宮沢賢治
新編「銀河鉄道の夜」(新潮文庫)
宮沢賢治
新編「銀河鉄道の夜」(新潮文庫)
宮沢賢治は明治二十九年花巻で生まれ、三十七歳で病没。実家は裕福な質店を営み、父親は熱心な浄土真宗門徒であったが、賢治は日蓮の教えに傾倒して国柱会に入信、父親を改宗させようとし、信仰を巡って対立した。
生前には詩集「春と修羅」童話「注文の多い料理店」を自費出版するがほとんど世に知られることはなく、死後になってから草野心平らの尽力で遺稿が刊行されていった。この間のいきさつは「宮沢賢治覚書」(草野心平著 講談社文芸文庫)に詳しい。宮沢賢治の作品は透明で美しい文体を持ち、自然との霊的な交流が描き出され、叙情的であるとともに独特の宗教性も帯びている。「銀河鉄道の夜」を中心に、ほかの作品世界もみていくことにしよう。
「銀河鉄道の夜」は未完の作品なのだそうである。遺稿は書き込みが多くて読みにくい上、通し番号もふられていなかったので、編集の仕方によって、構成や細部が異なる何通りかの「銀河鉄道の夜」が刊行されていたという。その後、編集作業に遺族も加わって慎重かつ徹底的に検討がなされ、現在決定稿として広く読まれているのは、第四次稿とのこと。ちくま文庫版には、本文のほか初期形第一次稿から第二、三次稿(ブルカニロ博士が登場する)も収録されている。賢治は「銀河鉄道の夜」を大切に思っていたらしく、約十年をかけてなお改稿し続けていた。何度も読み返しては推敲を重ねていたのだろう。
「銀河鉄道の夜」 あらすじ
授業で先生から天の川について問われたジョバンニは、正解がわかっているのに答えられず、その様子を見たカンパネルラもわからないふりをする。二人は以前カンパネルラの家で銀河の美しい写真に見入り、答えを知っていた。
授業が終わると、ジョバンニは活版所へ向かい活字を拾って働く。そこでの大人たちは冷淡であった。お金をもらうとジョバンニはパンと角砂糖を買い求め家へと急いだ。
家では母親が病気でふせっていた。母親の牛乳が配達されておらず、ジョバンニは後で取りにゆこうと思う。姉が留守に来たらしくトマトの料理があったので食べ、漁に出てずっと帰らない父親のことや(世間では父親が監獄に入っていると噂されている)学校でからかわれること、カンパネルラのことなどを母親に話した。
牛乳を取りに行くが、手違いがあったらしくてもらえない。川で烏瓜を流す銀河の祭りにゆく同級生のザネリたちに出会い、また父親のことでからかわれて悲しい思いをする。カンパネルラは気の毒そうに黙っていた。ジョバンニはひとり走り出して丘に登っていく。
天気輪の柱が立つ丘の草の上で、ジョバンニは町の灯を見つめ夜空を眺める。「銀河ステーション」という声が聞こえ、白い光に包まれて、気がつくと夜の列車に乗って走り続けていた。カンパネルラも一緒に乗っていた。カンパネルラは青ざめてどこか苦しそうに見え、列車は銀色の空のすすきの原や透き通って光る川を過ぎていった。
北十字を通り、白鳥の停車場で二十分停車する。降りて河原を歩くと、砂は水晶やトパーズなどの宝石でできていた。プリシオン海岸で二人はくるみの化石を拾い、発掘をしている大学士と話をする。列車に戻ろうとすると息も切れず風のように走ることができた。
鳥取りの男が乗り込んでくる。鳥を捕まえて押し葉にしお菓子として売るという。分けてもらったのを食べるとチョコレートよりもおいしかった。男は急に姿を消すと河原で鷺を捕まえ、瞬時にまた列車に戻っていた。
アルビレオの観測所で車掌が来て検札があり、ジョバンニは自分の切符がどこへでも行ける特別なものであることを知る。鳥取りはいつのまにかいなくなっていた。入れ替わりに裸足の男の子(タダシ)とその姉(かおる)、家庭教師の青年が現れる。三人は乗っていた客船が氷山にぶつかって沈んだのだと様子を説明する。列車は信号手が旗を使って渡り鳥を通しているところを過ぎ、河原なでしこの咲く崖を下りていく。双子の星宮を過ぎ、さそり座の赤い火に近づく頃、かおるは父から聞いたさそりの話を語る。ケンタウルの村を過ぎ、天上に至る南十字の駅に着くと、三人は多くの人とともに降りてゆく。降りる前にほんとうの神についての意見がかわされる。ジョバンニとカンパネルラは二人きりになった。
