雷鳥の谷
雷鳥の谷
1
「あれが雄山だ。頂上は三千メートルちょっと。右側にあるのが浄土山。こっちの方は山がずっと続いていってるだろう。雄山の左手の、盛り上がってるのが大汝山、それから富士ノ折立、真砂岳、もう少し左へ寄って別山だ。もっと左奥には剣岳があるんだが、ここからだと見えないな。手前にあるのは雷鳥坂だよ」
夫の晋二が目の前に広がる山並を指して説明した。
夏の立山連峰である。大小の白い小布を所々にふわっと置いたように山襞には雪が残っている。緑と茶と白の斑模様に染め分けられた山腹が、なだらかな曲線を描いて連なっている。夫に一どきに早口で説明されると、どれがどの山なのか、私の頭の中では見分けがつかなくなった。でも、
「分かったかな」
と念を押されると、ついいつもの癖で頷いてしまう。
さっきからひゅっと頭上を掠めて、風を切るように跳び回っている鳥が気になる。
岩ツバメだろうか。割に沢山群れているようだ。下の地獄谷と呼ばれる辺りからは、絶えず白い噴煙が立ち昇っていて、薄まってはいるが、微かに硫黄分を含んだ風が時折ここまで届いて来る。
「じゃ大汝山はどれ」
夫が訊いてきた。私が飛び回る岩ツバメの動きに気を取られて、本当はよく聞いていなかったことを、夫はちゃんと知っているのだ。私は呑み込みが遅く、一度の説明できちんとものを覚えられた試しがない。
山の名や地名だけではない。タバコや雑誌など、買い物のついでにと夫に頼まれることがよくあるが、二回に一回は買い忘れて帰って来る。
ビデオの録画の仕方や、パソコンなど機械の操作、携帯電話の機能、どれも覚えられない。
分かったわ、と一応口では言うのだが、実際にやって見ると、うろ覚えだったことがたちまちばれてしまう。
「真剣になって人の説明をちゃんと聞かないからなあ」
夫は言う。簡単なはずのカメラの押しボタンの操作ですら、よく間違うのである。夫が言った大汝山とは一体どれのことだったろうか。
「あれかな」
私が指差したのは浄土山だったらしい。
夫は軽く溜め息をついた。
「大汝山はこの正面にある大きな山だよ。ぼくが今から登ろうとしている山だ。あそこだ。いいな。今から歩き始めて途中の一ノ越までは一緒に行こう。そこで別れる。
ぼくは雄山から大汝を回って雷鳥沢へ降りる。きみは一ノ越の辺りを歩いて絵を描いたら室堂へ降りる。一ノ越の東側は谷になっていて、少し歩いたら高山植物が一杯咲いているから、きみはその辺で適当にスケッチしたらいい。写真も写せるだろう。東一ノ越までは行けるのなら行ってもいいかな。いややっぱり駄目だ。一人じゃあな。
よく聞くんだよ。東の谷にあんまり入ってはいけない。一ノ越の小屋から離れては駄目だ。絶対に小屋の近くにいるんだぞ。弁当食べたらゆっくり同じ道を引き返して、人の多いこの辺りで遊んでるか、または気が向いたら天狗平の方へでも下りて、そこで絵を描くか花でも見ていたらいい。
天狗平は人に聞いたら場所教えてくれるから。バス停の近くだ。夕方は早目に雷鳥沢のロッジに帰ってろよ。きみとはコースが違うから今日は合流はできない。ぼくは少し遅くなるかも知れないけど。雷鳥坂の遠回りの方の道を降りるつもりだから」
何しろ今日は嫌になるほど歩くんだからな・・・・。
夫はそう呟き、更にこまごまと注意をつけ加えた。
天気が悪くなりそうだったら早目に下るようにとか、山に忘れ物しないようにとか、子供に言うようなことばかりである。よくこれだけ色々思いつくものだ。くどい程言い聞かせておかないと、きっと私が何かしくじると思っているのに違いない。
出発することにした。
二人で山を見ながら歩き始めた。天気は良かった。明るくて空気が冴え渡っている。空は絵筆で刷いたように透明で青い。実に気持ちのよい涼しい朝で、大勢の人が思い思いに夏山を目指して歩いて行くのが、蟻の行列のように見える。室堂は続々と麓から到着する人たちや、これから帰路につくグループ、また大観峰へ抜ける人たちの列で埋まっている。
一ノ越へと続く緩やかな坂道を人の列について上がって行く。遊歩道のような歩き易い道がしばらく続く。
「何年振りかしら。この道歩くの」
「ああ、あの頃子供たちはまだ小さかったな」
子供たちと以前来た時のことを思い出していた。彼らは幼くて騒々しく、すぐに興奮しては熱を出して実に頼りなかった。でもどこへでも喜んでついて来てくれた。下の子はまだおしめが取れていなかったから、紙おしめで大きなリュックの大半が占領されてしまい、後は何も入らなくなった。私は自分の着替えを極力減らして子供の下着とおやつのビスケットを隙間に必死に詰めた。
左手に沢を見ながら歩いて行く。
水はほとんど枯れている。あるかなきかの心細い水が地面を僅かに潤している。岩の間から滲み出ている水は、氷水のように冷たく澄んでいる。所々に固い雪が残っているが、その雪も表面が波打って汚れている。
以前来た時はもっと雪が多く、二人の子は、見たことの無い山の万年雪を珍しがって大喜びした。削り取った雪を取り合っては喧嘩を始め、滴の垂れる塊りを手に入れると、完全に溶けるまで放そうとしなかった。
私たちの前を、幼児を連れた若い夫婦が歩いて行く。その子たちもやはり争って雪を割って口に入れ、頬張っては母親に叱られている。
「この辺だったかしら。あなたが転んだの」
「いやもう少し先だったな」
夫も覚えているのだった。私が八才になった長男の満の手を引き、夫が二才の長女の理佳を抱いて歩いていた。スチールパイプ製の背負い子は持っておらず、おんぶ紐を用意していたのだが、理佳が嫌がるのでそれは使わず、両手で子供を抱えていたのである。
「足元に気をつけるんだよ」
振り返って私たちにそう注意した直後に、夫は自分が滑って派手に転んだのだった。見ていた人たちからあっと声が上がった。夫は理佳を抱いたまま道からぽんと飛び出る形になって、雪渓の上に倒れた。少し滑り落ちた。私は一瞬心臓が止まった。
「でも離さなかったよ。しっかり掴んでた」
危険な目に遭ったのにそれがわからず、理佳は雪の上できょとんとしていた。夫もどこか打ったらしくて顔をしかめていたが、怪我はなかった。
「お父さん、どこ痛いの」
理佳は夫の綻びた山ズボンの膝を見て言った。そして斜面のきれいな雪を掬い取って大急ぎで食べた。そこは涸れた谷を溯る傾斜の緩い道で、片側は崖になっていた。
