シュティフター
「水晶 他三篇」一石さまざま一 (岩波文庫)
シュティフター
「水晶 他三篇」一石さまざま一 (岩波文庫)
アーダルベルト・シュティフターは一八〇五年、オーストリア領ボヘミア南部の生まれ。麻布織りを家業としていた父親は、シュティフターが十二歳のとき、荷を積んだ車の下敷きになって亡くなった。以後シュティフターは祖父とともに家業に従事、修道院で教育を受け、ウイーン大学に進むと法学、自然科学を学び、芸術や文学にも関心が広がった。家庭教師として上流家庭に出入りし、子弟を教えて生計を立てる中で、知り合った女性との結婚を望んで申し込むが、娘の親に拒絶され、失恋の痛手も味わう。やがて画家を志すようになり、別の女性と結婚するが、子どもには恵まれなかった。あるとき偶然の機会から短編が雑誌に掲載されて認められ、評価を得るようになり、創作を続けていった。一方で革命による当時の世相の混乱や人々の心の荒廃を憂慮、教育に携わることを望み、十六年間小学校視学官をつとめた。
作品は緻密で自然描写にすぐれ、作風は地味とも素朴ともいわれるが、自然と人間とのかかわりを深く見つめるまなざしには温かさがあり、自然の持つ厳しさや恐ろしさもよくとらえられている。代表作は「晩夏」(長編)「石さまざま」(短編集)、油彩の風景画も多く残した。
二人の養女を育てるが、一人は病死し、もう一人は原因不明のままドナウ河で自死するという不幸に見舞われた。そのときシュティフターは自分たち夫婦を、葉の落ちつくした二本の裸木にたとえている。晩年肝臓ガンを患い、苦しみに耐えられず自ら命を絶った。六十三歳で没。
「水晶」
あらすじ
谷間の村クシャイトの靴師には二人の子どもがあった。コンラートとザンナの兄妹である。二人の母親は、ミルスドルフの裕福な染物師の娘で、この辺りでは珍しく山を越えて嫁いできた。クリスマスの前日、ミルスドルフの祖父母を訪ねた兄妹は、いつものように食事をもてなされ、おみやげをもらって帰途につく。山道で雪が降りはじめ、道標が倒れていたため道を見失い、雪の山中に迷い込んでしまう。見たこともない険しい断崖や岩、斜面が現れ、やがて青みを帯びた氷河の裂け目を知らずに歩き、疲れきった兄妹は洞窟に入って夜を過ごす。かばんのパンとお菓子、くるみで空腹を紛らせ、祖母が娘にと淹れて持たせた温かいコーヒーのびんがあったのを思い出し、生まれてはじめて飲み、眠らずに起きていようとした。
雪は止み、辺りは青白くほのかに光り、静寂の中、星が輝いて冠雪の山並みが浮かび上がるのを二人は見つめる。天空に不思議な光があらわれ、星が流れ、やがて夜が白みはじめた。洞窟を出て下り道をとると、二人は捜索のクシャイトの村人たちに発見されて助けられる。クシャイトの村と、ミルスドルフの両方から捜索隊が出て、大勢の人々が懸命に探していた。合図の鉄砲が打たれ、旗が立てられ、小屋で鐘が鳴らされ、狼煙も上げられて、人々は子どもたちの無事を大きな喜びとともに伝え合うのだった。・・・・
再読の作品である。かなり以前に読んだのだが、四篇のうち印象が深かったのは「水晶」であった。この作品は発表時「クリスマス前夜」であったが、「石さまざま」に収録されるときに「水晶」に改題されたという。兄妹が閉じ込められた氷河を意味すると思われるが、水晶の持つ透明な美しさは、子どもたちの純真さ、清らかな心をも象徴しているだろう。
冒頭から三十ページにわたって自然描写、物語の背景、両親の結婚のいきさつと説明文がつづき、長い導入部である。ずっとこのような調子かと思っていると、ようやく登場人物による会話がはじまってゆき、話は子どもたちの祖父母訪問、その帰途の遭難へと進んでゆく。この辺りまでくると、読み手は子どもたちが助かるのかどうか心配で、ページから目が離せなくなる。不吉ともみえる美しい雪の情景や、凍りついた世界が目の前に浮かんでくるような描写、そしてほとんど聖家族の兄妹かと思われるほどの無垢でけなげな二人の行動が、心に染み入るような文体で綴られてゆくのである。
・・・・けれど、なんにも二人には見えなかった。ただどんよりとした空があるばかりだった。雹の降るときは、白い雲や緑をおびてふくらんでいる雲に、ふさのような多くの暗いすじがかかるものだが、いまもそうであった。そして雪は音もなく降りつづけた。地には二人のまわりに、白い円いひろがりが見えるだけで、ほかにはなんにも見えなかった。・・・・
