ハ チ 騒 動
ハ チ 騒 動
以前数人のグループで奈良県の金剛山に登ったことがあった。
頂上まであと少しという所で休んでいると、二、三匹のスズメバチが寄ってきた。皆慌てて帽子で払いのける。すると、ハチの動きが急に活発になった。攻撃してくるようだ。私たちは頂上に向かって逃げた。ハチも追いかけてくる。
疲れて休みたいのだが、立ち止止まると、ハチの唸りが耳元に聞こえてきて、追い立てられる。汗だくになって山道を駆け上がった。
頂上に着き、ほっとして見回すと、ハチはもういなかった。
ハチは人の動作に敏感に反応するので、必死で逃げ回るとか、ものを振り回すとか、そういう行動は、ハチの攻撃本能を刺激してしまうらしい。じっとしているのに越したことはないという。
夏の初めのこと、わが家の庭木の剪定に来てくれた植木屋さんが、
「スズメバチの巣がありますよ」
と教えてくれた。木蓮の枝を見上げると、確かに紡錘状の壷のようなものが下がっている。今まで茂った葉に隠れて見えなかったのだ。
黄色いスズメバチが一匹、木の周囲を飛び回っていた。ハチの習性を思い出し、怒らせないようにそっと巣を眺めた。
危険なので「木蓮の剪定は、ハチの駆除が済んでから」ということになった。
業者に駆除を頼むことも考えたが、市役所に聞くと、防護服を貸し出してくれるという。
夫が自分で駆除するというので、早速借りてきて、「ハチ服」と書かれた箱を開けると、銀色の宇宙服のようなものが出てきた。
人通りが減った夜の九時ごろ、防護服を着込んだ夫は、巣に近寄った。逃げ出したハチが通行人を刺してはと思い、昼間を避けたのである。
慎重にビニール袋に巣を入れ、枝ごとちぎり取ったつもりで、袋の中を見ると、何と空っぽである。
落としたと思い、探すがどこにもない。溝を調べようと道路に出ると、犬の散歩中の中年女性が通り掛かり、夫を見てぎょっと立ちすくんだ。何しろ夫は宇宙服のようなものを着ている。
「ハチの駆除なんですよ」
夫は説明したが、ヘルメットの中で声はくぐもって聞こえる。相手は逃げるようにその場から立ち去った。その夜、巣は見つからなかった。
翌朝、もう一度探したが、枯葉が沢山散っているばかりである。思うに巣は堅固なものではなく、外壁は薄いせんべいのような感じで、手で触れた瞬間に、潰れて空中分解したのだろう。探し回る間に、巣も踏まれてしまったのに違いない。
あるいは造りかけで、未完成の巣だったのか。
黄色に黒い縞のスズメバチが一匹、巣のあったはずの木の周囲をいつまでも巡っていた。巣を壊されたことをどう思っただろう。
枝に新しいハチの巣は、まだない。
(2003・11・5)