月 影 ー 掌編集 ー
第一話 再生
中学に入るとき、親父が腕時計を買ってやろうって言い出した。
「どれか好きなのを選べ」
いきなり店へ連れて行かれて、そう言われても、目移りしてよくわからない。
(高いのをねだってもいいんだろうか)
子供なりに親の懐具合に気を使うし、かといって安いのならいいかというと、子供の目にもデザインがいまいち・・・・。迷って決められないでいたら、親父が苛立ってきて、
「早く決めろ」
横から急かしてくる。それで店に入ったときから気になって惹かれていた、比較的高いのを、
(だめって言われるかな)
と思いながら、おそるおそる指差したら、
「よし」
ってその場で買ってくれた。
それがおれが手にした、初めての時計だった。中学、高校と大事に七年間使った。全然狂わない、いい時計だった。
ところが大学受験日の朝に、受験会場についてから、時間確かめようとしたら、腕に無いのに気づいて慌てた。ポケットやカバンの中を探したが見つからない。朝家を出るときにはちゃんとあって、腕にはめた記憶がある。駅へ急ぐ途中、交差点の信号の辺りで思い切り走ったから、ひょっとしたらそのときに落としたかもしれない。
受験会場で腕時計がないのはショックだった。でもまあその日の試験何とか終えて、帰り道、駅から朝と全く同じコースを歩いてみた。交差点のところまできたら、道にきらっと光って転がってるものがある。おれの時計だった。車に轢き潰されて平べったくなってた。何とも惨めな、のしイカ状態で、まるで自分自身を見てるみたいだった。そのままにしておけなくて、拾って持って帰った。
大学また落ちるんだろうな、って思った。かなり幸先悪い。一年予備校に通った挙句の受験だったから、更にもう一年、予備校に行きたいって、親父には頼みにくい。親父は小さな鉄工所やってて、ここんとこ不況であんまり仕事ないみたいだし。壊れた時計見ながら、これからどうしようかと一人めげてた。
ところが、その大学受かった。信じられなかった。
(おれが試験に失敗する運命だったのを、あの時計が身代わりになって潰れてくれて、おれと入れ替わってくれたのかもしれない)
そんな風に感じた。時計は捨てる気になれなくて、ずっと机の中にしまっておいた。
アルバイトで貯めた金で、気に入った時計を買った。今度のは防水とか、いろいろ機能があって、楽しめた。
大学三年のとき、何だか毎日がつまらなく感じられるようになった。卒業証書とかそういうのに拘らなくてもいいような気がしてきた。それで、
「中退して、アジアにふらっと旅行するつもり」
って家で言ったら、親父はそのときから一言もおれに口きかなくなった。もちろん旅費は全部自分で貯めたし、親父からは援助してもらってないんだけど。
結局押し切って日本を出た。色んな国回った。日本人ドクターのいる病院で、ボランティアまがいのことしたり、現地の旅行会社でアルバイト見つけたりとか・・・・。
インドへ行ったとき、泥棒にやられた。駅で置き引きにあった。リュックが消えて、そのときは本当に弱った。着てた服とか靴とか帽子、所持品を順に売っていってしのいだ。バザールの古着屋へ行って、とびきり安いぼろ服に買い替えた。現地の肉体労働者が着るような。
持ち物の中では時計が一番高く売れた。いざとなると手放すのが惜しかったけど、結局売った。日本のS社のブランドってことが利いて、一ヶ月程の生活費になって、更に首都へ出る旅費にもなった。また時計に助けてもらったなって思った。ありがたいお守り。本当に時計って何かあるような気がする。
何年か経って、日本に帰ったものの、仕事がない。
「だから言わんこっちゃない」
親父は繰り返し言うし、実際年いき過ぎてて、どこも雇ってくれない。もっともおれの方も長年の気ままな生活に慣れてて、真剣に仕事見つける気迫に欠けてたんだけど。
毎日遊んでいる訳にもいかないから、親父の鉄工所しばらく手伝ったけど、これがきつくて、どうも向かないというか、合わなかった。まあ長続きしないだろうってことは、親父もおれも最初からわかってたんだけど。
そのうち事あるごとに衝突するようになり、喧嘩になって、結局家を出てしまった。
それやこれやで長いこと家には寄り付かなかった。親父からは何も言ってこない。おれは仕事も見つけて、何とか食べていけるようにはなってはいたけど、意地があるから、おれの方も親父には連絡しなかった。
そんな流儀がいつのまにか定着してしまって、どちらも突っ張り合っているうちに、年月が過ぎていった。ごくたまに用のあるときだけ、お袋から短い電話が来る程度。
ある日お袋が親父の具合が悪いって知らせてきて、そのときに初めて親父が肝臓ガンだということを知って、愕然とした。親父はそれから入院したけど、もう末期になってて、あんまり長くもたなくて死んでしまった。
鉄工所の方は、何年も前に、体が続かなくなって廃業してたというけど、未練があるのか、建物も資材置き場も、処分せずにそのままにしていたらしい。お袋の話によると、無人の事務所に毎日行って、ただそこにぼんやり座ってたって。
しばらくたった頃、
「 鉄工所の中にある重い物や、がらくた類を整理してほしい」
お袋にそう頼まれた。更地にして土地を売るつもりのようで、腰痛持ちのお袋が困っているのは、建物の中にある雑多な物の片づけだった。
もう長年、親父の鉄工所には足を踏み入れたことはない。かなり荒れてるだろうなと思いながら、お袋から鍵借りて入ってみると、案の定傷みがひどくて、ほとんど廃墟に近くなっていた。記憶にある内部の構造はそのままだが、事務所なんか天井に一箇所穴が開いて、そこから雨水入るから悲惨なことになってた。
敷地の中を歩いてみた。金錆臭い鉄の匂いが鼻をつく。丸い土管のような鉄管パイプが無造作に積み上げてあって、赤く錆びた鉄管がほとんど野ざらしになっていた。資材置き場には一応屋根はあるんだけど、所々雨漏りがするらしく、見上げるといくつも穴が開いている。
鉄管パイプを切断する機械も錆び付いてしまっていた。大型のライト当てる設備とか、ややこしい電気のコードがもつれて蛇みたいに絡まり合ってる。在庫もそのままになっていて、車に積んで発送するときに、はみ出した鉄の先端に結び付ける赤い布や、汚れたウエスが風に飛んで床に散らばっていて、侘しい情景だった。
事務所の扉を開けてみた。窓ガラスはひび割れていて、高い位置の方が一箇所割れている。稲荷だか恵比寿だかを祭っていたらしい神棚が斜めに傾いている。ちょうどその上に穴が開いていて、そこから空が見えた。
「隣の家が工事したときに、ショベルカーの先っぽが当たって、うちの屋根に穴開けた」
お袋がそうこぼしてたのを思い出した。ひどいもんだ。あちこちに蜘蛛の巣があって、通る度に顔に触って気色悪い。
室内には親父の使っていたスチール机と椅子と、埃まみれの電話が一台。書棚には古い売掛け帳やらノート類、電話帳、時刻表、旅行雑誌、将棋の本。壁には銀行でもらった変色した日本地図のカレンダー、足元には何年前のかわからない古雑誌、週刊誌、束ねた古新聞・・・・。
机の引き出しを開けると、裏が白い広告のチラシを切り揃えたメモ用紙、領収証の束、ちびた鉛筆、老眼鏡、曲尺、巻尺、そろばん、電卓、旧型カメラ、年賀状の束、硯に小筆・・・・。
戸棚を開けてみると、同業者からの記念品の社名入り灰皿、盆、風呂敷、花瓶、布袋の置物、色紙額、長寿湯呑み、香典返しらしい白タオルや石鹸、白ハンカチ、景品のラップ、マッチ、もち焼き網、たわし、ティッシュ・・・・。
別の戸棚には健康器具、記念貨幣セット、干支の縁起物、カステラやそうめんの空き箱、包装紙、紐、スーパーの袋、小学校の同窓会の写真とネガ、切手のコレクション、外国のコイン、旅行土産の飾り物、寺の開運箸、壁掛け、洋酒の空き瓶、何かの会報、どんな思い出なのか石ころが数個・・・・。
奥にもう一部屋あったが、そこは更にごちゃ混ぜになって足の踏み場もなく、長年親父が溜め込んだ物また物で溢れそうになっていた。あまりにも一杯あって乱雑なもんで、お袋も手を付けるのが嫌だったのだ。座り込んで手にとって見始めたらきりがないから、おれは覚悟を決めて、これらの物をどんどん前庭に運び出していった。
古い手紙の束やアルバムなど、お袋にとって意味のありそうなものは別にしておく。
壊れた電気あんか、羽の折れた扇風機、カルピスやラムネの瓶、固まった塗料とかちかちの刷毛、スリッパ片方、一体何でこんなものを大事に取っておくのかわからないのが次々と出てきた。最初は丁寧に分類して置いていたが、すぐに面倒になって乱雑に積み重ねていった。
押入れにあった古い柱時計を、捨てる物の上に乱暴に置いたら、置いた弾みでボーンと音が鳴り、思いがけなかったので、おれはぎくっとして立ち止まった。無人の建物の中にその音は木霊のように反響した。
それは妙に懐かしい音だった。子供の頃から何度この音を聞いたことだろう。寝床の中で、夜中にボーンと鳴る音を聞いて眼が覚め、また眠った。この時計は元々隣接している母屋にあったのだが、お袋が新しいモダンな時計に替えたときに、親父はこれを、
「鉄工所で使うのにちょうどいい」
って持って行った。実際ずっと事務所の柱に掛けて使っていた。そうやって長年役に立っていたんだと思うが、遂に寿命が来て動かなくなったんだろう。思い出があるんで捨てられなくて、押入れにしまい込んだのに違いない。ちょうどおれがぺしゃんこの腕時計を、捨てずに引き出しの奥に入れたように。
あれこれ時計の針やねじを動かしてみたが、もう二度と鳴らなかった。
(じゃさっきのあの音は何だったのだろう)
まるで幻聴のようだった。おれは黒ずんだ時計を撫でながら考えた。長い眠りからふっと覚めた時計が、捨てられてしまう運命を何となく感じ取って、最後に声を上げておれにこう訊いたような気がした。
(いつも私の下に座っていたあの白髪頭の老人、私のご主人さまは、どうしたんですか。どこにいるんですか)
おれは柱時計に言い聞かせてやった。
(親父は、ここには来ない。この世にいないんだ。あんたのご主人はもう亡くなったんだよ。だからあんたの務めも、もう終わりなんだ)
おれよりも長い時間、この時計は親父のそばで過ごしてくれた。このまま何の説明もせずにごみに出してしまったら、時計だって納得できないだろう。おれは親父の死を報告し、礼を言った。
(時計だけじゃないかもしれない)
ふと思った。事務所に戻って行って、支えの足の部分が緩んで斜めに傾いた神棚に向かって、親父がよくしていたように二回柏手を打った。
(親父は死にました。ここも近く取り壊すそうです。お袋もおれも神様祭れませんから、あの穴の開いたところから、今のうちに天へお帰りください)
お辞儀してお礼を言ってから、これでいいと思った。おれは今まで一遍も手を合わせたことはなかったけれど、親父は毎日神棚拝むのを習慣にしていた。お袋の言う通り、まもなくここにもショベルカーが入ることになるんだろう。
その後は猛然と働いて、重い物を運び出し、ひたすら選り分け、休む間もなく夕方まで働き続けた。庭には捨てることにした物が沢山集められた。
親父のこまごました持ち物、柱時計を始めノートや手帳、老眼鏡、マフラー、タオル、カメラ雑誌、将棋のセット、そろばん、軍手、帽子、作業着、それら親父の愛用したすべての品々に向かって、おれは親父の死を報告し、親父を長年守ってくれたことに対して礼を言った。
親父が身につけ、愛用したこれらの品物が、ごみ運搬車の中で他の汚物と混ざることを考えると、できれば今おれの手で燃やしてやりたいと思ったが、何しろこの分量だし、町中では、今どき庭で焚き火という訳にもいかないだろう。おれは最後に、物の山に向かって言った。
「お前たち一つ一つにもし魂があるのなら、ここから離れて、また別のものに宿って、新しく生き直してくれ」
物の山はしんと静まって聞いていた。やがておれの言葉に応じて、納得したらしい一つ一つの物から、新たに生き延びるために、すうっと何かの気配が、淡い月のかかった夕暮れの空へ、立ちのぼっていくのが感じられた。
第二話 クレセント・ビーチ
インターネットで、衛星画像を使い、世界中どんな地域でも、詳細に見ることができるというサービス「グーグル・アース」が始まって、まだ間がなかった頃のこと。関心を持ち、早速検索してみると、それは有料と無料に分かれている。内容がどう違うのだろう。とりあえず無料の方を貰い受けることにした。パソコンに取り込み、まずそこに「ジャパン」と打ち込んでみる。
宇宙衛星から撮影した日本上空のカラー画像は、とても鮮明だった。次に絞り込んで自分の住んでいる地域を出そうとした。馴れないので要領がわからず、あちこち探し回った末、ようやく辿り着いた。
拡大を繰り返していくと、やがて今住んでいる市が画面に現れた。精度の高い航空写真である。しかも3Dなので、見る角度が自在に変えられる。斜め横、上と何度も旋回してみる。試していると目眩がしそうである。更にカチカチと動かしていくと、見覚えのある町内の建物、一軒一軒の家、路上の車、そして遂に自宅の屋根、ベランダの手すり、垣根の線、庭までが見分けられた。信じられない思いで釘付けになり、じっと眺めていた。
何時撮影したのだろう。このときぼくはどこにいたのか。部屋にいてパソコンをしていたのだろうか。それとも外出していたのだろうか。家の近くの道路を自転車で走っていたかもしれないし、バス停のベンチで循環バスを待っていたかもしれない。思わず画面の中に、自分の姿を探していた。宇宙から眺めた画像の鮮明さに驚くとともに、見知っている家が目の前の画面に出ていることが、とても不思議な気持ちだった。
次に東南アジアの国を画面に呼び出してみた。瞬時に青い海と島が現れる。大地震と大津波のあった地域、アジアの各国の海岸線をいつか画面上でなぞっていた。死者と行方不明者合わせて二十二万を超えたという東南アジアを襲った未曽有の大津波、災害の爪跡はどんな風に・・・・。
以前、高齢の伯母から聞いた話だが、伯母が育った四国地方の小さな島では、海辺に住む生物が揃って陸に這い上がってくるとき、理由もなく波が沖まで引いたときには、津波に気をつけよと、いう言い伝えがあるのだそうだ。台風の前にも、磯の生き物たちはそれなりに退避を始め、普段とは違う動きをするそうで、よく観察していると、嵐の程度を知る目安になるのだという。
ある日、その島で小さな蟹が群れをなして必死に波打際を上がってくるのに気づいた村人たちは、生物の行動にこれまでにない異変を感じた。次に海の波が大きく沖に引いていくのを見て、津波を予感し、年寄りや病人を背負い、助け合って山頂に神社のある島の高台に、全員避難をはじめた。
果たして、その後津波が島を襲い、海面が急に膨れ上がると、神社の石段を徐々に何段か浸していった。その頃まだ子供だった伯母も家族とともに、息を呑んでその様子を石段の一番上から見ていたが、幸いにも波はそこで止まり、人の被害はなかったという。
ふと画面をスクロールする手が止まった。目を凝らす。見知っている東南アジアの海辺だった。以前ここを訪れたことがある・・・・。
そしてそこは、新聞で津波の被害が大きかったと報道された地域でもあった。今も記憶にあるのは、背の高い椰子の林や弓形の長い砂浜、そこに沖から打ち寄せる大波といった光景である。青い海と穏やかな海岸線が脳裏に浮かんでは消えていく。やがて画面を見つめたまま動けなくなった・・・・。そこにはただ荒れ果てた光景が広がっていた。
ぼくが以前訪れたときには、幾つかのきれいなビーチがあって、それぞれに小さな集落があった。砂浜の背後に椰子の林があり、民家や安宿が点在している。人の手の入らない大自然に惹かれて、年間を通し各国から多くの旅行者が訪れる。比較的大きな町にはホテルも商店もあるが、中心部を外れると全くの田舎であり、潮風に椰子の葉が揺すられ、どこまでも続く砂浜に、大波が砕け散る音が響くばかりである。
クレセント・ビーチと呼ばれる小さな浜辺に滞在していたとき、散歩の途中、村はずれにある一軒の浜の茶店に立ち寄ることにしていた。
十歳と八歳ぐらいの男の子が二人店番をしていて、そこでできるのはミルクティーと、コーヒーの二種類だけであった。
真っ黒い煤けたやかんで兄が湯を沸かし、小さな手で器用に淹れてくれる。毎日やっているから慣れたものである。弟が熱々のガラスのコップをそっと運んできて、置いてくれる。お茶を飲み干すと、弟の方がさっと寄ってきてコップを下げ、波打ち際に行って砂で洗い始める。二人ともよく動いて仕事熱心である。勘定もきちんとできて、計算を間違ったり、お釣りが足りなかったりしたことはない。
でも何といっても二人ともまだ子どもなのだ。もっと好きなことをして一日中遊びたいだろうに。立ち働く二人を見ていると、そう思うのだった。
客が飲み終わると、弟の方がすぐにコップを引きにくるのには理由があった。この店には、使えるガラスのコップが全部で三個しかないからだった。三個というのはまたあまりにも少ない。割れることだってあるだろうし、第一三人以上の客が来たらどうするのだろう。でもここはビーチの端にあるので、ここまで来る客は少ないらしく、たまに一人か二人座っているのを見かける程度であった。
いつ店に入っても、飲み物を作って出してくれるのは、この幼い兄弟だった。親がいないのだろうか。それとも何かの事情があって、二人でここに寝泊りしているのだろうか。店はほとんど建物というよりは、草で編んだ小屋であった。大風が吹けば簡単に倒壊するだろう。潮風の強い日、店先に座っていると、戸外と少しも変わらないのだった。
でも他のきれいな店よりも、ぼくはこの店でお茶を飲むことが多かった。他の店よりも値段が安く設定してあったし、何よりも懸命に応対してくれるこの子たちの客に対する態度が健気で、笑顔が可愛かったからである。
珍しく既に三人の先客があり、ぼくが四人目の客として店を覗いたことがあった。ぼくの顔を見て、あっどうしよう、と困っている兄弟に言った。
「大丈夫。これ使うからね」
プラスチック製の自分専用のカップを取り出して、そこに注いでもらった。東南アジアでは、店で出される食器類が必ずしも清潔ではないことも多いので、外国人はキャンプ用ホーローカップやナイフ、フォークの類を持ち歩いている人がかなりいる。店の食器.類が汚れているときに使うのである。胃腸に自信がないのか、または肝炎などにかからない用心のためであろう。
ぼくもカップは常時携帯していた。持っていると何かと便利なのである。
兄弟はにこにこしていた。コップが足りないためにお客を断らなくてよかったし、それに弟の方は洗う手間も一回省けたからである。
このビーチを離れる前の日、兄の方を連れて村の雑貨屋に行った。この子たちに、店で使うコップを幾つかプレゼントしてあげようと思ったのである。よろず屋なので、生活用品は色々並んでいる。食器の棚の前に行った。
「この中でね、きみが欲しいと思うコップを数個選んで」
男の子はきょとんとしている。意味がよくわからないらしい。英語があんまり通じないのだ。そこで店の主人を呼んできて、通訳を頼んだ。ところがこの人もぼくの言っていることが呑み込めないのだ。真剣な顔で、ぼくがいったい何をしたいのか、何度も聞き返してくる。事情を説明しているうちにやっとわかってくれたらしく、大きく頷いて、男の子に話してくれた。
男の子がはにかみながら指差したのは、店で使っているのと同型の分厚いコップだった。それを五個包んでもらって、
「落とさないようにね」
手渡すと、コップを貰ったことがやっと実感できたらしく、嬉しそうに頷いた・・・・。
ぼんやりと遠い旅の日々を思い出していた。