あのさそりのようにみんなの幸せのために力をつくそう、とジョバンニは話しかけ、カンパネルラは同意するものの、天空に広がっている石炭袋(暗黒星雲)に気づいておびえる。ジョバンニが励ますうち、カンパネルラは暗黒星雲の中にきれいな野原とそこに集う人びとを見、あそこがほんとうの天上なんだ、あそこにいるのぼくのお母さんだよ、と叫んだ後、消えてしまった。
ジョバンニは眠っていたらしく、丘の上で目が覚めた。町へ下りて牛乳を受け取り、川を通ると人が集まっており、子どもが落ちたことを聞かされる。川に落ちたザネリを救うため、カンパネルラが飛び込み、ザネリを助けた後、行方不明になっていたのだった。捜索が続く中、カンパネルラの父親はもうあきらめる気持ちになっていた。駆け寄ったジョバンニに父親は礼を言い、ジョバンニの父から便りがあり、船がもう着くころだと教える。ジョバンニは胸がいっぱいになり、早く母に知らせようと河原を走りだすのだった。・・・・
「銀河鉄道の夜」の幻想的な美しさについては、もう改めて語るまでもないであろう。これは散文で書かれた詩のように思われる。ゆっくり味わって読み、その世界に浸るだけで充分であろう。
私事で恐縮であるが、私の子どもがまだ小さかった頃、寝るときにいつも本を読み聞かせていた。手持ちの絵本にも飽きてきたので、あるとき思いついて「銀河鉄道の夜」(ちくま文庫版)を読むことにした。いつもだいたい二ページぐらい進むと子どもは眠ってしまうので、しおりを挟んでおき、続きを次の夜にまた読んでゆくのである。そうやって何日もかけて読んでいたが、ある晩いつになく子どもが集中して聞いているのを感じ、最終章まで一気に読み続けた。本を置いたとき、子どもは静かに泣いていた。
成人した子に訊いてみると、このときのことはよく覚えており、銀河鉄道は今でも好きな作品だという。読んであげてよかったのだと思った。すぐれた作品は、小さな子どもの心にも何かを残してくれたのだろう。
今回は「銀河鉄道の夜」の原型になったといわれている「ひかりの素足」についても少し考えてみたい。方言を用い宗教童話として書かれた作品であるが、銀河鉄道のひな形のような雰囲気を持っている作品である。あらすじをみてみよう。
「ひかりの素足」 あらすじ
山中の炭焼き小屋で働く父親のもとから帰宅する途中、一郎と楢夫の兄弟は吹雪に遭って遭難する。気がつくと二人はたくさんの子どもたちと「うすあかりの国」にいて、鞭をふるう鬼に追い立てられる。一郎は楢夫をかばって痛む足で歩き続けるが、苦しみが極まったとき「にょらいじゅりょうぼん」(法華経の題)とつぶやくと、後光がさしている「まっ白い素足の立派な大きな人」がやってきて、今までおそろしい地獄と見えていた情景が消滅、たちまち美しい浄土世界へと変っていった。その大きな人は、子どもたちに対し、ここには運動場も図書館もお菓子も何でもあるといい、「ぼくたちのお母さんはどっちにいるのだろう」と聞く楢夫にも優しく話しかける。
「今にお前の前のお母さんを見せてあげよう。お前は兄さんと別れてここで学校に入らなければならない」そして一郎には、
「お前はもう一度もとの世界へもどるのだ。お前の国にはここからたくさんの人たちが行っている。よく探してほんとうの道を習え」
とさとすのだった。
気がつくと一郎は、雪の中から村の大人たちの手で助けられていた。楢夫を抱いて雪に埋もれていたのだった。楢夫はすでに冷たくなっていた。・・・・
ここで注目するのは、白い素足の大きな人が、楢夫に向かい「今にお前の前のお母さんを見せてあげよう」と話しかける場面である。楢夫は現世での母親と別れ、彼岸へと旅立ってきたわけだから、寂しい思いをするのはかわいそうだという配慮から、仏様が楢夫の前世のお母さんを見せてあげよう、お前はここで前のお母さんとまたいっしょに暮らせるんだよ、といわれたという風に読める。
