熊 野 古 道
熊 野 古 道
「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録され、新聞やテレビで熊野が紹介されるようになった。見ているうちに、以前歩いた古道の情景が懐かしく蘇ってきた。
印象に残っているのは、牛馬童子という箸折峠の可愛い石仏である。高さは五十センチ位で、まるで手で持ち上げられそうな感じであった。花山院をモデルにしたと伝えられている。二頭の牛馬に乗って進む少年の姿が微笑ましく、動物の表情もユーモラスであった。
箸折峠からは近露という集落が一望できた。今まで深い熊野の山の中を歩いていたはずなのに、急に山が切れて視界が開け、忽然と大集落が現れるので驚いてしまう。昔の人も不思議な幻を見る思いで、峠からこの風景を眺めたかも知れない。
村落を抜けて更に古道を進んでいくと、継桜王子に出た。そこの杉はまるで手を差し伸べるように、枝が皆那智の方向を向いている。一方杉というそうだ。
小鳥のさえずりを聞きながら、苔むした杉の周りを巡っていく。静かな森のたたずまいに時を忘れ、いつか自然と気持ちが一つに溶け合っていくように感じられた。
発心門王子を通り過ぎた。道端にはみかんや柿、おもち、手作り民芸品などの無人販売所があって、旅人のオアシスになっていた。
伏拝王子、三軒茶屋跡の後は、ヒノキや杉の木立の間を縫うように、山道が続いていく。見晴台があったので立ち寄ってみると、眼下に大斎原の大きな鳥居が見えた。もう本宮大社の近くまで来ているのがわかった。
本宮の後は大斎原(おおゆのはら)という旧社地へと向かう。草地が広がっていた。かつては拝殿、神馬舎、籠所、文庫、などの建物が立ち並び、ここが熊野詣の中心地だったという。
音無川の川口、熊野川、岩田川の合流する中洲に位置していたため、明治二十二年の大洪水によって社殿が水没、現在地に移された。
川から緩く風が吹いてくる。草地をしばらく歩いてみた。石の祠が二つある外は何もない、寂れた場所である。でも耳を澄ませていると、立木を揺する風の音に混じって、馬のいななき、参詣の人々の賑わい、祈りの声などが、遠く近く潮騒のように聞こえてくる気がした。
昔の人にとって、熊野詣は命を投げ出すほどの覚悟と、強い意志が必要だったことだろう。険しく長い山道に体力が続かず、山中で倒れ、そのまま逝った人も多かったと思う。
熊野古道を歩くとは、道の半ばで力尽きた、そういう人たちの無念の思いや、憧憬の思いも一緒に実現してあげることでもあったろうか。
そう考えるとき、生者、死者の区別なく、すがすがしい杉の香る参詣道をともに励まし合いながら歩いているような気もしてくるのだった。
(2004.11.3)