再び「グーグル・アース」に戻り、衛星画像を見つめた。そこには陽光を受けて輝く青い海が、眩しいように広がっている。えっ、さっき見ていたのとは違う。どうしたのだろう。別の画像なのだろうか。変だなと思う。今見ている画像はどうも地震以前の古いものらしく、海岸線も街路も整然としている。背後に広がる緑も濃い。
津波のときの新聞報道で、この地域の被害が大きかったことは既に知っていた。あの集落はどうなっただろう。村人やあの兄弟は、無事に生き延びることができただろうか。
不審に思いつつも、急に目の前に現れた別画像に見入る。砂浜は美しい弓形を描き、白い筋になって延びている。平らな平野が続き、背後には避難できる丘や山らしいものは見当たらない。
クリックして海辺の集落を最大限に拡大し続ける。見知っている岬を過ぎると、砂浜に出る。点在する民家の屋根が幾つも見えてくる。風に揺れる椰子の木の間を抜け、よく歩いた村外れに、とりわけ小さい草の屋根を見つけた。あの兄弟のやっていた茶店らしい。そこに焦点を合わせていく。店の中を覗き込む。薄くぼんやりとした画像を、食い入るように眺める。すると・・・・
木のテーブルに肘をつき、地面に凸凹があって座り心地が悪くなっている椅子に腰掛けて、コーヒーを飲みながら物憂げに海を眺めている旅人のぼくと、奥でお湯を沸かしているらしい小さな人影と、テーブルの横に立っている小さな男の子が、画面の中に映っているのが確かに見分けられたのだった・・・・。
第三話 月の森
古いアルバムをめくっていると、一枚の写真に目が留まった。小学生のぼくが家の庭先で新しい自転車のハンドルを握ってにっこり笑っている。
「母さん、この自転車のこと、覚えてる?」
母にアルバムを見せる。最近急に白髪が増え、動作が緩慢になり、記憶も言葉も徐々に失われつつあるらしい母は、無言で写真を眺めている。
「薄い水色の自転車。店で買ってもらうときに、最初母さんはもっと濃い色のほうがいいって言った。紺色とか。でもぼくがどうしてもブルーのが欲しいって言って、それで結局これになった」
母は首を捻っている。よく思い出せないのだ。写真に目を落とす。色褪せた写真を見ているうち、思いは遠い日に帰っていく。
小学四年のときだった。まだクラスの全員が自転車を持っているという訳ではなかった。持っていない子もたくさんいたのだが、自由自在に乗り回している友だちを見ると、羨ましくてならなかった。持っていない子は、ときどき自転車を貸してもらう。ぼくも借りて練習させてもらうのだが、友だちどうしでもそうたびたびは頼みにくい。借りても長い時間は無理であるから、急いで乗ってみるもののすぐに転んでしまう。どうしても乗るこつが分からない。
カーブに差し掛かると、体をどちら側に倒したらいいのか迷うし、細い路地に入るとたちまちハンドルがふらついて、塀や並べてあるよその家の植木の鉢にぶつかってしまうのだ。
一度道路で、出会いがしらに大人の自転車と衝突しそうになったことがあった。しまったと思い、咄嗟に自転車から飛び降りようとして足がもつれ、横倒しになった。怒鳴り声が上から降ってきた。知らない大人に叱られたのが怖く、それよりも友だちの自転車が壊れていたらどうしようと、真っ青になった。起こしてみるとハンドルも大丈夫だったし傷もへこみもなくてほっとしたが、そのとき自分用の自転車が欲しいなあ、と切実に思ったのである。
その晩、自転車を買って貰えるかどうか、思い切って母に聞いてみた。
「今すぐは、買えないよ」
「どのぐらい先」
「ええと、そうねえ、夏まで待って」
そんなにかかるのだ。今は冬である。それまでとても待てないと思った。自分の貯金が幾らあるのか調べてみようと思いつき、赤いプラスチックのポスト型の貯金箱を出してきた。お小遣いの内から十円玉や五円玉を、何に使うという当てもないままに、それまでちびちびと貯めていたのである。底にはめてある固いゴムを苦労して捻って開け、お金を畳の上に並べ、勘定してみると、千五百円ぐらいあった。
これからはもう駄菓子は買わず、明日からもっと貯金に精を出そうと心に決めた。母が預かってくれているはずの、今まで親戚から貰ったお年玉も足して、と子供心に自転車獲得に向かって夢が膨らんでいった。
近くの駄菓子屋には行かなくなった。三角くじ、細いシガレットのお菓子、風船ガム、チューブに入った柔らかいチョコ、舐めた後、舌に赤や緑の色素が強く残る丸い大きな飴、ラムネなどは魅力的であった。二本の木の棒に巻きつけてくれる透き通った水あめを、白くなるまで練って食べるのも好きであったが、我慢することにした。
それより貯金箱を出してきて、持つと手にずっしりと重いのを確かめるひとときが嬉しい。畳の上で一枚一枚お金を数えるのが楽しみになった。
(自分のお金で憧れの自転車を買う)
想像するだけで高揚し、その思いに酔っていたのだった。
両親はそんなぼくの姿を何と思って見ていたものか、やがて夏を待たずに、自転車を買ってくれることになった。結局子供の十円貯金では、幾ら貯めても大した額にはならなかったので、親が残りを補ってくれたのだった。それでも貯金が自転車を買う足しになったので、子供なりに嬉しさや誇らしさがあった。
色は早くから水色に決めていた。母はよく丈夫な茶色や黒の布を買い求めてきては、半ズボンをミシンで縫ってくれた。親戚から回ってくる従兄たちのお下がりも緑とか焦げ茶系の服が多かったから、違う色がよかったのだ。
買って貰った自転車は、二十二インチだった。早速母が記念にと庭先で写真を撮ってくれた。涼しげな水色で、車輪も光り輝いて見えたのをよく覚えている。ハンドルを握る度に胸が躍った。ブレーキがよく利くのに驚きながら、毎日練習するうちに、すぐには転ばなくなり、カーブも難なく曲がれるようになった。そうなるともうどこへ行くにも自転車である。
その日、残り少なくなっていたノートを買いに、いつも行く駅前の文房具店へ行き、店の前に自転車を止めた。そして、ちょっとノートを一冊買うだけだから、と思い、自転車に鍵を差したまま、店に入っていった。そしてノートを買い、店の外に出てみると、自転車がなかった。
あっと心臓が止まりそうになった。このときぐらい驚愕したことはない。僅か二分ぐらいの間に、大切な自転車が消えてしまったのだ。本当に信じられない思いで呆然となった。
(誰かがそのまま乗り、遠くへ行ってしまったのだろうか。盗られたのだろうか)
そう思いたくはなかった。まだそこら辺にあるような気がして、必死で見回し、通りを右往左往した。見つからなかった。異様なぼくの様子に気づいた文房具店のおばさんも、一緒になって探してくれた。
「鍵つけたままっていうのは、まずかったねえ」
おばさんは気の毒そうにぼくを見て、ため息をついた。そうなのだ。その通りだった。取り返しがつかないことをしてしまったという後悔の思いで、ぼくはぎゅっと唇をかんだ。
駅前通りを何度も往復した。裏通りや踏切りの近く、商店街の外れまで、似たような自転車があるとそばまで確かめに行った。でもどれも違っていた。
家へ帰ってこのことを母に告げるのを思うと、やりきれなくて、足がどうしても家へ向かなかった。ずっと探して歩き回っているうちに、いつか日暮れになってきた。ふと見回すと一度も通ったことのない知らない道に来ている。随分遠くまで来ているような気がした。自分がどこにいるのかが分からない。
(ちゃんと帰れるだろうか)
急に不安になってきた。今度は迷子になるという心配が加わったのである。
分かれ道まで来て立ち止まり、空ろな目で眺めていた。誰かに道を訊くのも恥ずかしい。どちらへ歩き出せばいいのだろうか。かえって家から遠ざかるような気がして、中々歩き出せないでいた。
見上げると空に薄く白い月が出ていた。日は落ち始めている。涙が出そうになった。黒い点々になって鳥の群れがねぐらに帰っていくのを、ぼんやりと眺めていた。
右手の遠くのほうに黒いシルエットになっている森があった。その中に一本だけ高く尖った木が見える。じっと目を凝らすと、それは家の近くにある神社の森かもしれないと思えてきた。その神社には楠とか、ほかの木もあったが、とりわけ背の高い銀杏の木があったのを思い出したのである。
その森の方角に向かって歩き出していた。目印にしたのっぽの木は、近づくにつれ形がはっきりしてきて、見知っている銀杏の木に間違いないと確信が持てるまでになった。
月が森の上にあった。もう方向を見間違うことはない。森は次第に目の前に広がってきて、月に照らされた道を、急ぎ足になって歩いていった。見慣れた近所の家が近づくと、ぼくは家まで走って帰った。母は家の前に出てぼくを待っていた。母もあまりにも帰りが遅いので、何かあったと感じ、心配になっていたのだ。ぼくは泣きじゃくりながら事情を話し、そして母は黙って話を聞いてくれた。
家族で何日も手分けして探したが、結局見つからなかった。ぼくはいつまでも諦めきれず、心のどこかでそのことを絶えず気にかけていた。道を歩いていても、似たような色や大きさの自転車を見ると、ふっと視線が吸い寄せられていくのだった。でもとうとう自転車は見つからなかった。
「きれいな水色で、買って貰ってまだ二ヶ月くらいしか乗ってなかった。ぼくが油断して、鍵を差したままその場を離れたものだから、そのちょっとの隙に誰かが乗って行ってしまった・・・・」
それからずっと自転車なしで過ごしたのだ。買って欲しいとはもう言い出せなかった。かなり時が経ってから、新しく自転車を買うことになったのだが、その頃には、ぼくは随分背が高くなっていて、もう大人用の自転車であった。
ぼくの説明に、母は無言で頷きつつ不思議そうにそっと首をかしげた。自転車のことは何も記憶に残っていないようだ。
それよりも、写真の中で微笑む子供が気になるらしい。不思議そうな目でじっとその男の子の笑顔に見入るのだった。
第四話 オーガスト・ムーン
カトマンズの街角にある「オーガスト・ムーン」のドアをあけると、店内にこもる匂いが流れてきた。
タバコとコーヒーとチャイと甘いケーキやパイの混ざった匂い。客の大半はほとんどが白人で、体を揺らしながら何かくゆらせている。店内にはヘビーなハードロックが流れ、空気は何やら淀んでいて濃い。
なるべく通りが見える席がいいなと思って見回していると、ウエイターの少年がちょっと首を傾けて、目で空席を教えてくれた。窓際に一つある。
今日で三日続けてここへ来ているので、私がどういう席に座りたいのか、ウエイターはわかったのだ。滑り込むように席に埋もれて、そっと店内の客を眺める。
注文したチャイとレモンパイが運ばれてくる。昨日はコーヒーとココアケーキ、その前の日はブラックティーとアップルパイだった。この分だと明日はレモンティーとシフォンケーキ・・・・店のメニュを片端から試していくことになりそうだ。
たまに音楽が途切れると、店内に静寂が広がって、路上の生活音が次第に耳に流れ込んでくる。
「アールーアールー」
のどかな曳き売りの男の声も、街角から聞こえてくる。何を売っているのだろう。アールーとは野菜だろうか。ジャガイモとかトウモロコシとか。
やがて誰かが、ヘイ、ミュージック、と催促して、大音響でピンク・フロイドが再開される。
「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン、あ、エクリプスかけてよ」
ざらざらした声で、醒めた狂気の音楽をリクエストしたロングヘアーの若い男は、パイプに新しい葉っぱを詰め直して、空ろな目で自分だけの世界に沈み込む。テーブルには散らかった葉っぱや食べかけの崩れたケーキの皿がいくつも。
昼間から、麻痺した舌の感覚の欲するままに、次々甘ったるいケーキを口に運び、たむろって浮遊する外国人たち、いったいどういう人生なのだろう。
薄く重なるパイの皮を崩し、カスタードごと、生じる違和感と一緒に呑み込みながら、再び周囲を見回す。
(半年前だった)
思い出す。ちょうど半年前に、ここネパールのカトマンドウの街角で、私は一人の男に出会ったのだ。たった一日でこれまで生きてきたことのすべてを話し、話し続けて飽きなかった。
「ぼくの部屋に来る?」
もっとこの人と話したい一心でそのままついて行った。とにかく話がしたかったのだ。それでほとんど一晩中しゃべっていた。長く海外の旅をしている日本人であるということ意外、日本では何をしている人であるとか、そういうことは興味がなかったので、聞かなかった。
「一応聞くけど、寝る?」
「しゃべっていたい。話すほうが楽しいじゃないの。それはそれで」
男は頷く。深夜までとめどなく語り続ける私の話を聞きながら、やがて男は眠ってしまった。
あくる日は、このオーガスト・ムーンに場所を移して、更に話の続きをした。席は怪しげな風体の外国人たちで埋まっていて、彼らがふかす煙は店内に濃く漂い、こちらにも流れてきて、そのうちに頭の芯が軽く痺れてくる。
私はもう自分のほうの話はある程度尽きてきていたので、今度は交代して聞く側に回り、何時間もノンストップで語り続ける男の話に耳を傾けていた。
「ところでさ、明日ここを発つんだけど。でも半年後に、またここに来るんだよ」
ビザの関係で、明日出国しないといけないらしい。
「それじゃ今日中に航空会社のオフィスに行って、手続きしないと間に合わないじゃない」
この人とはたった一日の絆だったのか。
「半年後の今日、ここで会おう。この時間に。また今の話の続き、しようよ」
面白い。そういう再会ぜひしてみたい。手帳を取り出して、忘れないように、互いにカレンダーの半年後のその日に丸印をつけた。
「もしもこの日にぴったり来れなかったら」
「ま、二、三日は、待つことにしよう。お互いに。でも約束はこの日」
私のほうは苦労してちゃんと日にちを合わせて、約束を守ってここに来たのに、男は現れない。もう来ないのだ、という思いと、きっと会える、という期待が混ざり合い、相手の気持ちが分からなくなる。
溜め息をつきながら、残り少なくなったチャイをスプーンで掻き回していたら、隣のテーブルで、おおっと声が上がった。
それまで背中合わせに座っていた白人男女が、何かの拍子に振り向いて、相手を見て発した驚きの声だった。それぞれ別の誰かと一緒だったが、二人とも立ち上がった。あまりの大声に皆びっくりして見ていた。
「こんなところで」
「まあ、ほんとに」
とか何とか言っている。どうも久しぶりらしい。再会なのだ。自分の演じるはずだったドラマを先取りされたようで、唖然とする。
それぞれの連れに説明している内容を、つい好奇心から聞き耳を立てていた。
二人は姉と弟で、先に姉のほうが世界放浪の旅に出て、その後、弟も思いついてふらりと旅に出て、二人で別々に各国を回っていて、五年ぶりに今ここで偶然再会したというのだ。
そんなことが現実に起きるのだ。しばし盛り上がっているのを、横でぼんやりと見ていた。ところが、
「じゃあな」
「またね、バイバイ」
何と数分で姉弟は手を振って、それっきり互いの連れのほうに戻ってしまったのだ。姉弟はもう視線も合わさない。何とあっさりしているのだろう。
次第に諦めるほうに気持ちが傾いていった。こんな滅多にない場面の後に、もう私のほうの再会ドラマは起こらないだろう。いくら何でもそう立て続けに同じようなことが起きるはずがない。
翌日、ほんとにもう最後のつもりでオーガスト・ムーンに出かけていった。あまりきょろきょろせずに、静かに文庫本に目を落としていると、
「あ、トモちゃんじゃない」
入ってきた男に、突然話しかけられてうろたえた。私の名前はトモちゃんではない。でも思わず訊き返していた。
「〇〇くんなの」
違っていた。薄暗い店内で、じっと見詰め合ってよく確かめたが、別人物だった。
何と互いに別の人と見誤ったのだった。呆然とした。目の前の人が一瞬知っている人に見えたのだ。見知らぬ男は、私のことをしげしげ眺め、東京にいるトモちゃんという知り合いに、髪形は違うけれど似ているといい、
「本当にトモじゃないの」
首をかしげて、顔を近づけてくる。
「だって、ぼくを見てびっくりしたじゃない」
「それはね、違うのよ」
私はもうこの際いきさつを全部話す気になって、説明した。思いついて、昨日目撃した他人の再会シーンも付け加えた。
そのとき水を持って来たウエイターの少年が、私に向かってにっと目で笑いかけた。
(よかったね、やっと待っていた人に会えて)
ウエイターは目顔でそう言っている。私は誤解を解く気持ちにもなれず、少年に力なく微笑み返して、再び目の前の男に説明を続ける。
「それで、ここで三日待ったの。でももういい。今日が最後」
「そういう町なんだよ、カトマンドウは。旅の男女が出会い易い場所っていうのは、同時に別れ易い場所でもあるからね」
その言い方に私はちょっとへこむ。
誰かのリクエストなのか、それともマスターの好みなのか、店内にディープパープルが流れ始める。それも大音響で。全く強烈な音楽。音に掻き消されまいとして、男が更に大声を出して訊く。
「その男と、寝たのっ」
「寝てない」
「え」
「寝てないっ」
私も叫び返す。
「どうしてっ」
「どうしてって・・・・」
「寝てたら、また事情が変わったかもしれなかったのに。こんなところで、待つようなことにはならなかったと思うよ!」
日本語が通じない国でよかったと思う。私にも見栄があるから、周りの人にこういう事情、聞かれたくない。
目の前の男が、ロックのリズムを背景に、自分のしてきた旅のエピソードを語り始めた。あっちこっち回ってきたらしい。どうも長い話になりそうだった。聞いているうちに、半年前の日のことを思い出した。
何だか振り出しに戻ったような気がする。レモンティーのお代わりをしようかどうか、迷って、空になったカップの底を見つめていた。そのとき男がふっと私の目を覗き込んで、そして訊いてきた。
「ぼくの部屋に来る?」
第五話 深い海
その人は、上腕部にえぐれたような傷跡を持っていた。向かい合って話していたとき、手を動かした何かの折に、ちらっとそれが見えたのだ。思わず息を呑むような傷だった。交通事故に遭ったとか、機械に挟まれたとか、そんな怪我だと感じたが、それ、どうしたの、と気軽な調子では聞けなかった。そのことに触れてはいけないような気がしたのだ。でもつい視線が腕のほうにいってしまう。
「この傷の訳、聞きたい?」
「ああ、でもあの・・・・」
私は口ごもる。
そう気にしている風でもなくて、袖をまくって見せてくれた。縫合された傷口は、まるで目の粗いファスナーをぐるりと巻きつけたようだった。私はこわごわ傷跡を見つめる。
・・・・色んな国旅行しながら、その季節ごとに適当にアルバイト見つけては旅費稼いできたんだよ。ま、そこらにある店のありふれた職種だけど。皿洗いとかウエイターとか店員なんかの。あんまり長続きはしなかったなあ、どれもこれも。生活費や旅費稼ぐために、仕方ないって感じで。
そのうちに面白いバイト見つけたんだ。それは海に面した崖の上のレストランでね。えっと、メキシコだったっけ。崖っぷちにこじゃれた店作って、そこで戸外の草の上に木のテーブル並べて、お客は夜風に吹かれながら、音楽聴いてスパイスのきいたエビ料理食べるわけ。外国人観光客もよくやって来るような店。その店の売りは、もちろん海鮮料理だけど、八時ごろになると、ショーをやるんだ。そう、歌とかダンスとかの。
その後、横手の崖っぷちで、いろいろ花火をしてくれるんだ。海に向かって何発か斜めに打ち上げる。しばらく見せてから、男が両手に火をつけた花火持って大きく振り回しながら、ジャンプして海に飛び込むんだ。お客は思わず悲鳴上げる。だってそこは切り立った崖の上だし、下は海だからね。
最初見たとき、あっ事故ったって思った。でも男は手に持った花火器用に回しながら落ちていくんだ。闇の中でくるくる光の輪になって回転してる。息を詰めてじいっと見てた。きれいなんだよ。白い波が砕けてる海に、花火も男も海に吸い込まれて消えた。呆然として見てた。あんな高いところから飛び降りて、上がってこれるかなって。でも大丈夫なんだよ。男はけろっとしてまた店に現れる。