「銀河鉄道の夜」の初期形では、「白い素足の大きな人」はセロのような声の「ブルカニロ博士」として登場し、ジョバンニを不思議な天空の旅に導き、さらにジョバンニを現実へと連れ戻し、生き方についても教えさとし、最後には金貨二枚を与えて去っていく人として描かれていた。銀河鉄道の旅そのものが、実は博士の催眠術実験によるものだったという設定になっていたのである。
現在では博士の場面を全部削除した最終稿が、ほとんど決定稿とされ定着している。読者にとってはそのほうが作品をより深く味わえるし、完成度からみてもすぐれていると思うが、初期稿のいろいろな試みは賢治の創作の煩悶と、作品の成立過程を知るうえでは興味深い。
「ひかりの素足」で萌芽をみた仏教風の風土性の強い作品が、話の大まかな枠組みはそのままに「銀河鉄道の夜」へと洋風に装いを変えて発展し、まず初稿が書かれ、何度かの書き直しを経て、幻想と叙情性を帯びた最終稿へと進んでいったのであろう。
次に銀河鉄道の細部についてみていくことにしよう。ジョバンニがひとりで丘に上った場面で、「天気輪の柱」という聞きなれないものが出てくる。これはいったい何であろうか。
・・・・・・・ジョバンニは頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだをつめたい草に投げました。・・・・そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になってしばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。
東北によくある墓地の入口やお寺などに立っているマニ車のついた石柱(あるいは木の柱)という説、太陽柱という光の自然現象説、日時計説、宝塔説、五輪塔説・・など。ここを読んで疑問に思う人は多いらしく、謎の天気輪として諸説あるようだが、またこれという決め手もないらしい。
勝手な想像であるが、個人的には、墓地を象徴するもののように思える。西洋の墓地の入口に立つ石柱(もしそんなものがあるとしたらであるが。東北の墓地にマニ車のついた柱が立っているのなら、西洋の墓地にも何かの柱がありそうだと、賢治は考えたかもしれない)のようなものを思い浮かべてしまう。
物語の舞台地はヨーロッパのどこかで、たぶんイタリアかな、という印象なので、丘の上に十字架の立ち並ぶような墓地があって(作品には墓地の情景はなにも描かれていないが)、普通は夕暮れには子どもが行きたくない場所であろうが、ジョバンニは放課後もカンパネルラと遊べず活版所で働き、朝も新聞を配り、病気の母親の世話もし、祭りの夕べにも級友にいじわるを言われるようなつらい状況だったので、人が避けるような所へふっと足を向けたのではないだろうか。孤立感でいっぱいのこのときのジョバンニは、ほとんど精神的には死に近づいていたのだと思われる。
川で溺れて現実に肉体は死んでしまったが、まだ精神的には生きているカンパネルラと、精神的には死んでいるような状況だが、肉体は生きているジョバンニが、無意識のうちに心で交流し合い、二人でかつて眺めた本の記憶の中での美しい銀河を舞台に、二人で楽しく遊んだ鉄道模型の思い出を重ね、つかのま幻の天空の旅をともにする、そのような物語かと思うのである。
天気輪の柱の丘にある墓地というイメージは、異界への入口にふさわしく思われる。薄明かりの中の十字架のシルエットは、物語の次の場面へと視覚的につながっていくだろう。銀河鉄道は北十字星から南十字星へと空を駈けて壮大な天空の旅をするので、十字架はその隠された暗示でもあるだろうかと、私は勝手な空想にふけるのである。