幼かったあの子たちと泣いたり笑ったり、はらはらしたりして過ごした時代はもう遠くへ行ってしまったのだ。
彼らはすっかり大きくなってしまい、今では会社の仲間との予定やボーイフレンドとの約束の方が、家族の都合よりも優先されるようになった。特に必要な用でもない限り、親との外出も煙たがってなるべく避けようとする。
あの頃私は一人きりになれる時など本当になくて、もっと自由になる時間が欲しいといつも思っていた。子供たちは四六時中私に纏わりついてきて片時も離れようとせず、何かしようとすれば、必ず見つけてやって来ては、私の予定を目茶苦茶にして掻き回した。
今は自分の好きなことをやれる時間は増えたが、体力や根気の方がついていかなくなった。うまくいかないものである。
今や私が夏の短い旅行に誘っても、社会人になった子供たちは、何やかやとそれぞれの理由を盛んに言い立てる。結局は体よく断られてしまう。
颯爽と前を行く子供連れの若い夫婦の姿を、以前の自分たちに重ねつつ進んで行く。あんな風に子供の手を引いて、さっさといくらでも歩けて疲れなかったのだ。
程なく一ノ越へと続く最後の急坂にかかった。ここで理佳がぐずぐず言い始め、やがてお母さんに抱っこ、と言って泣き出したのだった。
仕方無く夫に代わって私が理佳を抱いて急坂を上がった。子供の重みで膝がとてつもなく重かった。でもあの頃の私はまだ若く、十キロ以上の子を抱いて頑張れた。
今は違う。何度も休みながら坂の上を息をついて見上げ、蝸牛の様にのろい歩みである。人は私たちを追い抜いて行く。夫は急かしても無駄なことだと諦めているので何も言わず、道端で休憩する時も、私が自然に立ち上がるのを辛抱強く待っている。
漸く坂を上がり一ノ越の小屋に着いて休んだ。夫はあの時長男の満だけを雄山の頂上に連れて行った。ここに置いて行かれるのを知って理佳は散々駄々をこねたが、宥め宥め私が抱いて揺すってやっている内に眠ってしまった。丁度昼寝の時間がきていたのである。
夫と満が頂上に達しここまで降りてきた時も、まだよく眠っていた。小屋では随分親切にして貰った。あの時と同じ山荘だがだいぶ古びてきている。
「よくここまでこんな小さい子連れて上がってきたねえ。飴あげようか、お握りもあるよ。これより小さかったら、もうほとんど赤ちゃんだもんねえ」
小屋に居合わせた中高年の登山者たちが理佳を見て目を細め、交替でむずかる子を抱いて揺すってくれた。
瞼に浮かんで来るのはそんな情景ばかりだ。あの子たちとの時間は一体どこへ飛び去って消えてしまったのか。
夫はさっきからじっと空を見ている。空模様が少しばかり気になるらしい。彼は普段の生活でも、天気予報が当たったとか外れたとか、今日の最高気温は何度などと始終言っている。山へ来ると、更に明日の予報や天気図、降水確率、風向き、雲の具合などにも並々でない関心を示し、色々新しい情報を得ようとする。
空を見ると朝はあれほど青く澄み切っていた空は、どんよりとして厚い雲がかかり始めていた。それは下から湧いてくる。それにしても雲は一体どこで生まれるのだろう。ここで見ていると、谷底から綿菓子の如く自然発生している様に見える。絶えず流れてちぎれ、ふわふわと動きつつ上がって来る。
ここは標高二千五百位はあるらしい。だから天候は気紛れで変わり易いのだろう。でも雲の間からは真っ青な空の色がまだ透けて見える。
「さて出発するか」
まるで自分に対して号令をかけているように聞こえた。夫の声に慌てて私も立ち上がった。
「無理してあんまり歩き回るなよ。遠くまで行って欲張って絵を描こうとするんじゃないよ。大体欲を出すのが間違いの元なんだ。早目に引き返して下でのんびりしてたらいい。じゃ夕方に雷鳥沢のロッジで会おう。転んで怪我しないようにな」
夫は最後にそう注意し、岩の道をゆっくりと上がって行った。
高所恐怖気味の私は高い山には上がれない。いい気分で歩いていて、ふと急傾斜の谷底を覗き込むと、もう鳥肌が立って膝が震えて来る。どの位上ってきたかと何気なく振り返ると、その高度に瞬間目が眩む。最後に岩をよじ登るような頂上は苦手である。
体力不足とみて、夫はいつしか私を山頂へ誘うのを諦めた。でも高い山の空気に触れたり、景色を眺めるのは結構好きなので、途中までは一緒に歩いて適当な所で別れ、後は互いに自由行動となる。
夫の後ろ姿をいつまでも見送っていた。何故だか理由はわからないが、これでもう二度と夫に会えなくなるような気がしたのだ。山でこんな風に別れる時いつもふっと本気でそう思ってしまう。
(この人とはこれっきりになるんだろうか。これが最後に違いない。多分そうだ。私は取り残され、彼はどこか知らない所へ行ってしまう)
夫は一度だけ振り返り、こちらに向かって大きく手を振った。岩肌に取りついている姿は、若い人とは違って見えた。
夫もまた年を取ったのだ。動作が慎重になった。歩く時も登る時も、背が丸くなっている。髪に白いものも混じっている。段々姿は小さくなって行き、他の登山者の列に紛れて遂に見分けられなくなった。私も時にどんなに目を凝らしても、ぼうっと風景が霞む。
スケッチの道具が入ったリュックを目の前にしばらく考えていた。絵を描くことは、意思の弱い私が、たった一つ手放さなかった若い頃からの唯一の趣味で、子育てに忙しかった時期でも、体調のよくなかった時でも、時間を遣り繰りして休みながら絵画教室に通い続けた。
認められようが認められまいが、そういうことには拘らず絵を描き続けてきた。
止められなかったのだと思う。見回すと周囲には優れた描き手がいくらでもいるもので、比べると私の絵は平凡で上達も遅く下手な部類だった。技術も才能も閃きも乏しく、かといって大胆さや独特のタッチもない。見た瞬間、優劣の判定が下されるから、絵画というのは実に残酷である。
でもたとえ技倆は劣っていても、結局描くこと自体が好きなので、止めずに描き続けて今日に至った。どんな旅行にも、携帯用の固形絵の具とスケッチブックを必ず持って行くのが習慣になった。水彩、顔彩どちらも好きで、主に山では風景や高原の植物などを好んで描く。
時間を忘れ一心に描いていると、いつの間にか気持ちが和んでいる。内部に溜まっている汚れた部分が大自然に触れることにより、浄化されてゆくような気がする。こういうのを普通には、癒されている、と言うのだろう。
