ホフマンスタール
「六百七十二夜の物語」「バソンピエール元帥の体験」
(講談社文芸文庫)
ホフマンスタール
「六百七十二夜の物語」「バソンピエール元帥の体験」
(講談社文芸文庫)
ホフマンスタールは十九世紀後半、ウイーンに生まれた。父親はユダヤ系の銀行家で母親はドイツ人。生家は裕福であり、フォンという貴族の称号を持つ。
早くから文学活動を通して創作に目覚め、書くものは高い評価を得て成功を納めた。小説だけでなく、詩、劇作、批評、紀行、オペラなど、多くの作品を発表している。けれども五十五歳の時、長男がピストル自殺し、その葬儀に出ようとしていて、卒中の発作のために、喪服のまま書斎で亡くなった。心労が重なっていたのだろうが、まるで自らが好んで描く小説のラストシーンのような最期に、胸を衝かれる思いがする。
ホフマンスタールは、登場人物の唐突な死によって、物語が閉じられるという作品をいくつか描いている。「六百七十二夜の物語」「バソンピエール元帥の体験」「騎兵物語」など・・・・。自分の死についても、何かしら予感するものがあったのかもしれない。
ホフマンスタールの作品で、何が好きかと聞かれたら、どれを挙げるだろう。もっとも有名な作品は、文学における言語の解体、という予言的記述で知られる「チャンドス卿の手紙」であるだろう。今日現代文学で論じられている問題を、時代を先取りする形で予見したといわれる。言語の可能性について、その不在や無力感を鋭く洞察する目を持っていたのだと思われる。でもこれは小説ではないためか、少々読みづらい。
読みやすくて、豊かな物語性のある作品という視点でみると、やはり「六百七十二夜の物語」「バソンピエール元帥の体験」あたりであろうか。未完に終わったが、青年の旅を描いた「アンドレアス」もぜひ続きを読んでみたかった、と読者に思わせる一篇である。それと紀行文という文体ではあるが、単なる紀行とも違う雰囲気を持つ「ギリシャの瞬間」などの世界も捨てがたい。不思議な味わいのあるホフマンスタール、その作品世界を見ていくことにしよう。
「六百七十二夜の物語」
あらすじ
両親を亡くし、家族はいないが、充分な財産を持つ商家の青年は、四人の召使とともに、贅を尽くした調度品に囲まれて、何不自由ない生活を送っている。召使の少女が自殺未遂をするという事件が起こるが、その原因についてはわからない。
ある日、召使の男の不行跡を示唆する匿名の手紙が届く。気になった青年は、確かめるため、男が以前勤めていた屋敷に出向くが、その家の主人はあいにく留守であった。青年は帰途、何気なく町の裏通りの宝石店に足を踏み入れる。
老いた召使、若い召使のことを思い浮かべながら、その場の思いつきで、勧められるまま気に入った貴金属を買い求めたあと、店内から眺めた風景にふと心惹かれるものを感じ、店から菜園へ、そして温室へと進んでいく。家の召使に似た一人の少女が現れるが、悪意のあるその視線に困惑し、金貨を何枚か与えようとする。少女は受け取らず、逆に温室の外から鍵を掛け、青年を閉じ込めて立ち去ってしまう。
青年は苦労して温室の奥の扉をこじ開けた。そこから異界のようなところに出て、貧民街の迷宮のような場所をさまよううちに、落とした貴金属を拾おうと身を屈めたとたん、馬に蹴られて重傷を負ってしまう。兵士に助けられ、みすぼらしい部屋に運ばれるが、持ち物もすべて盗まれ、青年は苦しみのうちに事切れる。・・・・
「六百七十二夜の物語」というタイトルは、アラビアン・ナイトのイメージからとったというが、特に六百七十二夜の話の内容とは関係がないらしい。
これは上層階級の人々に対する、下層階級の人々が持つ、無意識の悪意が描かれている、とみていいのだろうか。主人公の青年は、物語上では何ら過失らしいものを犯していないが、その存在自体が断罪の対象となっている、とでも考えなければ、この物語の不幸な結末の謎を解きようもない。
召使の少女は、窓から飛び降りるという、思い切った行動で何かを抗議しようとしたようだが、青年にはわけがわからない。おそらく男の召使との間に何事かがあったせいなのではないだろうかと、読者には一応推測されるものの、そう断定する根拠は示されておらず、主人公の青年もまた、その原因については深く考えようとはしない。
青年は他の使用人に対しても、距離を保っている。青年にとって、召使たちは快適な日常生活を維持していく上で、欠かせない便利な所有物であり、凝った造りの家具同様に、目を楽しませてくれる動く装飾品であり、ともに暮らしてはいても、そこには人と人との間にある目に見えない深い絆も、親密な人間的感情も介在しない。
青年は、他人との交際や社交などをできるだけ避け、一見孤独とも見える閉じこもった生活をしている。自分と召使のみで構成される、広い贅沢な屋敷や調度品が、青年にとっては完璧な自身の空間である。そこに身を置くことで完結し、満足感が得られるものの、それはまたいうにいわれぬ他者からの圧迫感と、自己惑溺の交錯する世界でもあった。
召使たちは黙々と仕え、日々雇い主である青年をじっと見つめている。それは個人への好意をはらんだ視線ではなく、そこにあるのは、階級によって厳然と隔てられている主従関係であり、それに伴う割り切った金銭関係が、彼らを結ぶ紐帯となっているのに過ぎない。