その花火男に弟子入りして、店で働かせてもらおうと思った。同じようにやってみたかった。高いところから水に飛び込むの、好きなんだよ。空中にいるときのあの気分思うと、飛んでみたくなる。え、全然ならない?海の中にある飛び込み台に立つのって、すごく好きだったよ。空中に飛び出したときは何ともいえない不思議な気分、緊張感があってね・・・・。
自分から押しかけて花火男に弟子入りしたけど、崖の上からは一度も飛ばせてくれなかった。来る日も来る日も花火の助手。ぼくがやりたいのは崖から飛ぶことだったんだけど。花火男は、花火を手旗信号みたいに振ったり、円を描いてみたり、見せ場を拵えながら、海のちょうどいい位置にすぽっと入るように飛ぶんだ。ぼくも、低い崖から飛ぶ練習やり始めたんだけど、店のほうが、客の入りがも一つでね、はやらなくなってきて、でそのうち花火は中止。
あちこち回ってね、ガラパゴスに渡ったんだ。知ってる?ガラパゴス諸島、島へは船で行ったんだけど、それがでかい軍艦でね、観光客を乗せてくれるんだ。ちょうど地元の学校の修学旅行らしい女の子たちも乗り合わせていてね、十四、五才ぐらいの。一緒に島を観光することになった。船から大型のボート降ろしてくれて、船員が漕いでくれて、浅瀬まで連れて行ってくれる。それから波打ち際まで、ボートから一人ひとり女の子を抱えて運んであげるんだ。そう、こんな風に。浅瀬だから何ていうことないのに、海の中歩いて足元濡れるのが嫌なんだって。
何十人も女の子たちいたんだよ。ボート漕いできたの、若い船員たちなんだけど、彼らは女の子には触らないんだ。そういうことしちゃいけないのかな。でもほんと参ったよ。男の乗客ってことで、そういう役が、ぼくともう一人いた男の旅行者の二人に集中したんだ。可愛い子もいたし、最初はまんざらでもなかったけどね。見たら向こうはキャーキャーいって喜んで順番待ってるんだ。重たい子もいたからもう最後はつらかったよ。帰りもまた同じサービスしてね、夜はその船に戻って寝る。船がホテルなんだよ。結構食事もちゃんとしててさ。
夜、甲板に出て、ぼんやり空とか海見てた。月が海を照らしててね、波がクリーム色になってゆらゆら揺れて光ってる。
そのとき発作みたいに、飛び込んでみたくなった。軍艦ってかなり高さがあるだろう。今飛んだら、どんな気持ちするだろう、爽快だろうなって考えたら、もうたまらなくなってね、いいアイデアに思えたんだ。海から上がるときに、よじ登る鉄製のはしごのついている位置も確認して、それから思い切り大きく息吸い込んで、手摺り越えて飛んだ。
ひゅっと全身に風を感じたよ。割りと真直ぐに海中に落ちた。思いの外深かった。どこまでも落ちていくんだ。もういいと思うのに止まらない。いい加減なところで止まらないとやばい。早く止まってくれよって思った。やっとのことで体が止まって、今度は向きを変えて浮上する。
ぐんぐん上がっていった。急いだよ。潜り過ぎになってたからね。ところがもうそろそろかと思うのに、まだ水面に出ないんだよ。焦った。しばらく飛び込んでなかったから、カンが狂ったのかもしれない。もう苦しくて、苦しくて、暗い水の中で滅茶苦茶にもがいた。ああ溺れるってこういうことなんだ。こんなに苦しいんだ。ここで死ぬのかって思った。駄目だ、本当に限界だって絶望したときに、ふわっと体が浮いて楽になった。やっと海面に出たんだ。
手足だらんと伸ばしたまま浮かんで、しばらく脱力してた。息整えるだけで何も考えられなかった。クラゲみたいに波に揺られて漂ってた。
見上げると甲板に人が集まり始めた。走ってくる人もいる。皆びっくりしてこっち見てる。ぼくは、オーケイっていう感じで少し手を振って合図した。
「早く、早く、こっち」
っていう風に、はしごを指差して教えてくれる人もいる。女の子たちの心配そうな顔も幾つか見えた。しきりに何か叫んでる。ぼくがうっかりしてデッキから海に落ちたと勘違いしたのだ。
「ティブロン、ティブロン」
女の子たちが声を揃えて言う。何のことだ。分からないまま、ぼくはゆっくりと泳いだ。大丈夫だってことを示すために笑顔で応えた。でもティブロンの合唱は止まない。
「ティブローン・ケ・エス?」
泳ぎながら覚えたての片言で、ティブロンって何?と訊いてみた。ぼくの言葉も通じるのかどうか怪しいものだけど、女の子たちは全く英語が話せないのか、答えは返ってこず、ただ悲鳴のように、ティブロンだけを繰り返す。そのとき引率の中年の女教師が走ってきた。彼女は身を乗り出すなり、ぼくに向かって絶叫した。英語だった。
「シャーク、シャーク、シャーク」
あ、と思った。意味がわかって、ぞっとした。ティブロンはサメだったのだ。慌てて目ではしごを探した。それはちょっと離れた位置にあった。さっきからの皆の反応がやっと理解できた。船から捨てられる残飯を目当てに、魚が集まってくる。その魚を狙ってサメも寄ってくるのだ。
クロールではしごに向かって泳いだ。そのとき左手の海面が、波ではない形に不意に盛り上がったのに気がついた。黒い壁のようなものが行く手に立ち塞がり、それは一旦沈んで消え、再びぼくのほうへ近づいてくる気配がした。海面で波が大きく揺れていた。本能的に恐怖を感じて、咄嗟に反対方向へと体をかわしていた。はしごはもう目の前にきている。後もう少しで手が届く。
突然波が立った。飛沫が顔にかかる。何かが左腕に触れた感じがした。奴はそれほど大きくはないようだ。でも次の瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。ぼくは片手で必死にはしごに取り付いて、水面から少しでも遠ざかろうと体を押し上げた。女の子の泣き叫ぶ声、船員の興奮した声、励ましの声が次々聞こえた。
次のはしごの取っ手に手を伸ばし、歯を食いしばって体を動かした。一段ずつ、一段ずつ時間をかけて、上がっていった。もう果てしなく段が続いているように思えた。
頭が次第に朦朧としてきた。頑張るんだ、と自分に言い聞かせながら、這い上がった。今落ちたら、下で待ち構えている奴の餌食になるだけだからね。
やっとの思いで甲板に手が届きかけたとき、何本もの手が差し出されて、皆でぼくを掴んで引っ張り上げてくれた。介抱してもらっている間にも血はどくどく腕から流れ出て、体の震えが止まらず、すうっと目の前が暗くなった・・・・。
麻酔のせいだったんだろうか。カラフルな夢を見てた。暗い空に大輪の打ち上げ花火が一杯上がっていてね、ぼくは花火両手に持って回しながら、崖から飛ぶんだ。下を見るとすごく深い海で、そこへ向かって一直線に突っ込んでいくはずなのに、いつまでたっても体は落ちていかない・・・・。ゆっくりダンスするみたいにふわりふわりと気持ちよく空中を舞っているんだ。舞い降りるっていう感覚かな、ずっとそういう感じが続いていて、今でもはっきり思い出せるんだ。そのときの気分って、もうほんとに最高だったんだよ・・・・。
第六話 旅占い
トランプ占いをしながら、一人旅をしている人を見かけたことがある。いつも食堂のテーブルにカードを広げてじっと見つめていた。三十代半ばぐらいのヨーロッパの女性だった。本を読んでいるときも、手紙を書いているときも、その傍らにはコーヒーと古いトランプがあるのだった。手ずれて色あせたカードはよく使い込まれていて、彼女と長い旅を共にしてきたことを窺わせていた。そこには何が見えていたのだろう。
私自身は占いが特別好きなほうではない。新聞に載っている週間星占いの欄を、気がついたときに参考にみる程度で、お金を払って易者に運命を見てもらったことは、これまでに二回。
最初は母が死んだときで、葬儀の五日後、空ろな気持ちで町を歩いていたら、商店街の入り口に座っていた易者さんとふと目が合った。二度目はそれから何年もたって恋愛に迷ったとき、友人によく当たる占い師と評判を聞き、とある神社の境内まで出かけていった。でも二回ともいい運勢ではなくて、気が滅入るようなことを言われ、うんざりしてそれ以後手相見、易者からは遠ざかってしまった。
その後自分で試した占いといえば、二、三種のトランプ占いぐらいである。簡単な一人占いで、友人から伝授された。その後何かの本で見て覚えたのもある。それは五十二枚を全部広げて占うものだ。時折遊んで楽しむ程度だが、旅行には時間潰しにいいので、必ずトランプを一組、持っていくことにしている。
タイに行ったときだった。町で知り合って親しくなったタイ人の女子大生が、親切に一日市内観光に付き合ってくれたのだが、最後に私をある寺院の裏通りに住んでいる占い師のところに連れて行った。近くを通りかかったので、彼女は自分が見てもらうついでに、あなたの運命もどう、というのだ。
「知りたくない?自分の未来」
知りたいとは思う。でももう日本の易者で懲りているのだ。私は彼女が占ってもらうのをただそばで見ていた。占い師は老人で、戸外の木の下に座っていた。
手を合わせ一礼し、彼女は何事か告げてもらっている。聞いているその表情は真剣である。老人は特別な道具は何も使わないようだ。地面に丸い図を書いて考える。相手に一言二言短く尋ねた後、図をみて低い声で何かを言うのである。
声をかけられ、気がついたら私は老人の前に座っていた。
「生年月日と生まれた曜日、時間を言うのよ」
女子大生が通訳してくれる。
生年月日は言えたが、それが何曜日に当たるのか知らなかった。生れ落ちた時間もはっきりわからない。
(とても大切なことなのに)
彼女が内心でそう思っているのがわかる。この国の人たちはそのことを大事にしているのだろうか。私はうろたえた。
(母が生きている間に、ちゃんと訊いておけばよかった。もっとも母が曜日を覚えていたかどうかはわからないのだけれど)
老人は黙ってしばらく私を見つめている。曜日と時間がわからないので、詳しくは占えないらしい。じゃできる範囲で、というと、
「あなたは今までに二度、大きな病気で違う病院に行きましたね。でも以後同じ病気で苦しむことはありません」
私は以前腎臓を悪くして、確かに二箇所の病院に通ったことを思い出し、頷いた。病気が再発することを今でもどこかで怖れていた。この人は相手の心にある不安をこんな風に読み取って、宥めてくれるのだ、と感じた。
ネパールのカトマンズにいたときだった。そのとき私は街角のレストランで食後のお茶を飲んでいた。何もすることがなくて退屈していた。すると一番奥の席にインド人の占い師が座り、水晶玉を前にして誰かを占っているのに気がついた。その様子を何気なく見ていると、レストランの主人が勧めにやってきた。
「あの占い師は週に一度だけここに来るんですよ。もう何年も続けていて、いろんな人がよく当たるといっています。よかったらどうぞ」
十分後、私は大きな水晶玉の前に座っていた。占い師は髭のシーク教徒で青いターバンを巻いた貫禄のある中年男で、まず紙を渡された。
「生年月日とイニシャルを書いて。書き終わったらすぐ裏返して」
書いている間、占い師は見ないように横を向いていたが、その内容を即座に言い当ててみせた。私に紙をひっくり返すように言って、的中していることを確認させ、得意そうな表情をする。
たぶん水晶玉を使って透かし見ていたのではないかと思った。内心でそう疑っていると、占い師は次に、私が内心で気になっている人の性格と行動をほぼ言い当ててみせた。驚いたことに当たっているのだ。そして動揺している私に言った。
「1から10の中で、好きな数字を心の中で思うように」
私は8が好きなので8と念じながら、
(ああ今また答えをこの人に読み取られているな)
と感じていた。占い師は頷いて紙に大きく8と書き、私はそれを見て頷く。
占い師によると人と数字の間には、目に見えない絆があって、ある数字がその人の生涯の運と深くかかわっているのだという。私の場合だと、生年月日から判断した幸運数字は8なのだという。
「それを今教えてあげようと思っていたが、自分の直感でわかっていたのはいいことだ」
その根拠となる8と私との関連を、私には読めないヒンディ語の本を示して説明してくれた。かなり煙に巻かれたが、要するに8が私のラッキーナンバーだということであった。それを知っているのと、知らないのでは違うらしい。続いて、
「お守りの護符はこれに限るね」
何やら長い講釈つきで、前後左右対称の幾何学模様の図を描いた紙を買わされるころには、もう完全に相手のペースであった。それは吉祥文様というのだそうである。
これからの旅の運勢について尋ねてみる。
「次の新月が来たら出発するといい」
「は」
首を捻る。今日の月齢がわからない。新聞に詳しく載っている月の出の時間や月齢のイラストを思い浮かべようとするが、今朝それを見たかどうか記憶がない。
満月の夜には儀式(プージャ)を行うなど、月には関心が深いここヒンズー文化圏の人たちには、この言い方で通じるのだろうが、私には無理。
(お前、月の満ち欠けのことも心にかけないで、これまでずっと生きてきたのか)
占い師はそんな表情をしながら、私にわかるように言い直してくれる。
「新月は今日から数えて十一日後」
「あ、はい。方角は?」
「自分で占ってみるといいよ。自分が思う方法で」
占い師は答えず、にやりと笑う。私は考え込む。
「例えばトランプとか」
占い師は頷く。
私は言われた通り次の新月の日にそこを発ち、隣接する国に出て、あちこちへ旅をした。宿屋で部屋が選べるときには、八号室に、とか八の字のつく番号を言うようにした。行き先や行動について迷うときは、トランプで占ってみることもあった。
ある町に着いたとき、ちょっと悪い運勢が出た日があった。だからといって、お腹もすくから、外出しない訳にはいかない。
気にせず食事に出て、路上に佇んでいると、急に後ろ足首に鋭い痛みが走った。驚いて振り向くと、野良犬がいた。何の前触れもなく後ろから近づいて来た野良犬に、足首を噛まれてしまったのだった。痛いことに加えて犬が怖く、思わず悲鳴を上げると、それを見た通行人が、犬に石を投げつけて追い払ってくれた。その通行人は執拗に犬を追いかけて仕返しにいじめ続け、見ていた私はしまいに痛めつけられる犬がかわいそうになった。犬はやがて隙を見て逃げていったが、恨みが残ってよけい人間嫌いになったのではないかと思う。
幸い足首の傷は大したことはなかったのだが、後で聞いてみると、その犬は普段から外国人を嫌っていて、匂いでかぎ分けるのか、外人を見ると寄っていって、それも後ろから近づいて、いきなり噛むという癖があるのだそうだ。狂犬病の心配もあるし、そんな犬を通りで放置しているのも困るけれど、犬のほうにしてみれば、外国人によほど嫌な思い出でもあったのか。
茶店のざらついたテーブルで退屈しのぎにカードを並べて遊んでいると、店内にいた客が興味を持って前に座ることがあった。
「占いができるのか。それなら今日の運勢をみてくれ」
そう話しかけてくる。皆占いは何となく興味があるし好きなのだ。こちらも軽い気持ちで、
「これはただの冗談、遊びですよ」
念を押してから占ってあげると、思いがけずいい運勢が出て、喜ばれることもあった。ビジネスが上手くいくかどうか、とか、妻の病気のことを占ってほしい、とか、子供の将来を知りたい、というのもあった。
ある日一人の日本人旅行者がきて、お茶を飲んでいる私の前に座った。
「きみ、占いをするんだってね。見てくれないかなあ、ぼくのこと」
そっと観察した。年は二十代後半ばから後半、ほぼ私ぐらいであろう。でも表情が冴えない。カードを切って広げてみると、非常に悪い。
もう一度やってみるとさっきよりも悪くなった。仕方がないので正直に言う。
「どん底。いったい何をしてこうなったの」
「・・・・」
「人に言えないようなことでしょう。それに健康運が落ちてる」
「・・・・」
「あのとき、あんなことしなきゃよかったって思ってる」
男がさっと青ざめた。図星だったようだ。
「わかるんだ」
「ぼんやりそんな感じがするだけ」
カードに出ているというより、男自身がそういう雰囲気を全身に漂わせて、私の目の前に座っているのだ。
「馬鹿なこと、したんだよ」
やがて男がぼそぼそと言い始めた。男の話によれば、この国のある都市で娼婦を買ったのだそうだ。旅の開放感と興味からだったらしい。ところがその時に悪い病気をうつされたらしく、治療を続けているが、一進一退ではかばかしくないというのだ。
「完全に直してしまうまで、日本に帰れないんだよ。家には高校生の妹もいるし」
男はうつむく。家の風呂場などで、万一妹たちに感染させたらいけないと思っているのだ。
この国の娼館は女たちが逃げ出せないように、鉄格子のはまった部屋であると聞いていた。信じられない安い値段であり、衛生状態は極端に悪いとも。少女たちは親に売られるのか、騙されて連れてこられるのか・・・・。
私は男に対し、何かを言いたい思いが起きるが、無言のまま順にカードの列を追っていく。当分の間はまだ悪い運勢のようだ。ふと開いたカードの中に、幻のように一つの情景が浮かび上がってきた。
「何か見えるわ」
「え・・・・」
「あなたは道端で引っくり返って呻いてる」
「死ぬんだろうか」
「いいえ、ただ痛い思いをするだけのようよ」
「交通事故に遭うのかなあ」
「さあ・・・・」
ここは比較的車の往来は少ないところだ。私も言ったものの首をかしげる。幻はすぐに消えた。
次の日、果物を買いにバザールへ行こうと思い、町を歩いていると、再びその男に出会った。そのままバザールの入り口近くの路上で立ち話をしていると、道の遠くのほうで土煙が上がるのが目に入った。何だろうか。
町の人たちが何か叫んでいる。土煙とともに地響きがどっどっと近づいてくる。聞いたこともない音だ。でも何か危険の前触れであるらしく、ひどく不安に駆られた。通行人が右往左往して、必死に身を隠そうとしているのだ。怯えが伝わってきて、事情はわからないまま、私たちも道端に逃れて、近づくものを見た。
牛だった。大きな角のある牛が通りを暴走してくるのだった。この国では牛は崇められている。その神聖な神の使いである牛が、今怒り狂って走っているのだ。誰にも止めることはできないだろう。
悲鳴が上がる。牛は目の前の露店の木の台に猛然とぶつかっていって、きれいに並べてあったお菓子の列をなぎ倒した。台の下に潜り込んでいた店番の少年が泣きながら逃げ回る。牛は止まらずに、隣の屋台のひらひらする赤と白の布のパラソルを突いて落とし、それを滅茶苦茶にした。
「危ない」
私たちのほうに牛の巨体が突っ込んできたのと、私が顔を覆ったのとが同時だった。よろけて履物が脱げ、手にかけていたバッグもふっ飛んで、私は一瞬やられたと思ったが、もうもうと上がる土煙は、ほんの一瞬私の横を掠めて疾風のように通り過ぎていった。我に返ってみると、横にいた男が路上で倒れていた。人々が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
私は屈みこんで男の怪我の具合を見ようとした。幸いどこも血は流れていないようだ。既視感があった。昨日見た光景そのままに、ううと呻きながら男は片手で脇腹を押さえ、苦痛に顔を歪めて横たわっていた。
第七話 十三夜の月
バスの窓からは、いつまでも東南アジア特有の、のどかな田園風景が続いていくとみえた。家の周囲に飼われている家畜、風にはためく質素な洗濯物、日差しの中で遊ぶ子供たち、黙々と畑を打つ人。でも木立や田畑の緑が途切れるにつれて、次第に立て込んだ家々の軒が目立ち始める。道路が人や車の列で溢れる頃には、もう市内の中心部に入っていた。この国では中ぐらいの地方都市と思われた。