折々に持て余すやり切れない感情を、人はどうするのだろう。私は絵を描くことで紛らせてきた。何らかの形にして表すのが好きだった。作品にして完成させるというその作業によって、私はその都度、深い淵に落ち込みそうになる自分自身を救済してきたのだ。
そうやってある時は、単純で素直な自然への感動や、また夫に言えないどろどろした心情や激した思い、人には見せられない愚かな心の有りようを、線に封じ込めたり色にぶつけたりした。心の奥底で沸騰する喜怒哀楽を、風景や花や人物画に託して描いてきた。
絵となって現れ出るものは、自分の未熟な分身だったし、自分自身の赤裸々な感情の起伏であり、折々の幻想、時には妄執に近いものでもあったと思う。
だから描き上げた絵の一つ一つには、それぞれ曰く因縁の類いがあるし、何冊も溜まったスケッチブックを開けて見ていると、もうそれ自体が自分史のようなものである。私はペンでなく絵筆で以て、その時の自分の心を、字を書き綴るように記録していたのだ。
夫は欲張って遠くへ行くな、とか欲を出すな、などと言ってそれがあたかも悪いことであるかのように言うのだが、それは少し違う。
欲があるからこそ、張り合いも頑張りも生まれたし、今の自分がより向上して進歩するのだと私は常々思っている。欲とは生きる上での希望だし、当面の目標ともなり得るものだ。もしそれがなかったら私は生気を失うし、心もしぼんでしまう。
一ノ越山荘の周辺を見回したところ、ここはちょっと描けそうにない場所である。流れを溯ってきたので高度はあるのだが、まず眺望がきかない。それに人も多い。描いていて後ろから他人に覗き込まれるのは、どうも苦手である。
人が広げている弁当と絵は覗かない方がいいのだ。でもそういう私も、人が絵を描いていたらどんな絵なのか見たくて堪らなくなる。悪いと思いつつ、ひとりでに足が寄って行ってしまうこともある。実に矛盾している。
ここでは描かないことに決めた。十字路になっていて人が往来するので、何か気持ちが落ち着かない場所だ。後方は自分が上ってきた道だし、右手は浄土山で左手は雄山、どちらも目の前の山が近過ぎてせり上がって見える。
せっかく山に来ていながら、登山道を大きく描くのもつまらない。では前方の東の谷はどんなだろう。東の方角をもう一度確かめてみる。どうもここへ行くしかないようだと思う。
東一ノ越までなら行ってもいいと夫に言われていたのだったか。いやそこまで行ってはいけないと言っていたのだったか。何だか頼りなくなってきた。
ほんの少し東の谷に降りてみることにした。
石の多い道を下って行くと、斜面に思いがけなく華麗な花の群落があった。ヤナギランが風に揺れている。紅色の細くて優しい草である。
更に歩いて行くとギボウシ、イワギキョウ、それにリンドウもある。ミヤマトリカブトもある。深い青紫の花びらの色を見ていると中に吸い込まれて行きそうだ。
人を引き寄せて、呑み込もうとする濃厚で魅力的な色だ。確か根の部分に強い毒性があるのだったか。人の命を奪う程の。
トリカブトの濃く澄んだ花の色を見ていると、その内部に溜められている猛毒のことをつい思ってしまう。これは見た目の奥ゆかしさとは裏腹の激しい花だ。
屈み込んで手早く鉛筆で特徴をスケッチしておく。
淡紅色の可憐なイワカガミはないかと目で探す。高原に来て、コマクサやイワカガミなどの代表的な高山植物に出会えないと、本当に物足りない。白いイチゲやピンク系のハクサンフウロは目につくが、その中には見当たらない。
一際高く朱色のクルマユリが立って揺れているのを眺める。咲き切って花弁はきつく巻き上っている。黄色のシナノキンバイの群落、枯れかけた寂しそうなキスゲ、白い棒状のコバイケイソウと見ながら歩く。
この谷はまた滅多に人が通らない寂れた所だ。無人の谷に一人佇んでいると、侘しく行き暮れようとしている旅人の気分になって来る。人の往来のない道は、空気までしんと静まってしまっている。一ノ越山荘前のあの大勢の登山者は、皆人気の縦走路に向かって行ってしまったのだろうか。
山では水が流れて行くように、人の動きにも勢いや流れが生じるのだ。
それにしてもあまりに人が通らない。不審に思っていると、大きな荷物を背負った学生らしい二人連れが後方から近づいて来て立ち止まり、その訳を教えてくれた。
「東一ノ越から雷殿まで抜ける登山道が、崖崩れで通れなくなっているんですよ」
そのせいなのだという。
雷殿からは立山の真下を通るトンネルバスも利用できるらしく、普段はもう少し人が来ると言う。彼らの行き先を訊くと、雷殿ではなく、東一ノ越を経て樹林帯を抜け、黒部平から更に黒部湖へ降りる予定だという。
話を聞いている内に、東一ノ越まで行って、そこで山の絵を一、二枚描いてみたくなった。絵を描いてからここまで引き返したとしても、時間はまだ十二分にある。
道は斜面に細く刻まれているが、何しろ谷を行くのだから登りはない。私の足でも絶対大丈夫だと思う。それに平坦な一本道を辿るだけなので迷いようもない。夫も確か、東一ノ越までは行ってもいい、と言っていたように思えてきた。学生たちの後をついて行くことにした。
谷は狭まっている。光の届き方が少ないせいで、何となく谷は暗くて憂鬱である。この閉ざされた谷間の向こう側は、きっと明るい陽光が溢れて景色がパノラマのように開けているはずだ。それをこの目で早く確かめて見たいと思った。
息子程の年齢の二人の若者の足は割に早かった。彼らは大きなリュックを背負っていて、私は小さなリュックだけなのにも拘わらず、ともすれば引き離されそうになる。体力に差があるのだ。
私は少し無理をして、足元に気をつけながらも急ぎがちに歩いた。ついていけない早さではなかった。学生たちは時々ちらっと振り返って、私が疲れないかどうか聞いてくれた。
頑張ったので思ったより早く東一ノ越に着いた。そこは思った通り視界が大きく開いていて、すぼまった谷をずっと俯いて歩き続けた後では、気持ちが一挙に伸びやかに解放され、心が広がって行くように感じられる場所だった。
学生たちは風景にはさほど関心がないのか、二、三分立ち止まって見ていたが、時間が惜しいらしく、
「じゃあ、お気をつけて」
「お先に」
などと挨拶して黒部への道をそのまま下って行った。
お昼にはまだ早かったが、海苔を巻いたお握りとお茶の昼食を取りながら、私は心ゆくまで眼前に広がる景色を楽しんで眺めた。
