京都新聞 「竹想譜」元執筆者 中井眞耶さんが紀行小説を出版
京都新聞洛西版のエッセー「竹想譜」の執筆メンバーだった、小説家の中井眞耶さん
がこのほど紀行小説集「放浪の町」(中央公論事業出版)を出版した。
「心の中で大切に思っていることを丁寧に書く」というのが、中井さんの執筆スタイル。
作品は自らのインド体験をもとに、旅の中で出会う生と死の境界などを見つめている。
タイトルの「放浪の町」のほか、「風のインディア」「青い曼荼羅」など五編を収めて
いる。
中井さんは今年三月まで長岡京市民だったが、四月から兵庫県に在住している。
中央公論事業出版 「今月の一冊」
ーー北インド・ベナレスを放浪する日本人女性夕美が見つめる「死」と「生」の境界ーー
表題作の「放浪の町」を含む連作五編は、著者の一年半にわたるインド漂泊体験が
ベースにある。それから二十年の熟成期間を経て書き上げられた作品は、風物や庶民
生活の克明な描写に驚かされるばかりでなく、「生」の意味を真正面から問いかけて、
紀行小説の域を超える佳品となった。関西を中心に文筆活動を続ける著者は、歴史小
説の分野にも新たな境地を開きつつある。
大河内昭爾氏 文學界 同人誌評
関西の同人誌「とろっこ」(33号)から「文學界」に推薦した中井眞耶がインド
を舞台の作品集「放浪の町」を表題にした短編集を出した。
神戸新聞 「放浪の町」
孤独な旅を追体験、生のぬくもりを実感。表紙をめくるとそこはインドの町だった。
主人公の夕美と同化し、彼女の旅を追体験しながら読者も旅をする。
夕美はインドを旅していた。同棲相手の直樹の取材旅行に同行していたのだ。しかし
南インドのマドラスで体調を崩し、それ以上旅を続けられなくなった。直樹はカルカッ
タに行きたがっている。どうすればいいかもうわかっていた・・・・一緒に旅を始めてから、
二人の気持ちの余裕はなくなっていた。
夕美は直樹と別れ、一人でインドを旅する。南インドのボンベイでは、救世軍ホステ
ルと呼ばれる安宿に泊まり、各国の旅行者たちと出会い、それぞれの人生の断片を垣間
見る。それはそのまま自身の人生を再考するきっかけとなった。また彼ら以上に夕美に
再考を促したのは、インドに住む人々であった。日本の生活と比較すると決して裕福で
はない暮らしを営む人々の、生を満喫した生きざま。その姿に夕美は、生と死あまりの
近さを思う。
北インドのベナレスで、ガンジス河に身をゆだねた夕美は考えた。
「放浪とは、自分にふさわしい死に場所を捜し求めることであり、ここでなら死ねる、
という安息の場所が見つかるまで、人はインドをさまよい続けるのではなかったか」
誰と一緒にいても孤独を感じてしまう主人公夕美の放浪の旅に同行し、生きることの
孤独を感じながら、それでも生のぬくもりを実感する読後感なのだ。
最終章「揺れる火」の主人公を見て、夕美のその後を思った。
(村上由起 芦屋市男女共同参画センター 通信編集委員)
1 風のインディア
河野多恵子氏評
面白く読めた。作品を読みインドが東洋つまり私のネイティブという感じを本当に
受けた。それは作者に実感があるからではないだろうか。またこの作品は事柄を上手
に配置している。
秋山駿氏評
救世軍ホステルの同室の女性たちなどもうまく書いている。奇をてらっていなくて、
誇張してなくて、抑制しているのがいい。
2 ミッドナイト急行
竹内和夫氏評 神戸新聞
インドを旅する若い女性を、急行列車の殺伐とした空間の中に描き出している。人
ごみで向けられてくる白い目や、一人きりになった車両で男に襲われかける恐怖など、
神経を張りめぐらせている若い女性の孤独感が、高温多湿の車内の熱気そのままの密
度の濃い描写で展開されている。
3 放浪の町 (同人誌上半期優秀作として文學界に転載)
松本道介氏 文學界 同人誌評
ベナレス紀行とも言える作品である。しかし「放浪の町」の夕美はツアーでこの地を
訪れたのではなかった。男性とインドを旅するうちに、二人の間は行き詰まり、途中で
別れて一人旅を続けるうちにこの町に流れてきたのである。今やさすらって生きること
しかできなくなったこの女性は、さすらいの果てに生と死の境界が見えて来ようとも、
安穏な日常生活へ戻ろうとはしない。
主人公がそんな人間になったとき、「紀行文」はおのずと小説になるのではなかろう
か。そして紀行文とはある期間日常を離れて異国の土地を訪れ、何日かあとには予定通
り日常生活に戻れる人の書く文章なのではなかろうか。
4 青い曼荼羅
高城修三氏評 朝日新聞
当てもなくインドを放浪する夕美が、旅の途中で知り合った洋司と共に、パキスタン
との係争地、西ヒマラヤのラダック地方にあるラマ教寺院へ青い曼荼羅を訪ねる。過酷
な自然とそこに住む人間の描写が秀逸だ。
松本徹氏 文學界 同人誌評
対立する国と国、そこに暮らすチベットからの難民の様子が描き込まれ、世界の厳し
さを知らされる。この旅の過酷さはよく描けて、圧倒的なところがある。
イスラム教徒が大半を占める街では、バスに乗っていると、四方から何本となく男の
手が伸びてきて痴漢的行為に及ぼうとする。払いのけても怯まない。街を歩いていても
わざとぶつかってきて、体に触れる男がいる。地味な色の長袖長ズボン姿でもこうだが、
スカーフで頭と肩を包むと、それがぴたりと止んだ。こういう挿話がイスラム教社会の
現実を鋭く伝える。
5 揺れる火 京都新聞インタビューから
書きたいなと勉強し始めたのは二十代だが、集中して書けるようになったのは、ここ
数年のこと。それまでひたすら図書館に通い書きたい思いを溜め込んできた。書けない
エネルギーが蓄積し熟成期間となって結果的によかったと思う。やりたいことは意思と
情熱を持ち続ければ、いくつになっても実現できる。強く願うことは、何かをなすステ
ップになっていく。