バスは予定よりも遅れ、町に差し掛かったときには、日暮れになっていた。明かりが集まっている界隈が、たぶん目抜き通りなのだろう。漢字で書かれた看板が並ぶ中に、ところどころ英語も混じっている。でもそれは装飾用のものらしく、この国の人たちはあまり英語を話さないようだ。
バスターミナルに着いたとき、乗客の大半は、迎えに来た人たちと挨拶を交わし、賑やかにしゃべりながら街角に吸い込まれていった。気がつくと、荷物を抱えて私は取り残されていた。
バス停にいた客引きの中年の男が寄ってきて、いい宿を紹介する、と訛りの強い英語で言い始めたが、無視することにした。あまり親切そうには見えない。態度は妙に馴れ馴れしく、目つきが何となく鋭いので、ついていくのが不安になったのだ。
そうなると未知の町で、夜、女一人で宿を探さなければならない。気が重くなった。
大通りへ出て、点滅する青や赤の派手なネオンの看板を眺めた。飯店。旅社。酒楼。酒家。
どことなく毒々しい色に見えてきて、不安な気持ちになる。電飾の向こうには闇が広がっており、通りを一筋入ると迷路のような細い路地に続いていく。
よそ者らしい若い女が、何をしているのだろう、と好奇の目で立ち止まって私を眺める人もいるが、ほとんどは無関心に通り過ぎていく。中には道を訊かれたりする面倒を避けるために、よけていく人もいる。
目の前を、どう見てもホテルのお仕着せらしい、白と黒の制服を着た若い男が横切ろうとした。私がその偶然に気づいて彼を見たのと同時に、向こうもいち早く私のフレームつきのリュックに視線を留めた。
事情を察したらしく、早口で何か言ってきた。それは私には一言も理解できなかったが、男がしきりに指差す方をみると、構えはほどほどのホテルが通りの向こうにあり、私はそこがこの人の職場なのだろうと思い、今夜の宿を探していることを身振りで伝えた。
その制服の男に案内されて行ってみると、宿の料金は私が思ったよりも高かった。フロントで粘って値切ってみたが、安くはならない。夜は更けてくるし、女一人だし、足元を見られたのだ。もうこの際仕方がないと思い、ここに決めることにした。
部屋まで荷物を運んでくれた制服のボーイをみると、さっきの男だった。そういえば交渉の様子を、ちょっと離れたところでずっと見ていた。
「この辺に安く食べられるところ、ないかしら」
チップを渡しながら訊いてみたが、英語は通じない。こういうホテルの食堂は値段が高いので敬遠してしまう。
「例えばね、チャウメン、チャオビーフン、チャーファン、パオズとか・・・・」
そんなに食べるわけではなくて、一、二皿でいいのだ。なるべく自分では現地風と思う発音で試してみると、通じた。
「OK」
にこにこして頷きつつそこだけは英語で言う。
ボーイに手招きされて、ホテルの裏に出た。何とそこは路上に屋台が広がっていた。何かの汁が飛び散ったままの汚れたテーブルに、足のぐらついた木の椅子。深い鍋でぐつぐつ煮られて湯気の上がっているスープの横では、炒め物の煙が上がり、その隣にはお粥の入った大鍋が置いてある。乱雑に積み重ねられた安物の鉢や茶碗は模様が消えかかり、縁が欠けていた。
仕事帰りの労働者風の男たちが多い。ホテルの制服を着た男たちも坐って掻きこんでいる。ホテルの裏口という立地であれば、従業員食堂の意味もあるのだろう。
「どれ食べる」
「これとこれ」
喧騒の中で私が適当に指差すのを、ボーイは店の人に通訳してくれて、私が料理の皿を貰い受けるのを見届けてから、ホテルへ帰っていった。
白いおかゆ一椀と、キャベツ、白菜、にんじん、豚肉の炒め物一皿。青菜の卵入りスープ。何しろ薄暗いので食べている内容がよくわからない。豚肉と野菜炒めと思った一皿には、ガス管のような形のものも入っていて、それはいくら噛んでも味がなく、逆に何かひどく味つけの濃い辛いものも紛れ込んでいる。
信じられない安さで、ともかく満腹になった。夜の町を少し散歩したいのだけれど、治安のことが気になるので、そのまま部屋に戻った。今日の小遣い帳をつけて後はくつろぐだけである。この町の近くには有名な湖があって、そこは風景が素晴らしいということだった。明日はそこへ行ってみようかと思う。
二、三度ノックの音がしたが、放っておくと諦めたのか行ってしまった。十分後に再びノックの音がする。
「誰」
ドアは開けずに応対する。
「雑誌、お持ちしました」
会話集で覚えたような、ぎこちない口調の英語が聞こえてくる。さっきのボーイの声である。
「雑誌はいりませんけど」
五分後、再びノックの音がする。
「新聞、お持ちしました」
煩わしいなと思う。何度でも来るつもりらしい。ドアを細めに開けて、新聞雑誌はいらないとはっきり断りをいう。
手にしているのを見ると、漢字だらけの新聞だし、雑誌はこの国の銀幕スター写真満載誌であるから、私には興味がない。でもそれらは口実であったらしく、ボーイはメモ用紙を取り出すと、何やら書き始め、書き終わると私に渡した。
大人、という字が見えた。富裕、富人、楼下、等待、酒家、紹興酒・・・・後は知らない字が続く。中々達筆だった。並んでいる漢字を眺め、私はその意味を解こうと考えた。するとだいたいこんな風に読めた。
(階下で、お金持ちの男性がさっきからあなたを待っています。私が紹介するので来てください。その人はご一緒にお酒でもいかがですか、と言っています)
バーでお酒一杯だけ、という程度では済まない話であろう。相手の目的はわかっている。私はボーイのペンを借りると、紙に断りを書いた。
「大人不要」
ボーイは首をかしげた。筆談が続いていく。ボーイは私がお金に困っていると感じたのだ。そういう貧乏旅行の仕方をどうとったものだろう。汚れた屋台で惨めに安いものを選んで食べているのを見て、単純に気の毒と思ったのかも知れない。
(一晩の「交際」でたっぷり旅費が稼げるんじゃないの。何びびってるの)
彼の目はそう言っている。それにたぶん彼にも紹介手数料が支払われるだろう。
実を言うと私はお金を持っているのだ。それは日本で何年も働いて貯めたお金だから大事に使いたい。日々の支出は抑えに抑えている。でもそんな風にして節約し、私なりに日を重ねてきたアジアの放浪の旅を、そんな中で触れ合ってきた風景や人との出会いの意味を、この人に説明するだけの十分な語彙は持ち合わせておらず、私はため息をつきながら、再び「富人不要」「財主不要」と書いて渡した。
無言のままの筆談による遣り取りが続き、漸くボーイは納得しない表情のまま引き下がった。
ボーイが去った後、考え込んだ。合鍵はホテル側が持っている。ボーイの言う富裕大人が、この部屋に到来してくる場合もありうるだろうか。こうしていては危ないのではないか。俄かに生じた新しい不安のために、私は部屋のテーブルを動かして、ドアの前に置き、更にまだ心配だったので椅子も移動して砦とした。
ふと窓の外を見ると煌々と月が照っていた。十三夜の月だった。完璧な十五夜の月よりも、控えめに照る十三夜の月のほうが私は好きだ。満月ほどの華やかさはないが、白い輝き、この形を美しいと思う。窓辺に寄ってしばらく眺めた。風雅な月の光の射す夜更けに、私は苦労して一体何をしているのだろう。
浴室に入ってお湯の栓をひねっていると、右隣の部屋でシャワーを使っている男女の嬌声が聞こえてきた。壁が薄いらしく声は筒抜けである。
左隣の部屋では男たちがさっきからマージャンの卓を囲んでいるようだ。談笑の声、パイを卓に打ち付ける音、掻き混ぜる音が壁越しに響いてくる。
隣室の男女の声とマージャンの音は深夜まで続き、その夜の私の眠りは浅く、何事もなく過ぎたにしては疲労気味の朝を迎えた。
目が覚めると戸外は快晴だった。カーテンを大きく引くと、眩しい朝の陽光が差し込み、昨夜の城砦となった机と椅子の背を照らし出していた。人がこの光景を見たら何と思うだろう。まずそれを元通りにしないと、外へも出られないのだった。
部屋の復元作業を終え、すべてを整えてからチェックアウトのために廊下へと滑り出た。
薄暗い廊下で、掃除婦が屈んで仕事に精を出している。床に落ちたごみなども片付けていく。私が部屋を出たのを見ると、こちらにやって来て立ち止まった。足元に白い紙切れが落ちているのに気づいたらしく、掃除婦は拾い上げてみた。そして紙を丸めながら、微かに呟く。そしてごみを掃き寄せていく。
「不要(プーヤオ)不要・・・・」
そう、不要なのだ。
第八話 杏花
汽車に揺られて立っていると、窓の外を白い花が霧のように流れていった。杏の林の中を通り抜けているらしい。車両は旧型の頑丈な造りだが、座席も窓枠も傷んでいる。ぼくは揺れる車内でずっと立ち通しで、それは何時間にも及んでいたから、かなり疲れていた。
座りたいと思って見回すが、空いている座席はない。車両内の男女は皆似通った質素な服装で、表情もくたびれて見える。竹や蔓で編んだ籠を膝に置いたり、穀物の袋を足元に置いたりしている。荷物にもたれかかって居眠りをしている人、外を眺めて物思いにふけっている人、タバコをくゆらしている人、何かを取り出してもぐもぐと食べている人・・・・。
駅が近づいてくると、誰か降りる人はいないだろうかと、ぼくは視線をさまよわせる。人々はちらちら窺うように見る。幾つもの視線がぼくの動きにつきまとう。露骨な好奇の目も混じっているが、視線が合いそうになると、その瞬間相手は目を逸らす。
誰かが立ち上がって、降りる支度を始める。降りる人は、立っている人の中から、その座席に座る人を選ぶのだ。軽く手で合図するか、または目配せすると、選ばれた人が来て、入れ替わりに座る。最初は老人とか妊婦とか、弱者を優先的に選んでいるのかと思った。そういう場合もあるが、必ずしもそうとは限らない。杖を持った年寄りがいるのにもかかわらず、構わず別の人に座らせて降りていく。
長く立っている人の中から順に選ぶのかと思うと、それも違う。なぜならこの車両で一番長く立っているのは、実はぼくなのだ。選んでいる基準がよくわからない。要するに、自分の気に入った人を座らせているだけなのだろう。でも必ず誰かを指名してから降りていく。立っている人も勝手には座らない。暗黙のルールらしい。この地域だけに通用するものなのか、それともこの国全体の習慣なのか、ぼくには見当がつかない。
わかるのは、この車両内でぼくが嫌われていて、誰からも選ばれず、長時間座れないでいるという現実だった。得体の知れない異邦人とは、たとえ小さなことであっても、係わり合いたくないと思っているのだろう。どの人も申し合わせたように視線を外す。
立っている人は減ってきた。新しく乗ってきた人も、しばらく待っているうちに、選ばれて座っていく。駅が近づくたびに憂鬱になる。今度こそ、と降り支度をする人を見つめるが、相手はぼくと目を合わせるのを拒む。期待と落胆と屈辱の入り混じった気持ちを、何度も味わうことになる。車内の人たちはそんなぼくの様子を、無言のまま横目で観察し続け、ぼくは複雑な思いで立ち尽くす。
遂に車両内で立っているのは、ぼくともう一人の若い男と二人になった。
(次は誰が降りるのだろう。その人は合図をよこしてくれるのだろうか)
もう期待は持っていなかった。プライドがあるから、あまり物欲しげではないように、それでも座席が空くことには注意を払っていた。心身の疲労は段々強くなった。
何となく後ろに強い視線を感じた。思わず振り返ると、若い娘が席を立とうとしていた。駅が近づいているのだった。彼女は身支度をしながら、真っ直ぐにぼくの方を見ていた。吸い込まれそうな大きなきれいな目だった。ぼくは思わずぼうっとなって見とれた。女の子はぼくの凝視にちょっとはにかんだ表情になって席を指差し、ここに来て座るようにと、ぼくを手招きした。ふらふらと近づいていった。
何か言いたかった。どうもありがとう、とか。でもこの国の言葉を、簡単なお礼の一言さえまだ知らなかった。英語でサンキュと言ってみたが、この場には全くふさわしくない響きに聞こえた。
女の子は無言のまま頷くと、ぼくに席を渡すため、膝に置いたバスケットを手に立ち上がった。バスケットには細長い楕円形の青い葉がたくさん入っていて、良い香りを放っていた。月桃の葉らしい。何かを包んで蒸すのだろうか。女の子はバスケットを抱えて通路を歩いていった。長く垂らした髪が歩くたび左右に揺れていた。生き生きして魅力的な子だなと改めて思った。
ずっと後姿を見送っていた。女の子の体の温もりで座席はまだ暖かかった。開け放った窓から微かに戸外の花の香りが漂ってくる。陽光が眩しく降り注いでいる、田舎の小さな駅だった。見回すと杏の木が駅舎の背後にずっと植えてあった。左右に枝を差し広げ、駅舎を覆っている。桜によく似た、白とも薄紅色とも見えるかぐわしい花が、今ちょうど満開だった。
女の子は質素なベンチに、バスケットを置いて座った。そのまま出て行く列車を眺めるつもりなのだろう。窓越しにふと目が合うと、ぼくに向かって微笑んだ。ぼくは心を奪われて花の下に座る女の子を見つめていた。
(あの子と知り合いになれていたらよかったのに。何という名前だろう。何歳だろう。どんなところに住んで、どんな生活をしているんだろう)
目が離せなくなった。じっと見ているうちに、ぼくの中から何かがすっと抜け出て行くような感じが起きた。
汽笛が鳴っていた。長く尾を引いて野に響いて消えていく。気がつくと、ぼくは女の子の横に、ぴったりとくっついて座っていた。女の子は、寄り添っているぼくには全く気づかないように見えた。黙って動き始めた列車のほうにじっと目を向けている。その視線の先が知りたくて、顔を近づけて女の子の瞳を覗き込んでみた。柔らかい花の香りが上からも横からも降ってきて、うっとりとなった。女の子の瞳には、列車の中に座る一人の男、つまりぼく自身が映っていた。
滑るようにゆっくりと目の前を列車が動き始めた。目を凝らしてみた。そこには魂を落とし、抜け殻になってしまったぼくが、生気を失った表情で席に座っていた。はじめて外から見る自分の姿だった。愕然とした。
もう一度大きく汽笛が鳴り響き、その音に、ぼくは一瞬迷って揺れ動いた。戻るのなら今しかない。ぼくは何か大事な予定があったような気がした。友だちとどこかの町で、会う約束をしていたような。でもよく思い出せない。それはいつのことだったか。考えようとすると頭の芯がきしむように痛んでくる。
そのときさあっと風が吹き抜けて枝が揺れ、花びらが散り始め、ぼくたちは包みこまれた。束の間の至福のとき・・・・。
(このまま、いつまでもこうして花吹雪の中にいたい)
その強い思いに引きずられて、帰るタイミングを逸し、いつしか目の前を通り過ぎていく長い列車を見送っていた。
列車は少しずつスピードを上げ、駅舎から遠ざかっていった。車内に座るぼくは抜け殻と化したことをまだ知らず、この先気づくこともないに違いない。空ろで無気力な目で座席に座り、列車に揺られるまま、どこか遠い土地へと旅を続けていくのだろう。
第九話 蓮
西ヒマラヤ山脈が切れる辺りにその湖はあった。首都の喧騒から遠ざかり、ここで高原特有の澄んだ空気に包まれていると、心が安らいでくる。
朝夕の冷気は心地よく、時に薄い霧になって町を包み込んでいく。通りには街路樹が植えてあって、木陰で露天商が店を出している。林檎や葡萄などの果物、クルミ、干した杏、揚げたお菓子、刺繍した衣類や手工芸品など土地の産物が色とりどりに並んでいた。
湖の岸辺の宿屋は、何艘か小舟を持っていて、泊まり客は申し出ると、舟を借りることができた。大小の湖が繋がっていて、町中も水路で結ばれている。湖から水路の一つを伝って町の中へ入り、また別の水路を通って、戻ってくることもできるようになっているのだった。
ある朝、彼と私はボートを借り出した。小さい方の湖の奥にある宿に泊まって三日目のことである。宿の主人が見送ってくれた。
「お客さんたち、ボートから降りるときは、しっかり桟橋に繋いで、面倒でも必ずパドルを持って上がってくださいよ」
「え、パドルかついで持っていくの」
「ええ、そうして下さい。忘れずに。でないと町で買い物を済ませて、さあ帰ろうと思うと、舟ごと消えてなくなっていた、ってことがあるんですよ」
「ああ、そういうことか。わかったよ」
「これはお弁当です」
「ありがとう」
宿の主人は、私たちが湖沿いに遠くまで行くと思ったのだろう。アルミ製の円筒形ランチボックスを二つ、私に手渡してくれた。
小舟はゆっくりと岸を離れた。ここの舟は一本のパドルで漕ぐ。水路は狭く、岸には柳の木が植えてあった。二階建ての家の窓から、もの珍しそうに私たちを眺めて、手を振る子供たちもいる。接近し、遠ざかっていく家々からは、それぞれの生活が透けて見えた。主婦が掃除や洗い物をしていたり、庭先の花に水をやる老人がいたり、屋上では洗濯物が翻っていたり、路上では子供たちが石を蹴って遊んでいたりする。
交代して私が漕ぐ。パドルは思ったより扱いやすいのだが、左右交互に水を掻くために、その度に水しぶきが上がった。下手な人ほど大きくはねる。飛沫がかかって服も髪も濡れていくが、舟を進ませる面白さに取り憑かれ、私は町までずっと漕ぎ続けた。
舟を係留し、宿の主人に注意された通り、こうもり傘を持つように、ずっとパドルを持ち歩いた。町の大通りを歩いて商店をひやかしたり、バザールに寄って果物を買い求めたりする。
お昼どきになって、公園に座り、宿で貰ったお弁当を開けてみると、三段になっていた。一番上には焼いたチャパティが二、三枚、それから野菜のカレー、白いご飯。
「すごいご飯の量。ぎっしり詰めてある」
「これ一つで充分だよ」
スプーンはついてなかったので、チャパテイをちぎってカレーをすくい、後は手で混ぜて食べた。カレーはそれほど辛くない。豆とジャガイモと玉ねぎのカレーだった。残ったご飯は、寄ってきた野良犬にやった。
日は高く、公園の中の木陰は風が吹いてきて涼しい。大きな木にもたれて二人とも少し眠った。何か怖い夢を見ていたようだが、目が覚めてみると、そんな感じがするだけで、夢の中身は思い出せない。
「私何か今、怖い夢を見たんだけど」
「ふうん・・・・・・。まあ気にすることはないよ」
岸に戻ってみると、舟はゆらゆら揺れて元の位置にあった。
「よかった。もし舟が消えていたら、どうしようかと思ってた」
結わえておいたロープを解きながら彼が尋ねる。
「漕ぎたい?」
手首が痛くなっていたので、私は首を振り、今度は彼が漕いだ。舟は岸を離れて湖に出ていく。湖上は広々としていて、対岸にある町や、その背後にある緑の丘陵が見渡せる。
物売りの舟が寄って来た。お菓子や果物や飲み物、お土産品、タバコやせっけんやペーパーなどの生活用品などを満載し、言葉巧みに勧めてくる。いらない、と断っても、違う舟がまた見つけて寄って来る。向こうは舟を操るのが巧みなので、こちらがかわそうとしても、うまく先に回り込んで、勧めに来る。
湖の中ほどまで出ると、さすがに物売りの舟はいなくなった。漕ぐ手を止めると、舟は静かに湖に漂い、風の吹くまま緩く回転する。
いつ現れたのか、横に小舟が近づいてきていた。たくさん花を積んでいる。つやつやした青い葉も見える。スカーフで頭と肩を包んだ目の大きな少女が、花の横に座っていた。舟を操っているのは若い男だった。すっと張り付くように舟を寄せてくると、少女は花を一つ、無言で私に差し出した。思わず受け取ってしまう。その瞬間舟を近づかせすぎたのだろう、舷と舷が音を立てて軽くぶつかった。衝撃で双方の舟が揺れて、波が立つ。更に弾みでもう一度ぶつかりそうになったので、互いの漕ぎ手が急いで舟の向きを変えた。舟はうまく離れた。
手渡されたのは蓮の花だった。蕾がほんの少し開きかけの、優雅な淡紅色の花を見ていると、少女が値段を言った。高い値なのでびっくりする。花売りの舟だったのだ。
「ああ、私お花はいいの。悪いけどこれ返すわ」
