ラフカディオ・ハーン
「怪談」「骨董」(岩波文庫)
ラフカディオ・ハーン
「怪談」「骨董」(岩波文庫)
中学生のとき、英文でハーン「怪談」に出会った。教科書に載っていたのではなく先生が英文の「むじな」をプリントで配り、それを和訳するのが宿題になったのである。
「むじな」は夜道を歩く男が、泣いている若い女に会い、女の顔を見ると目鼻がなかったので、男は驚いて逃げ出した。蕎麦屋にその話をすると、顔を上げた男も卵のような顔をした、のっぺらぼうのお化けだった・・・・という話である。
辞書を引きつつ、新鮮な思いで初めて触れたハーンの世界が懐かしく、今回読み直してみることにした。
「怪談」
「怪談」は短編集である。全部で十七のおどろおどろしい話が収められている。どこかで聞いたことのあるような話も多い。読んでみると教材には使いにくいものも混じっているようだ。
「食人鬼」「かけひき」「ろくろ首」ではあまりに題材が怪奇だし、「雪おんな」「耳なし芳一」「青柳ものがたり」は話としては面白いのだが、中学生には少々長い。文章が短く難しい単語も少ない「むじな」が、その頃の私たちの英語力にちょうど見合う、と先生が考えて選択されたのだろう。
ラフカディオ・ハーン(ヘルン)の年譜を見てみよう。父はアイルランド人の軍医、母はギリシャ人とある。父の赴任地のギリシャで父母は結ばれたようである。ハーンは少年時ダブリンで暮らすが、生母との別離、父の再婚などで、父方の親戚に引き取られて養育される。縄跳びのロープが当たり、片方の目の視力を失うという不運な出来事にも遭っている。青年期は変転、屈折の多い波乱の人生であったようだ。
経済的にも不遇となり、十九歳のときヨーロッパを離れてアメリカに渡る。印刷所で働くうちに、やがて文才を認められて新聞記者になった。女性と暮らした一時期もあったようだが、うまくいかなかったようである。でも仕事面では次第に進展し、カリブ海の仏領西インド諸島の滞在記などでも知られる紀行作家になっていった。
当初日本紀行を書く目的で、四十歳近いときに来日した。紹介者があって松江、熊本で英語教師をする傍ら、紀行文やエッセーを執筆、また心惹かれた日本の昔話などをもとに、多くの作品を書いていった。
松江では士族の娘である小泉セツと結婚し、以後は夫人の助けも借りて多くの昔話、奇談、妖怪談などの書物、民話、民間伝承などを収集し、それが創作の糧となっていった。日本の風土に深く根を下ろした作風で、原作の持ち味を生かしながら、独自の叙情的な作品世界を創り上げていったといわれる。
作品は、日本では一連の怪談を中心とする短篇群が有名であるが、紀行、エッセー、評論と多彩で、その著作は英米で順次出版されていった。長男の誕生後、ハーンは熊本から神戸に移って新聞社に勤務、この頃に日本に帰化して、小泉八雲となった。
その後、東京に出て帝大講師となるがやがて離職、著作に専念する一方、早稲田大の講師も務めたが、明治三十七年に五十四歳で亡くなった。
以前のことになるが、松江を旅したとき、松江城の掘割の周辺を散策したことがあった。ハーンの旧居はすぐ近くにある。ハーンもきっとこの辺りをよく散歩したのだろうと思いつつ、お城や松並木を眺めた。
見回すと静かで緑が多く、町並みがしっとりと落ち着いている。通りすがりの旅人の目にも、古い日本の持つ良さが伝わって来るのである。住んでみれば、その思いは更に強まったであろう。このような雰囲気の場所に暮らして、ハーンの日本を見つめる目は深まり、一連の作品が生み出されていく土壌にもなったのだと、納得がいった。
ハーンの作品群の中には、私たちにとって馴染み深い話が多い。中でも「耳なし芳一のはなし」は最も知られたものではないだろうか。
寺から連れ出されて、平家物語を語る盲目の琵琶法師、墓場で聞き入る平家の亡霊たち、難を避けるために芳一の全身に書き込まれる経文、やがて訪れるこの世の外の恐ろしいものの気配、そして経文が書き忘れられたためにちぎり取られる耳・・・・。
いつ知ったと聞かれても困るぐらい、もう小学生の頃にはこの話を知っていた。それはやはりハーンがこのように分かりやすくイマジネーション豊かな作品にして、残してくれていたからだと思う。「耳なし芳一」といえばハーン、ハーンといえばこれというぐらい、凄みがあって印象的な作品なのである。
「雪おんな」のほうも有名な伝承で、これは各地にきっと類似のものが多くあると思われる。
例えば黒沢明の「夢」という映画の中でも、雪の山中で遭難した男に近づいて命を取ろうとする、白い幽霊のような女の姿が描かれていた。何も説明がなくても、映像を見ていれば、それが伝説や民話に出てくる「雪女」のことだと見当がつくのである。