大観峰と黒部平を結ぶロープウェイが模型の玩具のように小さく見えている。緑濃い峡谷を音も無くゆらりと宙を漂って進んでいく。二つ浮かんだ箱は空中で交差してはまた離れる。見ていて飽きない。まるで空を行く渡し船だ。
左斜面を見上げると雷殿岳、大観峰、などが目白押しに並んでいて壮観である。崖崩れらしい箇所も一箇所確認出来る。ナイフで筋を入れたような道がそこだけ潰れて、確かに山の中腹で道の一部が掻き消えている。
私はシートを敷き、座り込んで夢中になって眼前に広がる山の絵を描いた。時折涼しい風が通り抜けて行く。羽虫が飛んで来る。手でよけながら描き続ける。
さっきの二人の学生は、もう豆粒のように小さくなって、深緑の塊の樹林帯に入ろうとしていた。あの樹林帯は蒸し暑いのだろうか、それとも涼しいのだろうか。描きながらしばらく眼下の彼らの動きを目で追った。
左手に雷殿岳を初めとする峰々、左手下には黒部湖、こういう山岳風景を眺めながら、無心に絵の具を混ぜ合わせていると、私はしみじみと幸せな気分になった。
描いているのは現実の光景ではなく、夢の中のような、昔夢で見たことのある、どこかの綺麗だが寂しい景色を、この場にある現実を借りて再現しているような、不思議な心持ちがする。
現実世界がくるりと反転し、裏側からこの世界を透かし見ているような変な気がする。絵を描いていてこんな妙な感じになったのは初めてだ。
描き上げた絵を草の間にそっと置いた。仕上がりを点検する。私の絵は地味で、誰にも注目されないまま、ひっそりと画帳のなかで色褪せていく類いの絵だ。でも描き上げた時はとても嬉しい。
絵はまだ濡れて少し滲んでいる。絵の具が乾くまでの間、私は木の幹にもたれてうとうとした。体が疲れていた。いつもこの時間帯になると決まって眠気が襲ってくるのだ。
家ではそんな時熱いコーヒーを淹れて眠気を追い払い、何か仕事をするのだが、生憎今手元にコーヒーはない。さっきの山荘に寄った時に、缶コーヒーを一本買ってリュックに入れておけばよかったと思った。
どのくらい眠っていたのだろうか。気持ちよく眠っていたのだが、ぽつりと最初の雨粒を頬に感じて目が覚めた。
いつの間にか雲が低く垂れ込めて、空が薄暗くなってきている。絵はとみるとすっかり乾いている。この雨でまた濡れては困ると思い、大急ぎでスケッチブックを閉じ、散らかっている絵の道具類を纏め始めた。
慌てていたのか、うっかり絵筆を斜面の草の間に落としてしまった。屈んで拾おうと手を延ばすがうまく届かない。
もう少しの所なのだが。立ち上がって水入れなどの小物を先に片付けた後で、もう一度筆を取ろうと思いしゃがんで草を分けた。今度は手が届いて取れた。
ほっとして筆を掴み、立ち上がるとふらっと体が揺れて、大きく目まいがした。急に立ち上がったのがいけなかったのだ。踏んだ足が頼りなく力が入らない。痺れたように両足がもつれてぐらっと前のめりに倒れた。
途端にぐるぐると世界が回転した。いや自分の方が回っているのだった。しまったと思う間に草の間を滑り落ちていた。どこまで落ちるのだろう。恐怖で思わず目を瞑った。
これまで生きてきた生涯の内の主な出来事が、ぱっぱと瞼の裏に浮かんでは消えていった。僅か数秒の間に過去何十年かの間に体験した、印象的な場面を次々に垣間見ていた。
子供の頃、巻き込まれそうになって怖かった隣家の火事の炎の色。夏の終わり、海辺で見た大輪の打ち上げ花火。友だちとのスキー旅行で見た雪山の眩しさ。固く目を閉じた安らかな母の死に顔。夫と旅先で見つめた青い海の色。生まれたばかりの児をそっと抱いた時の感動。二人の子と手を繋ぎ、夫と一緒に見た川岸の蛍・・・・。
ぶつかりながら、転がりながら、果てしなく斜面を落ちて行った。やがてどこか固い所に、体が当たったらしく投げ出されて止まった。どこを打ってどう痛いのかよくわからない。頭が痺れて気分が悪くなってきた。考えようとしている内に、何もわからなくなった・・・・。
2
いつのまにか時間が消えていた。目の前が次第にぼやけていき、夢の中にいるように、見ているものの輪郭が曖昧になった。これは夢なのだろうか。
先日、買い物の帰りに近所の空き地に佇んで、風にそよぐ花を一人で見ていた。小菊に似た白い清々しい花がかたまって咲いていた。
目を近づけてよく見ると、それはカモミールというハーブの一種で、微かに吹く風に揺れていた。見ているうちにこの可憐な花をどうしても描いておきたくなり、スケッチブックを取りに帰った。
雑草が地面を埋め、暖かい土の匂いが辺りに満ちていた。青葉に止まったてんとう虫、茎を這う虫、蜂の唸り、小さな自然の中で、我を忘れて束の間懸命に筆を走らせた。陽を浴びている数本の花を描き終えて目を上げると、もう日は傾いていた。ふと片隅に取り残されてぽつんと咲いている、一本のカモミールの花が目に留まった。近寄って注意深くそっと引き抜くと、家に持ち帰り、狭い庭の一隅に植えた・・・・。
翌朝、ビューンと回転する草刈り機の音が空き地から響いてきて、肝を潰した。空き地は市の管理地なので、年に一、二度業者がやって来て、伸びた草を刈り取って行くのは知っていたが、まさか今日がその日に当たっているとは考えても見なかった。
昨日描いたばかりで、身近なものに感じられていただけに、あの可憐な白い花の群れが一瞬の内になぎ倒されていくのかと思うと、たまらなくなって機械の音から逃れるように窓を閉めた。
夕方空き地に行ってみると、カモミールの花はもう跡形もなく、丈の高い雑草が茂って盛り上がっていた場所も平らになり、しおれた草や、昆虫の死骸が地面に散らばっていた。夕暮れの空き地に立って、まだくっきりと目に焼き付いている、昨日の花の輝きを思っていた。
3
自然に目が開いた。
薄墨色の雲がすぐ近くにあった。よく見ると、雲ではなくて冷たい霧だった。ぼんやりと白いものが低く周囲に立ち込めている。それはゆっくり前方へ這うように移動して行く。また次の霧がやって来る。地面を舐めるように移っていく。
その様子をしばらく眺めていた。手足がひどく冷たかった。でもああよかった、私はまだ生きているんだな、と頭をそっと動かし、確かめながら心の中で安堵した。
何しろかなり転がり落ちたらしい。どこか怪我をしているかも知れないと思ったので、用心しながらゆっくりと上体を起こしてみた。手も足も何とか動くようだ。