うっかり受け取ってしまったが、高過ぎた。少女は私を見つめている。これから値段の交渉を始めるのかと思ったが、少女は案外あっさり引いた。
「投げて」
「え」
「水の上に投げて」
私は言われるまま、少女の舟の近くに蓮の花を緩く放り投げた。花は弧を描いて水の上に落ち、浮かんで漂う。舟が近づいていき、少女は慣れた手つきで花をすくい上げると、揺すって軽く水を切った。また次の客を探すつもりなのだろう。花の舟はそのまま遠ざかっていった。
湖を横切って漕ぎ続けているうちに、人で賑わう向こう岸の町に着いた。大きな白いモスクが前方にある。通りを行きかう女たちは皆、黒い裾までの服を着ていて、黒い頭巾で頭を覆っている。ここはイスラム教徒の多い地域と聞いていた。
青空に聳え立つ、真っ白に輝くような塔を見上げていると、もうそれだけで圧倒された。途中まで入って見学できるのかと思って近づいていったが、異教徒は入れないらしく、入り口ですぐに制止された。わからない言葉で早口にまくし立てられる。
「引き返しましょうよ」
周囲の男たちの視線に厳しさが感じられるので、私は彼の後ろに隠れるように立った。さっきの怖い夢を思い出したのだ。来た道を戻って行く私たちの背に向かって、激しい調子の言葉が浴びせられた。
再び舟に乗って、湖を漕いでいった。時々岸辺に下りて、景色のいい所で休んだりしているうちに、次第に日が傾いていって、日差しが弱くなってきた。そろそろ宿に戻ろうとして、帰り道を探していくが、水路が幾つにも分かれていて、どれが正しいのか、よくわからない。
「おかしいな。こんなに細かく分かれているはずないんだけど」
彼は首をひねる。
「この水路でいいのかしら」
不安になって、思わず独り言のように呟いた。段々寂しい場所へと入り込んでいく。戻って別の水路に進んでみるが、今度も水草が生い茂っているだけで、人家のない場所に出てしまった。
いつの間にか日が暮れてきた。戻って三本目の水路を試してみることにした。進んでいくと、右手の岸に一軒の家が影絵のように現れた。ぽつんと明かりが点っている。戸外で煮炊きをしているらしく、炊事の煙が上がり、野菜を煮ているような食べ物の匂いも漂ってくる。火のそばに丸く蹲る人影も見える。
「あの人に道を訊いてみよう」
彼が岸に舟を近づけ、漕ぐ手を止めて、屈んでいる人影に向かって、一言話しかけたとたん、家の中から男が飛び出してきた。
怒号がとんだ。大声でこちらに向かって何か叫んでいる。その剣幕に驚き、怖くなった。
「あの人、武器持ってるわ。こっちへ来るなって言ってるのよ。私たちのことを怪しいと思ったんだわ。早く離れた方がいい」
「もう誤解だよな。ちょっと道訊こうとしただけなのに。じゃあもうこのまま行くしかないか」
岸辺の住人との会話は諦めて、彼は舟を戻すと、水路を進んでいった。武器を手にした男は、自分の家族を守ろうとしたのだ。黒いシルエットになって岸に立ったまま動かず、こちらの動きを見ている。
しばらくパドルが水を掻く音だけが響いた。
「何か見えてきた?明かりとか建物とか」
「いいえ何も。でも花の匂いがするわ」
見回すと、蓮の葉が水路の両側に浮かんでいた。月が昇ってくるのか、山の端の辺りが少し明るくなっている。次第に蓮は数が増えてきた。開いた花も蕾もたくさんある。舟足は重く速度は段々遅くなった。蓮の葉や茎が水中に広がっていて、舟の進入を阻んでいるのだ。
「これ以上行くのは無理ね」
私は湖面を覆い尽くした青い蓮の葉や茎を、手で掻き分けながら言った。遂に舟は蓮の中で止まってしまった。
「ここで夜明かしするしかないかな」
「さっきのところへ戻ったら、またあの人が怒るでしょうし」
「そうだよな」
彼はパドルをそっと引いて、舟底に置いた。水滴が黒い染みになって舟底に広がっていく。
「ここで朝まで休もう。疲れたよ」
「そうね」
私たちは舟を揺らさないように寝転んで、夜空を見上げた。星が瞬いている。辺り一面に清清しい蓮が林立し、顔のすぐ横に長い茎が何本も見える。蓮の香りに包まれて、舟は左右に揺れていた。不安定な水の上にいるという怖さがあったものの、二人きりで蓮に囲まれて眠るという滅多にない体験に、言いようのない陶酔感が入り混じる。
舟は時折波を受けてかしぎ、魚が跳ねるのか、軽く水を打つ音が、夢の中の出来事のように聞こえてくる。白い月の光を浴びているうちに、やがて眠りに落ちていった。
目を覚ますと、夜明けが近づいていた。足元から明け方の冷気が伝わってくる。ぼんやりとかすむ明け方の湖の情景を眺めていた。何かしら身体に違和感がある。水に浸かっているような。何気なく体を動かそうとして驚愕した。
気がつくと、私は一本の蓮の蕾と化して、池の中に真っ直ぐに立っていた。思わず体を捻ろうとするが、動かなかった。声を出そうとするが、どうしても出ない。
(彼はどこにいるのだろう。私の横にいるのだろうか。私たちの舟はどこ)
焦って状況を見ようとするが、首が回らない。
そのとき、水路をこちらへ向かって来る舟があった。昨日の少女が乗り、見覚えのある、少女の兄らしい男が漕いでいる。舟はゆっくりと近づいてくる。少女は時折左右に身を乗り出しては、みずみずしい蓮の葉と蕾の花を無造作に切り取って、舟の中に積み上げて行く。
私はこれから起きることを予感し、固まったまま恐ろしさに震えていた。でも傍目には、吹く風に揺れていると見えたかもしれない。
少女の大きな黒い瞳は私の上で留まり、目が合った。少女は私の正面に回ると、指で軽く私の頬を撫で、次の瞬間私の細い首筋に冷たい手を伸ばしてきた。
第十話 谺ケ池
滋賀県に住む父方の叔母から電話があった。
「明日久しぶりに京都に行こうと思うの。一緒にお昼ご飯でも食べない?そのあと、どこかへ回れたらと思うんだけど」
「ええ、いいですよ」
幸い明日は何も予定がなかった。それで夕方まで叔母に付き合うことになった。叔母の二人の娘たちは県内に嫁ぎ、一人は近所に住んでいる。叔母は三年前に夫を心臓病で亡くし、一人暮らしをしている。年に何回かは京都に出てきて、市内を散策したり、岡崎で美術展を見たり、買い物などするのだと聞いていた。
私の方は京都の郊外に住んでいるので、電車に乗れば二十分ほどで京都駅に出られる。時折何かの用や、映画などを見に京都市内へ出かけることがあるが、こんな風に叔母から誘われたのは初めてだった。
わかりやすいところがいいと思ったので、お昼前にJR京都駅の構内で待ち合わせることになった。叔母は几帳面な性格の人だったのを思い出し、早めに行って待っていた。約束の時間ぴったりに、雑踏の中から微笑んで現れた叔母は、以前会ったときより白髪が増え、痩せていた。
「叔母さん、お元気そうですね」
挨拶のつもりで言いかけた言葉が、思わず宙に浮く。さりげなく様子を尋ねながら、飲食店を順に見て回り、叔母の好みの「田ごと」という蕎麦屋に入った。
「今日は、このあと岡崎の美術館ですか」
運ばれたお膳を前に、今は何の展覧会をやっていたかなあ、と思いつつ訊くと、叔母は首を振った。
「実は決めてないの。どこへ行こうかしら。あなたいいとこ知ってる?」
叔母はそう言いながら、自分の海老と蓮根の天ぷらを私のほうに移す。
「近ごろは、私こういうものは少しでいいのよ」
私はお返しに、炊き合わせの中から高野豆腐と人参を取り、そっと叔母の小鉢に盛った。
「叔母さん、お寺がいいですか。それとも神社にお参りします?」
叔母はどちらの雰囲気が好きだったろう。
「近くがいいわねえ」
考えを巡らせる。
「バスかタクシーで三十三間堂のほうへ行くか、ここから歩くのなら東寺、JRに少し乗ってもいいんだったら東福寺とか、伏見稲荷・・・・」
「そうね、じゃあここにしましょう」
叔母はにこやかな表情で、お膳にあった、いなりずしを挟み上げながら言った。
稲荷の駅に降り立つと、もう鳥居が見えた。稲荷大社はすぐ近くである。何年か前に初詣に来たことがあったが、そのときは大変な人出で、この道は人で埋め尽くされていた。それに比べると、今日は歩くのも楽である。
大小の神棚などの神具を売る店、きつねうどんやいなりずし、名物の焼き鳥屋などの店舗が並んでいる通りを過ぎ、ほどなく社殿に着いてお参りする。
横の建物で時折太鼓が鳴って、ゆるやかな琴の調べと笛の音が聞こえてくる。見ると巫女さんが鈴を振って舞っていた。今日は何か祭礼の日であるのか、それともここはいつもこんな風なのか。誰かに訊くほどのことでもないし、しばらく可愛い巫女さんの優雅な舞いを眺めていた。
お参りの人は、たいてい山に向っていく。
「私たちもお山のほうへ、上がってみます?」
「ええ、行けるところまで行ってみましょう」
叔母の足元を見ながら、ゆっくりと歩き始めた。
やがて朱塗りの鳥居が連続している千本鳥居にきた。よく写真やポスターなどで見かける、有名な光景である。長い鳥居列は二本あって、どちらを通っても、出たところで合流する。
これらの鳥居は、願いごとが成就したお礼にと、信者が奉納したものなのだという。実におびただしい数である。江戸時代から始まった風習だそうだ。古いものは朽ちていくので、順次取り替えられ、最近のものは、社名などが大きく入っていて堅固である。
最初の鳥居を前に一瞬心が緊張するが、吸い込まれるように入っていく。一歩踏み入ってみると、内部はもう鮮やかな朱色の世界であった。次第に頭の中が血のような色に染まっていく。一足進むごとに狂っていくような感覚がある。
「すごいですね」
「ほんと」
何かしゃべっていないと、朱の発する呪力につかまってしまいそうな気がして、思わず叔母の側に寄り添う。叔母の体の温もりを感じながら歩いていく。ここに詣でた人々の強い願望を象徴する赤い柱、近づいて記された人の氏名を詠むことで、さまざまな人の秘密の思いに触れるような気がする。進むたびに、四方から迫ってくる妖しい赤。その赤の魔力に圧倒されつつ、林立する鳥居の列を、息をつめるようにして無言で歩いていった。長い胎内くぐりである。果てしなく続くかと思われたが、やがて向こうの世界が透けて見えてきて、ようやく朱が支配する空間を通り抜けた。
「不思議な気持ちになるところだったわね」
「変にきれいで、どこか怖いような。違う世界へ続くトンネルみたいでした」
「たしかにそうね」
叔母は頷く。
さらに登っていくと、緑色の池のほとりに出た。ひっそりしてもの寂しい感じがする。熊鷹という古びた社があり、時代がかった構えの茶店があって、お土産やろうそくなどを商っている。私は立ち止って説明書きを読んだ。
「カラスがいたずらしてお灯明を持っていって、山火事になることがあるから、家から持ってきたろうそくは使わないで、ここで買ってくださいって書いてあるわ。ろうそくにカラスが嫌う特殊な加工をしてあるんですって」
「まあ」
「この池は新池、別名を谺ケ池といって、行方知れずの人を捜したいとき、この池で手を叩くと、神様がこだまで返事をして、いなくなった人の方角を教えてくれるっていう言い伝えがあるんですって」
二人で池を眺めた。叔母は視線を落としたまま、じっと水面を見つめていた。池には木の葉が漂い、細かいさざなみが立っている。池の向こうには樹林が広がり、重なり合う山並み、緑の木々が池にその姿を映している。静かなたたずまいの池であった。熊鷹の社にともる小さなろうそくの灯が、池を渡ってくる風に時折揺らめいていた。
叔母はふっと真剣な面持ちになって、水辺に寄っていくと、一礼し手を叩いた。しばらく耳を澄ませるようにして、再び手を打ち合わせる。水の上に何度か乾いた音が響いていった。
少なくとも、私にはこだまは何も聞きとれなかった。でもたぶんそのときの叔母の耳にはきっとこだまが響き、心にも何か感じられるものがあったのに違いない。叔母はいつまでも水辺を離れようとはしなかった。言葉を掛けるのもためらわれ、私はそんな叔母の様子を傍らでじっと見守るだけだった。秋の初めのまだ紅葉には早い山の風景の中で、こだまを求めてひとり池の縁に立ち尽くす叔母の姿は、深い憂愁を帯び、私の胸にある印象を残した。
それから二ヶ月ほど経ったころだろうか。従姉からの電話で叔母の訃報を聞いた。
体調が悪くて入院して、手術・・・・。手遅れ・・・・子宮がん・・・・転移していて・・・・。受話器の向こうの思いがけない言葉に、衝撃でしばらく絶句する。病気のことも、手術のことも知らなかった。
「そんな・・・・ついこの間、お目にかかったばかりだったのに」
「そう・・・・」
「叔母さん、二ヶ月ぐらい前だったかしら、お電話いただいて、次の日京都に来られて」
「え、いつのこと」
記憶にある日にちを告げると、今度は従姉のほうが沈黙した。
「変ねえ・・・・。母はもう入院していたし、それって手術の前の日よ」
急に自信がなくなってきた。手術の前日なら、外出はできない。日にちのことは、思い違いかもしれないような気がしてきて、慌てて詫びた。取り込んでいるときに、余計なことを言ったのを後悔した。
従姉は、この後の通夜や、葬儀の日時や場所について、手短に告げてくれて、私は空ろな気持ちのまま、悪い夢を見ているのに似た気持ちで応答し、電話が終わった後も、しばらくその場に凍りついていた。
視線は壁に張ったカレンダーの、二ヶ月前の曜日に吸い寄せられていく。その曜日に鉛筆でしるしがつけてあったはずだ。果たしてその日のところに、十一時半、京都駅改札口で、という書き込みを見つけた。私の記憶通りであった。叔母と電話で話し、そのときに書いた走り書きの字であった。
思いは叔母と過ごしたあの日の午後の時間に戻っていく。
叔母は自分に避けようのない死が近づいたことを、心で感じ取ったとき、意識の底で、私を道案内にたのみ、谺ケ池を訪ねておきたいと強く思ったのではないだろうか。偶然のようにもみえたけれど、叔母は谺ケ池のことを知っていたのかもしれない。現実には、病院から出ることも叶わなくなった叔母の、それはひそかな願望であったようにも思えるのだった。
「叔母さん・・・・」
不意に目の裏に、千本鳥居の列が鮮やかに蘇ってくる。見慣れた室内の光景が次第に色を失い、代わりに燃えるようなあのときの朱の世界が、目の前に広がってくるのを感じた。
第十一話 橋姫
京都の嵐山に、虚空蔵菩薩を本尊とする法輪寺というお寺がある。十三詣りの寺として知られている。
こちらでは、子供が数え年十三になった春、旧暦の三月十三日にお参りする風習がある。今はその前後の日曜日や、春休みに訪れる人が多い。女の子の場合は、このとき初めて大人用に仕立てた着物を着るという慣わしがある。特に晴れ着でなくともよく、生まれ年の干支が一巡りした節目の春に、嵯峨嵐山の虚空蔵菩薩にお参りして知恵を授かるのである。帰りは必ず渡月橋を渡って帰ることになっている。
何か懐かしい思いが起きて、久しぶりに桜の季節に法輪寺を訪ねてみた。
阪急の嵐山駅で降り、山のほうに歩いていくと、すぐ近くにもうお寺の塔が見えている。山麓のお寺である。ゆっくりと石段を上がっていく。
法輪寺の起源は古く、もとは渡来人の秦氏、その一族がこの葛野一帯に住んでおり、秦氏の祖神を祀る葛野井宮(かずのいぐう)という社がここにあって、聖地とみなされていたらしい。
奈良時代に入り、元明天皇が葛野の地に堂塔を建てたことが、法輪寺の起源になった。当時は葛井寺(かずのいでら)と呼ばれ、空海など多くの僧がここで修行したといわれている。平安時代に法輪寺と改められた。本尊は虚空蔵菩薩。
境内には、電電宮という珍しい名のお宮があって、これは電気関係や電子、電波を護る神様として信仰を集めている。
平安時代の初め、道昌(どうしょう)僧都が修業しているとき、結願の日に空から明星が降り注いだという伝承にもとづく。つまり現代風に言えば、ここに隕石が落下したというわけだろう。星の破片が降ったといわれる場所には、井戸がある。
境内を歩いてみる。枝を差し広げた満開の桜の下に立っていると、思いは昔の日々に帰って行った。
・・・・始めての干支が回ってきた年だった。旧暦の三月十三日に当たる日、ちょうどその日は四月半ばの日曜日であった。この日新しい着物をおろし、初めて大人のようにお太鼓に帯を結び、髪を結い上げて薄く化粧もしてもらった。
晴れがましい思いで鏡に映る自分を見つめていた。お正月になると、いつも七五三のときの着物を出して着ていたが、段々小さくなってきていた。この日初めて袖を通した、四季の花が描かれた黄色い着物は、たいそう派手なものと映った。嬉しかったが、華やかなものを着慣れないせいか、ほかの子に比べて目立ちすぎないかと気になった。
両親に伴われた晴れ着の子供たちが、ぞろぞろと参道を歩いていく。男の子は、真新しい中学の制服を着た子やブレザー姿が多い。普段着の子も結構いる。女の子は小学校の卒業式に着たと思われるジャケットにスカート、ブレザー、ワンピース、着物姿の子などさまざまである。
ご祈祷を受ける子供たちのために、境内には机が出され、硯、紙、筆が用意してあった。自分で心に思う漢字一字を書いて提出するようになっている。
あらかじめこのことを親から言われていたので、漢字はすでに決めていた。「夢」というのである。夢が叶いますようにという願いである。
見ていると、男の子は「賢」「健」「知」「誠」、女の子は「愛」「美」「夢」「智」などが多い。自分の名前の一字を書く子もいるし、人の字を見て、急に迷い始める子もいる。私は墨をつけないように、後ろから長い袖を母に持ってもらい、下手くそな字で紙に夢と書いた。
横にいたセーラー服姿の女の子が、筆を取り上げると、びっくりするようなきれいな続け字で、私と同じ夢と言う字をさらっと書いた。
「上手やねえ」
思わず感心して話しかけた。女の子は微笑んで、私の書いた紙を覗き込んだ。
「おんなじ字やね」
子供たちは呼ばれてお寺の板の間に順次上がる。口を利いたその子と一緒に並んで座り、ご祈祷を受け、和尚さんの短いお話をきいた。
終わると、女の子とは別れて、境内の桜の下で何枚も写真を撮ってもらった。売っているお菓子を買って少し食べる。智恵のお菓子といって、ここで食べると縁起がいいものらしい。あとは家に持って帰ることにする。
それからお寺を出て、橋のところへ行った。いよいよこの行事のハイライトである、渡月橋を渡るのである。
十三詣りを知らないらしい観光客が、
「今日は何かのお祭りなの」
「この子たち、舞妓さん?」
などと言いながら、珍しそうに私にもカメラを向けてくる。
橋を渡っている間は、絶対に振り返ってはいけないといわれている。後ろを向くと、せっかく授かった智恵を落としてしまうのだそうである。
そういわれると何だか緊張する。どの子もそう言い含められているらしく、真剣な表情である。そろそろと歩き始めるが、着慣れない着物の裾が邪魔で足取りは遅い。母親と手をつないで一緒に渡る子もいるが、私は一人で歩くことにした。
橋が随分長く感じられる。渡ったところに交差点があり、町のざわめきが伝わってくる。渡月橋からは、霞んだ山並みに桜の彩りが美しい。観光客は欄干にもたれて桜の花びらが浮く川水を眺め、山に見とれているが、こちらは景色を眺める余裕などはなく、必死で前を向いて歩き続ける。
後ろからさっきのセーラー服の女の子がやって来て、私の横に並んだ。
「着物、歩きにくそうやねえ」
「うん」
「ゆっくり行こ」
おしゃべりに気をとられないようにと思ったのか、後ろから私の母が声をかけてくる。
「振り向いたらあかんのよ」
「はい」
私は頷く。女の子はちょっと肩をすくめる。女の子には、誰も声をかけてこないようだ。そういえばさっきの境内でも一人でいたような気がする。付き添いの家族がいないのだろうか。
「今日、一人で来たん?」
「そう」
「えらいな」
女の子のほうの事情はわからないけれど、両親に付き添われ、綺麗な着物に身を包んでいる自分が急に恥ずかしくなった。
橋の半ばまで来た。すぐ前を行く男の子に、弟らしい子がしきりにふざけて話しかけている。