銀河鉄道の旅の背景に描かれる美しくて寂しい景色は、死後の世界をあますところなく描きつくしていて、読んでいると不思議な感覚にとらわれる。読み手は死を体験したわけでもないのに、深く脳裏に刻まれていて記憶の底で眠っている死後の情景が、目の前に再現されていくように感じられるのである。
ガラスよりも透きとおっていて、ちらちら銀色に光りつつ音もなく流れていく水のない川とか、青白い光に染められた無人の岸辺とか、きれいな花がたくさん咲いている野原とか、重力を感じないで風のように移動することができるとか・・・・かつて臨死体験のある人から聞いたことのあるような情景が、非常に酷似したかたちで文中に出てくる。さまざまな遠い記憶が、読み手の心の奥からも誘い出されてくるような気がする。未知の領域なのに、妙に既視感が起き、納得しながら読み進んでしまうのは、死後の世界の知識に関しては、人はいつとはなしにいろんな機会で折にふれて結構聞き知っているものであるから・・・・だろうか。
それにしてもなぜ主人公はジョバンニ、カンパネルラと外国人なのだろう。氷山に客船がぶつかった、というくだりはタイタニック号とわかるけれども、水死して列車に乗ってくる姉弟が、かおる、タダシとここだけ日本人であるのはまたどうして・・・・この辺りは何かしら不自然で少々違和感を持ってしまう。
「ひかりの素足」があまりに仏教臭が強く古いものに感じられてよくなかったので、賢治は改めてやり直すことにし、今度は一転して舞台地を変え、西洋風の味つけをほどこし、キリスト教の雰囲気もとり入れて、都会的でお洒落な雰囲気の話につくり直してみたかったのだろうか。
銀河鉄道にはいろんな死者が乗り込んでくる。その中でも「鳥取りの男」はどうも気の毒な存在の象徴として登場しているようだ。男は鳥を捕獲して銀河を行き来するだけで、どうも最終的に下りる駅を持たないようなのである。男は現世のときにしていた商売への執着からか、ここに来ても同じことを繰り返して飽きない。周りの人たちに少々蔑まれつつも狭い輪廻の輪からどうしても抜けられない男の人格や行動は、列車の乗客の中ではどこか異質なものとして描かれている。
そしてジョバンニもまた列車の中では、何かしら居心地の悪さや疎外感を持っていたように描かれている。かおるとカンパネルラが親しそうに話すのを妬いてみたり、妙な寂しさを感じたり…。考えてみれば、ジョバンニだけが生者であり、ほかの人たちはみな死者なのであるから、これは当然かもしれない。死者は死者だけに通じる共通の心の回路があり、行くべき死後の世界はもうすぐ間近に来ているのである。ジョバンニだけが特別な切符を持っていたというのは、皆は片道であるが、戻るべき世界を持つジョバンニには、帰りの切符があったということだろう。生と死のあわいで見聞きしたこと、感じたことを、現世の人たちに伝えるという使命を負った、とそういう含みもあるだろうか。
かおるやタダシたちの降りる駅は、彼らの信奉するキリスト教の神のいる天上の駅というふうに設定されている。賛美歌がひびき、大勢の人とともに南十字の駅で三人は降りてゆく。まるで乗客のそれぞれの行き先は、その宗教に応じて決まっているかのようである。
それではカンパネルラの行き先はどこにあるのだろう。名前から推すといかにもキリスト教徒のようであるが。でもかおるたちとともに降りなかったから、キリスト教徒たちの集う天上の国へと向かうのではなかったらしい。もう少し先へと読んでいくと、あるときカンパネルラという西洋風の名前は意味を持たず、作品の中でふっと掻き消えてしまう。石炭袋という暗黒星雲が近づいてきたときである。死の国を目ざすひとりの少年は、こういうのである。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔(あな)だよ。・・・・ああ、あすこの野原はなんてきれいなんだろう。みんな集まっているねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ」
そしてその後、少年は吸い込まれて消えるのである。
