三嶋大社(伊豆一宮)
三嶋大社(伊豆一宮)
ここのところよく各地の神社を訪れているが、その多くは豊かな森に包まれていて、神社の杜、という形で自然が残されていることにほっとする。境内の池のほとりにたたずみ、緑の木立の中を歩いてゆくのは、心和むひとときである。社を巡ることは自然に触れ、またその地の霊を訪ねることでもあろう。これからも拙いながら感じたことを綴ってゆけたらと思う。
茅ヶ崎から東海道線に乗り、三島駅に降り立つともう夕刻であった。伊豆一宮の三嶋大社は、三島駅から歩いて十分ほどの所にある。真夏の日差しが強く照りつける商店街を歩きながら地図を見ると、すぐ近くに伊豆二宮、浅間(せんげん)神社がある。楽寿園の隣にあり、立ち寄ってみると、ひっそりした村の鎮守といった雰囲気のお社で、祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)であった。
二宮を出て、澄んだ水の流れる掘割に沿って三嶋大社へと歩いていった。富士山の湧水はこの町を豊かに潤しているらしく、道端にも飲用の表示のある水が湧き出ていて、手に受けてみると冷たくておいしい。鴨が泳ぐ水路は水底まで透き通り、覗き込むと緑の藻がなびいて揺れている。さらさらと流れゆく水は涼しそうで、立ち止って水路を眺めていると、何か餌がもらえるのかと期待して鴨が数羽寄ってきた。雛も混じっている。流れが早いので必死に水を掻き、ときどき流されそうになりながら、こちらの手元を見上げてくる。とても可愛い。パンでも持っていればよかったなあと残念であった。
歩き始めると、前方の空に大きな半円の虹がかかっているのに気がついた。近隣の町に夕立でもあったのだろう。自然現象とわかってはいても、偶然ここできれいな虹に出会えたのは嬉しい。消えていくまでの数分間、空を眺めながら歩いた。
三嶋大社に着いた。鳥居をくぐり参道を進むと池があり、橋を渡るとき水面を覗き込むと色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。池のほとりには由緒ありげな巨樹もあって濃い影を池に落としている。
広い境内の右手に巨大なキンモクセイの木が見えてきた。花の季節にはその香りが八キロ先にまで漂うという。以前出雲の八重垣神社に行ったとき、境内で巨大な椿の木を見てその生命力に驚いたことがあったが、あの椿といい、ここのキンモクセイといいどうやったらこんな巨樹に育つのか不思議である。
社殿にたたずむ。夕刻なのでもうひと気は少なくて、静かである。祭神は大山祇神(おおやまつみのかみ)。やまつみとは、海の神を指すわだつみに対して、山の神を意味する言葉という。日本の国土の神といっていいであろうか。記紀の逸話では、大山祇神は娘二人を天孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に献上したが、美人の妹の木花開耶姫(このはなさくやひめ)は后になったが姉のほうは醜いとして帰されたという。
三嶋大社はまた源頼朝の尊崇が厚かったことでも知られている。頼朝は東国挙兵の折に戦勝を祈願し加護があったので、以後ここは東国武家の崇敬も厚くなったという。
祭神は伊予一宮の大三島、大山祇神社から勧請したとされ、はじめはここでなく下田の白浜海岸の社に后神とともに祀られていて、後にここに遷されたと伝えられる。
遷座の折の伝承では、ここには土地神の若宮八幡が祀られていたが、藁一束分の土地を譲ってほしいとの三嶋神の申し出に八幡神が承諾すると、三嶋側のほうでは藁を解いて結び合わせて長くし、広大な土地を領有してしまったという。そのことに抗議の意をこめてであろうが、若宮社の社殿は、三嶋社に対して背を向けたという。
新来の神が旧来の神を押しのける形で遷座する例は、紀伊一宮など他の神社でもいくつか見てきた。祭祀にはその時代の権力者の意向が反映されることから、神の交替も時には強引な形で行われたのであろう。
往時は三嶋神が一宮、若宮八幡は二宮とされたらしいが、先ほど見てきた通り、現在浅間神社が二宮であり女神が祀られている。若宮八幡は今は境外摂社、若宮神社として市内西若町に鎮座し、(ただし社殿の向きは三嶋社に背を向けていないそうである)二宮には、従来三宮であった浅間神社が昇格したという。
蝉の鳴き声が背後の杜から波のように聞こえてくる。夕刻といってもまだ三十度は超えていると思われる暑さで、思わず涼を求めて樹木の近くに寄っていく。風が心地よく吹き降ろしてくる場所があり、さわさわと鳴る高い梢を見上げると大きく左右に揺れていた。
拝殿と本殿は、どっしりした素木で簡素に造られているが重厚な雰囲気を持ち、武家の尊崇にふさわしく何の飾りもないのがかえってすっきりした印象であった。
涼しい風の通り道に立って、権現造の社殿やその背後の杜を眺めていると、あまりに吹き抜ける風が快適なので、しばらくそこを離れがたかった。
そろそろ閉める時間が来たのであろう、巫女さんたちが現れて拝殿に上って八足台や並んだ椅子などの片づけをはじめ、神社の人がやって来て重い賽銭箱を動かしたりし始めたので、ようやくこちらも帰途につくことにした。豊かな社の森や古木のたたずまいに心を残しつつ、駅への道をたどる。
先ほど鴨を見た水路の辺りまで戻ってくると、俄かに雨が降ってきた。夕立である。慌てて近くの建物の軒先に入らせてもらい、しばらく路上を激しく叩く雨を見ていた。ほどなく雨は通り過ぎていき、再びきらきらと頭上に陽が差してきたので、駅に向かって歩いていった。今日は暑かったけれど、この雨で社の森は生き返ったように緑が増しただろう。雨後の森に立ちのぼっているに違いない青草の匂いをふと思った。