「ぼくたちは、こんどはすぐ右の方へ下りればいいんだ」
「そうよ、コンラート」妹が答えた。・・・・
彼は自分の帽子を脱いで、それをザンナにかぶせ、帽子についている二本の紐を、彼女のあごの下のところで、しっかりと結んだ。妹がかぶっていた肩掛けのきれがあまり役に立たないからである。彼自身の頭には、濃い捲毛がゆたかにあるので、まだまだ雪が降りかかってもしめりと冷たさが通ることはあるまいと思った。それから毛皮の上衣をぬいで、それに妹の手を通してやった。こうしてシャツだけになった自分の肩と腕には、ザンナが胸に当てていた小さいきれと、大きいきれをかけた。自分はこれで十分だ、と思った。どんどん歩きさえすれば、こごえることはないだろう。・・・・(「水晶」より)
二人はそれと気づかないまま氷河の縁に入り、さらに進んで出られなくなってゆくのであるが、大自然の厳しさは文中ではこのように表現される。
・・・・あたりを領しているおそろしい静寂、雪をかぶったもののすべてが小ゆらぎひとつしないと思われる静寂の中に、子どもたちは三度、氷の裂ける音を聞いた。すべてにまさって凝固しているように見えながら、じつはきわめて活発で生きうごいているもの、あの氷河がそのひびきをたてたのである。三度まで、二人は自分たちのいるほら穴のうしろに、大地が二つに裂けたかと思われるほどの、身の毛のよだつ音響を聞いた。その音響は、四方八方へ氷のすみずみまでひろがり、いわば、氷のあらゆる脈管のさきまで走った。子どもたちは眼を大きくひらいたままじっとすわりつづけていた。そして星々を見つめていた。・・・・(「水晶」より)
兄妹は自然の脅威とすぐ隣り合わせにいたのである。死がすぐ近くにあったにもかかわらず、二人は無心に周りの自然を見つめていた。冷たく閉ざされた雪と氷の世界は、あどけない幼い兄妹のくもりのない瞳や生の輝きと対比をなし、生と死が交互に描き出される。この辺りはとても巧みである。
読み手が心打たれるのは、少しも不満をいわず、つらさを訴えないで兄についてゆく妹のけなげさであろうか。そうよ、コンラート、と言いつづけて兄を決して責めないこの妹を、兄は庇おうとつとめる。そして小さな命は兄によって守りぬかれるのである。
この作品には人の善意が満ちており、邪悪さはどこにもない。人々の前にたちはだかる大自然のおそろしさも、何か事が起きれば、そこに生きる住民の心を強く結びつけ、人々は危険にさらされた者を救いたい一心で、ひたむきに行動するのである。
これはやはり聖なる人々の物語なのであろう。少年少女に読ませる物語としてふさわしいと思うけれども、いくら文学好きの子どもたちでも、冒頭の三十ページの助走はちょっと長すぎ、このままでは児童文学として差し出すには無理があるだろう。大人にとっても、本題に入るまでのこの部分は、退屈で長いイントロと感じる人が多いのではないだろうか。人によって好みが分かれるところかと思われる。自然をよく見つめたすぐれた描写があり、味わい深いともいえるのだが・・・・。読み手にとっては最初に立ちはだかる三十ページの関門であり、ここでもし挫折しなければ、その先に稀有な作品世界が広がってゆくのである。おそらく作者にとっては、いきなり遭難事件へと読者を導くことを避けたかったのであろうし、この作品の背景となる部分を丁寧に描きだすこともまた作品の構造上必要であり、かつ大切なことに思えたのであろう。
山一つ越えればそこは違う文化があり、(たとえていうなら河内と大和では、境界の山ひとつ隔てていろいろと違うように)クシャイト村の人々の意識の中に、山の向こう側から嫁いできた女性を、よそ者とみなす感覚があり、コンラートとザンナも、どこかで村の子どもたちとみなされない部分があったが、この遭難と救出の過程を経て、村の人々の心に何かしらの変化が起きた、という結論でもってこの作品は締めくくられる。
「子どもたちはこの日を踏み出しとして、はじめてほんとうにこの村の子になった。このときからもうよそものではなく、村で生まれ、村人が山からつれおろしてきた子どもとみなされるようになった。二人の母のザンナもいまはクシャイト村の村人であった」