「あ、お兄ちゃん、財布落としたで」
何とか振り向かせようとしているのだ。
「からこうたらあかん」
母親が叱っている。私はそれを見ながら女の子に言う。
「振り返ったらあかんていわれたら、かえって振り返りとうなるね」
「そやね。けど別に構へんと思うよ、私は」
女の子はあっさりと振り返り、
「ほらね」
さらにもう一度後ろを向いて見せた。私にはとてもできない。
橋はもう終わりに近づいていた。女の子はさっさと先に行くと、橋を渡り切ったところでこちらを向き、私を待っていた。そして私のほうに手を伸ばした。
「さあ渡ったよ。もう振り返ってもええよ」
可愛い笑顔だった。私は思わず差し出された女の子の手を取った。そして無事に橋を渡り終えたことにほっとして、笑顔で振り返った。
「ああっ」
母の悲鳴が聞こえた。
「あかんいうたのに」
呆然として立ち尽くした。橋はまだ続いていた。あと三分の一ほど残っている。
「せっかくの智恵、返してしもうたなあ」
がっかりしたような声で母がつぶやく。
「そやけど、あの女の子が・・・・」
「え」
「あの子」
指差そうとした手が宙に浮く。見回すが、女の子の姿は橋の上からふっと掻き消えていた。
(橋姫 橋の守り神 橋の下に住む妖怪とも)
第十二話 蛍
その森のことは、何かで写真を見て、一度行ってみたいと思っていた。キャンプするのに良さそうな場所だ。ときどきふと思いつくと、ぼくはテントかついで山や森に出かけて行く。その森は割に都会の近くなのに、深い原生林が残っていて、大きなブナとかミズナラとか杉の木があった。
その日、行けるところまではバスに乗った。終点で降りると、そこに小さな集落があったから、店に入って、形は悪いけどうまそうなトマトときゅうりを買った。それから森に入って行った。
最初は遊歩道みたいな感じの道が続いていく。何という種類かよく分からないけど、遠くで野鳥が鳴いていて、大きな樹が重なり合って日を遮ってくれてるから、歩いていても涼しい。森の中は湿った羊歯や苔の匂いがした。
ぼろぼろになった木の橋が朽ち果てて、崩れ落ちているところは、石から石へ飛んで流れを渡った。壊れた小屋の中を窓からこわごわ覗いてみると、へこんだ床の上に変色したした軍手が片方、人の手首みたいに落ちていた。
更に先へと進んで行くと、谷筋に人家がへばりつくように、それも茅葺屋根らしいのが数軒見えてきた。最後の集落はずっと前に通り過ぎたと思っていたけど、別の集落がまだ奥にあったのだ。そこは少し平地になっていて、地図を持っていたから、出して調べてみたけど、地名も何も載ってない。余程小さな集落なんだろう。今日は結構歩いたし、疲れてきていたから、その辺りでテントしようと思って、集落に近づいて行った。
ゆっくりと日が傾きかけてきていた。森の緑は深く、濡れているようで美しい。小さな流れがあったんで、ちょうどいいと思って、その近くにテントを張った。集落の中に入り込んだ訳ではなかったが、眺めたところ全然ひと気がなくて、どことなくひっそりとしている。
きっと老人だけが僅かに住んでるような過疎の村なんだろう。人影がないのもそのせいに違いない。腹が減ってきたので、食事の支度にかかった。冷たい流れに、買ってきたトマトやきゅうりをビニール袋に入れ、工夫して浸けて冷やしておく。
湯を沸かし、フリーズドライのインスタントピラフを袋から一人分、鍋にぱらぱらと入れて、熱湯を注いでスプーンで掻き回した。少し煮て水気がなくなってきてから、蓋をして蒸らす。
その間にトマトときゅうりを川へ取りに行った。屈むと水の匂いがする。野菜はよく冷えていた。切って盛り付けるのも面倒になったので、水滴を切ってそのまま皿に並べた。いい具合に出来上がったコンソメ味の暖かいチキンピラフを、鍋からじかにスプーンですくって食べながら、冷たいきゅうりに塩をつけてかじる。冷えたトマトは丸ごとかぶりつく。そんな風に山の中で人目なんか気にしないで、好きなように一人でもの作って食べる。
夜になってきた。早めに後片付けもしたし、後はもうすることは何もないから、草の上に寝転んで星を見ていたら、集落のほうから微かに笛の音が聞こえてきた。今夜はお祭りだったんだろうか。笛に合わせて低い太鼓の音も響いてくる。ずっと昔に、どこかで聴いたことがあるようなないような、でも何となく懐かしい音色と旋律だった。つい誘われるように起き上がって、音のするほうに歩いて行った。
草むらで、浴衣を着た男女が十数人、輪になってのどかに踊ってた。村の盆踊りだったんだ。ぼくを見ても誰も何とも言わない。ただ黙々と正面を向いて、前の人のする通りに踊って進んで行く。若い人から年寄りまでいて、皆浴衣を着ている。白っぽいのや藍色みたいのや、古い縞柄なんかの。それと、ここの習慣なんだろうか、皆頭に日本手ぬぐい被っていて、きまじめな顔して輪になって進んで行く。そばで見ていたら実に簡単そうな踊りだから、ぼくも入ってみたくなった。
少し手つきをまねして、足の動かし方も練習してみて、これでいける、さあ入ろうと思うけど、いざとなるとなかなか踏み出せない。何かぼくの入る隙間がないような、気のせいか、この踊りの輪全体から軽く拒まれているような気がする。これはちょっと無理かなって思った。ぼくは部外者だから。
そのとき誰か新しい人がふわっと風のように横からやって来て、ぼくの前に立つと、一呼吸して、ごく自然に滑るように、泳ぐような手つきでもって輪の中に入って行った。藍色の浴衣をさっぱりと着て、黄色い帯を締めた若い女の子だった。ああそうか、こうやって入るんだ、と何となく要領がわかって、その子のすぐ後について、ぼくも思い切って空気を掻き分けるようにして潜り込んだ。
一瞬で入れた。入ってしまえば、何ということはない。後はぐるぐる同じ単調なリズムで回っていく。果てしない回転運動。手と足が音楽に合わせて勝手に動いていって、止めようと思っても、もう止まらないっていう感じ。しばらくは夢中だった。
でもそのうち、こうやって皆と一緒にいて、楽しいような気もするけど、ちょっと違和感もあって、何だか居心地が悪いような気もしてきた。何周かしている間に、同じことの繰り返しだから、飽きてきた。体も疲れて腕もだるくなってきたけれども、この輪から出るきっかけがつかめない。こうなったら抜けるのも、決心が要る。
それでもう何も考えないことにした。前の女の子の動きに気持ちを集中させて、自分も全く同じようにする。熱心にその女の子の後ろ姿見てた。背中とか、うなじとか、肩とか、指先とか。そのうちにその子と合わせたようにぴったりと、寸分違わず体が動いていくようになった。
段々頭がぼうっとしてきた。笛が体の芯から聞こえてくる。自分が自分じゃないもののように、段々妙な気分になってきた。絶えず耳鳴りがして、地面が回って揺れてるような気がする。
太鼓の音がいやに周囲に反響し始めて、まるで風呂場の中みたいだ。これってやばい、そう思っていると、段々足がもつれるようになってきた。体が左右にふらつき出し、踏み出した足がぐにゃっと曲がって捩れたようになって、もう一方の足も、がくっと膝が折れて、前のめりになって。ぼくはあっけなくその場に倒れてしまったらしい。それきり何も分からなくなった・・・・。
耳元近く、草むらでりり、りり・・・・と虫が鳴いていた。目を開けると暗い空に星が瞬いている。涼しい風が吹いていた。見回すとテントの横の草の中で休んでいた。静かにせせらぎの音も聞こえてくる。誰かがぼくをここまで運んでくれたんだろう。
そうっと頭動かしてみたけど、もう目まいはしないようだ。でも用心して這うようにして、小川のところまで行った。
流れに手を浸けてみると、昼間より一層冷たく感じられる水だった。さっぱりするかと思って顔や手足洗ってると、蛍が一匹飛んできた。目を上げると、いるいる。あっちの草の中、こっちの茂み、水の上、一杯飛び回っている。ついたり消えたりしながら。こんなにたくさんの蛍が集まってくるの、今まで一度も見たことがない。
遅い月が樹木の間から昇ってきた。蛍は狂ったように光の尾を引いて群舞し続けている。水に月が映ってゆらゆら揺れていた。そこら中に蛍が数えきれないほど点滅しながら群れている。それはもうこの世のものとも思えない、幻のような情景だった。信じられなかった。長いこと立ち尽くしてそれを眺めていた。まるで魂が抜けたようになって・・・・。
どれくらいそこにいただろう。切り上げてテントに帰って、シュラフに潜り込んで目を閉じた後も、たくさんの蛍が点滅しながら川に舞っている光景が瞼に焼きついていて、どうしても離れない。
夜更けにふと目が覚めた。遠くで叫ぶらしい女の声がする。木霊みたいにエコーがついて聞こえる。それも若い女の声。じっと耳を澄ませた。もう一度同じように響いてくる。このまま放っておけないような気がして、思わず起き上がった。さっきの盆踊りのとき、ぼくの前にいたあの女の子かもしれない。助けを呼んでいるんだろうか。外へ出てみようか。いや待てよ。それにしてはどうも変だ。何かためらわせるものがあって、ぼくはテントの中で考え込んだ。
何度も何度も、同じ若い女の声が森から聞こえてくる。まるでぼくをここから誘い出そうとしているみたいに。でもぼくが今外へ出たらどういうことになるんだろう。確かに女の声に聞こえるけど、あれはひょっとしたら・・・・。
気にはなるけど、動けなかった。夜の闇は濃い。出て行かないほうがいいような気がした。その時ふと蛍が水辺で舞っていた、さっきの光景が目の前に浮かんできた。もう一度今夜のうちにあの蛍の群舞、見ておきたいような気がしてきて、ぼくは迷い始めた。あんなに蛍がたくさん光って一面に飛んでいる場面、今逃したらもう二度と見られないだろう。小川とは方向が違うようだし、女の声のほうには行かなきゃいいんだ。
横になっているシュラフから出ようとして、手探りで体動かしているとき、誰かが近くの草むらを踏んで歩くらしい足音がした。それから人の体が草に摺れたときに立てる、かさこそっていう微かな音が連続して聞こえてきて、ぼくはさっと緊張した。確かにこの近くに人がいる。
息を殺してじっとしていた。棒切れとか武器になるようなものはテントの中にはなかった。息を潜めて、戸外を動き回る怪しいものの気配を確かめていることしかできない。息詰まるような時が流れていった。
やがて何かの気配が遠く去っていったのを感じた。あんなに何度も呼びかけてきていた女の声も、いつの間にか聞こえなくなっている。確かに人の声と思ったけれど、あれは森に棲む鳥の声だったのかもしれない。ほっとすると同時に、何だか妙に力が抜けた。そのうち疲労を覚えて、ぼくは再びシュラフに深く潜り込んで、今度は朝までぐっすり眠った。
市内に向かう帰りのバスがやってきた。乗り込んだ乗客はぼく一人だった。一番前の席に座る。
ぼくの親父ぐらいの年の運転手が、気さくに話しかけてきた。
「夕べは山ん中でキャンプしたの」
「ええ」
「一人で」
ぼくは頷く。
「ふーん。若い人はよくやるねえ。わしらあそこで寝るなんて・・・・怖くて・・・・とてもじゃないけど・・・・」
「はあ」
もう少し訊いてみようとしたとき、向こうから対向車がびゅうんと来たので、ぼくは口をつぐんだ。行き過ぎてから、気になっていたことを尋ねてみる。
「〇〇の村が、この辺りじゃ最後の集落って聞いてたんですけど、行ってみたら森の奥、谷の方にまだ一つ集落があるんですね」
「え、そんなことはないよ。あの森の奥には、今はもう人の住んでるようなところはないはずだからね」
「・・・・」
「ま、昔はあそこにも、村はあったことはあったけどね。それもせいぜい明治の頃までのことでね。その後はもう誰もいない」
「そうなんですか」
明治といえば、今から百年以上前になるんだろうか。じゃああの村の盆踊りと見えたものは、一体何だったのだろう。浴衣の人たちは、女の子は・・・・。背筋をひやりと冷たい手で撫でられたような気がした。
次のバス停で、一人の老女が乗り込んできた。運転手とは顔見知りなのか、笑顔で会釈している。老女の頭には、埃よけなのか、この地域の風習なのか、日本手ぬぐいがふわっと巻いてあった。この被りかたにはどことなく見覚えがあった。そう、昨夜の盆踊りで見たのと同じだ・・・・。
運転手がぼくを見た。
「それにしてもお客さん、出会わなくて、よかったねえ」
「は」
「あんた、知ってたの。ああ、知らなかった。今年はこの辺り、クマが里にまで降りてきてね、さんざん畑荒らし回って悪さして。この間なんかバスの前を横切っていったんだよ」
「く、クマ・・・・」
「ああ、出るんだよ、ここは・・・・ツキノワグマがね。でもそれだけじゃあない。ときどきは妙なものが出るっていう話だよ。なんか別の・・・・ものが」
第十三話 桜塚
子どもの頃、ぼくは小学校まで十五分ぐらいの道のりを歩いて通っていた。町の中にある学校なので、商店街を抜けて行く。途中の狭い路地を通ることもあった。
朝の登校時、どの店もほとんどシャッターが下りていて、開いているのはタバコ屋、パン屋、文房具店、それと牛乳店ぐらいだが、帰りは買い物の人で賑わっている。ランドセルを背負ったまま、両側の店先を見ながらゆっくりと歩いて帰る。威勢のいい呼び声や人のざわめきの中を漂っているのが、好きだった。
回転焼きの甘く香ばしい匂いにつられて、店の前でつい立ち止まる。学校帰りの買い食いは禁じられている。粒あん、漉しあん、どちらもおいしそうだ。千枚通しを上手に使って、慣れた手つきで端から引っくり返していくおばさんの手元をしばらく見つめる。
味噌と漬物を売る店を通ると、独特の匂いが流れてくる。桶に盛った味噌は、客に見えるほうは、しゃもじできれいに山型に撫で付けられていて、店員は手前の方から掬い取っていく。ときどき塗りのしゃもじで味噌を形よく整え直しているのをみていると、面白そうだ。
ソースの匂いにつられて、たこ焼き屋の前で立ち止まって、手際よく焼いているのを眺める。いくら見続けていても飽きない。肉屋からは絶え間なくコロッケやカツを揚げる揚げ油の音がするし、惣菜屋の奥からは、筍や豆を茹でるような湯気が流れてくる。果物屋の前を通ると、リンゴやイチゴ、箱に入ったメロンの薄緑色が鮮やかだった。憧れの目でピンクの飾りリボンのついた棚の高価なメロンを見ていた。ぼんやり立っていると、一度店先をリスのような動物が走り抜けて、路地に消えた。
「イタチや、イタチ」
果物屋のおばさんが教えてくれた。実に素早い動きだった。こんなところにイタチがいることが信じられなかった。もう一度見たいと思って通る度に覗くのだが、それきりで二度と見ることはなかった。
文房具店、本屋まで来ると、どうしても入ってみないと気がすまなくなる。何かを買うわけではなくて、香りのついた消しゴムや、色鉛筆を手に取ったり、はさみや三角定規を触ったり、さまざまなノートの表紙の絵柄を眺めて何となく時間を過ごすのだ。本屋ではまっすぐに漫画本のコーナーに行った。長いものは毎日少しずつ続きを読むことにしていたが、一度も追い払われなかった。そこで立ち読みしていると時間を忘れた。
商店街の外れに、たまに露店が出ることがあった。簡単な台を組み立てて、その上に箱に入ったセルロイドの人形や機関車、飛行機、トランプ、ビー玉などのおもちゃを並べ、当て物といって小銭で三角クジを引かせる。当たるといいのが貰える仕組みだが、たいていは外れで、はい、残念賞といって、すぐ鳴らなくなる笛や、破れやすい風船などを渡されるのだった。
三年生のときだったろうか。道端にござを敷いて、段ボール箱一杯の、生きたひよこを売っているのを見た。鳴き声に引き寄せられて、しゃがみ込む。
「これ、みなオス?」
「ああ、オスもメスもおるよ」
「ふうん」
「これなんか、絶対メスや。間違いない」
おじさんはひよこをつかんで引っくり返して見せる。そう言われてもよくわからない。一体どうやって見分けるのか。
「卵生むの」
「ああ、生むとも」
今お金を持っていたら、つい買ってしまいそうになる。飼って自分の手で育てて、卵をとってみたいと真剣に思う。家へ帰ってからお小遣いを持ってこようか。
でもそういうときに限って、そろばん塾に行く日だったりする。箱の底でひしめいていた黄色いひよこの姿は目に焼きついているが、次の日行くと、もう同じ露店はない。
「あれは、皆弱いひよこで、すぐに死んでしまう」
学校でそんな話を聞いた。誰かが買ったらしい。餌は何を与えるのだろう。そんなに世話が難しいのだろうか。
また別の日には、違う露店が出ていた。今度は小さな亀を売っている。このときは見ているうちにたまらなく欲しくなって、家に走って帰り、お金を握り締めて買いに行った。
手のひらに乗るくらいの亀を一匹、バケツに入れて飼い始めた。水を入れ、肉片や煮干をほんの少しちぎって与えた。動き回るのを毎日眺めて飽きなかったが、ある日、学校から帰ってみると死んでいた。そのときは何故なのかわからなかったが、後になって飼い方が間違っていたのだと知った。バケツの中に手ごろな石ころを置いて、ときどき亀がそこへ上って甲羅干しができるようにしないといけなかったらしい。石のことは全く思いつかなかった。
次には露店で、生まれたばかりのウサギを買った。それは真っ白いウサギで片手にすっぽり入る大きさだった。古い鳥籠を物置から探してきて錆びを落とし、新聞紙を敷いて、そこに入れて飼い始めた。家にはいつも餌になる野菜があるとは限らないから、八百屋にキャベツの外側やにんじん葉を貰いに行った。ひげを動かしてもぐもぐ餌を食べる様子を見るのが楽しみだった。
結構なついてくれて、ぼくのことをちゃんとわかっていて、餌を持っていくと喜んで寄ってくる。籠から出すと、足元を回って飛び跳ねる。段々大きくなってきていたが、冷え込みがきつかった冬の朝、ふと籠を見たら、ウサギは横向きに転がって動かず、触ってみたら既に固く冷たくなっていた。何ともいえない気持ちになった。
飼った小動物はどれも次々に死んでいく。餌のやり方が間違っていたのだろうか。適量がわからないから、一度にやり過ぎていたような気もする。逆に餌をやるのを忘れてしまうこともあった。ウサギは寒さに弱かったらしいのに、そのことにも気がつかなかった・・・・。死んだ後になって、あのときああすればよかったと後悔するが、もう取り返しがつかない。小さな生き物を飼うのはもうこれきりにしようと思った。
お菓子の空き箱に冷たくなったウサギを入れ、庭の桜の木の下に深く穴を掘って埋めた。その横には亀の墓もあった。それ以前に飼っていた十姉妹や雀、ハムスター、夜店ですくった赤い金魚などの墓もあった。
それらはウサギに比べると、触れ合うものも少なかったせいか、正直言って死んだときもそんなに悲しくはなかった。死ぬといつもお葬式と称して土に埋めたけれど、そうやって墓を造ること自体、遊びの延長のようなものだったと思う。もう盛り土も崩れ、目印に差しておいた小枝や板切れの字も消えている。
日にちが経つと、ウサギを死なせたことを悔いる気持ちは、次第に遠のいていった。そうなると家の中に生き物がいないことが物足りなくて、また何かを飼いたい気持ちが起きてくる。クワガタとか、カブト虫とか、鈴虫が欲しいなと思う。ザリガニでもいい。何かが身近にいて欲しい。小学校帰りに露店らしいものが出ているのを見ると、気になって素通りすることができず、自然に足がそっちに向かってしまう。
子どもが二、三人集まって地面を覗き込んでいた。いつもの露店と思ったのだが、そうではなくて捨て猫だった。子猫が三匹、細い声で鳴いている。不安なのか小刻みに震えているのもいる。しばらく見ているうちに、そこから立ち去れなくなった。白地に黒い玉模様のある、ひどく怯えている様子の子猫に手を伸ばし、そっとつまみ上げて抱えてみる。地面に落とされると思ったのか、必死に爪を立てて肩にしがみついてきた。