カンパネルラの母親は、川で死んだわが子のことを思い、今地上でまさに嘆き悲しんでいるのではなかったのか。それともカンパネルラの生みの母親はすでに亡くなっていて天上におり、今地上にいる母親は継母だったとでもいうのだろうか。想像で補ってそう読めないこともないだろうが、この辺りの描き方は読者にとっては腑に落ちないものがある・・・・。作中ではこのときカンパネルラの母親についての説明はなされていない。
結局カンパネルラが暗黒星雲の中に見た彼の母親とは、誰のことだったのか。その疑問を解く答えは「ひかりの素足」の中にあるだろう。「後光のさす白い大きな人」は死にゆく楢夫に向かってこういったのである。
「今にお前の前のお母さんを見せてあげよう」
前のお母さんとは、仏教的にいえば、前世のときの母親にほかならない。人は前世から現世へ、そしてこの世の生を終えれば、また来世へと向かうのであろうから・・・・。
いかにも西洋ふうにしつらえられていた銀河鉄道、という装置が外れ、カンパネルラという洋風の仮の名も消え、ここではじめて仏教的な世界観がその本質をあらわしてくる。この場面はそれを示しているだろう。
野辺の送りという言葉がある。亡骸を葬る儀式である。遺骸は親族に見送られて土に帰されるが、死者の魂は体を抜けでた後、長い旅をして他界へゆくと考えられている。その孤独な旅に、死者が寂しくないようにと近しい人がつきそい、精神的に寄り添って生者が行けるぎりぎりの所まで見送ってあげるのが、この銀河鉄道の旅である。いわば心の、魂の野辺送りなのであろう。それは死者と生者の間で最後に交わされる魂と魂の交流であり、当事者だけのひそやかな意識の中での出来事である。それを仏教用語でどういうのかは知らない。
賢治が、二歳下の妹トシ(二十五歳で死去)と特別絆が深かったことはよく知られている。「永訣の朝」についてもみてみよう。死にゆく妹を描ききった詩で、心打たれる作品である。
熱の苦しさにあえぐ妹から、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」(雨雪とってきてちょうだい)と頼まれた賢治は、「まがったてっぽうだまのやうに」みぞれの降りしきる庭に飛びだしてゆく。そして長く使ってきたおそろいの藍の模様のついた陶器のお椀、そのお椀に松の枝からとってきた清らかな冷たい雪を入れ、病床の妹に食べさせてあげるのである。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」は花巻の方言で、雨雪とってきてちょうだい、という意味というが、けんじゃ、を賢治兄さん、とする説もあると聞く。どちらがふさわしいのだろう。この言葉は詩の中で四回もくり返され、印象的である。小さい子があどけなく言っているようにも聞こえてくる。二人はきっと幼い頃から仲のよい兄妹だったのだろう。個人的には、賢治兄ちゃん、と子どもっぽい言い方にとるほうが好きであるが。
トシが、今日のうちに自分は死んでしまうのだ、と予感していたかどうかはわからないけれども、心のどこかでは刻々と忍び寄ってくる死を感じていたのだろう。トシは賢治に可愛がられて育った子ども時代に返り、昔こんな口調で何度も兄に色んなことを甘えてねだったように、兄が今できることを頼んであげたのであろう。妹のためにしてやれることはないかと絶えず気づかってくれる兄の優しい気持ちに応えるために・・・・。
そしてそれはまだ意識のある今のうちに「末期の水」を兄の手から頂いて、この世のお別れをしておくことができたら、というひそかで、かすかな悲しい思いへもつながっている。そうした妹の心の動きを、賢治は敏感に感じとっていたのであろう。
「ありがたうけなげなわたくしのいもうとよ」
賢治は切ない思いで感謝とともにそう呼びかける。そしてその死から八ヶ月後たって樺太に旅行したとき、賢治はこんな詩をつくっている。
あいつはこんなさびしい停車場を
たったひとりで通つていったらうか