映画の中の雪女は、人間にそっと近寄り、冷たい死の息を吹きかけようとし、やがて風とともにぱっと空に消えてしまったが、ハーンの作品の中で描かれる冷たく美しい色白の女のイメージは、異郷から来た女の持つ怖さと情念の深さ、そして悲しみに満ちている。
ハーンの描く雪女は、吹雪の夜に小屋を訪れて、中で休んでいた老人の命を取る。そして若者も取り殺そうとするが、思い直し、決して自分のことを口外しないと若者に約束させて姿を消した。後に旅の娘の姿になって村に現れ、若者の妻となって暮らす雪女は、約束を破って、ふと吹雪の夜のことを語る夫を激しくなじりつつ、子供を置いたまま、自身は霧になって消えていくのである。
異世界から訪れる平家の亡霊も、人間でない雪女も、ともに彼らはこの世の外の住人である。そして普段は両方の世界の通路は閉じられている。常人には超えることはできず、自由に行き来もできない。けれども普通は越えられないその境界を、彼らはある条件の下に、ふっと越えてこの世にやってくる。
その扉の通路を開くのは、「耳なし芳一」の場合は、芳一が夜の縁先で奏でる力強く美しい琵琶の音色であるし、「雪おんな」の場合は吹雪の夜に、向こう側の世界から吹きつける激しい風である。
夜の静寂に流れる空気を切り裂くような琵琶の響きが、ある瞬間、結界を押し開いて亡霊をこちら側の世界に呼び込み、雪交じりの夜の嵐の、とりわけ強い一陣の風に乗って、異界のものがこの世に運ばれてくるのである。人の世と異界を隔てる壁、結界を越える何ものかの力がそこに確かにあり、それが妙なる音の調べであり、また吹雪の夜の風であるというのは、読んでいて何か心が震えてくるような思いがする。
「骨董」
「骨董」にも霊の話は九編集められている。
背負った赤ん坊の首がちぎり取られる「幽霊滝の伝説」をはじめ、雇い主の妻の妬みが奉公人に取りつく「生霊」など、どれも霊魂にまつわる薄気味の悪い話である。これら色とりどりに並べられた怪談話は、古い種本を素材に、それでも可能な限りの近代小説的手法を尽くして、上手く作り直してあると思うが、もとの話がグロテスクであるだけに、作品としての質はそう高められていない。
「怪談」のほうを先に読み、その後でこちらを読むと、尚更そのように思ってしまう。一つ二つならともかく、怪奇趣向のものが束になって寄せ集められてみると、幽霊話はどうしても人の恐怖心に訴えかけるだけの底の浅いものにみえてきて、興趣が薄まっていくのである。ここでは怪談話は措き、別のものをみてみることにしよう。
「或る女の日記」は巻末解説によると、偶然入手した故人の日記をセツ夫人が解読し、ハーンの手で作品化されたもののようである。
明治の庶民の一女性の結婚生活、次々と乳幼児を病気で亡くしていくその悲嘆の日々が、淡々と日々の情景と共に詳細に語られ、あるところでぷつんと途切れて唐突に終わっている。
小説的な工夫がなされてそうなったとは思われない。ありのままの生活の形が手記のかたちで開示され、読者の前に素朴に提示されていく。日記という形式なので、リアル感は十分に伝わってくる。作品中の主人公の女性は、二十九歳のとき、並木という勤め人と九月二十七日に見合いをし、その場で決意して、次の日にはもう夫の家で簡素な式を挙げるのであるが、そのくだりを少し引用してみよう。
・・・・お仲人が仰った。
「ではさういふことでしたら、お式はいつがおよろしいでしょうか」
並木氏がお答えになった。
「あしたはわたくし家におりますが、なんでしたら却って十月朔日の方がよろしいでせう」
すると岡田氏がすぐと仰った。
「並木さんは夜勤でお留守だとお家がご心配だから、いつそのこと明日の方がよかないかなーーどうでせう」
わたしは初めあんまりそれでは早急すぎると思つたが、考えて見ると明日は大安日であつた。それでわたしは委細を承知して家へかへつた・・・・。
こんなにあっさりと人生の大事を決めてしまうことに驚いてしまう。ほとんど一瞬のうちにしかも自分で決断しているのだ。巻末解説によると、この日記の入手のいきさつは、小泉家の奉公人であった人が、ある家に後妻にゆき、婚家先の針箱にあった先妻の日記を小泉夫人にもたらしたのだという。小泉夫人は後に自著「思い出の記」で、このように記している。
・・・・「或る女の日記」の主人はただヘルンと私が知っているだけでございます。二人で秘密を守ると約束しました。それから、この人の墓に花や香を持って二人で参詣しました・・・・。
