黒部峡谷 黒薙温泉
黒部峡谷 黒薙温泉
宇奈月から、黒部峡谷を走るトロッコ電車に乗り込んだ。かつてこの峡谷に幾つかのダムが建設された際、作業員や資材の運搬用に敷かれた軌道なのだという。
一般の人が只同然で利用できた(ただし命の保証はしない、と乗る際に念を押されたそうであるが)時期もあったようだが、今はきれいにデザインされた観光列車に模様替えし、宇奈月から欅平まで旅客を乗せて運行している。ミニサイズの車両で、まるで遊園地の電車のようである。
リラックス車両、パノラマ車両などあるが、一番安いオープン車両にする。いわゆる貨車の形をしていて、可愛い屋根はついているが、風は通り抜けで、横なぐりの雨でも来ればどうなるのかとふと思う。でも今日は快晴であった。背もたれのない四人掛けシートが並び、留めてある鎖を自分で外して乗り降りするのも楽しい。
列車は山の中の鉄橋を渡り、汽笛を鳴らしながら進んでいく。下を見ると目のくらむような深い谷で、ところどころに白い渦を巻いて谷川が流れている。切り立った険しい崖の向こうに、緑濃い黒部の山々が目の前に次々現れては、後方に流れ去っていく。さすがに吹き付けてくる山の風は冷たくて、狭いトンネルに入る度に、上から水滴が落ちてくるのを感じた。湿った冷気筒の中を潜り抜けているようだ。
途中小さな無人駅は幾つもあって、待ち合わせのために寂れた駅のホームに短時間停車したり、またゆっくりと通過していくが、そこで観光客を降ろすことはしない。今は駅員がいて客が降りられる駅は、温泉のある「黒薙」と「鐘釣」だけである。それ以外の駅は、名前は残っているが、いわば忘れられた駅である。でも往時はきっとここで多くの人が働いて賑わっていたのだろう。
字が薄れて一部消えている表示板、長年使われなくなって錆びた柱、伸び放題の雑草に埋もれた小道、ガラスが割れ傷んだ駅舎・・・・見ているとどことなく寂しい雰囲気が漂っている。
列車は緑の峡谷を縫うように進んでいき、程なく温泉が湧いているという「黒薙」駅に着いた。降りたのは私たち夫婦と、家族連れが二組であった。
黒薙温泉はここから、六百メートル山道を歩くのである。車の通るような道はないというから、健脚の人向きの温泉である。今は使われなくなったトンネルが駅舎の横にぽっかりと黒い口を開いていて、そこを通り抜けて行くと温泉への近道と聞いたが、それは帰りに通ることにして、往きは山道のほうへと向かう。
蝉が絶え間なく鳴き続ける山道を歩いていると、虻なのか、絶えず虫が寄ってくる。手で払いのけながら進んでいくと、川の水音が遠く近く聞こえてきた。急な石段を降りていくと、温泉の地熱で、非常に空気が熱く感じられる。谷川のすぐ近くに、山中の一軒宿という雰囲気の屋根が現れて、それが目指す黒薙温泉であった。
黒薙駅と繋がっていると思われるトンネルが近くに見える。その入り口に座ってみると、暗い中から驚くほどの冷風が流れ出てきて心地よい。天然のクーラーである。
黒薙は宇奈月温泉の源泉であると聞いた。ここから宇奈月全体にお湯を供給しているというから、余程湯量が豊富なのであろう。この黒薙温泉には元湯の管理という意味もあるらしい。比較的新しい大きな露天風呂が川原に拵えてあるというので、川伝いに見に行くと、誰も入っていなかった。ただ虻だけがわんわんと飛び回っており、こちらを目指して集まってくる。後で訊くと、昼間は虻が多いため、入湯のお客さんにはなるべく内湯を勧めているのだという。
川には滝が流れ込んで、せせらぎは涼しげな音を立てている。でも川原にはコンクリートで厳重に固めて鉄蓋をしてある一画があって、そこは近寄るだけで非常に空気が熱い。中はおそらく熱湯が噴き上がっているかと思われる。これが宇奈月温泉郷に送っているという元湯なのだろう。蓋もあるし安全と思うが、熱さもあって何となくおびえて後ずさってしまった。
近くには平成七年に起きた、記録的な洪水の水位を示す目盛り板があって、その位置をみると、今歩いている道をはるかに越えていた。まさかここまでと思うほどに高い。その折にはきっとこの川はごうごうと音を立てて濁流が渦を巻き、上流から幾つもの大岩が押し流されて来たに違いない。宿の人に聞くと、その時に従来あった露天風呂も壊れてしまい、温泉宿の設備も大きな被害を蒙ったという。
