夏目漱石
「明暗」(角川文庫)
夏目漱石
「明暗」(角川文庫)
夏目漱石は慶応三年生まれ、本名は金之助。生家は名主であった。母親が高齢出産の上、子沢山であったことから、古道具屋に里子に出された。程なく生家に戻されるが、元書生をしていた塩原に託されその養子となった。養父母が離婚し、九歳で生家に帰るが、実父と養父の対立で復籍が遅れ、夏目姓に戻ったのは二十一歳のときであった。すでに生母は亡くなり、長兄と次兄、仲が良かった三兄の嫂も相次いで世を去ってゆく。
二十三歳のとき、創設された帝国大学に進み英文学を学んだ。正岡子規とは俳句、漢詩などの文芸活動を通じて親交を深めていく。帝大卒業後は高等師範で英語教師として勤めるが、二十八歳のとき東京を離れ、松山の中学に赴任。翌年熊本の五高に赴任し、東京で見合い結婚した妻鏡子と暮らすが、鏡子は流産し、孤独感から自殺を図るなどした。三十三歳で英国留学を命じられ単身ロンドンで暮らすが、神経衰弱に陥り二年で帰国した。この間に正岡子規は病没。
帰国後は帝大と一高で講師を務めるかたわら「ホトトギス」に「我輩は猫である」「倫敦塔」「坊ちゃん」などを発表した。四十歳で教職を辞して朝日新聞に入社「虞美人草」を連載、「三四郎」「それから」「門」と続くが、胃潰瘍が悪化し危篤となる。(修善寺の大患)
病に苦しみながらも「彼岸過迄」「行人」「こころ」を発表するが、「道草」の後、「明暗」を執筆中に死去。享年四十九。
「明暗」あらすじ
会社員の津田は、妻のお延と暮らしている。お延とは親同士の交際の中で偶然知り合い、津田の上司吉川夫妻の媒酌で式を挙げた。お延は夫の愛情を得ようと日々つとめるのだが、津田のほうはどこか冷淡である。津田はかつて清子という女性とつきあっていたが、突然理由がわからないまま背かれ、清子は津田の友人、関と結婚してしまった。津田は今もこのことが心の痛手であり、執着する気持ちも持っているが、お延には清子のことは隠している。
津田は痔を患っており、手術のために入院するが、当てにしていた親からの送金がなく、手術費用にも困る始末であった。あまり気の合わない津田の妹お秀がやって来て、いろいろ言った末に見舞金を差し出し、またお延の叔父も好意からお延に金を与えたので、予想以上の金が手元に集り、費用のほうの心配はなくなった。
古い外套をもらい受けるため、家を訪ねてきた津田の友人小林から、お延は津田の秘密についてほのめかされ、夫に対して疑いを持つ。夫を見舞った折にお秀との会話を立ち聞きし、いっそうその疑惑を深めた。夫を問い詰めようとするが、うまくはぐらかされてしまい、かえって不信感を抱く。
津田は、吉川夫人から退院後の湯治静養を持ちかけられた。清子が湯治場にいるという。夫についてゆこうとしたお延をなだめ、津田は一人温泉場に向かった。そこには夫人の言葉通り、清子が流産後の身体を休めるため逗留していた。
なぜ自分が背かれたのか、津田は真の理由を聞きたいと思い清子に近づこうとする。暗い階段下で待ち伏せするかたちになって清子をおびえさせ、逃げられるが、翌日には清子は平静さを取り戻し、落ち着いて部屋で応対した。(漱石死去のため、話はここまでである)・・・・
主要登場人物の津田、お延、お秀、小林、どの人物も多弁であり、それぞれ意見を持っている。そして複雑に変化するその心理の一端を、興が乗ると長々としゃべり、披歴して止まない。特に小林は饒舌なので、読んでいくのも大変であるが、お延、お秀など女性たちがしっかりと自分を語り、個性的な人物像として造形されているのは、漱石のこれまでにない試みでもあって興味深い。
教科書によく載っている「こころ」でも、男たちがあくまで話の中心であり、物語は男性の視点でのみ進行し、お嬢さん(静)は意思も葛藤もまるでないような感じに描かれていて、女性としては物足りない感じがあった。けれども「明暗」のお延やお秀は、いつも堂々と自分を主張する強さや意志を持っているように描かれ、そこに新しさがある。夫を自分に引き寄せ、努力してその愛を獲得しようとするお延の姿は印象深い。たとえば津田が何か隠していると感じたお延は、こんな風に夫に詰め寄ってゆく。
「どうぞ、あたしを安心させてください。助けると思って安心させてください。あなた以外にあたしは憑(よ)りかかり所のない女なんですから。あなたに外されるとあたしはそれぎり倒れてしまわなければならない心細い女なんですから・・・・」
「じゃ話してちょうだい。どうぞ話してちょうだい。隠さずにみんなここで話してちょうだい。そうして一思いに安心させてちょうだい」(百四十九)