ではもし子どもたちを救出したのがクシャイト村でなく、ミルスドルフの祖父が出した捜索隊であったとしたら、どうだったのであろう・・・・。
雪は激しく降ったのに不思議にも風はなかったとか、妹が神様を見た、と母親に告げるとか、神の恩寵とか、作中には宗教的な雰囲気も漂っている。純白の積雪、冠雪の山並みも荘厳さをかもし出す効果をあげている。随所に散りばめられている自然描写、とりわけ雪と氷の世界に包まれた世界の静謐さは、冷たくこわく凄みを帯びた美しさで、忘れがたい印象となった。
「みかげ石」
あらすじ
少年の日のわたしは、家の前の四角いみかげ石に腰かけるのが好きだった。ある日、差し油売りの老人のいたずらで足に油を塗られ、歩き回って家の床を汚してしまったわたしは、母にひどく叱られてしょげるが、祖父がお湯とせっけんで足をきれいにし服も替えてくれた。祖父に連れられて隣村へ出かけたわたしは、その道すがら油売りの老人の家にまつわる、昔この地域に起きたおそろしいペスト流行の話、家族を次々失ってついに一人になってしまった少年の話、森で倒れていた少女がその少年によって命を救われた話、などを祖父から聞かされる。祖父が語ってくれたのは、瀝青と呼ばれる木を焼き、油をとって生計を立てるピッチ焼きの人たちの生活の実態であり、ペストから逃れようと森の奥深く入っていったピッチ焼きの一家がたどった悲惨であった。
隣村から帰宅していつものようにみかげ石に坐ると、祖父はその話の続きを語ってくれた。少女は親戚が探しに来て連れていったが、後になってこの少年のもとを訪ねてきて二人は結ばれ、別の地に住んで家庭を築いた。油売りの老人は、この少年の叔父の子孫にあたるのだった。・・・・
少年がいつも坐る平たいみかげ石、祖父が語ってくれる村の歴史、さまざまな人びとの逸話、ボヘミアの山野の描写が心に残る一篇である。作者の故郷の村は自然の豊かな美しい地として描かれている。ボヘミアには金属鉱床があって、さまざまな鉱石が産出するそうである。シュティフターも岩石、鉱石、鉱物には子どもの頃から馴染みがあったので、愛着や思い出のある幾つかの石を選んで表題とし、このような作品集を編んだのであろう。発表時のもとの題は「瀝青(ピッチ)を焼く人々」だそうである。
この地域のペスト流行の様相はおぞましかったようである。森の奥に逃れたピッチ焼きの一家が罹患して次々亡くなり、「これまでは、生き残ったものが死んだものを葬っていたが、ピッチ焼きとおかみさんのあとには、もう誰もいなかったし、男の子は力が弱くて葬ることができなかったので、二人は死骸のまま小屋に寝ていた。こうしてこの子は恐ろしい大きな森の中でたったひとりぼっちになってしまったのじゃ」というくだりでは戦慄した。
少年は死んだ両親がこわくて小屋から逃げ出した。そして森の茂みの中で倒れていた病気の少女を見つけると、知恵を絞って懸命に介抱し、少女がようやく歩けるようになると川伝いに降りて、人のいる所まで連れてゆくのである。少年が自分よりもさらに弱い者の命を守ろうとする、という展開は「水晶」と同様であるが、恐怖の場面もあるので、このままでは児童向けの読みものというわけにもゆかないだろう。
表題となっている「みかげ石」は一家の家の前に置かれ、腰かけ石として長く使われてきたようである。そこに坐って憩った人は、世代を超え次々と移り変わっていっただろうが、不動のみかげ石は、そこに暮らす一家の生と死を見つめ、往来する人々の姿を見つめ、またこの地域のさまざまな歴史をもつぶさに見てきたのであろう。移ろいつつ生きては消えてゆくはかない数々の命の営みと、自らは動くことなく存在し続ける岩石が象徴する永遠性の対比が、読み手の心にもある印象を残すのである。
「石灰岩」
あらすじ
測量士のわたしは、荒れ果てた土地に派遣され、一人の貧しい牧師と出会う。嵐を避けて牧師館に泊めてもらうが、出される食事は牛乳、黒パン、イチゴと質素であった。牧師は客には上質のシーツで整えたベッドを勧めるが、自分は固い木の長いすで聖書を枕に寝るのを習慣としていた。子どもたちの朝の通学時、牧師は濁って増水した川に入っていた。川には石灰岩を採掘したあとの深みがあるので、徒歩で渡る子どもたちが溺れないよう、安全を見守っているのであった。牧師は二階を人に貸し、貯金に励んでいると噂され、地域の評判はあまり良いものではなかった。病気になっても医者にかからず、自然に任せるのであった。