今見る川は清らかで水は澄んでいる。覗き込むと、石の間を小さなおたまじゃくしが群れて泳ぎ回っているのが観察できた。柔らかい緑のもみじの枝が川に張り出し、重なり合う葉の裏に、川面に踊る日の光が反射して白く光り、風に細かく揺れている。頭上の木々からはヒグラシの声が絶え間なく降り注ぎ、見上げると緑が目に染みるようであった。
夜に入ると、下の谷川の辺りから、ピロピロというカジカの鳴き声が断続して聞こえてきた。中学の頃、家の近くの川で同じ鳴き声を聞いた。せせらぎの音、カジカの声、家族で夕涼みに行った折のことなどが懐かしく浮かんでくる。それ以来、長年カジカの声を聞いていなかったので、すっかり忘れてしまっていたが、今渓流の音と混ざり合って鳴く声を聞いていると、遠い日々を思った。
部屋にはテレビもクーラーもなくて、草むらで虫のすだく声が流れてきて、涼感を誘う。部屋の窓からは滝も眺められた。夜の闇に水の流れが白い帯のように浮かび上がっていて、爽やかな水音が響き渡る。飽きずに窓辺に寄って眺め続けた。都会を離れて山奥にやって来たという感じが漂っていてよかったが、蒸し暑さにたまりかねて戸を開けると、待ちかねていたように虻が飛び込んでくるのにはちょっと弱った。
夕食は山菜のてんぷら、こごみのおひたし、蕗の煮物、シメジのあえ物など、ヘルシーな山の献立であった。泊り客は全部で十人ほど。これは何?と山菜に関する質問が飛び交い、宿の人が説明してくださる。熟年夫婦、大学生入り混じっての夕食は、大家族のような雰囲気であった。
夜は虻が少ないというので、露天風呂に入りに行くことにする。ここには女性専用の天女の湯という小さな露天風呂もある。時間交代制で男性も入れるようになっている。女性の時間になるのを待っていると、何だか急に風が出てきて、立ち木が揺れ、空模様が怪しくなってきた。どうも嵐が近づいているような気配である。谷の向こうの空で時折稲妻が光る。夜八時を過ぎ、男性が皆上がり、誰もいないのを確かめてから、天女の湯に入りに行く。
それは切り立った崖の上に拵えてあった。吊り橋がすぐ目の前にあり、向こう側から誰か現れるのではないかと一瞬どきっとするが、通行止めの柵で仕切ってある。真下をみると峡谷である。強い風が吹き上げてくる。ぴかっと大きく光ったかと思うと途端に激しく雷が鳴り始め、風とともに大粒の雨も落ちてくる。
さすがにこんな天気なので、入っているのは私一人であった。もう誰も来ないだろうと思う。お湯は適温、湯質は単純泉、気持ちよく浸かっているうちに、みるみる風雨が強まってきた。空を見上げると、斜めに走る稲妻と雷鳴が交錯する。一瞬白く光る度に昼間のように谷間の全景が照らし出され、大きな音が谷に轟いて木霊のように反響し、再び静かな濃い闇に落ちていく。低い不吉な太鼓のような音がしばらく続く。
繰り返される雷鳴を聞きながら、じっとお湯の中に身を沈めていた。また次の稲妻を待ち望む気持ちが生じる。こんな嵐の中での露天風呂、これはきっと生涯忘れないだろうな、と思いつつ、ひたすら目の前に広がる虚空、明滅する稲光、光によって切り裂かれる闇を眺めていたのだった。
あくる日は、昨夜とは打って変わって抜けるような青空であった。帰路は近道のトンネルをくぐって黒薙駅に向かうことにする。この暑い日差しの中、駅までの距離を思うと、往きに通ったあの山道をもう一度歩こうという気は起きない。トンネル内部はどんなに涼しいことだろうかと、入るのを心待ちにしていた。
一歩入るや否や、期待通りひんやりとした空気が頬に触れ、外の暑さとは全く違う冷気が充満していて、抜群の涼しさであった。
温泉側から入ると、この通路はトンネルというよりは、むしろ長い洞窟に見えた。胎内くぐりのようである。でも暗闇ではなく、所々に電灯も点っていて、道は平坦で歩き易い。トンネル内をT字路のところまで進むと、そこからは線路が敷設されていた。
右へ行くとダムなので、左手の黒薙駅の方に向かう。濡れた線路や枕木を踏みながら暗いトンネルの中を歩いていく。ちょっとした非日常、異空間である。怖くて面白い。