津田の入院のいきさつや交友関係、溝が生じている夫婦の日常生活の描き方は、とても丁寧でかつ詳細である。読みはじめると、出歩くのは夫ばかりで、妻は女中と家で過ごしているので、ずっと津田が中心人物であるかのように思われるのだが、津田が入院しその動きが止まったところで、お延に視点が移される。今度は活発に動き回る彼女の行動やその心理が重点的に描かれることになり、静と動の対比になっている。そして夫婦の間に起きている問題点やわだかまりも少しずつ炙りだされてくる。
たとえば運悪く手術日と重なってしまった叔父招待の芝居見物に、行けるかどうかお延は気を揉む。二人の駆け引きの様子は、このように描かれる。
「好いお天気だ事」
お延が小さな声で独りごとのようにこう云った時、それを耳にした津田は、突然籠の中にいる小鳥の訴えを聞かされたような心持がした。弱い女を自分の傍(そば)に縛りつけておくのが少し可哀相になった。・・・・
「要するに、お前はどうなんだ。行きたいのか、行きたくないのか」
津田の顔色を見定めたお延はすぐ答えた。
「そりゃ行きたいわ」
「とうとう白状したな。じゃおいでよ」(四十四)
実はお延はその日の手術が無事に終わり、夫の許可も出て、自分が芝居に行ける場合を想定して、華やかな着物でめかしこんでいた。お延には知らされなかったが、その日の招待は、お延の従妹に当たる継子の見合いを兼ねていたのだった。
後日、見合い相手の青年の印象について意見を求められたとき、お延は継子にこう言ってのける。
「誰でも構わないのよ。ただ自分でこうと思いこんだ人を愛するのよ。そうして是非その人に自分を愛させるのよ」(七十二)
これは強い主張である。未婚の継子の目には、津田は単純に良い夫とのみ映り、津田夫婦は幸福な男女の一対と見え、そしてお延も充分そのことを意識していた。実際には津田とお延の間には亀裂が生じていたが、真実を告げずそう言ってみせたのは、お延の虚栄であり願望であり、決意なのであった。内面では悩みつつ周囲には幸せを装うお延は、そう言いきることによって自分を奮い立たせたのである。もう少し後の章で、同じ言葉は改めて心の誓いとして繰り返される。お延を性格づけている強さをよく言い表している。
お延はまたあるとき、ふと自分の容貌を思い、自分が見合いの席に呼ばれたのは、美しい継子の引き立て役であったことにも思い至る。彼女は自分の容貌が劣っていることを、女中のお時に嘆いてみせるのだった。お時はとまどうが、こう言って女主人を慰撫する。
「奥様が不器量なら、私なんか何といえばいいのでございましょう」
お時の言葉はお世辞でもあり、事実でもあった。両方の度合いをよく心得ていたお延は、それで満足して立ち上がった。(八十)
津田の容貌については、お延の叔父の評によると「あの男は日本中の女がみんな自分に惚(ほ)れなくっちゃならないような顔つきをしているじゃないか」(六十二)ということであるから、かなりの好男子であったのだろう。容貌が劣るお延とは美醜の対比をなしていることになる。
津田の妹であるお秀も、気が強くはっきりしたもの言いをする女性として登場する。彼女は津田夫婦に対しては冷ややかである。兄は妻に甘く言いなりになっており、良家育ちの妻のほうは派手好きな女、と悪く見ている。お延のつけている高価な指輪に気がついたとき、口ではその指輪を誉めたが、内心では贅沢だと思い、そのようなものを妻に買い与える兄も批判的に見ている。兄は実家の両親から仕送りを受けており、月々の不足分を親が補ってやるかわり、賞与でそれを返済する約束であった。そしてその取り決めに尽力したのはお秀とお秀の夫であったが、津田はその通りに履行できなかったのである。津田はお延への虚栄心と対面を保ちたい心から、実家の財力については本当のことを妻に告げておらず、お金に関する事情をよく知らないお延は、高い指輪も単に夫の自分への愛情のしるし、と単純に思いこんでいたのだった。
お秀は器量のよいのを望まれて裕福な家に嫁ぎ、姑や小姑の苦労はあるが、すでに二人の子どもを持っていた。兄に入用の多額の金を自腹で用意し、見舞い金として持参できるような経済的には恵まれた境遇にあるのだが、実はお秀の夫は、津田の入院している病院で花柳病の治療を受けているような男でもあった。
津田の友人である小林は、風変わりな人物として異彩を放っている。能弁な男で柄の悪さも目立つが、言いたい放題の中に、ぐさりと突き刺さる言葉を初対面のお延にも投げつけてくる。