召使たちは、心の奥底に嫉妬や羨望を潜ませながら、うわべの恭順を装って、主人とともに日々の生活を続けているようにも見える。けれども町角で行きずりに青年と接触する貧民たちは、富の差がもたらすどうしようもない哀しみ、上層階級に対する羨望や嫉妬、運命への諦念、富裕層への嫌悪や復讐心、これらの混ざった感情を、この身なりのよい青年に対して抱くらしく、それらを隠そうともしない。
多くの人々の潜在的な悪感情が集積して、青年に向けられ、それが極まっていくかのように思われた時、青年はまるで自らの意思ででもあるかのように、世界から後退していき、悪意という負の罠に絡めとられ、死へ向かって落ちていくのである。
青年が、家の鏡に映って通り過ぎる若い召使の姿に、この上ない美を垣間見て陶酔する場面がある。青年が鏡の中に束の間映し見た、限りなく美しくはかないものこそ、この世の幻であり、青年が町で足を踏み入れて、出られなくなる迷路めいた、青年にとって幻のように見えた世界は、庶民の厳しい現実世界のものであった。
これまで一度も下層階級の生活に触れたことのない、富裕層の青年にとって、偶然とはいえ、迷い込んで眺めた貧民街の実相は、おそらく異界にも似た衝撃的なものであったろう。でも異世界と思えたものは、逃れようもない現実そのものであった。その他界とも感じられた世界を当てもなく巡っていくうちに、青年は不運な事故に見舞われ、自力で脱け出る方向を見失い、やがてその力もなくなって、救済者も現れないままに、命を落とすのである。
青年が日常から非日常へと移行していく様子は、緩やかに丁寧に描かれていて、読者もまた、青年の目線や行動にぴったりと沿う形で、温室から未知の路上へ出て、ともに彷徨し続ける。夢の中をとめどなくさまよっていくのに似た感じが行間から漂っていて上手い描写である。
馬に蹴られる、という思いがけない場面に真に迫ったものがあり、救助してくれたかと思えた人に、逆に金品を盗まれてしまうという、人の裏切り行為と相まって、日常と隣り合う異界めいた世界の持つ怖さ、人の心に巣くう闇の深さが身に染みるのである。
「バソンピエール元帥の体験」
あらすじ
バソンピエール卿は、日々馬車で通り過ぎる小間物店の若い妻から、そのつど心をこめた挨拶を受けて見つめられ、強い関心を持った。単なる礼儀でなく、そこに真剣で個人的な好意を感じ取ったバソンピエール卿は、従者に言いつけて手はずを整え、町の曖昧宿で密会の機会を持とうとする。
当時町ではペストが流行しており、死者も出ていた。用心して屋敷から寝具などを持ってくる手配をした上で、女との一夜を持った。
次の約束まで待ちきれず、女を一目見ようと、夜にまぎれて小間物店を訪ねたバソンピエール卿は、女の夫とおぼしい男が、室内をしきりに歩き回っているのを垣間見て、その場から引き返す。そこに女の姿はなかった。
ペストの最初の兆候は、爪が青みを帯びるのだという。死人の出た家では、遺体をすぐに埋め、毒を絶やすために藁を燃やすことがよく行われていた。
やっと約束の夜がきて、バソンピエール卿はあらかじめ決められた家にいくが、女が待っている気配は感じられず、不審に思って、小間物店まで様子を見にいく。
扉を開けると、そこでは寝台の藁が燃やされていた。あかあかと炎に照らされて二つの裸の死体があり、ちょうど墓堀人がやってきたところだった。・・・・
身分のある男と、商人の妻との一夜が描き出される。これは完全な創作ではなく、別人による短い先行作品があったそうで、ホフマンスタールはそれをもとにして膨らませたということである。
上流階級の男が主人公で、それぞれ下町で何らかの特異な体験をするという点では、「六百七十二夜の物語」と「バソンピエール元帥の体験」は同じ構造を持っている。
前者では、渦巻く負のエネルギーに巻き込まれ、なすすべもなく死んでいく世間知らずの青年を描いているが、後者では、元帥は死なず、代わりに死を引き受けるのは、かかわりを持った若い女の方であった。生死の分かれ目、その際どさが鮮やかに描かれていて興味深い。
短い生の輝きと、それに隣り合うむごい死。その対比が、ある重みを伴って読み手に迫ってくるようである。男の側からは、女との事は、一種不思議な感じを伴う特異な体験だった、と語られるだけだったろうが、女の側から見れば、命のろうそくの火が燃え尽きようとする直前、いっとき炎が上がって輝くあの現象と似ているといえる。
ペストがあちこちで流行っております、と従僕が元帥に告げるその一行だけで、何ともいえない不気味な雰囲気が行間から伝わってきて、すごい設定であると思う。疫病を背景にするのは、読み手の不安を掻きたてるという点で、心理的効果をあげている。
秩序とか道徳とか、普段なら維持されているものが崩れてゆき、ともすれば刹那的な感情が、人の心をいっとき狂おしくし、ひたすら快楽へと向かわせていく。それを自然だと思わせるものがある。
ペストが身辺に蔓延してくるような中では、誰も平常心を保って生きるのは難しかったに違いない。死を意識した時、危機感から心は焦り、急き立てられ、人は逸るまま欲望に向かって走りだす。
ペスト菌に取り憑かれるという潜在的な恐怖が、平素の枠を取り外し、剥き出しの自己があらわれてくる。死への恐れをはらんだ密会の時間は、濃密だったはずである。
とにかく暗い情念の漂う作品であった。一期一会という言葉があるが、この男女の出会いこそ、そうだったに違いない。
「チャンドス卿の手紙・アンドレアス」(講談社文芸文庫)