三島由紀夫
「潮騒」 (新潮文庫)
三島由紀夫
「潮騒」 (新潮文庫)
以前神島を訪れた友人が、そこは自然がきれいで、のんびりできるいい所だったよ、と印象を話してくれた。
地図で見ると、神島は伊勢湾の入り口にある小島である。三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台地として一躍有名になった。小説では神島は歌島となっているが、八代神社など島内の固有名詞はそのまま使われているそうだ。
この物語は映画にもなり、吉永小百合だったか山口百恵だったか、その時代を代表する青春スターがヒロインの初江を演じて話題になった。小説や映画を通じて、神島の名は全国に浸透していき、いつのまにか文芸ファンが訪れる島になったのである。
そういう私も機会があれば一度行ってみたいと思っていた。でもそんな機会など都合よくあるはずもない。半ばあきらめていたのだが、先日、所用で伊勢方面に行くことになった。そして予定が思ったより早く片付いて、時間が空いたのである。伊勢から鳥羽は近い。神島へ行くチャンスであった。
鳥羽の佐田浜港から神島へ向かう船に乗り込んだ。約四十五分の船旅である。思ったよりも波が高く、途中立ち寄った菅島を過ぎるころから、急にうねりが大きくなった。
やがて行く手に三島が「兜のような形の」と形容した、神島の輪郭が見え始め、念願だった島が近づいてきた。
揺れる船の上から砕け散る白い波頭を見つめていた。そして神島港に降り立ち、小説の場面を一つ一つ思い浮かべつつ、神社、灯台、監的哨など小説にゆかりのある島内の場所を順に散策していったのである。
では「潮騒」とはどんな物語なのか、いつものようにあらすじからみてみよう。
「潮騒」あらすじ
島の素朴な青年新治は、父親と島で暮らすために養家先から呼び戻された初江を一目見て惹かれていく。初江の家は裕福で船も持っているが、父のいない新治は雇われて船に乗り、漁をしてほそぼそと母と弟を養っていた。
新治と初江は互いに好意を確かめ合うが、ライバルの青年が現れ、新治を出し抜こうと初江に近づく。また初江の父親も、娘と新治との組み合わせを快く思っていない態度を示して妨害し、そのために二人は苦しむ。
初江の父親の所有する船に乗った新治は、嵐の中で勇敢な働きをして、船の危機を救い、ライバルの青年を打ち負かす。一回り成長して帰島した新治の前には、恋の成就という新しい未来が開けていた。・・・・
「潮騒」は三島の二十九歳のときの作品である。ギリシャの古代の小説「ダフニスとクロエー」から着想を得て、舞台を日本に移し、日本風にアレンジしたのだといわれている。さすがにクロエーを黒江では美少女のイメージが壊れると思ったのか、初江と置き換えている。
文庫本の巻末解説によると、三島は執筆に当たって、三月と八月の二度に亘って神島に取材のために滞在している。
年譜によれば、更にその前に三島はギリシャに旅行しており、「アポロの杯」という紀行文集も出している。先にギリシャの古典への憧憬や傾倒があったと思われるし、もしかすればかなり早い時期から「潮騒」の構想も練っていたかもしれない。
新潮社旧版のほうの「潮騒」の解説文を見ると、この作品を手にしたら、ぼくらはギリシャ人になって「ダフニスとクロエー」を読むつもりにならないといけない、などと「潮騒」と「ダフニスとクロエー」との関連が指摘されている。
そうまでいわれると気になるので、ちょっと寄り道をして、三島が下敷きにしたといわれるその「ダフニスとクロエー」を読んでみることにした。
近代小説の手法で書かれているわけではないし、おそらく小説の源流へと流れを遡っていくと、こういうかたちの物語に辿り着くのだろうと思われる、素朴この上ないストーリーである。
でも展開されるその牧歌的世界は、なかなか魅力的である。こちらのほうもどんな話なのか、簡単にあらすじをみておこう。
「ダフニスとクロエ」あらすじ
エーゲ海のレスボスの島に捨てられ、山羊飼いと羊飼いの夫婦にそれぞれ拾われ、養育された捨て子の少年と少女は、成長するにつれて、互いに相手の美しさに惹かれ、好意を持つようになる。
二人は暗中模索しながら、自分たちの幼い恋を自然の中で育んでいく。人に思いをかけられたり、さまざまな妨害や海賊の襲来など思いがけない災難に合いながら、苦しみの中でも神の加護を信じて誠実に生き、二人はやがて神の手に守られて幸福を勝ち取っていくのである。