夫に叱られるだろうな、と思った。こういう事態を恐れたからこそ、彼は口喧しく注意したのだ。
歩けるのなら早く元の場所に戻り、来た道を引き返してロッジまで戻らねばならない。でもどの方向へ行けばよいのか。
一ノ越はどっちだろうか。辺り一面遠くの方まで濃霧が立ち込めている。近くの霧は絶えず動いて流れて行ってしまうが、次々に新しい霧がまた押し寄せて来る。海岸に打ち寄せる波のようだ。音の無い霧の波の合間で私は途方に暮れた。
方角はわからない。髪の毛も服もびっしりと水滴がついて濡れている。霧のシャワーを浴び続けたまま倒れていたせいか、体の芯まで冷えが染み込んでいる。体温が下がっているのだ。
次第に意識がはっきりしてくるにつれ、背中に寒気を覚えた。両手をこすり合せて暖を取ろうとして、ふと絵筆がないのに気がついた。
筆がない。見回すがどこにもなかった。さっきは確かに筆を拾い上げ手に持っていたはずだった。きっと斜面を転がり落ちて行く間に、またどこか草の間にでも落としてしまったのだろう。
あれは六号の彩色筆で、もう何年も使って手に馴染んでいるとても描き易い筆だった。かなり毛が抜け落ちてきていたが、柔らかくて絵の具がよく延び、気に入っていた。
でも今は筆どころではない。先ず這い上がることが先決だ。落ちた斜面を辿って行けば偶然見つかるかも知れない。
ともかく人の通る道へまず出なければならない。
私は見当をつけた方向をじっと見つめた。霧の向こうから微かに鳥の羽音が聞こえてくる。
何の鳥だろう。
前方の草の間から聞こえて来るのだ。絶え間なく霧が白煙のように移動して行く。その間隙を縫って一瞬岩の上に止まった鳥の輪郭が見えた。
鳩よりは小さい。
不思議な生き物を見る思いで、その膨らんだ胴と細く長めの尾を見ていた。この鳥は人を恐れない。かなり近づいても逃げないで、二、三メートル先にじっとしている。
鳥と私の間を隔てるようにまた霧が流れて行った。
鳥は更に先の岩に止まった。私はその動きに引き寄せられるかのように、そっと斜面を這い上がっていた。
今度は鳥はいつまでも動かない。私も草陰に身を潜めていた。鳥が動くと私も同じように斜面を移動した。この鳥に呼ばれ、道を教えて貰っているのだと感じた。
どの位それを繰り返しただろう。私は遂に見覚えのある、さっき絵を描いていた場所に辿り着いたのだった。ここまで戻れたことが奇跡のように思われた。
辺りを見回すと、絵の道具類や、敷き物に使っていたシートなどが、霧で濡れてはいたが、元の位置にそのままの状態であった。
スケッチブックが心配になり、調べて見たが、大丈夫のようだった。改めてほっとした。鳥はと見ると、荷物を点検している間に、どこかへ飛び去ってしまったらしく、姿が消えていた。
狐につままれたような気持ちがした。よろけて転落したりしたのは大失敗だったが、大した怪我もなく、その後は幸運な偶然が重なって、戻りたかった所へちゃんと帰り着けた。
まるであの鳥に導かれるようにして。まさに不思議としか言いようのない、救い手が出現したお陰だ。私はまさにあの鳥に助け出されたのだ。でも夫にそんなことを言うと一笑に付されそうだった。
コンピューターの会社に長く勤めてきた夫は、そういう類いの話は一切受けつけない。迷信じみた話やいわゆる超常現象も問題にしない。科学的な根拠やきちんと学問的に筋の通る話でないと信じないのだ。
急に夫のことが気になり出した。この霧の中で今頃夫はどうしているだろう。ふと夫も濃霧のために道を踏み外し、滑落したのではなかろうか。心配になってきた。私に起こったようなことは彼にだって起こり得る。
さっき別れた時に、何となくこれが最後になると言うような縁起でもない思いが一瞬過ぎり、夫の後ろ姿を見送ったことをちらと思い出した。私は不安な気持ちになり、目を宙にさまよわせた。私はこうやって助かったが、夫は大丈夫だろうか。無事でいるだろうか。死んではいないだろうか。
人が死ぬとその魂が鳥になると、と昔から言うではないか。確かヤマトタケルは死後、白い鳥になって故郷の大和へ帰っていった。私は子供の頃奈良に住んでいたので、この話を始終聞かされた。近くに白鳥陵があったからである。
そう言えば、先日家の近所であった葬儀では、式の最後に黒白のリボンをかけた籠から、白鳩を数羽空に放っていた。人の魂は鳩になって空を翔け、遠い霊の世界へ飛び去るのだろうか。
夫は山へ来ると、いつも遭難や事故をひどく気にしていた。何かの予感があったのだろうか。離れた場所にいても、私の災難を感じ取って、その思いが鳥になってここへやって来て、困っている私の道案内に立ち、愚かしい妻をなんとかして助けようと、彼なりに手を貸してくれたのではないか。
私は手繰り寄せられるようにしてここまで這い上がった。何か人の目に見えない力でも働かない限り、こうはうまくいくものではない。
霧はなかなか晴れない。むしろますます深くその濃さを増して、立ち込めて来るように思われる。夫の行った方角はどっちだったろうか。
私は白い闇の中から、大汝山らしい方向を祈るように見上げた。眺めているとまた頭の芯が痺れるようにぼんやりしてきた。どうしたのだろう。考えるのが辛くなってきた。鳥の声がまた聞こえてくる。ふっと目の前に幕が降りたように薄暗くなった・・・・。
4
雄山を過ぎるころから晴れていた空が曇り始めた。嫌な陰り方である。晋二は雲の流れの早さを見て軽く舌打ちした。
これで風でも出始めたら天気は急速に崩れる。妻の明子はもう絵を描き上げて、早目に下山の用意をしている頃だろうか。ぐずぐずして雨にやられるようなことにならなければいいが。
思いがけなく左手前方に小さな獣が現れた。褐色で大きさは二十センチくらいか。体の割に尾が膨らんで立派だ。
(山に住むこの小動物は一体何だろう)
よく見ようとした。それはすぐに走り去って岩陰に消えた。実に素早い動作だったが、ほんの一瞬その獣と目が合ったように感じられ、どきりとした。
「オコジョだ。あそこにオコジョがいる」
後ろを歩いていた登山者が岩陰を指差し、少し興奮気味の声で言うのが聞こえた。
(そうか、あれがオコジョだったのか)
絵葉書や山岳写真などでは見たことがあったが、実際に見るのは初めてだった。
(ヤマイタチの類いだな。でもあの目は誰かに似ていたな)
