下野の国一宮である。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。中禅寺湖北岸に聳える男体山(標高2484メートル)をご神体とする。ここ以外にも中禅寺湖畔に中宮祠があり(登山口がある)、山頂に奧宮がある。
東照宮の喧騒は消えて、境内は参拝客はいるもののひっそりしている。ちょうど細かい雨が降りはじめていて、樹木も山並みもうっすらと煙るような感じであった。本殿、ご神木、霊泉、神輿舎、大国殿、朋友社と摂社は多く、紅葉の木々が見え隠れし、落ち着いた雰囲気である。混雑する東照宮とは別世界の趣である。東照宮と地続きであるが、格別の魅力がないと思うのか、ここへは人は押し寄せないようだ。確かに見た目に派手なものは何もなくて地味ではあるけれど・・・・。
湯元 戦場ヶ原
その日は西参道近くの宿に一泊し、翌朝バスで奥日光の湯元まで移動した。昨日は冷え込みがきつく雨模様であったが、今日はよく晴れている。いろは坂(四十八のカーブがあるという)を上がり、紅葉の山並みを眺めているうちにバスは中禅寺湖を過ぎていく。赤沼バス停で降りて、戦場ヶ原の辺りをしばらく散策することにした。
ここはハイキングコースになっているらしく、修学旅行らしい小学校の子供たちが歩いていく。男体山を望む湿原の中に木道が作ってあって、自然観察の場になっている。昨夜来の冷え込みのせいで笹の葉には薄く雪が積もっていた。
目を上げると、男体山が草原の向こうに雄大な姿で広がっている。木道の側を川が流れきらきらと陽を受けてきらめき、空気はしんと澄み渡り、その流れは清冽であった。
戦場ヶ原の名のいわれは、男体山の神と赤城山の神が中禅寺湖の領有を巡って争ったことによるという。男体山の神は蛇に、赤城山の神はムカデになって戦い、最初は赤城山が優勢であった。旗色が悪くなった男体山の神は鹿島の神に相談、奧州の猿丸を味方につけることになった。やって来た猿丸は弓でムカデの目を射て倒し、戦いは二荒山側の勝利に終わったという。
戦場ヶ原は、男体山の噴火によってせき止められた湖である。時代を経て土砂の堆積などで現在のような湿原が形成されたそうだ。そういわれてみれば、目の前に広がる草原の感じは、どこか湖の表情を思わせるものがある。花の季節は終わっているので野に咲き揃っている草花はなく、枯れ草の波がうねるように続いて吹く風にそよいでいる。遠くのほうに望まれる山にはうっすらと雪がつき、青空に映えていた。
木道を歩いていると何度となく男体山の姿が目に入る。しっかりした稜線を描く実に堂々とした山である。時折山の中腹に雲が緩くたなびき、横に流れていく。立ち止まっては山の偉容に見とれていた。ふと気がつくと行く手の木道の横に猿が一匹現れて、茂みで餌を探している。脅かさないようにそっと歩いた。
泉門(いずみやど)池に出る。青い水面に遠くの山や立ち木、倒木のある風景が映り込み、渡ってくる風にゆらゆらと揺らいでいる。明るいのに妙に寂しいような、見つめていると心に染み入る情景であった。池には湧水があり、地中から水が湧き出てくるのが観察できる。澄んだ水が静かに揺れ動き、小魚も見える。目を上げると鴨の群れが水の上を滑るように泳いでいた。
奥日光の湯元温泉に着いたのはもう夕刻であった。三方を山に囲まれた地形で、湯の湖に面している。その名の通り湖底からお湯が沸いているという。
今年初冠雪とのことで、山並みは白く薄化粧した装いで、吹き降ろしてくる風はさすがに冷たかった。国民休暇村に一泊し、露天風呂に入って星を眺めた。戸外は冷え込みが厳しく、山も湖もひっそりとした闇に沈んでいた。
明治の頃、日光を訪れて滞在したイザベラ・バードも紀行にこの温泉場を活写、好印象だったことを記しているそうだ。ふすまや障子でするすると仕切られる旅館の部屋や湯治場の様子が、異国の人の目には珍しかったのに違いない。この湖と山が織りなす風景はどのように映ったのだろうか。
翌朝、湖沿いの遊歩道を歩いて湯滝を見にいった。霧が出ていて湖水の上は白いベールに包まれたようで、水鳥の群れがふっとその中から現れてくる。道はところどころ濡れていて滑りやすかった。しばらく歩くと橋があり、そこから音を立てて水が勢いよく流れ落ちている。ちょうど湯滝の上に出たのだった。どんな湖も流れ出る口は一箇所、ほとばしる水流に話し声も掻き消されるほどであった。滝を見ながらすぐ横に付けられた石段を下りていく。程なく観瀑台に出た。
ごうごうと激しい水音とともに水が二つに分かれ広がって目の前に落ちてくる。湯滝という名を持っているが水である。観瀑台はほとんど飛沫がかかりそうなくらい滝壷に近くて圧倒的な迫力、見ているとめまいがしそうで滝水の力強さを感じた。
バスで移動し、竜頭の滝を見にいった。先ほど見た湯滝は、戦場ケ原の中を緩やかに流れゆき(湯川という)再びここで竜頭の滝となって急斜面を流れ落ちるのである。バス停から階段がつけてあってそのまま下ってゆけるようになっている。
