古代史の風景(1) 伊吹山
古代史の風景(1) 伊吹山
古事記や日本書紀に「荒らぶる神の山」として登場する伊吹山は、岐阜県と滋賀県の県境に位置している。標高1377メートルの伊吹山に登ってみた。
山頂に立つと、風が強く、絶え間なく白い霧が上がってくる。その晴れ間には遠く琵琶湖が望まれ、竹生島の島影も見えた。山頂には、神話の英雄、日本武尊(やまとたけるのみこと)像があり、悲運の皇子は直立したまま、空の彼方を見つめている。伝説の通り、剣は帯びていないようだ。
父の景行天皇の命により、日本武尊は西に行き、熊襲を討って帰還するが、更に東方平定を命じられる。東征の帰途、尾張の国で宮簀姫(みやすひめ)を娶るが、その折に叔母の倭姫(やまとひめ)から貰った大切な剣をそこに置き、素手で伊吹山の神の討伐に向かった。山道で大きな白い猪に出会うが、それを神の化身とは思わず、侮って帰りに討ち取ろう、と言ったために神の怒りを買い、大氷雨に遭って悩まされる。麓の泉の水で一旦正気を取り戻すが、三重県の能煩野(のぼの)で力尽き、命を終えた。日本武尊の魂は、白鳥になって大和へと帰っていったと古事記は伝えている。
東征の折、叔母の倭姫が与えた剣と袋は、相模の野で焼き殺されようとしたときに、尊の危急を救ってくれた。剣で草を刈り、火打石で向かい火をつけて難を逃れ、敵も倒すことができた。剣と袋は二つで対になっている呪物、護符のようなものだったのではないだろうか。貰ったのは単に物ではなく、相手の心であり、そこに籠もる強い思いでもあったのだろう。
山頂の風の中に立っていると、古代の若い英雄の気負いや自信、迷いや油断、そしてそれ故に凋落していく姿が、朧ながらもある輪郭線を持って浮かび上がってくるようだった。
眼下に広がる景色を眺めながら、急坂を降りていった。斜面の道を、揺れる草を掻き分けつつ抜けていく。わびしい雰囲気が漂う道である。ようやく山麓の三宮神社に近づき、ふと見ると道端の岩に湧き水があった。
「ケカチの湧(ゆ)」と立札にある。ケカチとは飢餓、飢饉を指す。説明文によると、タケルは伊吹山の神の怒りに触れて引き返し、ここで正気を取り戻したとある。
山麓には他にも幾つか伝説の泉があるとされる。でも私にとっては、今見ているこの湧き水が、日本武尊の生きた神話の世界の証と感じられた。飲んでみると、古事記にある「寐醒(ゐさめ)の清泉(しみず)」の名の通り、山の霊気を感じさせる冷たく澄み切った水であった。
(2006.9.3)