蛍 の 木
蛍 の 木
今から四年前の春に、病気で二ヶ月程入院したことがあった。
その時病室で偶然手にした新聞に「珍しい竹の花咲く」という記事が写真と共に載っていた。
それによると、数十年に一度咲くと言われている竹の花が、府立植物園で開花しているというのである。
それはナリヒラ竹という竹で、十一月頃から咲き始め、四月までが見ごろとあった。
数十年に一度の開花とは、何という長い生命サイクルであろうか。
そして開花すると、その竹は枯れてしまうのだそうである。
生命を終える前の最初で最後の花。一体どんな花なのだろう。ぜひこの目で見てみたいという思いが生じ、私はまだ見たことのない竹の花に病床で思いを馳せた。
月が替りようやく退院できると、私は早速植物園に出かけ、その竹の前に立った。
花はまだ咲いていた。それは細かく小さな稲穂状の花で、薄い緑色をして頭を垂れ、時折吹く風に揺れていた。
稲の花によく似ていた。竹はイネ科なのだ。ナリヒラ竹は幹も細く色もやや紫がかった感じで、丈もそう高くはなかった。
しばらくの間竹を見つめていた。
エネルギーの全てを注ぎ込んで生涯に一度だけの花をつけ、種を地に落として、子孫をこの世に残した後、自分は枯死して行く。
それは自然界の摂理なのだが、病気をしてすっかり健康に自信をなくしていた時だっただけに、今まさに命が尽きようとしているこの竹に、何かしら身につまされるものを感じたのだった。その姿にどこかで自分を重ね合わせていたのかも知れない。
京都市内から一家で長岡京市に移り住んで、もうかれこれ十数年が経った。引っ越してきた当時、市内を歩くと、見上げるような大形の青々とした、モウソウ竹の藪が多いのに目を見張った。
そんなある日、近所の人から、近くの竹薮に蛍が群舞することを教えられた。
早速日が落ちてから行ってみると、昼間見るのとはまた趣が異なった世界がそこにあった。
青白い光が暗い藪の中に点滅している。眺めていると一とき心を奪われ、まるでこの世とあの世を繋ぐ、幽明境に佇んでいる心持になった。水辺の草を踏み、蛍に誘われるように小道を歩いて行くと、足元にも蛍が光った。
水辺にとりわけ蛍が集まっている一本の木があった。無数の蛍がそこに寄ってきて光を点し、大きな光る木となっている。それは息を呑む美しい光景だった。
何年か経つうちに、田んぼや竹薮から蛍は次第に減っていった。
蛍の季節が巡って来る度に、私は藪の周辺を歩いてみる。蛍はもういない。でも竹薮も木も元のままにあり、私の心の中では今もなお蛍は飛び交って、生を惜しむかのように舞うのである。
(2003.7.2)