いまだ恋を知らない美しい少年少女が、自然の中で恋に目覚めていく、この叙情的な物語は、作者ロンゴスがそれまでにあった古い物語を取り入れて、二世紀後半から三世紀にかけて書いたものであるというから驚いてしまう。その年代は日本で言えば弥生時代の後期である。
「ダフニスとクロエー」はまたヨーロッパの芸術家たちにも、大きな影響を与えた作品であるという。巻末の解説によると、音楽ではラヴェル、美術ではボナールやシャガール、文学ではサン・ピエールなどが、この作品をモチーフに創作活動をしたと、列挙されている。映画では「春のめざめ」(ギリシャ映画)などがあるそうだ。
多くの芸術家が「ダフニスとクロエー」の恋物語に取り憑かれ、これをテーマに、後世に残る優れた作品を生み出しているのだ。おそらく三島も「取り憑かれた人たち」のうちの一人に入るのだろう。
三島が執筆に際し、一番強く意識したのは、サン・ピエールの小説「ポールとヴィルジニー」ではなかったろうかと思う。これも確か映画化されたと記憶する。
すでに評価の定まっているこの作品を、三島は前もって読んだはずだし、同じテーマで後から書く以上、比較されるのは避けられない、と考えるのが普通であろう。逆にいうと「ポールとヴィルジニー」を超える作品を書く自信があったからこそ、三島は「潮騒」に着手したのではなかったかとも思われる。
神島を歩いてみることにする。集落は港の近くに固まっていて、磯の匂いのする漁港である。茶色の蛸壺がたくさん積んである。畳まれた網、引き上げた船、洗濯物のように吊るしてある魚の干物など、海の生活が感じられるものを眺めつつ行く。すれ違う子供が、私のような旅人にも、こんにちわ、とちゃんと挨拶していく。
八代神社への石段を登っていく。小説にも確か二百段とあった。さびれた古めかしい森の中のお社を想像していたが、なんと新しくしたばかりのぴかぴか神社であった。まだ工事中らしく、使いかけのセメント袋や道具類が転がっている。
周囲の木はほとんど伐られて、丸坊主に近い状態になっているのが、古い鎮守の森を想像していた私には少し残念であった。神社を新しくするのはいいことなのだろうし、たぶん数年も経てば、枝は伸びて社殿を覆い、元の深い緑の森に戻るのであろうが。
神社の玄関番に当たる一対の風格ある狛犬も、おそらく台座などを設置する前なのだと思うが、地面に降ろしてあった。それはきちんと置かれてあるわけでもなくて、たとえて言うと、あっち向いてホイ、の形で一隅に片寄せてあったのである。
小説では、新治がこの神社の神様に漁や自分の家族の無事をお祈りし、最後に遠慮がちに自分と初江の恋の成就も願う場面がある。少し本文から引用してみる。
「・・・・海女の季節には、海中の母の体を、どうかさまざまな危険からお護りくださいますように。・・・・それから筋違いのお願いのようですが、いつかわたくしのような者にも気立てのよい、美しい花嫁が授かりますように・・たとえば宮田照吉のところへかえって来た娘のような・・・・」
風がわたってきて、松の梢々はさわいだ。社の暗い奥にまで、そのとき吹き入った風が森厳な響きを立てた。海神は若者の祈りを嘉納したように思われた・・・・
新治は星空を仰いで、深い呼吸をした。そしてこう思った。
「こんな身勝手なお祈りをして、神様は俺に罰をお下しになったりしないだろうか」
作中に使われた灯台へ行ってみた。インテリの灯台守の夫婦が住んでいて、主人公が何度かここを訪れるという設定であった。
白く塗られた建物はそのままであったが、今は無人灯台であった。海風が吹き付けてきて、見晴らしのよいところである。
でも見回すと、今やここは住みついて繁殖した猫の王国となっていた。十数匹はいるようだ。きっと人が去った後は、猫が灯台守をしているのであろう。これだけ揃っていれば、きっと野ネズミも震え上がって灯台には近寄れないだろうし・・・・。
人懐っこい猫が待ち構えていて、盛んに愛嬌を振りまき、餌をねだって寄ってくるのである。相手をしていると、甘えていつまでもそばを離れない。私は灯台を見にきたのか、猫を見にきたのか。