どこへ行くともわからないその方向を
どの種類の世界へはひるともしれないそのみちを
たったひとりでさびしくあるいて行つたらうか
(青森挽歌より)
もしトシの死がなかったら、「銀河鉄道の夜」は書かれていなかったかもしれない。愛する妹を亡くした深い喪失感、死後もその魂と交流したいと願う強い思いは、詩にもほかの作品にも濃く投影されている。その意味では取り残されるジョバンニは賢治であり、異界へ去っていくカンパネルラは、妹トシの姿に重なっていく。
「雨ニモマケズ」についても少し見ておこう。宮沢賢治といえば、よく教科書にも載っているこの詩が最も有名であろう。でも手帳に残されていたこの詩の最後には、お経が書かれていたそうである。「略式十界曼荼羅」というもので、菩薩や如来の名とともに南無妙法蓮華経というお題目も入っているそうだ。日蓮に深く帰依していた賢治は、自分の死後、法華経を一千部印刷して友人知己に配ってほしいと遺言していたほどで、遺族はむろんそのようにされたことであろう・・・・。
賢治の熱心な法華経信仰のありようが、この「雨ニモマケズ」の詩にも凝縮されているのだと思われるが、でもさすがに教科書にお経を載せるわけにもいかないので、お経を省いた詩が現在では定着しているのだと思われる。
はじめて宮沢賢治を知ったのは「風の又三郎」であった。小学校のときで、学校の図書室での映画鑑賞であった。薄いマントを着てふわふわと宙に浮かぶ又三郎の正体がよくわからず、でも何か心惹かれるものがあったので本を探して読み(よく理解できなかった)、ついでにほかの作品にも目を通してみた。
「注文の多い料理店」では恐怖を感じ、「なめとこ山の熊」は何と悲しい話だろうと思った。ようやく「セロ弾きゴーシュ」に出合ってほのぼのと心が温まり、後に「銀河鉄道の夜」を読むにいたって、悲しい中にも崇高なものが感じられ、忘れられない作品となった。
小学生のとき、大阪四ツ橋にあった旧大阪電気科学館で、はじめてプラネタリウムを見た。天球が青い色に染まり無数の星がまたたきはじめる、そういう星空の美しさにすっかり魅了されてしまった。銀河鉄道の旅をそこに重ねていたのだと思う。夜空を眺めるのはもともと好きであったが、以後プラネタリウムも好きになった。
今でもたまに行くことがあるが、最近のプラネタリウムはコンピュータを駆使した派手な映像が多く、色々組み合わせて面白く工夫されているのはわかるけれども、個人的にはやはり昔見た、生解説つきで投影され淡々と時が流れていくようなあの映写方法が懐かしい。
先日平泉を訪れた際、金色堂の近くで宮沢賢治の詩碑を見かけた。一瞬「雨ニモマケズ」かな、と思ったのだが違っていて、それは「中尊寺」と題した文語詩であった。
七重の舎利の小塔に
蓋なすや緑の燐光
大盗は銀のかたびら
をろがむとまづ膝だてば
赭のまなこたゞつぶらにて
もろの?映えかゞやけり
手触れ得ね舎利の宝塔
大盗は禮して没(き)ゆる
銀のかたびらを着た盗賊が、仏様かあるいは宝物か、またはそれ以上のものを盗もうとして金色堂にやって来て、まずご本尊を拝んだのだが、あまりの威厳に打たれ、手を触れることができず、一礼して立ち去った、というような意味であるという。大盗は源頼朝を指すといわれているが、またそのほかの人物や権威を指すともいわれており、色々な解釈ができるそうである。
仏様の威光をたたえる詩であるが、詩の最終稿では、手触れ得ね舎利の宝塔、の部分は、手触れ得ね十字の燐光、と変えられているそうである。盗賊が宝物を奪おうと手を近づけると、それは青白い燐光を発したので、盗賊はおそれおののき触れることができず、礼をしてそこからしりぞいた、というようなことであろうか。
詩碑は少し奧の目立たない場所の木立の中にあった。賢治のこの詩を読むと、中央から簒奪され続けた東北の風土や歴史について何かを考えさせられる。詩に託されたその思いに触れつつ、またいつか「春と修羅」や「風の又三郎」を改めて読み直してみようと思うのだった。