ふと娘の理佳の目に似ているのだと思い当たって苦笑した。何か訴えかけるような黒くて丸い可愛い目だった。明子にもあれを見せてやりたかった。滅多に見られない珍しい動物を見たと言って、きっと喜んだだろう。
それにしても彼女はどうして高い所を怖がるんだろうな。理解出来なかった。彼女は怖いために人一倍気をつけていて崖の縁には近づかないし、谷底も覗かない。急流を見ないようにして吊り橋もそうっと渡るし、稜線を歩くのも慎重だ。高所恐怖のある人は、そうやって常に危険を避けているし、また事故の起こりそうな場所からも遠ざかるから、かえって安全なくらいなのだが。
彼の後ろを一組の家族が歩いていた。夫婦に子供二人、晋二と同じ四人家族である。息子は高校生で娘の方は大学生くらいか。横目で見て、羨ましいな、と心の中で独りごちた。
あんな風に家族で登山ができたらなと時折思う。うちの家族はこんな風に自分についてきてはくれない。満も理佳も小さい頃こそ山行きを喜んでくれたが、次第に行くのを渋るようになった。
重い荷物を背負って汗だくになって山道を上ったり降りたりするのは、彼らにはきつい労働と映るらしい。
その上くたびれ切って着いた山小屋は合い部屋だし、当然の事ながら風呂もなく、布団は不潔で黴びた臭いがする。夏休みの時期は折り重なるように詰め込まれて、知らない人と背中をくっつけ合って寝なければならないし、トイレは戸外が多い。部屋は人で一杯で寛げないし、着替えの場所にも困る。食事はまた碌なものが出ない。
そういう風に不平不満を並べ立てて、山にはもう行きたくないと言う。
つまり山登りは、彼らの好みに合わないということなのだろう。二人とも、家族で荷物を背負って登山すると、夏の初めに計画を聞いただけで、首を振るようになった。
子供たちが敬遠して抜けてしまった後も、妻は毎年のように夏山歩きにつきあってくれた。彼女には山で絵を描くという楽しみがあったからである。若い頃から趣味で花や静物などを描いてきたようだが、何か行き詰まっているような気配があったので、ある時、
「一度険しい山の風景でも描いてみたらどうだ」
と勧めてみた。その年は、一人で剣岳に登る予定だった。妻は俄かに乗り気になってきて、
「行ける所までは行って、絵を描いたら迷惑をかけないように一人で引き返すから、連れて行ってちょうだい」
と言い出し、実際についてきた。
初めてみる八ツ峰の鋭い岩峰に、驚きながらもじっと見入っていた。一服剣の辺りまでは何とか登れたが、そこで目の前に聳える前剣の迫力に圧倒されたのか、もうそれ以上進むとは言わなかった。
こわごわ岩の間に座って絵を描いていた。振り返ると足がすくむらしく、後方を見ようとはしなかった。
顔が恐怖で青ざめていた。彼女にとっては、何とも恐ろしい高所にそれでもしっかりと座り込み、話しかけるのも憚られるような真剣な目になって、絵筆を動かしている明子を見ていると、こんなにも我を忘れて熱中できるものを持っているのは、何と幸せなことかと思った。
その時の絵は、展覧会に出して好評だったそうだが、彼女がどういうことを目指して頑張っているのか、もう一つよくわからなかった。個展を開きたい、とか、画集を出したいとか、心の中では密かに思っているのかも知れないが。
彼女が山へ来る理由は、景色のよい所で絵を描いて自分を解放し、気分を発散させることにあるらしいので、なるべく無理には頂上へ誘わないようにしてきた。
何も体力を消耗してまで、頂上に拘る必要はないのだった。気に入った所で一人絵を楽しむ、今のやり方が彼女には向いている。だからいつも途中で妻と別れ、一人で頂上へ向かうのが習慣になった。
晋二は大学では山岳部にいた。合宿以外にも一人で山に出かけ、休日にも山に登った。登る度に、可愛い女の子と知り合えたらなと、密かに期待もしていた。
山の中で遭難している女の子を助ける。恋愛が始まる。そんな場面を心の隅で絶えず淡い幻のように思い描いていた。でも現実にはそんなことは一度も起こらなかった。
若い娘も大勢山へ来るが、彼の思うような娘にはなかなか出合えない。男並みの体力で、男同様岩登りでも何でもしようと意気込んでいるような彼女たちは、化粧気もなく、頑丈な体躯だったり、日焼けして逞しかったり、意思も強く、話してみると彼の方が圧倒される。
明子と出合ったのは、彼が偶然の思いつきから顔を出してみた、会社のハイキングの同好会でだった。
彼女は山歩きが好きというよりも、それを口実に適当な結婚相手を広く探す機会を求めて、集まりに参加していたのだと思う。
自分では気がつかなかっただろうが、時折視線が男を探す目になっていた。理由は知らないが、打撃から立ち直ろうとする人の持つ真剣さがあった。彼女は多分その時点の人生で、遭難に匹敵するような目に遭っていて、未知の男の救助の手を求めていたのだと思う。
彼女にはどこか影のように纏いつく哀しみがあった。それを感じてはいたが、敢えて詳しく聞いてみることはしなかった。晋二に向けてくる真っすぐなまなざしだけを信じて家庭を築き、今日まできたのだ。
鞍部を歩いていると急に風が出始めた。砂混じりの風が時折激しく吹きつけて来る。俄かに妻のことが心配になった。思わず様子を見に引き返そうと思ったくらいである。今戻った所でうまく明子と会えるかどうかはわからない。
一ノ越山荘から離れるな、と言っておいたから、彼女は多分、天気が急変する前に小屋に逃げ込んだに違いない。案外もう下山の途中かもしれない。そう思い直し、そのまま早足で歩き続けることにした。
若い頃山仲間四人で歩いていて、強風に煽られたことがあった。稜線で風を避けようがない場所だった。道は狭く、両側は急傾斜の崖になっている。歩けず、目も明けていられない。殆ど台風並みの突風に近い風が立て続けにやって来た。
とりわけ強いのが来た時、うおっとすぐ後ろで声がした。一声きりだった。振り向くと仲間のKの姿が消えていた。
彼は飛ばされて右側の谷に落ちて行った。滑落しても怪我で済む場合もあるが、彼は打ち所が悪くそのまま死んだ。
今思い出しても身の毛がよだつ思いがする。最後のあの声が耳にこびりついていて、それはどす黒い悪夢の断片となって時折彼の耳に蘇る。生涯忘れないだろうと思う。彼でなく他の誰か、いや自分だって転落する可能性は無論あった。ほんの一瞬の油断、気の緩みとでも言うべきものがKの中にあったのか。