どうしても手放したくなかった。そのまま家に連れて帰ることにした。母に叱られるかもしれないと、そのことが一番の気がかりだったが、母はちょっと渋い顔をしたものの、案外あっさりと飼うことを許してくれたので、ほっとした。
そうやって子猫との毎日が始まっていった。チロという名をつけた。学校から帰るとすぐにチロがどうしているかを見にいく。いないと部屋の隅や庭を探し続け、見つけるとひとしきり一緒にじゃれ合って遊ぶ。クリームパンやアイスなどのおやつも分け合った。晩のおかずも、自分の皿から少しずつ好きそうなものを取っては食べさせる。食べるところを見るのが面白いのだ。猫がハムやかまぼこや焼き魚だけでなく、はがしたフライの衣や、玉子焼きが好きなのを初めて知った。
ときどき、こっそり布団に入れて一緒に眠った。母に見つからないように、布団にうまくもぐらせて隠す。チロはぼくの顔のそばでごろごろと喉を鳴らしているが、やがて軽い寝息を立て始める。猫の体は暖かい。最初は丸くなっているが、次第に手足を伸ばしていく。互いの体温でぬくもってくると、今度は逆に暑苦しくなってくる。その内にぼくも眠ってしまうのだが、朝起きると、チロはいつの間にか布団から抜け出ていて、ぼくの足元の方に体を寄せ、丸まって寝ていた。
ある朝目が覚めると、何かが背中に当たった。寝ぼけていたが、手で触ってみて、そのこわばった冷たい感触に、思わずはっとなって飛び起きた。
見るとチロが目を閉じて死んでいた。信じられなかった。眠っているうちにぼくが体で敷いて押し潰したらしい。ショックで呆然となった。
(夕べ一緒に寝たときには、いつものように喉を鳴らしていた。きっと苦しくて必死にもがいたはずなのに、何も気づかなかった・・・・)
後悔と哀しみで、ぼくはしばらくの間、チロを抱きしめていた。ほんの少し温もりが戻ってきたような気がした。でもそれは錯覚で、ぼくの掌の温もりなのだった。チロは冷たいままだった。
学校から帰ってくると、黙々といつもより深く土を掘って、チロを桜の木の根元に葬った。そしてその後、ぼくはもう何も飼わなかった。
それから何年も時が流れていった。庭の桜の木は季節が来ると見事な花をつけて咲きこぼれた。年毎に丈が高くなり、枝も広がっていった。
ぼくは大学入学と同時に下宿することになり、故郷を離れた。その後は、就職も結婚も県外だったので、家に帰ることはあまりなかった。
やがて父母は年老いて亡くなり、ぼくが家を引き継ぐことになった。しばらくは荒れるままに放置していたが、やがて家の近くに転勤が決まったことを機に、古家を解体して、そこにこぢんまりした家を建てて住むことにした。
手入れされない庭木が伸び放題に伸び、枯葉が道路に散ったり、茂った枝が日光を遮るため、家の中が昼間でも薄暗くなっていた。この際思い切って庭木を切ることにしたが、桜の木だけはそのままに残すことにした。
古い木になってきていたが、薄い色の花をつけて枝を差し広げている様子は、まだ遠目にも華やかだった。満開の頃は、通りがかりの人が思わず立ち止まり、見上げていったりする。
新しい家は、見に行くたびに、少しずつ完成に近づき、もうほとんど出来上がったといえる段階にまでなった。
休日に、いつものように出かけて行って、仕上がりの様子を確かめた後、家の周りを一巡りして帰り際に、何となく息づくものの気配を背後に感じた。思わず振り返ってみたが、誰もいない。気のせいかとも思い、そのことはじきに忘れて、そのまま帰途についた。
その夜、夢を見た。
重なり合った庭の桜の木の枝で、夜空に白い花びらが細かく揺れていた。微かに甘い香りが吹く風に乗って漂っている。月の光が差す庭で、満開の枝がときどき重たげに揺れ、雲は空に広がり、薄く霞んで見える。そして根元の黒い土も、春らしい暖かい感じに柔らかく膨らんで、心なしか盛り上がってきている。
するとその中から、幻のように一匹のウサギが現れて地面で跳ねた。次にゆっくりと亀が這い出してくる。赤い金魚、鮒、雀、十姉妹、ハムスターも続いて出てくる。そして最後に懐かしいあのチロの姿が見えた。
チロ、チロ、思わず声に出して呼びかけそうになる。でも金縛りにあったみたいにぼくは固まってしまって、声が出ない。ただじっと動物たちの様子を眺めているだけだ。皆真っすぐに庭を進んでいく。彼らはぼくには全く気がつかない。新しい家を見上げて嬉しそうだ。彼らの足どりは弾み、やがて新しい家の出入り口を目指していく。そして閉ざされたドアを難なくくぐり抜けると、嬉々として内部へと消えていった。
第十四話 稲荷山
坂の上の家に引っ越してきて三ヶ月目に、念願の電動自転車を買った。住まいは山に近く、不便なところにある。普通の自転車では、日々の買い物の帰りに坂を上がるのが大変で、降りて押し続けなければならない。
パソコンで、何日もかかって各社のカタログ写真を見くらべた。電動の値段は普通の自転車の何倍もする。目移りしたが、シルバーグレーの標準的なものに決めて、ネットで注文したら、数日後に宅急便で届いた。
これを買い物に使ってみると、重い荷物を積んだまま、坂道を楽に上がれる。何とありがたい乗り物だろうと感激した。でも初めて乗ったときは、急発進するので驚いた。道路に出るときと四つ角では今でも少し緊張する。
その日、遠くのスーパーを目指していて、道を間違えてしまった。線路沿いに走っていて、ぼんやりしていたのか、折れるべき道を行き過ぎてしまったのである。次の踏切で曲がろうと思うが、どこまでも線路が続いていく。
やっと四つ角に来たので、自転車を止めた。踏切はないが、一方は地下道になっており、もう一方には細い道、正面には目の前に樹木の茂る山があり、山に分け入る一本道が続いている。山の入り口には矢印と稲荷と墨書した立て札がある。
(こんなところにお稲荷さんの山があった?)
不思議に思ったが、このまま進んでいくと、山道に入ってしまうことになる。買い物をするより、いっそこのまま山を散策したいような気もしたが、そういう訳にもいかない。今日は特売日で、目玉商品を買いだめするつもりで出て来たのだ。山を歩くのはまた後日にと思い、ハンドルを回し、地下道をくぐっていった。
行かなかった稲荷の山と一本道のことが、なんとなく心に引っかかっていた。自然とそこへ引き寄せられていくような気持ちになる。信仰心があるわけではない。気持ちよさそうだった山道を、歩き回ってみたいという思いが湧いてくるのを押さえられないのだった。気になって仕方がないので、数日後、出かけてみることにした。
今度は水筒、チョコレートにビスケット、パン、アメ玉、と色々持ち、身支度を整えて家を出た。お気に入りの電動自転車で行けるところまでいって、散策の間、どこか適当なところに置いておくつもりである。
前と同じコースで道をたどっていった。前回行き過ぎたところも通り、ずっと線路沿いに走り続けて、稲荷山と一本道を見たところに来たと思ったので、自転車を降りた。
呆然となった。風景が違う。あのときちゃんとあったはずの稲荷山が掻き消えているのだ。墨書してあった立て札も見当たらない。
立ち尽くし、何度も確かめる。狐につままれたような気持ちになった。次第に動揺してくる。あのときいったい何を見ていたのだろう。
山があったと見えたところは、小さな四つ角の一角になっていて、そこにはごく普通の住宅が立ち並んでいる。
見ると、別の角には古い神社がみえる。この間はここに神社があることにまったく気づかなかった。近寄ってみると、稲荷神社とある。今しがた狐につままれたと思ったばかりであったので、ぎくっとする。
妙な事態に訳がわからなくなる。気を落ち着けるために、とりあえず鳥居の横に自転車を止め、せっかく来たのだからと思い、社の前に進んで十円玉を賽銭箱に入れ、鈴を鳴らした。無人の境内に、乾いた鈴の音がシャランと鳴り響く。
腑に落ちないまま、手がかりを求めて境内を歩いていくと、この稲荷神社の縁起が書いてあった。
・・・・元正天皇の時代、七一五年、卯月卯の日の夜に、近くの海に光るものがあり、不審に思った人々が出てみると、浜辺に一基の神輿が流れ着いていた。
「われは稲荷の神の奇魂(くすたま)であるので、山辺の森に祀るように。そうすれば幸いを授けよう」とお告げがあったので、村人がここに安置し、お祀りすると、村は栄えた。「摂津名所図絵」にも載っている古社で、毎年五月のお祭りには神輿の巡行がある・・・・。
祭神は稲の神である倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、ほか六神とある。えっ、稲荷の神は狐ではなかったのだ。狐は神の使いであるらしい。今の今まで、稲荷の社は狐を祀っているのだと、思い込んでいた。
縁起によると、稲荷の社は山ではなくここであった。ちゃんとそう書いてある以上、間違いないようだが、心はやはり奇妙な思いにとらわれたままだ。この間の山がないことが、まだ信じられず、どこかにあるような気がしてならないのだった。
自転車を回し、再び四つ角に立って眺める。この間、もしあのまま幻の道を上っていたら、どうなっていただろう。ふらふらとさまよっているうち、突然犬に吠え掛かられて、正気を取り戻すとか、どこか知らない道路の溝に落ちたとたん、はっと我に返るとか・・・・。
前の通り地下道はある。現実の風景に、記憶の山を重ね合わせると、少し位置がずれているようにも思うが、一方には坂道があった。それは〇〇女子大のキャンパスへ続く坂道なのだという。神社の横を通っている。現実には、山のほうに続く道といえば、ここしかない。今から自転車で上がってみようかと考える。
(ちゃんと女子大もあることだし、住宅も人や車の往来もある。今見ている風景に変なところはない。これは確かに実景だろう)
大丈夫と自分に言い聞かせる。おかしいと思ったら、そのときはすぐに引き返せばいいのだ。
自転車の電源を入れ、パワーを強に切り替えて、女子大の坂を上り始めた。漕ぐたびウイーンウイーンと機械音が耳に響き、誰かと一緒にいるようで頼もしい。
ペダルを踏みながら、前に本で読んだことを思い出した。それは山道などで人が狐に化かされたようだと感じたとき、両手の指で四角い狐窓を組み、その指の間から覗くと、狐の姿が見えるのだという。
現象のさらにその奥にあるものが、狐窓を通して映るというのであろう。先日ここで山が見えたとき、狐窓を作って覗いていたら、真実が透けてみえたというわけだろうか。偽の山はすうっと消え失せて・・・・。
でも四つ角に立って、そんな怪しいことをしていたら、通行人はなんと思うだろう。
狐窓を作って覗くのも、実は勇気のいることなのに違いない。もしそこにこの世でないものの姿が映ったら、そのときはどう対処すればいいのか。本にはその先のことまでは書いてなかった。それに事象というのは、一枚めくれば、それがすべてというわけでもないだろう。そのさらに奥には、また別の世界があるのかもしれない。重なり合う異界がもし層をなしているのだとしたら、うっかり覗いたことで、そう簡単には元の世界に戻れなくなる可能性もある。
ものの本によると、辻は境界、異界への入り口でもあるそうだ。怖いなあと思う。でも正直言って、訳のわからない怖いものに惹かれる気持ちもちょっとだけある。
今のところ、風景に異変は感じられない。もう少し行ってみようと思う。女子大の正門前をゆっくり通り過ぎていく。学生の姿はまったく見当たらない。もう夏休みに入ったのだろうか。かなり上まで来たらしく、通行人もおらず、辺りは静かである。
女子大の上は大規模に宅地造成工事中で、赤茶けた土が剥き出しになっており、土砂を運ぶ業者のトラックが続けざまに斜面を登っていった。開発の波はここまで押し寄せてきているのだ。やがておしゃれな町並みが忽然と出現するのだろうか。今はまだ赤土だけの荒涼とした土地であるが、こうやって少しずつ山林が消滅していくのを惜しいとも思う。
こうなると、何が実景なのか、戸惑う思いがある。自然の残る雑木林はあっさり切り崩され、たちまち乾いた砂地に変えられていく。今みている人工的で索漠としたこんな風景の方が、まやかしではないのかと思う。
そのまま自転車を進ませていくと、山から涼しい風が吹き降ろしてきた。やがて小さな橋が右手に見えてくる。ここに来てずっと川に沿って上がっていたことに気づいた。左手に何か表示板があるので近づいて読んでみる。
・・・・ここにはかつて山の神を祀る祠があったが、造成工事のため一時的に下の稲荷神社に移し、工事終了後にはここに戻して、新しく社殿を造ることになっている・・・・
小さな字でそんなことが書いてあった。小祠がここにあったという。古い祠は潰してしまわずに、できるだけ同じ場所に残そうという方針であるらしい。山の神への敬意であるのか、それとも祟りを恐れているのか。
橋に寄って少し流れを見る。涼感を誘うせせらぎの音に混じって、遠く近く蝉の鳴き声が木立の間から聞こえてくる。のどかな夏の日の情景である。しばらくそこできらきらと反射する川の水を見ていた。
ここで舗道が切れて、細い山道になっている。昔の道らしい。海産物を山越えで浜から運んでいった魚屋の道、という表示がみえる。
何か目に見えない力で引き寄せられるように、その山道に入っていきたくなった。これがこの間見た山道かどうかはよくわからない。
自転車を木陰に止めて、鍵を掛けた。靴紐を締め直して、歩き始める。実に気持ちのよい道である。木立が揺れて、風が勢いよく渦を巻くように吹いてきた。頭上の梢で風の音がひとしきり鳴っている。
や がて風が静まってきて、蝉と野鳥の囀りの中を、黙々と歩いていく。山の気配は次第に濃くなり、周囲の樹木の緑は深まっていくのが感じられる。
途中小さな水溜りがあって、小鳥が群がっていた。そっと観察すると、次々舞い降りては飲み、水を浴びている。そこは小鳥の水場なのだった。
この道はハイキングコースになっているのだと思うが、今日は上から降りてくるハイカーもいないようだ。誰とも会わないままに、尾根筋に出た。そこにはうずくまった蛙の形をした大岩があった。特徴のある奇岩である。ひと巡りしてみると、しわの多い表情の蛙岩だった。
古代人は、山中にあるこういう風変わりな岩に霊威を感じ、崇拝の対象としたのかもしれない。これはいわゆる磐座と呼ばれるものの一つで、もしかしたらこの岩の周辺には、土器とか玉が埋められているのではないだろうか。
分岐の表示を見て、弥生時代の遺跡が近くにあるのを知り、行ってみることにした。
しばらく歩くうちに、特に迷うこともなく弥生の遺跡に出た。遺跡は山の尾根の近くにあった。入道雲と青い海が望まれ、左手は遠く緩やかな形の湾になっていて、霞んでいるが、その向こうに連なる山脈が見える。密集した町並みも一望できて、見晴らしはよい。
復元した弥生時代の高床式の穀物倉があった。集落跡には祭祀場の跡、円形の住居跡らしいものが草地や山の斜面に点在しており、説明板を読んで順に見て回ることにした。復元建物は一棟のみで比較的新しいものである。この遺跡の発見は昭和三十一年、近くの中学生が偶然土器片を見つけたことがきっかけになったという。
山頂に近い位置にあるのが、祭祀を行ったとみられるところらしい。雑草に埋もれて隠れているが、おそらく規則的に岩が並んでいるのだろう。住居跡には首長の家、村人たちの家とある。水場、ごみ捨て場なども確認されている。だいたい三十人から四十人ぐらいの集落だったらしい。穀物倉にはネズミ返しの板がうまくはめ込まれてあり、周囲は柵で囲ってある。
斜面に張り付くような住まいである。平地でなく、こんな山中に人が住んだのは、おそらくそれなりの理由があったのだろう。
敵の襲来に備える隠れ家だったとか、特別な祭祀に使われたとか、狼煙を上げる物見の場だったとか、平地に住む人びとを支配した階層の住居跡、あるいは平地とは習俗を異にする外来の人たちの集落であるなど。こういう高地性集落に関しては色んな説があると、聞いたことがあるのを思い出した。
見ていると想像は広がっていく。住居跡の石に腰かけていると、ふと足元の草の間を大きな赤ムカデが這ってくるのに気づいた。
驚いて立ち上がる。こういうのは苦手である。のんびり弥生時代に浸っていたのどかな時間は、このムカデの出現で一瞬にして飛び去ってしまった。もう逃げるだけである。リュックを背に早々にその場から離れることにする。
山道は続いているが、先へ進むと遠くなるので、ここから帰途につくことにした。さっき自転車を止めたところまで、同じ道を戻る。一度通った道だし、安心である。
歩き出してすぐに、携帯がないことに気づいた。慌てていたので、遺跡の石の上に置き忘れたのだ。きっとムカデのときに違いない。
(携帯がなくては困る。ムカデも、きっともうどこかへ行っていってしまっただろう)
そう思うが、さっきのところへ戻るのが何だか怖い・・・・。妙にためらわせるものがあった。でも、引き返すことにした。ところがつい目と鼻の先だと思ったのに、遺跡までいやに時間がかかる上、道に草が異常に生い茂っていて、妙だと思う。さっきはなかった野茨の花が道の両側に咲いている。花はだんだん道に増えていく。手で掻き分けるようにして進むと、辺りは急に深い藪になってしまった。
あまりに鬱蒼としていて薄暗いため、一瞬違う道かと思った。でも同じ道のはずである。顔の前に垂れ下がってくる蔦を払いのけ、足に絡みつく丈の高い青草を踏み分けていくと、ようやくさっきの集落の屋根が見えてきた。
あっと息を呑んで、その場に立ち尽くした。さっき見た、きれいに整えられた復元建物ではない、別の弥生式住居がそこに並んでいたのだった。
それは自然のままの山の立ち木を工夫して建て、組み合わせて蔓で巻き、いびつな乾いた草で屋根を葺いてある竪穴式住居だった。
板は滑らかでなく、分厚く荒削りのままでしかも不ぞろいだった。どれも質実ではあるが、ひどく荒れ果てた感じがする。
別の復元住居なのだろうかと思った。それにしては古び過ぎていて雰囲気が変である。周囲を見回すが、人はいない。何の気配もない。すでに忘れられたような朽ちかけの住居だけが幾つか、ぽつんと山の中に取り残されているのだった。中には半ば崩れかけている家屋もある。蔦が柱や屋根に絡まり、覆うようにはびこっているものもある。言葉もなくたたずんでいた。それは草に呑み込まれつつある古の廃墟なのだった。
ここには携帯はない。もう手にすることはないだろう。直感でそう感じた。不気味な住居に近づくのも恐ろしい。それ以上廃墟に踏み込んでいく気力もなく、気持ちは混乱したまま、逃げるようにその場から立ち去った。
心が不安でいっぱいになる。もう振り返るのも嫌で、一刻も早く家に帰りたくなった。でも道は伸びきった草で覆われ、見失いそうになる。けもの道を行くようである。つかんだ草で指先が切れ、血がにじむ。しつこくアブが寄ってくる。払いのけるが、今度は木の枝に張り巡らされた蜘蛛の巣が何度となく顔にかかってくる。長く誰も歩いていない道らしい。
ところどころ道は草の中に消えてしまっている。道を探して迷い、行ったり来たりしながら必死の思いで記憶をたどって、やっと蛙岩まで戻ってきた。
さっきはそう思わなかったが、巨大な生きた蛙が地面にうずくまっているように見えて肝を潰した。今にものっそりと動き出しそうな迫力である。昔の人が薄暗い山中で、こういう動物岩に畏怖の念を持つのもわかるような気がした。
周囲の風景はさっきと一変していた。これほど深い山の中とは思わなかった。ため息をついていると、ふと背後から落ち葉を踏んで、がさごそと動物が歩き回るらしい音が聞こえてくる。
何が近づいてくるのだろう、と息をつめて様子を窺うと、中ぐらいのイノシシがいた。餌を漁っているのだろう。至近距離ではないが、思わず硬直する。