牧師はわたしに遺言書を託し、仕事を終えたわたしは村を離れ、やがて年月が過ぎていった。牧師の死の知らせがあって村に出向き、遺言書を開くとそこには「子どもたちが危険な川を徒渉しなくてもすむように、新たな学校をつくってほしい。その費用には自分の遺品を競売し、また貯金をあててほしい」とあった。牧師の貯金だけではとても足りない額であったが、人々は牧師の遺志に感動し、多くの善意の寄付が集まって学校が建てられた。・・・・
もとの題名は「貧しき慈善者」だそうである。物語は測量士であるわたしが、知り合った貧しい牧師との交流を思い出してゆく、というかたちで進み、牧師が遺言書を託す折に、自分の生い立ちやこれまでの経歴を語る、という部分が挟まれていて、この二つの要素で構成されている。
牧師は富裕な皮作り業者の子として生まれたが、早く母親を亡くした。父親は再婚せず、双子の兄とともに乳母に育てられ、家庭教師から学課を学んだ。やがて父が亡くなると、兄が家業を引き継ぐがうまくゆかず、負債を抱えてしまい失意の中で病死する。家族も財産も失って一人になってしまうのだが、牧師になることを志して励み、その資格を得て僻地の教区に赴任し、長い年月が流れたのだった。
牧師は質素な生活をつづけ、貧弱な身なりに甘んじているが、ただ一つの贅沢としてきれいな白いリンネル類が好きで、自身のためには使わないが、シーツをたくさん持っていた。また上等の白い袖飾りも好きで、そういうものを愛好して身につけている自分を恥じ、人の目からそっと袖口を隠すのであった。いつでも上質のものが手に入るような、良い育ちだったのであろう。
表題の「石灰岩」は直接でてくるわけではなく、そのえぐりとられた部分が川の中で深みとなっており、増水時には濁って位置がわからなくなるため、牧師が不慮の事故を心配して目印に竿を立て、あるいは自身も川に立つ、という設定になっている。こんなによく尽くしている牧師が、人々によく思われないのも不思議なことであるが、孤独な気質であり、風変わりな習慣も持っているので、誤解を受けやすかったということであろう。そんな危険をおかして子どもたちが通学しなければならない状況であるのに、地域の人々が、これまで何も対策を考えなかったというのも、妙なことではあるけれど。
川を渡り終えた子どもたちと牧師のつかの間の触れ合いが、心和む情景である。おそろしいのは、かたちは持たないまま水の中で虚ろな像を結ぶ石灰岩であろう。えぐりとられて存在が消えたため、それがかえって死へとつながる恐怖となったのである。子どもたちを見えない危険から守るため、川の流れに立つ人の姿は崇高であるが、生きている間はほとんど目立つこともなく、その生活ぶりは貧しく、存在が人々から軽んじられていたように描かれている。聖人のイメージに近いのであろうか。この作品にも宗教色は濃く反映されているのであった。
作品集「石さまざま」には長い「序文」がついていて、作者の意図したものやその人となりを知る上で興味深い。「わたしはかつて、わたしが作家として小さなものばかりを材料にし、わたしの描く人物がいつもありふれた人物だ、という非難をうけたことがある」「わたしは今日は、読者にいっそうささやかなものを提供するわけである・・・・徳とかしつけとかを説教する気はないのであって、ただこれらのものがあるがままの姿をつうじて、はたらきかけることを願うのである」「わたしは自分の書いたものを芸術とか詩作とかと思ったことは一度もない、またこののちも思いあがってそんなふうに思うことはないであろう」などと述べている。
シュティフターのいくつかの作品をみてきたが、そこには過激なものや派手なもの、華やかなものは見られない。題材は身近な世界であり、それを作家の目で見つめ、静かで抑制のきいた文体でつづってゆく。小さいものや弱者へのまなざしは温かく、理想を持ちつつも忍耐と自制に生きる人への共感が描きだされる。そして作者の「石」への強い思い入れも感じられる作品群であった。