「耶馬台」について
2003年 第10回神戸ナビール文学賞受賞作 (とろっこ34号)
あらすじ
倭国の鳥飛(ととび)女王(卑弥呼)の突然の死は謎のまま封印される。祭祀を司る後継の
巫女として、十三歳の臺与(とよ)とその妹が選ばれる。重圧に耐え切れず妹は病死した。
その後、政権交代をめぐって起きた異母兄弟間の抗争の結果、臺与の実兄である豊城王
が追放され、生駒王が政治の実権を握っていく・・・・。卑弥呼の後、祭祀を継承した少女
臺与の物語。
選評から
木辺弘児氏
魏志倭人伝にまつわる説話文学。古代文物に詳細に裏打ちされた描写には目立った破綻
もなく、かかる異界を描き切る厖大な努力と筆力には驚くほかはない。
島京子氏
記紀による神話、伝説、記録などと重ね合わせ、なお豊かな想像力で補いつつ見事に構築
した物語である。邪馬台国を大和とし、その地形自然描写も納得、読む者をたやすく物語
の中に導く。
大塚滋氏
「耶馬台」は異色であり、質、量ともに同人雑誌作品の枠からはみ出た力作である。
倭人伝、日本書紀、古事記などの記事をしごく自由に、強引にないまぜ、古代の薄明の
情感をたたえている。
竹内和夫氏 神戸新聞2002.4.30
卑弥呼の血にまみれた死の謎を解くミステリアスな構成のもとに、その後継者に選ばれ
た臺与という十三歳の巫女の行動や伝聞を通して、先住民族と征服民族との闘いに端を発
した天つ神と国つ神の並立、呪術による政治支配や近親相姦の世界が描かれる。太古の伝
承からは実証的な史実を求めがたい中で、物語を息づかせるのは、長年の研鑽による習俗や、食物、衣服、装飾品など遺物の知識であり、想像力豊かな人物造形と場面描写である
あいまい模糊とした古代史への挑戦としても興味深い一編であろう。
京都新聞インタビューより 2003.6.26
「歴史小説を書くことは、私の中で、遠い時代へ時空を超えて旅をするようなもの。舞台
にした弥生時代は土器や銅鐸など考古学的遺物はたくさんあるが文字はない。魏志倭人伝
や古事記、日本書紀など図書館の古代史の棚を端まで読みあさり、想像を膨らませた。史
料を読みながらそれに寄りかからずに新しい小説空間を作り上げる作業は初めて。ただ中
学まで過ごした八尾市は古墳や古代遺跡も多く、歴史に登場する有名なお寺も遊び場で、
背景が違和感なく入っていた」
「卑弥呼は謎に包まれた人物で、古代のロマンをかき立てる。魅力的だが多くの人が書い
ていて、でき上がったイメージもある。だから視点を変えた。
臺与は十三歳だが、今の十七、八歳の感受性を持っていたと思う。少女から女性になる微
妙な年齢にある女性の目にどういうものが映ったか。奈良県桜井市を歩き、感じ、触れた
ことをベースに、自分の考える『耶馬台国』を作り上げた」
「女性の生き方、かっとうを考えるのが底流にある。特に歴史で取り上げられるのは、男
性の見た時代。一行で書きとめられる政権交代にも男性が血を流し、女性も多くの犠牲を
強いられたドラマがある。男性中心に書かれることに反発はないが、女性独自の視点、男
性が見落としがちな部分を独自の目で書ければ」
「篝火」について (とろっこ36号)
竹内和夫氏 神戸新聞 2004.11.25
「耶馬台」に続く古代史物語である。邪馬台国大和説をとる作者は、前作において卑弥呼
の後継者である薹与(とよ)という巫女の側から征服民族(天つ神)による大和政権の創
世期を描いたが、今回は被征服民族(国つ神)視点から摂津の旧部族、佐保が大和の勢力
に攻略される過程を描いている。
佐保の巫女さほは人質として大和の生駒王のもとにやられ、后となって妊娠するが、やが
て心を寄せる若者の助けを借りて、佐保に逃げ帰る。後を追う大和軍は生まれたばかりの
皇子を奪い、さほは兄の早穂王ら一族とともに焼死する。
古事記、日本書紀は大和朝廷成立後のいわば勝者の歴史書であり、征服された側の記述は
詳しくはない。わずかに「さほびこの反乱」とある数行をもとにして書いたと作者はあと
がきで語っている。
政事と呪術の関係、銅鐸の意味や当時の珠玉や酒造りの技術、習俗、地理関係など、弥生
期の学究史料の精査に裏打ちされて作者の古代への夢は天駆ける。ゆたかな想像力と確か
な描写力をもって壮大な物語を構築した力篇である。