「奥さん、僕は人に厭(いや)がられるために生きているんです。わざわざ人の厭がるような事を云ったりしたりするんです。そうでもしなければ苦しくってたまらないんです。生きていられないのです。僕の存在を人に認めさせる事ができないんです。僕は無能です。幾ら人から軽蔑されても存分な復讐(かたきうち)ができないんです。仕方がないからせめて人に嫌われてでも見ようと思うのです。それが僕の志願なのです」(八十五)
誰からも愛されたい、夫から愛されるように仕向けてゆきたいとばかり思っているお延にとっては、かなり衝撃的な人物であった。お延は小林を苦手だと感じる。けれども小林はそこを見抜いて容赦しないのである。
「奥さんはさっきから僕を厭がっている。早く帰ればいい、帰ればいいと思っている。・・・・仕方なしに僕の相手になっている。それがちゃんと僕には分るんです・・・・」
小林はまた大きな声を出して笑った。(八十五)
手術が無事に終わった津田は退院し、湯治に同行しようとするお延をうまくいいくるめて家に残し、一人で湯治場に向かう。費用も出した上に、湯治に行って清子に会えとそそのかしたのは吉川夫人であるが、彼女が本当はどういう意図で津田をけしかけたのかは、この時点ではまだよく見えてこない。ともかく津田は清子に会い、自分から去った理由をどうしてもじかに聞いてみたくなったのである。
宿に着いて、清子に近づく方法を探るうち、夜の風呂場から部屋に戻ろうとして廊下をさまよっているとき、偶然風呂道具を手に階段を降りてくる清子と出会ってしまう。そのつもりではなかったのだが、待ち伏せるかたちになったのである。突然現れた津田を見て清子は驚き青ざめ、おびえて自室に引き返してしまった。
この辺りの描写は「夢中歩行者のように」薄暗い闇の中を、影のように進んでゆく人影、津田が鏡に映し見る自分の濡れた髪、階段にすっと現れる女の姿、など妙に異界めいてぞくぞくするような雰囲気である。作家の筆の冴えが感じられるし、この世のものとも思えないような独特の空間世界をかたづくっている。
津田もあれこれ思いその夜は眠れずに過ごし、翌朝になると「昨夜来の魔境から今ようやく覚醒したような人」の眼で改めて旅館の庭を見渡すのである。
翌日、津田は女中を通じて清子に見舞いの果物籠を届け、面会する。吉川夫人にもらった果物籠が役に立ち、見舞い品として使われることになった。清子は昨晩の様子とは違って、別人のようにゆったりと落ち着いた態度で応対する。津田は思う。
「あの緩(のろ)い人はなぜ飛行機に乗った。彼はなぜ宙返りを打った」(百八十三)
比喩的な表現になっている。清子に裏切られた津田の心は、常にその一点を離れることはなかったが、性急にそんな重たい話題を持ち出して問い詰めるわけにもゆかず、まずは昨夜の非礼を詫び、話はその周辺を行き来する。待ち伏せしたと清子に疑われたことを感じた津田はそれを否定し、さらになぜそう疑ったのかと清子を追及しはじめる。それに対して清子はこう答えるのである。
「そんならそうと早くおっしゃればいいのに、私隠しも何にもしませんわ、そんな事。理由(わけ)は何でもないのよ。ただあなたはそういう事をなさる方なのよ」
「待ち伏せをですか」
「ええ」
「馬鹿にしちゃいけません」
「でも私の見たあなたはそういう方なんだから仕方がないわ。嘘でも偽りでもないんですもの」(百八十六)
この後、津田はさらに問い続け、昨夜驚いて青ざめた清子が、どうして今日は平静でいられるのかと訊くが、それに対しても清子は「ただ昨夜はああで、今朝はこうなの」と答えるのみである。
津田の質問の仕方には、どこか執拗さがあり、気持ちにも余裕がみられない。久しぶりに再会した清子に対しても、かつて恋人であった(と自分では思いこんでいた)女に対する強い執着が感じられるが愛情はなく、心が籠もっていないようである。妻のお延に対しても(細君として)ふつうに所有しているだけで、あまり愛情は感じていないようである。おそらく津田は自分からは誰も深く愛さず、相手から愛されることをのみ求める男なのであろう。でもそのような本質に自身では気がついておらず、目下の津田の関心事は、なぜ清子は自分を捨て、別の男を選んだのか、という理由を知ろうとすることだけである。
津田は清子に捨てられたと感じ、男として自尊心を傷つけられたことを、心にずっと引きずってきたのである。それを回復する方法として、たとえば清子の口から、本当は津田のほうが好きだったが、余儀ない事情があって、関に嫁いでしまった、とか、そういう類の言葉を聞いて納得したかったのであろう。