遭遇したくない。このままやり過ごせるかなと思い、固まったまま緊張して立っていると、やがてイノシシは行ってしまったらしく、何も音がしなくなった。ほっとする。また別の何かが現れると嫌なので、急いで麓まで降りることにした。
尖った木の枝や倒れた木が山道を塞ぎ、木の根が縦横にうねっていて歩きにくい。段差も大きく、倒木には苔もついていて滑りやすい。浮石をうっかり踏んで転倒し、水溜りを飛び越しそこねてぬかるみに足を浸け、草で摺れて手を切り傷だらけにしながらようようのことで下っていった。
電動自転車を置いたと思われるところまで戻ってきた。確かこの辺りだったような気がする。
左手には細い谷川が流れ、そこには木橋がかかっている。それは渡るのも勇気が要るような古い丸木橋であった。近くには手で持ち上げられそうな丸みを帯びた石を祀る、祠とも社とも呼べない、でも確かに聖所らしい雰囲気を持つ空間がひっそりとある。辺りには人家はまったくなく、見渡す限りずっと深い森が続いている。
途方にくれていたが、狐窓、と心にひらめいた。早速試してみようと両手の指を組み合わせる。でもどうやって窓の明きを作るのだったか、肝心のときになって思い出せない。
昔、本で図解を見たことがあって、そのときはちゃんと作れたのだったが。今やってみるとできそうでいてできない。最後の形が決まらないのである。指の長さが足りないのか、それとも間違っているのか。何度試してみても、指の間からは今いる風景がただ見えるだけである。疲れてぼんやりと頭に霞が掛かったようになってくる。さまざまに両指を組んでみたができず、やがて諦めた。
ふと、目に見えない壁に隔てられていても、音だけは結界を突き抜けて、向こう側の世界に届くのだと、聞いたことがあったのを思い出した。
大声を出してみた。夫の名を呼んでみた。声は空しくこだまして、山麓の暗い樹間に吸い込まれていく。繰り返しているうちに、やがて声も掠れて出なくなった。思いついて何度も手を叩いてみた。目の前にはしんとした木立が広がるばかりである。
もどかしさと絶望感で、どうしていいかわからない。
祈るような思いで、今度は口笛を吹いてみる。
(何かの合図になれば。誰かが聞きつけてくれれば、あるいはこの事態を打ち破れるかもしれない)
そう願いながら、救いを求めて息の続く限り吹き続けていた・・・・。やがて山の稜線から赤い月が昇ってきた・・・・。
日暮れ時、柴犬を連れた一人の老人が、ゆっくりとした歩調で坂を上がってきた。老人は橋のたもとまで来て、立ち止まった。見慣れない自転車が木陰に止めてあるのが、気になったらしく、近寄っていく。
「昨日来たときは、こんなものは見なかったな」
住所か名前、電話番号でも書いてないかと眺めるが、真新しい銀色の車体には、持ち主の手がかりになるようなものは書かれてはいなかった。連れていた飼い犬は、何かの気配におびえてでもいるように、尻尾をだらりと下げ、落ち着かない様子になっている。
そのとき老人は、どこからか口笛が聞こえてくるような気がして、耳を澄ませた。老人は少し耳が遠いのだ。その音色は木々を渡る弱々しい風の息のようでもあり、途切れてはまた細く続いていく。
老人は首をかしげ、しばらく山を見上げていたが、飼い犬に向ってつぶやいた。
「ああ、風が出てきたな。もう帰ろうか」
老人と犬はいつもの散歩の道筋に従って、流れを見ながら引き返して行った。山麓に広がる住宅街のほうに、ゆっくりと遠ざかっていく。その背に向って、近くの梢をひとしきり揺らしながら、山からの風が吹き降ろしていった。
第十五話 黄泉比良坂
山道を降りていくと、大きな岩が行く手の道を塞いでいた。苔むした一枚岩で、人の背丈の何倍もの高さがあり、幅も広い。数人の人が両手を広げたら、やっと岩を囲めるぐらいの大きさである。
青苔で覆われた岩をしばらく見つめ、そっと手で触れてみた。岩は薄暗い山の中にあり、この道を遮っている。人の力ではとても動かせそうもない。
周囲を見渡すと緩やかな起伏の続く山道である。ここまで降りてくるのに、随分時を費やした。何度も茨や蔓草が絡む小道を上ったり降りたりしたので、もう上り道なのか、下りなのかわからなくなるほどだ。
初めてここを通って登ってきたときには、道にこんな岩はなかった。それなのに、いま降りようとしたら、山道に大岩が忽然と現れていた。首を捻るばかりである。いったいどうなっているのか。
岩のせいで行く手が何も見えない。岩をよけて左右に回り込もうと試みるが、ここ以外に道はなく、無理に行こうとすると、身体がまるで金縛りに遭ったような変な具合になって、一歩も進めなくなる。そこで足が止まってしまい、そのうち膝の力も脱けて、心がぼんやりとなってしまう。気がつくとまた元の岩の前にいる。
今いるところは、ほとんど平らのようである。でもよく観察すると、わずかに斜めになっているようだ。それは周りの樹木の様子でわかる。青々とした杉の木が何本も直立しているが、その根元が斜面なのである。
(ああこの岩さえなければ)
吐息をつく。ここから先へはどうしても降りられない。ここで行き止まりなのだ。仕方なく元きた山中へと引き返していく。
時が流れた。あきらめきれずに、また同じ山道をたどって降りていった。実に単調で長い道である。結局同じところに出て、またあのいまいましい岩に突き当たる。
以前はなかった岩が、どうして今ここに出現しているのか。納得できず、今度は両手で強く押してみる。全体重をかけてもびくともしない。何とかして向こう側に帰りたいのだ。せめて向こうがどうなっているのか、ちらとでもいいから見てみたい。焦がれるようにそう思う。
湿り気のある手触りの岩に耳を押し当てる。何も聞こえない。冷たさに耳が痺れてくるまで岩に寄りかかっていた。
そういうことを繰り返して、長い時間が過ぎていった。何度も何度も懲りずに岩のところまで苦労して道を辿り、諦めてはまた戻った。途中誰にも会ったことはなかった。でもあるときから、私と同様、この岩まで歩いて引き返す人がほかにもいる、と確信するようになった。
私以外の人の手形が、岩についていたのを見つけたのである。目を近づけて岩の表面を調べていくと、分厚い苔の中に、それとは違う古い手形がさらに幾つかあるのがわかった。その人たちは両手で岩を力いっぱい押したようだ。向こう側に戻りたいと思ってがんばったのだ。
古い手形に自分の手をそっと重ね合わせてみた。私より大きい手だ。私だけではなかったのだと思うと、力づけられた。会ったことのないその人たちに対して強い連帯感が湧いてきた。岩に食い込んだ爪の跡に、同じ向こう側への思いの深さを感じとった。
ある日、比較的新しい手形に血が筋になってついているのを見た。爪が割れるまで押したのだろう。私はまだ血を流すほど、ここで力を出したことがない。その人に比べたら、まだ気持ちが足りないのだ。そう思って、息が止まりそうになるまで必死に岩を押し続けた。たとえ少しでも動かせるものならば動かしたい。でも気持ちだけは逸るものの、とても体力が続かず、疲れ果てて座り込んでしまった。しばらくの間動けなかった。
その次に行ってみると、岩の前には新しい脱糞の跡があった。血を流した人のものだろうか。その人は肉体の限界まで力を込めたのに違いない。でも岩には何の変化も見られなかった。
この岩を前にしていると、ひどく絶望的な気分になってきた。心が空しくてやりきれない。ひたすら落ち込んでいく。その日はどうしても、いつものように山道を戻っていくだけの力がなかった。山道を歩くのも一人、戻ってからもずっと一人ですごしているのだ。誰にも会ったことがないし、誰かと言葉を交わしたこともない。
今日はぼんやりと頭の芯が重く、次第に感覚も鈍くなってきて、そのうち動くのも面倒になって、岩のそばにたたずんでいた。向こう側の世界だけがただ懐かしく慕わしく、その思いに取り憑かれ、岩から離れがたかった。
明け方なのか昼間なのかもわからない。目の前を何度か白い霧が筋になって流れていった。見ているとやがてそれがとぎれ、木々の間に薄日が差して、山からの風が枝を揺すって渡っていった。時折鳴る寂しいような風の音はするが、鳥の声も聞こえず、谷川に流れるかすかな水音も聞こえてこない。ただしんと静まった空間に、頭上の木々が左右に音もなく時折揺れているのが見えるだけである。長い時が経ったような気がしたが、何も考えられず、ただここを動きたくない気分のままにじっとしていた。
どうもそのまま意識を失うようにして、眠ってしまったらしい。やがてふと眼が覚めたとき、辺りは薄明るく、鈍い銀色の光が高い梢の間から差し込んでいた。
何の物音もせず、森の小さな生き物の気配もなく、周囲にはただ静寂だけが満ちていた。自分が今どこにいるのか、とっさにわからなかった。思い出そうと記憶をつなぎながら、ゆっくりと身体を起こそうと試みる。ところが身体は地面に突き刺さったように固まっていて、手足はまったく動かない。変だと思ってそっと眺めてみると、私はいつの間にか一本の杉の幼木になって、あの岩の近くの斜面に立っていた。
驚きはなかった。不安はあったものの、長い坂を往復する、あの絶望的な繰り返しの日々よりは少しましなような気がする。このままずっと山の中の杉に変わって生き延びていくとしても、別にそれで構わない、と冷静に肯定する自分がそこにいた。周りには私と同じぐらいの杉や檜の木が何本かあった。まだ静かな眠りの中にいるようだ。見た目には私とあまり変わらない姿のようだが、やはり同じ運命に遭った人たちなのだろうか。
ふと思いついて、私は首を伸ばした。
(向こう側が見たい)
切実に思った。もっと伸び上がろうと背筋をまっすぐにする。さらに体をよじってできるだけ手を伸ばそうとする。重量感のある岩は相変わらずどっしりと私の前に立ち塞がっていて何も見えず、どんなにしてみても私の背丈では足りなかった。
「そんなに無理しなくても」
どこか遠いところから声が降ってきた。
「自然に見えてくるさ」
焦りで身を捻る私の様子を見かねたのだろう、見たいという私の思いが伝わるのか、近くに立っている背の高い杉が慰めるように言った。
「あなたには、もう向こう側が見えているのですね」
羨望とともに背丈のある杉を見上げる。
「ああ、ときどきはね」
「今どうなっていますか。向こう側は」
「はっきりとは見えない。何しろいつもこちら側は霧がかかったようになっているから。ああ、朧月が見えるよ」
「それでもいいです。この目でちょっとでも向こうが見られさえしたら」
私はため息をつく。
「ところで、あなたはもうどのぐらい前からここにおられるんですか」
「長いよ・・・・とても長い」
よく思い出せないらしい。本当にいつになったら、向こうが見えるようになるのか。今の私の関心は、ただそのことだけだった。
しばらくしてさっきの返事が聞こえてきた。
「そう、八百年くらいかな」
「八百・・・・」
私は低くつぶやいたが、私の声はさやさやと渡っていく風にかき消され、辺りにはさっきよりも深い静寂が広がっていくのだった。
(黄泉比良坂 この世とあの世の境にあるという坂)
第十六話 二十三夜の月
古い民具や手仕事に関心を持ち、そういう情景を求めて旅をしたことがあった。その村には、もう動いてはいないけれど、古い水車小屋が残っていた。江戸時代の観音堂や、杉の木に囲まれた鎮守の社もあった。道端には、二十三という数字が刻まれた石塔があり、その下にも何か字が見えるが、黒ずんでいて判読できない。
村の資料館に入って糸繰車、機織の道具、臼や杵、農具、わらで編んだ雪靴、わらじ、蓑や笠、お祭りの面、古文書、などの展示品を見せてもらう。箪笥、針箱、長火鉢・・・・いつの時代にどんな女の人が使ったのだろう。間近で眺めていると、どこか暖かく懐かしい気持ちになる。薄く埃の積もった木の道具類は手ずれて飴色になっていた。
民宿に泊まる。客は老夫婦一組と私だけである。夕食は、手打ち蕎麦、山菜のてんぷら、大根、にんじん、こんにゃくの煮物、ほうれん草の白和えなどであった。蕎麦は香り高くておいしく、煮物もよく味がしみていた。
ふと思いついて、昼間見た道の石塔について、民宿のご主人に尋ねてみた。
「二十三という数字に読めたんですけど、何かの慰霊碑ですか」
「ああ、あれはね、二十三夜塔というんですよ。昔旧暦の二十三日の夜に、月待ちをしてお月様を拝むと、願い事をきいてくださるという信仰がありましてね。皆で集まって無病息災とか、家内安全などをお月様にお願いしました。あの塔は集まりが百回の記念に建てたと聞いています」
「月待ち・・・・」
「旧暦の二十三日の夜に、月の出るのを待って団子や芋を供えて拝む行事があったんですよ。あの塔の近くのお堂に皆で寄りましてね。ここらでは二十三夜講といって、昔は盛んだったと聞いてますが、今はもうそんなこともしなくなりました」
「そういえば秋に十五夜、十三夜には、すすきとお団子を供えて、家でお月見しますわねえ」
老夫婦も興味を感じたようで、話に加わる。
「それをこの村では、皆さんが旧の二十三日の夜に、外でなさっていたんですね」
「それは、毎月のことなんですか」
「いや毎月というわけではなかったようです。一月、五月、九月、十一月と年四回あって、団子のほかにも、おはぎやら何やら食べ物、飲み物も持ち寄っていたようです。当番があって、その準備も大変なので、段々すたれたらしいですが」
「二十三夜月というと、何時ごろ月が上がって来るんでしょう」
「だいたい夜中の十二時前です。半月が上がります」
老夫婦が頷く。
「立待、居待、寝待の月ってよくいうじゃありませんか」
「立待月はたしか十七日の月。すると居待は十八日、寝待は十九日、二十三夜は確かに夜中の月の出になるな」
「今日は何日目の月でしょうか」
「ええと」
民宿のご主人が立ち上がり、壁に貼ったカレンダーを見に行く。
「ああ、何と今夜が、旧の二十三日ですよ。十月の」
「まあ」
私は老夫婦と顔を見合わせる。皆で願い事をしたという、二十三夜の日にちょうど来合わせたのだ。
「じゃ十二時前に、庭に出て待っていたら、月の出が拝めるかもしれませんね」
「幸い今日はよく晴れているようですし」
することもないので、十一時過ぎには民宿の庭に出て空を見ていた。秋とはいっても深夜なので、持ってきたすべての服を着込んで外に出た。まもなく老夫婦の姿が見えた。私同様重ね着で着ぶくれている。
「どっちから上がるんでしょう」
「あの辺りがどうも明るいようですよ」
庭先で話していると、程なく民宿のご主人が懐中電灯を持って出てきた。
「せっかくですから、よかったら今から二十三夜塔のお堂までご案内しましょう。あそこからは月の出がよく見えるんです。そう遠くはありませんから」
親切に言ってくれる。皆で行くことになった。寝静まった村の民家が黒いシルエットになっている。夜が早い村なのだ。照らされる足元をしっかり見ながら、村道をひたひたと歩いていく。やがて夜道は月待ち塔に続いていく。
草むらで虫の音が聞こえていた。背後の木の枝が風に揺すられている。
やがて二十三夜塔に着いた。小さなお堂があるが、ほとんど使われることもないらしく、鍵が掛かったままである。民宿のご主人は字が彫ってある古びた石塔の前に持参したお供えの梨を置くと、ろうそく、線香に火をつけて手を合わせ、お経を唱え始めた。私たちも後ろで神妙に聞く。
「これは何の仏様でしょうねえ」
「月に関係あるんだったら、月光菩薩か何かかしら」」
「さあ、どうなんでしょう」
「月夜見尊(つきよみのみこと)とか、古事記か日本書紀でありましたけど」
私たちは小声でひそひそ言い合う。
この村には昔は月待講があって、二十三夜月が上ってくるまで、人々はここに食べ物を持ち寄って集い、そしてさまざまなことを語り合い、絆を深めながら、願い事を胸に、真夜中の月の出を待ったのだろう。
「もうすぐですね」
「ええ」
空が更に明るくなってきた。ご主人はお経を唱え終えると、月の出る方角に向かって歩いていき、草の中に直立不動の姿勢で立った。私たちも横に並ぶ。
辺りには夜の静寂が広がっていた。軽い緊張感が漂い、もう誰も何も言わなかった。ただじっと空を仰いで、今か今かと月を待っていた。
黒い木立の間から、雲を分けてゆっくりと半月が上がってきた。じっと見つめる。白い月の光が広がってゆく。下弦の月である。月の出がこんなに待たれたことはなかった。これまで月は既に空に懸かっているか、または未だ昇っていない、のどちらかであって、特に月の出を意識したことはなかったのだ。
満月のように明るくはないが、白い柔らかい光が辺りに降り注ぐ。楓や樫の木の枝も濡れたように光っている。足元の草むらの葉も月の青白い光に浸されている。ほんの少し虫の音が途絶え、やがて前にも増してすだき始めた。
自然に手を合わせて、月に向かって祈った。民宿のご主人も老夫婦も祈っている。月の光が充ちる丘の上に、静かなひとときが流れていった。そしてそのときにわかった。月に祈ることは、神に祈ることだったのだ。
白い月明かりの道を引き返しながら、皆の心は、二十三夜の月に出会えたことで満たされていた。
「本当によかった。連れて来て頂いて」
「あの子のこと、よくお月様に頼んでおきましたからね」
老夫婦はさっきから、しきりに孫のことを話題にしていた。聞こえてくる内容から推測すると、その子はどうも体が丈夫ではないらしい。
私は歩きながら、民宿のご主人に尋ねてみる。
「以前は、二十三夜講によく来られたのですか」
「いや、じいさんと一緒に、何回か来た程度です。次の日が休みとかそういうときに。やっぱりああいう風にじいさんが経を読みましてね、お供えのお酒を少し頂いたりしながら待って、皆で月の出を拝みました。昔は夜明けまでお堂でお籠りしたらしいです。やがて家で集まってするようになりましたが、今はそれもすたれてしまって・・・・今日は久し振りのことで、懐かしかった」
「一年のうちで、どの二十三夜月がお好きですか」
「やっぱり秋でしょうかねえ。空が冴え渡っているから。冬の月もいいけれど、何しろ待っているのが辛くってね・・・・」
月に照らされた道は、思いのほか明るい。遠くで、長く尾を引くように犬が吠えると、別の犬が、それに応えるように吠えていく。
私はさっきのことを思い出していた。ご主人がお経をあげて拝んでいる間は、仏教の集まりのように思っていたのだが、月を迎えるために立ち上がり、皆で並んで月を待ち始めたときから、ふっと様相が変わり、まるで神事のような雰囲気が辺りに漂い始めたのだ。
仏教行事と見えた月待講だが、時を遡っていけば、おそらく古の素朴な月祀りに、その起源があるのだろう。古代の人たちも、こんな風に戸外に並んで立ち、空を仰いで待ち、上ってきた月の光を浴びつつ祈りを捧げたのではないだろうか。
「何か願い事しました?」
ご主人が私に訊く。
「ええ・・・・」
これまで無事に生きてこられたことが、奇跡のように感じられるので、まずはそのことに感謝し、次いで家族のことを祈った。
そして心の中で、あることを願ったのだった。
拙いながらも書くことが好きなので、これまで紙の媒体や、ウエブ上で発信を続けてきたけれど、それらは言ってみれば空に掛かった虹のようなもの、空中に作り出された儚い幻影のようにも感じられる。作品はやがて忘れ去られ、消えていく。
でも私は共感してくれる読み手を、待っているのだった。心で大切に思うことを丁寧に書き、考えたことを形にする。
書いたものを読んでもらい、作品を通して、誰かと時空を超えて心が繋がってゆき、精神が共鳴する、そういう触れ合いや出会いがあれば、とひそかに願う。せめて読んでいる間だけでも、現実を忘れてもらえれば、それでいいと思う。会うこともないかもしれない誰か、名も知らない読み手の、心に届くようにと願いつつ、私はこれからも書いてゆくだろう。