いずれにしても紙一重の所で命運が分かれたような気がした。自分に責任があった訳ではない。誰にもどうしようもなかった。不可抗力とも言える不運な事故だったのだが。
今時分になって何故また嫌な事をはっきりと思い出すんだろうな。彼は訝りながら風の中を歩き続けた。今吹きつけて来る風の音が、鞭のように鳴って過去を思い起こさせる。突然生を絶ち切られた男の無念さが、彼の中に突如として渦を巻く。
・・・・娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ
山で吹かれりゃよーお 若後家さんだよ
よく歌われる歌の一節だが、この歌はそれ以来嫌いになった。耳にしたくもない。聞く度に思い出して辛くなる。
死んだKには長く付き合っていた女性がいて、一緒にいた仲間は葬儀の時、誰もまともに彼女の顔を見ることができなかった。
薄く濃く霧が出始めた。アノラックの表面に細かい水滴がついている。次第に体が冷たく濡れそぼったようになってくる。明子はどうしているだろうかと思う。霧はべたっと纏いつくように降りて来る。
少し休むことにした。霧の中ではよく方向を見失う。休憩の後、立ち上がろうとするともう方角が分からなくなっていることが多いのだ。特に雪山では。
晋二はどんな時でも、必ず進行方向に足を向けた位置で座る。山岳部で教わったことの一つだ。こうすれば霧の中でも間違った方向に歩き出すことはない。
「かなりガスってるな、今日はもう晴れそうもないな」
とまた独り言を小さく呟いていた。
雷鳥沢に降りた時にもまだ霧は濃かった。霧で景色を見るどころではないから、急ぎ足で下ってしまったのだ。
妻はまだ帰っていなかった。ロッジにもいない。
近くの池へでも行ったのかと思い、探したがそれらしい姿は見当たらない。さすがに不安になった。何かあったのではないか。時計の針を睨みつつ、どうしようかと苛立つ思いを抑えていたが、遂にたまらなくなって、ロッジのフロントへ相談に行った。
手掛かりは何もなかった。一ノ越山荘にも室堂ターミナルにも天狗平の山荘にも電話で問い合わせてみたが、妻に関する情報は何もなかった。
濃霧は依然晴れない。山はもう濃い闇に包まれていた。相談の結果、妻の捜索は翌日早朝からということになった。
どこかに避難していることも十分考えられる。不安で重苦しい時間が流れ始めた。晋二は家に何度か電話し、子供たちと連絡を取りつつ、眠れずに夜をやり過ごした。
何度も窓辺に寄って暗い戸外を眺めた。今にも妻が疲れ果てて夜道を辿り着き、ああくたびれたわと言って、この場に現れて倒れ込むような幻が浮かぶ。
妻がすぐそこまで来ているような気がして来る。色々考え消耗して、次第に目が落ち窪んできた。それでもうとうととまどろんだらしく、浅い眠りに落ちていた。
明子が野原に座って何かの絵を描いている。近づいてそれを覗き込もうとすると、困った顔でちょっと手で隠した。
(まだ描けてないの)
(どこの絵を描いている)
(雷鳥の谷の絵。花を見たの。赤い花・・・・)
おかしいな、彼女はよくヒマラヤへ行って、何とかいう青いケシの花を見たいとか、どうとか言っていたはずだが、と思った途端に目が覚めた。
翌朝、霧はまだ晴れていなかった。重く低く垂れ込めている。気温はぐんと下がっていた。この濃霧ではヘリコプターは飛ばないだろう。霧がもう少し晴れないことにはどうにもならないのだった。
夜明けを待たず、晋二は身支度を整え、ロッジの椅子に座っていた。昨夜はほとんど眠っていない。目が充血し体は重く疲労していた。
暖かい缶コーヒーを一本買い、胃に少しずつ流し込んだ。妻のことが気がかりでじっとしてはおれなかった。当直のロッジの従業員が電話で誰かとやり取りしている声を、聞くともなく缶を手にしたまま聞いていた。
従業員が受話器を置いた後、沈黙が広がった。彼は晋二の方を見て、ほんの一瞬何かを言い淀んだ。妻のことだと直感した。立ち上がって近づいて行った。
「奥さんが、今東一ノ越で見つかったそうです。大観峰側から、崖崩れの場所を確認に出て点検していた者が、偶然落ちていた奥さんの帽子を見つけたそうです」
「怪我は」
「お気の毒ですが・・・・」
それ以上聞くのが怖かった。
晋二は立ち上がり、自分の手回り品を入れた小さなリュックを持つと、無言で霧の中を一ノ越へと向かうべく急ぎ足で歩き始めた。
歩いていると、以前山岳部の合宿中に、偶然のことから遭難者の収容現場に行き合い、皆で手伝ったことがあったのを思い出した。
遭難者は若い男で、雪山で雪崩に巻き込まれたらしく、ずっと行方不明になっていたという。春になって雪が漸く溶けて遺体が現れたのである。
晋二たちは遺族が見守る中、岩場から遺体を下ろすのを手伝い、更に遺族の希望によって、その場で荼毘に付す作業にも協力した。既に覚悟をしていたのか、死んだ男の家族は言葉もなく固まって佇み、静かにその作業を見つめていた。
薪に火が入れられると、立ち昇る煙の中で炎を囲む形になって、山岳部の男たちは肩を組んで立ち、左右に大きく揺れながら、繰り返し葬送の山の歌を歌って、同年齢の若者の死を悼んだ。煙が流れ、山の景色も揺れた。
・・・・いつか 山で死んだら・・・・
歌声が谺のように耳に蘇って来る。あの時のメロディが、まるで昨日のことのように鮮明に思い起こされる。よりによって、また何という事を思い出すのだろう。晋二は浮かんで来た想念を振り払うように歩を早めた。
赤い花が一面に広がっていた。
花ではなくそれは血の色だった。妻はたぶんこの崖の上で絵を描いていたのだろう。不注意で足を踏み外すかして、谷に落ちたのだった。頭を強く打ったらしく、流れ出た血は地面に染みていた。
上から覗いて見ると、崖は這い上がれない程の急勾配ではなかった。でも仮に意識があったとしても、妻の怪我の状態から見て、とても動くことは出来なかったろうと思った。
明子の遺体は、発見者の二人の男たちの手によって、崖の上まで運ばれ、横たえられていた。妻は既に事切れていた。
「昨日は、大分霧が出てましたからね」
「多分即死だったでしょう」
「お気の毒なことでした」
誰かの声が空ろに耳に響いた。丁寧に頭を下げ、妻を発見してくれたこと、ここまで引き上げてくれたことに対して、繰り返し礼を言った。動転し心の中は色々な思いで一杯だったが、晋二は自分でも驚くほど冷静に振る舞った。