でもこれまでの経緯や、伏線から推測すると、津田の考えるような展開には至らないであろうという気がする。後半まで出番がなかったのでよくわからないが、清子はおっとりとしていても、結構はっきりした意見を言う人のようである。実は津田の自己中心的な性格も交際中によく見ぬいていて、とても自分の将来を託せない、と判断したのではないだろうか。もっとも清子が選んだ夫の関も、花柳病で津田の通う医院に通っており、そうなると清子の行なった選択も、決して彼女に幸福をもたらすものではなかったようではあるが。
それはともかくとして、もし津田が清子に対し、離反の理由を知ろうと本気でぶつかっていけば、清子は津田には痛いこともずばりと言ってのけ、津田を根底からたじろがせる、そんな芯の強さを持つ女性のように思われる。
残念ながら「明暗」はこの辺りで中断してしまい、未完の作となるので、以後の展開はどうなるのか不明である。
ここまできて未完ということになると、誰でも話の結末が気になるものである。漱石の弟子に当たる人や、複数の作家がこの続きを考えて結末を予測し、これまでにもいろいろな説が立てられたそうである。たとえば、お延の心は最終的には津田から離れてゆく、とか、津田は清子から新たな打撃を受けて病が悪化する、とか、清子が去って津田夫婦の間に強い絆が生まれる、など・・・・。なお水村美苗「続・明暗」(ちくま文庫)によると、後半の主人公はお延で、このような展開になるそうである。
水村美苗 「続・明暗」 あらすじ
吉川夫人に教えられて温泉場にたどり着いたお延は、滝で語り合う夫と清子の姿を見て衝撃を受ける。そのとき食い下がる津田に対し、清子は冷静であったのだが。またお秀と小林も、心配して後を追って温泉場にやって来る。津田の病は悪化し、お延も風邪で倒れてしまう。津田とお延との信頼関係は崩れ、絶望したお延は、宿を抜け出て死に場所を求めて滝にゆくが死にきれず、やがてさまよいつつ山中に入ってゆく。生でも死でもない境地に達したお延の前には、ただ自然が広がっているのだった。(続・明暗)
漱石の作品には「こころ」「それから」「門」など、男女の三角関係の話が多くみられる。男二人と女、愛の葛藤の物語やその後日譚である。そのような作品群は、若い日に、漱石が嫂に憧れていたことの反映ともいわれているし、また大塚楠緒子(歌人、作家)という女性に失恋したことが、一連の作品を書く動機になった、ともいわれているが、はっきりとそれを証明するものはなく、定かではない。
「こころ」で自殺するKは、夏目金之助のKであるという説もあるそうだ。二十代で楠緒子に失恋し(楠緒子の夫は漱石の友人である)、そのとき心に深く受けた傷が、繰り返し漱石の一連の作品のモチーフとなり、かたちを変えて生涯にわたって書き続けられていくことになったのであろうか。
「硝子戸の中」には、雨の日に人力車で通り過ぎる楠緒子と町ですれ違ったときの、彼女の美しさについて触れた文章があるし、楠緒子が三十五歳という若さで亡くなったとき、漱石は「ある程の 菊投げ入れよ 棺の中」という句を手向けとして贈っている。
「明暗」もまた苦い失恋に伴う煩悶や懊悩、夫婦間の愛情の問題を扱ってはいるが、漱石がこれをどういう結末にしたかったのかは、誰にもわからない。悲劇に終わるのか、幸福な結末なのか、あるいはそのどちらでもない結末なのか・・・・。
津田が宿の女中と会話する中で、湯治の滞在客の一人として、ちらりと登場する妙な人物がいる。墓碑銘を書くという白い髭をたくわえた書家の老人である。書家というのは職業としてわかるが、よりによって墓碑銘を書きにきている人というのは・・・・まるで冥府からの使者のようで、不吉で穏やかでないものが感じられ、読んでいて気になる存在である。
「なるほど。やっぱり字を書いてるのかい」
「ええ、何だかお墓に彫りつけるんだって、大変大きなものを毎日少しずつ書いていらっしゃいます」
書家はその墓碑銘を書くのが目的で、わざわざここへ来たのだと・・・・(百八十)
作者である漱石自身がこの後病没してしまうので、墓碑銘は漱石自身の死を暗示するもののようになってしまった。
画家は自分の絵の中に、目立たぬように自分自身の姿を描き入れておくことがあるという。そのひそみに倣い、漱石もまた手遊びとして、自分の姿を作中にそっと紛れ込ませたのであろうか。そうなると墓碑銘を書く人とは、漱石の分身、あるいは死をまとう影のような存在を意味することになるのかもしれない・・・・。身に重い病を抱えていた漱石は、その正確な時期についてはわからなかったであろうが、確実に自分に迫りつつある死を予感しつつ、日々の執筆を続けていたのかもしれないと思う・・・・。
「明暗」はどのような結末を迎える予定だったのだろう。それは永遠の謎である故に、今も読む人の心を強く惹きつけて止まないのである。