白山 登山
白山 登山
今年の五月に起きた土石流によって、流失してしまった加賀白山の吊り橋が、新しく架け替えられ、このほど開通したというニュースがテレビで流れていた。
登山道の入口の新しい吊り橋は、全長一〇〇メートルを超す長い橋である。標高一二〇〇メートルを超す高所にかけられた国内の吊り橋では、最大級だという。懐かしい思いでそれを眺めた。
一昨年の夏に夫と白山に登った。白峰村から入り、山頂近くの室堂の小屋で一泊し、翌朝ピークを踏んで下山という、標準的なコースであった。
別当出合でバスを降りて吊り橋を渡ると、そこからが山道である。登山道は特に険しいということはないのだが、笹の多い、歩いていて実に長く感じられる道であった。
その日は雲の流れが速く、室堂の小屋に着いたときには雨になっていた。
古びた小屋はひどく混んでいて、もうこれ以上は限界、というところまで詰め込まれた。畳一帖分の幅に二人という感じである。隣の見知らぬ男の人とほとんど背中をくっつけ合って寝るので、互いに身動きにも気を遣い、窮屈なことこの上ない。布団は黴びていて臭うし、トイレも遠くまで傘を差して行かねばならない。
過去に泊まった山小屋を色々思い浮かべるが、その中でも、ここはワーストランキングの上位に入るだろうと思う。激しく屋根と窓を叩く雨の音を聞きつつ眠る。
翌朝、雨は上がった。朝のすがすがしい山の冷気に触れていると、次第に身も心も引き締まってくる。
池を巡りながら、頂上を目指すことになった。左側の遠回りの道である。
斜面には黄色いハクサンイチゲ、ピンクのハクサンフウロ、珍しいクロユリなどが色とりどりに咲き揃い、風に揺れている。可憐な様子に思わず立ち止まって眺めていく。
頂上に近づくにつれ、緑は遠のき、風景が変わっていくのがわかった。時々白い霧が目の前を流れていく。霧が通った後は髪の毛も服も湿って冷たく感じられる。
全く生命の感じられない、荒涼とした千蛇ケ池を通り過ぎ、更に進むと、奇妙な形の巨石群が目の前に現れた。
白山が火山活動をしていたころ、火口から飛んできた溶岩が、そのまま冷え固まったものだ。火砕流堆積物らしいものもある。荒々しい剥き出しの岩塊を見ていると、噴火の折のエネルギーのすさまじさがしのばれる。
冷たい風が吹きつけてくる中で、大小の火口湖を順に見て回った。
翠ガ池、血ノ池、紺屋ガ池、油ガ池。それぞれの池水の色の連想から名づけられたものと思うが、まるで地獄巡りである。
緑の絵の具を溶いたような池。赤っぽく染まった池、沈んだ青色や焼けたような茶色の池、とどの水の面も不思議な色をたたえて静まっていた。
翠ガ池のふちに降りてたたずむ。一切の生物を寄せ付けない死の湖なのだが、そう思ってはいても周囲に広がる静寂の中、その深い美しい薄緑の色合いに心が引き寄せられて、覗き込んでしまう。水の面は生と死を分ける境界であろうか。つい魅せられて、水の輝きにいっとき気持ちを奪われる。この世のものではない緑の鏡のようだった。
裏側から急坂をジグザグに登って頂上に立った。標高は二七〇二メートル。あおられるような強風で帽子が飛びそうになる。そこに立っているのがやっとである。
剣岳、立山、槍ヶ岳、御岳、乗鞍と、四方に広がる雄大な山岳風景をしばらく見つめる。パノラマのような眺望、という言い方も陳腐な表現だが、まさにその通りで、さえぎるもののない積み上がった岩の上、ピークに立つ開放感と、このような高所にいる怖れにも似た気持ちが混ざり合い、言葉にならない思いで峰々を眺めていく。
下山し始めた。下りは楽なはずである。ところが全体の三分の二ほど下った頃から、次第に頭がぼうっとなってきた。足元に力が入らず、空を踏んで歩いているというか、自分が自分でないような、変な気分なのである。
水場があったので小休止したが、再び歩き出すとさらに悪くなっていて、一足ごとに体が重く、大げさに言うと朦朧としてきた。
これはいけないと思った。きっと疲労のせいだ。昨晩よく眠れなかったのと、早朝からの池巡りで消耗したらしい。
リュックを開けて何か甘いものを探す。レーズンとピーナツ、飴が出てきた。
ふと「ヒダル神」のことが頭に浮かんだ。山で急にこういう状態になることを、昔の人は「ヒダル神に取り憑かれる」といったそうである。普通の疲労とも飢餓とも違う妙な具合なのだそうである。ひだるいとはひもじいという意味で、直ちに何か食べるとよいのである。一説によると、ひだる神とは山で修行中に命を落とした修験者や、行き倒れた旅人などの霊を指すそうである。
このことを思い出したので、ヒダルの神様にも、と近くの熊笹の茂みにレーズンとピーナツを撒き、ついでにお水も一杯供えて、自分も食べ物を口にしつつ、回復を祈る。
休憩を取り色々食べ終わると、なんと気分がしゃんとしてきた。時計を見ると、最終バスの時間にぎりぎりである。
急いで山道を降り始める。さっきまでのあのどうしようもないしんどさはもう消えていた。
ひたすら、何も考えずに駆け下っていく。途中でやはり急いでいる中高年登山者のグループの人たちと一緒になって、励ましの言葉を交わし合いながら、最後は祈るような思いで揺れる吊り橋を渡った。夫が一足先に走ってバスに向かって手を振り、待っていてくれるようにと合図した。吊り橋から下を見ると流れが渦巻いていて足がすくむので、前方をまっすぐに見ながら急ぐ。
心配していた最終バスには全員間に合った。焦って吊り橋を渡る私たちの姿を遠くに見て、親切な運転手さんは発車を待っていてくれたのだった。