妻の残した絵の道具類をぼんやりと手に取って眺めた。大切にしていた筆が一本、崖の上の草むらに転がっていた。拾ってケースに納めた。
彼女は崖にかなり近い所で描いていたようだった。こういう場所を怖がる妻にしては珍しいことだった。
(彼女は余程ここを描きたかったんだな)
そう思った。
まだ悪い夢の中で続きを見ているような気がした。現実感がなかったが、どこかでこういう事態を予測していたし、覚悟もしていたのだった。それでも今にも妻が動き出すのではないかという思いが起きて、思わず手を触ってみた。手指は氷のように冷たく、既に硬直が始まっていた。
妻の体は手際よく青い防水シートですっぽり覆われ、用意されたストレッチャーに乗せられ、固定されて行く。これから今来た谷を引いて戻るのだった。もう一個の物体と変わらない、魂の無い抜け殻なのだ。
丁寧に扱われてはいたが、体に強く食い込んだロープを見て、まるで荷物のようだと思った。何に向けていいか分からない怒りと、大きな悲しみが胸に突き上げてきた。
霧はまだ谷を低く這っていた。ふと行く手に、微かに生き物の気配を感じて、周囲を見回した。妻が茂みを掻き分けてこちらへ向かってやって来る、ふとそんな気がしたのだった。
見ると低い灌木の枝が細かく揺れていた。鳩よりは小さい鳥が数メートル先に止まっていた。
「明子か」
思わず彼は低くそう呟いていた。鳥は答えない。ただ僅かに尾が左右に揺れていた。
雷鳥だった。まだ雛なのだろう、体が小さく見えた。この鳥は雷雨など天気の悪い時によく姿を見せる。雷鳥と名づけられている所以だった。今日のような湿った霧の日にも不思議によく現れた。人のすぐ近くまで来て地面を歩いたり、また蹲るようにじっとしていることもある。
晋二は一瞬妻が現れたと錯覚した、その鳥の動きを目で追った。
雷鳥は一行と前後しながら、谷の斜面を同じ方向に向かっていた。低く飛ぶ。枝に止まって追いつくのを首をかしげるようにして待っている。また飛び立つ。妻が鳥になって、今自分と一緒に歩いてくれている、そんな気持になった。
束の間、鳥とごく自然に歩調を合わせて歩いているような気がした。自分はこれまで妻と本当に呼吸を合わせ、心を通わせて生きたのだったろうか。彼女は自分と暮らして、心から幸せと感じてくれていたのだろうか。
考えてみれば実に心もとない気持ちだった。でも今この瞬間、妻と共に心が一つになったようにも感じられ、傍らの鳥の動きをじっと見つめた。
人なつこい鳥だった。どこまでついて来るのだろう。雷鳥を見ていると、気持ちが和み心に暖かいものを感じた。いつまでもこうやって後になり先になり、一緒に歩いていたいような気がした。
霧の中に山が見え隠れしていた。前方を見ると、霧の流れの合間に、左手に浄土山の輪郭が、存在感を示すように聳えている。もう一ノ越山荘が近いのだった。
振り返ると、さっきまですぐそこにいたと思った雷鳥は、流れてきた霧に紛れて、ふっと姿が掻き消えてしまっていた。目を凝らして見てももうどこにもいない。視界から姿が消えてしまっていた。あの鳥は、妻は、もう行ってしまったのだ。どこか遠い世界に。
心の奥の方がしんと冷えて、空ろな思いで、目の前の霧を見つめた。深い寂寥感が満ちてきた。雷鳥が飛び去った方をしばらく放心して見ていた。
彼女はこの世界にはもう存在しないのだ、という思いが、不意に現実のものとして重くのしかかってきた。
それはどうしても認めたくない、諦め切れない重い事実だった。今日からは妻のいない生活なのだ。不意に足下をすくわれたような気がした。深い喪失の思いで、思わずふらついた。心が打ちのめされそうになっていた。
辺りは再び白い霧に包まれ、風景がぼんやりと霞み始めていた。それでも生命の兆しを求めるかのように、雷鳥の羽音にしばらく耳を澄ませていた。何も聞こえなかった。霧は冷たく地面を這っていく。音のない波のようにやってきては、緩く広がっていく。視界が白く曇り、やがて見上げる晋二の目には、もう何も映らなくなった。
5
一年が過ぎていった。
妻が逝ってから、晋二は寡黙になった。気が向くと一人で近所の山に登ることもあったが、山の空気に触れている間はいいが、降りてくると実に空しい気持ちになった。思い出すのが辛く、夏の立山連峰には一切近寄らなくなった。
子供たちには、それぞれに新しい世界があるようだったが、彼にはなかった。
日々の食事は子供たちと一応交替で作ることになってはいたが、彼らはきちんと定時には帰ってこなかった。娘は何かというとパスタとサラダばかり作るし、買い物の時間がないと言っては、すぐ手軽な冷凍食品になる。帰りの遅い息子はもっと当てにできなかった。
晋二は仕方無く自分で閉店間際のスーパーに寄り、刺身のパックや、枝豆、卵豆腐、煮物の総菜類を買ってきて並べ、ビールと共に夕食を済ませ、後はぼんやりテレビを見て過ごした。残り物は冷蔵庫にしまって、次の朝出してきて、自分の分は暖めてまた食べた。
ある朝のことだった。
筑前煮と漬物で朝御飯を掻き込んでいる晋三に向かって、コーヒーを淹れる手を止め、トーストにジャムを塗りながら、娘の理佳が訊いた。
「お父さん、いつ庭にカモミール植えたの?」
「どれのことだ」
首を回して狭い庭を見た。見慣れない白い小菊らしい花が一隅に固まって咲いている。去年もあそこにあったのだろうか。思い出そうとしたが自信がない。言われるまで花のことは気がつかなかった。
「理佳が自分で植えて忘れてたんじゃないのか。そうか、あれはカモミールというのか」
花の名も碌に知らなかった。明子なら花に詳しいのだった。色んなことを知っていて、時々説明してくれた。
「マーガレットに似ているけれど少し形が違うの。ハーブなのよ。カモミールなら花びらでお茶が作れるかな。今度試してみよう。今まであそこには何もなかったのに。こぼれた種が隣の家から飛んで来たのかしら」
娘の言う花の名前は覚えられない。聞く端から忘れてしまいそうだ。
明子がいたら、庭に湧き出すように咲いたこの白い小菊のような花を見て、さぞ喜んだに違いない。正確に花の名も由来も言うだろう。食卓に飾って楽しむかも知れない。
何となく妻のことが思い出された。妻のいたかつての食卓の情景を思い浮かべながら、晋二は薄く陽が差す庭で揺れている、小さな白い花を眺めていた。
(初出「VIKING」に加筆)