硬い岩の上を勢いよく水がはねて走ってゆく。疾走感に溢れ見飽きない。泡立ちながら渦巻く白い水と、凹凸を持つ黒く滑らかな岩盤の対比が美しい。巾の広い天然の巨大滑り台のような感じで、滝と並行して階段を降りながらその勇壮な眺めを楽しんだ。ここの滝も湯滝と同じように、最後には二手に分かれて滝壷に落ちていく。その様子が竜の姿に似ているので竜頭の滝ということだが、どのような角度で見ればそうとれるのか、わからずじまいであった。
中宮祠
竜頭の滝が川となって注ぎ込んでいく先は中禅寺湖であるが、その湖畔の北側に二荒山中宮祠がある。バスで移動して、中宮祠前で降りた。湖を見降ろすような位置に社殿が建っていて、背後には神体山の男体山が聳え、夏の間はここが登山口として開かれている。湖側から見上げると、男体山の威容を背にした美しいお社であった。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)と妃の田心姫命(たごりひめのみこと)、その子の味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)。田心姫は宗像三神の中の一柱で、「たごり」とはたぎりの意で霧を指し、また水が激しくたぎる様子をいうとも。味耜高彦根命は蛇体の神とされる。
参拝して拝殿の裏に回ると、樹齢千百年という立派なイチイのご神木があった。幹は大樹によくあるような瘤やねじれもなく真っ直ぐで、葉は青々としていて勢いがあり、とてもそんな老樹には見えない。成長の遅い長寿の樹木らしい。イチイの木は一位と書き、神主さんの持つ笏(しゃく)の用材として使われる位の高い木なのだそうだ。
右手奧の登拝門に行くと、そこは鍵がかかっていた。夏の間はここが開けられ奧宮への登山口になるそうだ。そこから少し下りて境内の樹木の間を歩いていると、思いがけなく一匹のリスが樹の幹にいた。可愛いしぐさで軽やかに動き回り、別の木の枝に飛び移ったのか見えなくなった。この間わずか数秒間であった。
華厳の滝
中禅寺湖から流れ出る水は華厳の滝と名づけられて名高い。日本三大瀑布(華厳、袋田、那智)の一つなので見物客も多く、滝壷の近くまで降りられるエレベーターも設置されている。
まず無料の観瀑台から雄大な滝の姿を眺めた。確かに日本三大瀑布というだけあって堂々とした大滝である。ただ観瀑台は高い位置にある上、距離もあるので、滝を遠くから見降ろしているという感じになっていた。もっと滝に近寄ってみたいという気持ちを抑えられず、エレベーターで滝壷まで降りてみることにした。固い岩盤を刳りぬいて作ったのだそうだ。脇の山道には遊歩道がなく、客は往復ともエレベーターに乗るしか滝に降りる方法がないのだった。
視界が開けて目の前に華厳の滝の全容が現れた。柵の近くまで寄って眺める。滝は水量も多く大きさも立派、周りの山ともよく調和したすぐれた景観である。
以前那智の滝を訪れたが、流れ落ちる水を間近に見たときの心が震えてくるような、人間を越える偉大なものの力に触れたような感じ、これこそがまさに神なのだ、と納得できるような畏敬の念・・・・そういう感じが実はここの滝を前にしては起きないのであった。確かに華厳の滝はきれいで力強いし、見事なのだけれど・・・・。
ひんやりとした飛沫、滝の放つ冷気が風に乗って運ばれてくる。滝の轟音の中、周りではたくさんの人たちがカメラでこの美しい滝の姿を写している。不満など言うのは贅沢なのだけれど、この滝が少々物足りなく感じられたのは、やはり迫力という点だったのだと思い当る。ここからでもまだ眺める位置が遠いと感じられて仕方がない。先ほど訪れた湯滝のほうが、迫力という点では勝っているのだ。華厳の滝はできることならもう少し水際まで行って眺めてみたかったと思う。
滝は近づけば近づくほど迫力が増し、人の心を魅了するだろう。そうなると究極は、滝に打たれてみるとか、あるいは滝の中に自身が入ってしまうことになるが・・・・さまざまなことを思いつつ華厳の滝を後にした。
バスで湯元まで戻ることにする。湯元に向かうバスが菖蒲浜を通ったとき景色がきれいだったので途中下車し、少し散策することにした。
冬の中禅寺湖に男体山が映っている。逆さまに見ても威容であった。ひと気のない桟橋を歩いていくと、湖岸の風景はすでに冬の装いで寒々とした水の色である。水鳥の群れが近づく人の気配に驚いて一斉に空に飛び立っていった。水が揺れ動き、緩く波紋が広がっていくのをしばらく見つめる。
弱い陽が差していたと思ったが、いつのまにか空一面に雲が重く垂れ込めてきて雨が落ち始めた。時雨である。日光は雨が多い土地と聞いていたが、その通りである。慌てて桟橋から夏の保養所らしい建物の庇の下に逃げ込み、ひとしきり砂浜を叩く雨を眺めつつ、次のバスの時間まで過ごした。
やってきた湯元行きのバスに乗り込んだ。赤沼を過ぎ三本松の辺りでふと窓の外を見ると、雨上がりの空にきれいな虹が立っている。ちょうど男体山と太郎山にかけて、虹の端から端まで切れることのない半円であった。思わず見とれた。気づいた人たちが車中でわーと歓声を上げる。七色の輝きを放っていた虹はほんのわずかな時間で色が薄くなり、やがて消えていった。