ひょっとして向こうから、あるいは背後から、来るはずのない電車がやって来たらどうしようと、ついありえない想像をしてしまう。映画やテレビで繰り返し恐怖の場面を見てきたからである。
そういうことを考えていると、電車の轟音が今にも聞こえてきそうで、妙に落ち着かない気持ちになってくる。つい左右に設けてある待避所の岩の窪みを、いちいち目で確認しながら歩いていた。
早くこの不安な場所を抜けて安心してしまいたいような、でもこの滅多に体験できないトンネル内歩行をどこまでも続けていたいような、矛盾した気持ちがぶつかり合う。
幻の電車に追いかけられる想像を、打ち消しながら歩いていると、前方に明るい出口が近づいてきた。暗闇は一歩ごとに背後に遠のき、トンネルを抜け出ると、眩しい日が照りつける黒薙の駅舎が目の前にあった。
再びトロッコ列車に乗り込み、「鐘釣」で降りる。ここはツアーの観光客が溢れていた。一箇所、万年雪が少し残っているところがあって、展望台が設けてある。崖の道を水辺に降りてみると、たくさんの人がお弁当を広げたり、流れに足をつけたりしてピクニックを楽しんでいる。
川原の露天風呂では水着姿の子供たちがはしゃいでいた。大人も何人か浸かっているが、周りにはその様子をじっと見ている見物人が多くて、あれでは落ち着いて入っていられないだろうと同情する。
川のほうに降りて手足を浸してみた。転ばないように川の中を少し歩いてみると、黒部川の流れは速くて、水はかなり冷たく、見上げる対岸の緑が爽やかに感じられた。
トロッコ列車で終点の「欅平」まで行くことにする。降りると駅周辺にはビジターセンターや展望台があって、散策する人、帰りの列車の時間待ちの人が大勢行きかっている。奥鐘橋という、朱色に塗られた大きな橋を渡り、岩を大きく抉り取って拵えた人食い岩という道を歩き、名剣温泉の辺りまで散策する。
今回は行かなかったが、欅平付近には猿飛峡や、祖母谷温泉がある。どちらも以前訪れたことがあって、ばばだに、というその名も暖かく響く、素朴な山の中の湯治場という感じだった、と遠い記憶を辿って思い出していると、早くも帰りの電車の時間が迫ってきていて、駅まで戻ることになった。
帰りもオープン車両にする。空を見ると雨模様なので、用心してアノラックを出して着込むことにした。列車が出発してまもなく、雨は本降りとなって、左右から容赦なく風とともに吹き込んでくる。ふと周囲を見ると、雨具の用意なしに外側に座った人は、もう避けようもなくてひたすら身を縮めて耐えるしかなく、気の毒なことに肩や袖はびしょ濡れ状態であった。
程なく雨が上がり、霧が出てくると、車中から眺める風景は動く水墨画の様相を呈してきた。山霧が流れ、ぼうっと霞んでいく奥に更に深い山が見え隠れする。急峻な谷、白煙となって落ちる滝、溶けるように雲がたなびき、山裾は薄くもやっている。
水墨画といえば、画家は色彩の消えたどことなく寂しい精神的な世界を捉えて、それを意識的に描くのだと、思っていた。それは例えば人が死後に訪れる静かな夢の中のような情景・・・・。
その思いは今も変わらないが、でも現実にこうした無彩色の世界が息づいていることを改めて実感してみると、山水画は静止した画像ではなく、一瞬ごとに動き、展開し、変容している山の霊気が見せてくれる様相、そのマジックの一端だったのだとも思う。
長い汽笛がゆっくりと谷間に響き渡っていく。多くのトンネルを潜り抜け、たくさんの橋を渡った。かなり急勾配の崖の上を走っているので、仮に星が瞬く夜にこの列車に乗っていたとしたら、天空を疾走するような感じであろう。それはまさに宮沢賢治「銀河鉄道の夜」のような世界かもしれない。
賢治の小説の中のあの列車も、また死者を乗せて空を走っていく幻の列車であった。死後に運ばれる世界を、生きているうちに描くということの意味について、とりとめもなく考えているうちにも、現実の列車は進んでいき、片道二十キロ、約一時間二十分にわたる黒部峡谷の旅は終わりに近づき、列車はゆっくりと宇奈月の駅舎へと滑り込んで行ったのだった。