花 折 峠
花 折 峠
比良山系、蓬莱の近くに花折峠という美しい地名がある。日本画家、三橋節子の代表作「花折峠」はここに由来するという。
先日、大津市に行く機会があったので、長柄公園内にある三橋節子美術館を訪ねてみた。
彼女は不幸にもガンで右腕を失ったが、挫けずに左手で創作を続け、二人の子を残して三十五歳の若さで逝った。近江民話による「三井の晩鐘」「余呉の天女」など哀切な作品があり、その生涯は「湖の伝説」(梅原猛著 新潮社)に詳しい。
「花折峠」は百号の大作である。その絵の前に立ってみる。
目を閉じた若い女性が一人川面を流れていく。岸には彼女を救おうとして折れた沢山の草花。対岸には一人の少女がこちらを見ている。この絵の元になったという民話をみてみよう。
むかし二人の花売娘がいて、一人は評判がよく花が売れたが、それを妬んだもう一人が、帰り道で娘を急流に突き落とした。すると岸の野草が皆折れて、娘の命を救ったという。(近江むかし話)
彼女がこの絵を描いたのは死の前年である。迫ってくる別離の時を思いつつ、絵筆を持ったのに違いない。川を流れる女性は、いうまでもなく彼女自身の姿なのだろう。野菊、桔梗、ホタルブクロなどの草花が驚くほどの丁寧さで、リアリティ豊かに描き出されている。心から花を慈しんだ人だったと思われる。
でもよく見ると、どの花も傷つき折れている。若い女性もとても生きているようには見えない。この絵には生命の華やかな輝きと、それに隣り合う突然のむごい死が描かれており、その表現は見る人に深い悲哀を呼び起こす。
藍色の川の向こうに白い道が続き、そこにも一人の少女が佇んでいる。
これは誰であろうか。この少女を悪いほうの娘ととるか、よい娘が再生した姿ととるかは、人によって意見が分かれるところだろうが、私には彼女の長女なずなを表しているように感じられた。
川を流れる女性の顔に向かって、左右から靡く印象的な草が描かれている。右はノリウツギ、左はクサマオという植物で、それぞれ夫と長男草麻生への思いを象徴したものと思われる。
それなら必ずなずなも、この絵の中のどこかに託されているはずである。じっと目を凝らすが、岸の草の中には見つからない。
ふと目を上げると、対岸に佇んで川を見つめる少女の姿が映った。
暗い色調の川は、黄泉の国へと続く時間の流れを暗示し、白い道は生命の溢れる明るい空間を感じさせる。描く人の心は自然に絵ににじみ出る。この少女こそ、現世に残される彼女の分身なずなではないだろうか。
この絵には愛するものへの深い思いが、民話の一場面を借りて、諦念とも祈りともつかない形で描き出されているような気がしてならならない。
(2004・10・13)