灯台の下で落ち着いて海を眺められないのである。すぐに猫を観察してしまう。とても可愛い子猫も混じっていて、母猫もいて、どれが兄弟姉妹で、父親なのか関係がよくわからないが、とにかく似たようなのがたくさんいる。猫好きの人には面白いに違いない新名所の「猫さんの灯台」であった。
山道を進んで行くと監的哨に出た。監的硝とは耳慣れない言葉だが、パンフレットの説明文によると、「戦時中、試射弾を監察したところ。潮騒のクライマックスの場所」とある。
小説では叙情的で素朴なラブシーンの場所として使われた。こんな言い方をするのも大層気がひけるが、今見ると、薄汚れた廃墟である。
中へ入ってみる。剥き出しのコンクリート壁には何やら乱雑に落書きがしてある。がらんとしていて寒々とした雰囲気である。ここで二人が裸で焚き火に当たるあの有名なシーンが、と想像してみるが、あまりに情景が殺伐としていて、とてもロマンスなど立ち上がっては来ない。当時はいったいどんな感じだったのだろう。
二階に上がってみる。軍の設備であっただけにしっかりと拵えてある。一階の暗さに比べると、ここはがらりと雰囲気は変わって、海に向かって突き出た見晴台や窓から、青い海原が遠くまで見渡せて、実に気持ちのよい明るい眺めであった。アーチ型に刳り抜かれた空間に立って海を眺める。三島もここで眼下に広がる海を見ながら、あれこれ小説のプロットを考えたのかもしれない。
さらに階上に上がってみる。国旗掲揚台らしいものがある、広い屋上であった。ここから見る景色は実に雄大であった。何一つ遮るもののない海原に、しばらく言葉もなく見入っていた。建物は年月がたつにつれ古びて汚れていくが、自然は変わらないのだ。
どこまでも水の青が広がっていく。吸い込まれそうである。気持が開放され心が伸びやかになっていくようであった。
そのまま進んで石段を降りていくと、カルスト地形の大きな岩場に出た。右手には小学校が見える。そこから巨岩のある砂浜に行き、少し足を伸ばして小高い山にも登ってみた。
弁天岬とある。椿の木が多くある一角に石積みの祠らしいものがあり、岬の突端に続いていた。その先へは行かずに山を降りて、打ち寄せる波の音を聞きながら、海岸に座って残りの時間を過ごした。何しろ一周四キロの島なのである。
三島は旅館を避けて、集落の民家の一室を借り、食事などもその家族と一緒にして、滞在していたらしい。都会に育った人間が、果たしてうまく一家に溶け込めたかどうかはわからない。でも島の人たちの生活に触れじっくり観察するには、そのほうがたぶんよかったのだろう。小説には巧みに島の方言も取り入れられており、素朴な言葉が効果を上げている。
「潮騒」に登場する島内の場所をいろいろ回ってみて感じたことは、驚くほど情景が正確に描かれていることだった。
神社も灯台も監的哨も海岸も、小説と寸分違わないのだ。まるで写真を撮るような確かな目でもって、捉えた風景や雰囲気を紙の上にきっちりと再現している点に改めて驚きを感じた。おそらく三島は気に入ったところを何度も訪れ、何かを感じながら、長時間海と空の広がりの中に身を置いていたのだろうと思う。
都会の人間には、女たちが天秤棒を担いで湧き水を汲んだり、共同の洗濯場で集まって洗い物をしたりする情景は珍しいものにみえただろう。男たちが海で獲ってきたものをすぐ捌いてその日のおかずにし、一方で不漁が続けば何もない、そういう離島の日常が、かえって新鮮で野趣豊かなものとして映ったに違いない。
今は当時と違って、電気も水道も引かれ、生活は便利になっているのだが、それでも集落の佇まいは全体に慎ましく感じられた。急斜面にまるで身を寄せ合うように、家と家が非常に接近して建てられている。小説に描かれているような、集落自体が一つの家族であるような連帯感、温もりや親しさ、遠慮のなさが、そこには今も存在するのだろうと思われる。
どの家も小さな空間を利用して可愛い植木の鉢を並べ、僅かな土の上にも、お年寄りが大切に草花を育てておられる様子が大変印象的であった。
潮風が吹き抜けていくこの島の小道や海岸、山沿いの坂道、とどこを歩いていても、そこに絶えず若い日の三島の視線や面影を、知らず知らず重ねていた。それにしても「潮騒」とは実にいいタイトルをつけたものだと思う。
打ち寄せる波の音がいつまでも耳に残る離島、神島探訪の一日であった。
引用 参照
「ダフニスとクロエー」 ロンゴス 松平千秋訳 岩波文庫