個人の日記を勝手に借用したことを申し訳なく思い、その女性の墓に詣で、夫婦で詫びたというのである。小泉夫妻はそれまでに数多くの怪談を読んできたので、霊の存在を気にかけて、死者に礼を尽くしておこうと思い、そうしたのかもしれない。律儀で丁寧な人たちである。
次にハーンのエッセーの中から「草雲雀」という作品をみてみよう。
クサヒバリはこおろぎの一種で、当時は市場などで、一匹十二銭で売られていたという。鳴き声を聞いて楽しむのである。
ハーンはクサヒバリを買ってきて、その音色を愛でていた。部屋を暖かくしていたので、虫は十一月の末まで歌っていた。虫好きの書生がいつも餌を与えていたが、一週間ほど帰省するというので、女中がクサヒバリの世話をすることになった。ところが女中は餌をやるのを忘れてしまったのである。本文を引用してみよう。
・・・・わたしは机に向かっていると、いつにない妙な感じを覚えた。何か部屋の中が空虚な感じがしたのである。そのうちにふとわたしは内のクサヒバリがいつになく黙り込んでいるのに気がついた。ひつそりしているその篭のそばへ行ってみると、クサヒバリは、石のように白ちゃけて固くこんこちに乾からびた胡瓜のそばに冷たくなって死んでいた。たしかに三、四日ものを食べなかつたのである。そのくせ、死ぬつい前の晩には、あんなに驚くほどの声を出して歌っていたのに・・・・静寂がわたしを責める・・・・わたしの頭がしきりと夢ばかり織りなすことに向けられていた間に、この小さな生きもの物は来る日も来る夜も食に飢え水に渇していたのかと思ふと・・・・しかもその最期たるや見るも惨めな最期であつた・・・・。
クサヒバリは餌がなくなって死ぬ最後の晩に、とりわけ美しく鳴いたのに違いない。死期が近づいたことを知った小さな命の絶唱を、それをただ美しいと思って聞いていた自分、自分が書き綴る文章のみを考え、想念の世界に遊んでいて、飢えに苦しむ虫の悲哀を感じ取れなかった自分を、ハーンは心の内で一人悔いるのである。虫は自分の肢を食べて死んでいたという。
同じくエッセーの中からもう一編取り上げてみよう。「病理上のこと」では、子どもを失った飼い猫のタマが、眠っているときの様子を観察して、このように描いている。
・・・・その声は猫が仔猫に呼びかける時だけに限って出す声で、にやあと震えるようにやさしい・・・・タマは自分の子どもの死んだことははつきりとおぼえていない。子どもはあるはずだといふことだけ知つている・・・・わたくしにも押入れだの戸棚だのを、もう仔猫は家にいないといふことを見せてやるために、何遍となく開けさせたが、そのうちにとうとう、もうこれ以上探しても駄目だといふことがやつと自分にも納得がついてきた。そのかはり、タマは今では夢の中で自分の子どもと戯れている。それであんなにやさしい声を出すのである。タマはその夢の中で、子どものためにいろんな小さなまぼろしを捕まえてやるのだ・・・・。
小さな一匹の虫、飼っている猫、この世に在る生命に対して、分け隔てなく豊かな愛情を注いでいるのがわかる。母猫が子どもを亡くした喪失の深さを思い、その哀しみを共有しているのである。これらの文章は何も説明を要しないだろう。味わって読むだけで充分である。
2004年は、ハーン没後100年であった。ハーンの著作、その生涯、文学的軌跡についての研究書なども既に多く出ており、さまざまな角度から、その業績や人となりが現在も分析され続け、論じられている。
図書館の棚で見つけた「旅する帽子」(ロジャー・パルバース著 講談社)を読んでみた。サブタイトルは「小説ラフカディオ・ハーン」となっており、フィクションとしてハーンを描く試みであった。着想は面白く、表現方法もユニークで、自分の感じたままに、創り出したハーン像を動かしている。
これはハーンと同様に、世界漂泊を続けて日本に漂着し、滞在している作家が、自身の日本体験の幾つかをだぶらせながら、ハーンのした内面の旅をなぞる作品である。松江、神戸、東京と三章に分けられている。古い日本の面影を愛したハーン像、そのイメージを、漂流外国人である自分の目で、新たに捉え直してみたいという意図もあったことだろう。欧米に真の魂の居場所を見出せず、それを求めて東洋の果ての国にまで漂ってくるしかなかった、屈折するさすらい人の心理、その内面の陰影の記述に力を入れている。
作品は、ハーンが作者に憑依して語っているというよりも、作者がハーンの仮面を借りて、内的葛藤を読者に向かってひたすら語り続けようとしているかの感がある。どこに属するでもなく、今いるところも常に仮の住処でしかない、と感じられるような漂泊者の心の底にある不安定さ、安定や定住を望みながらも、一方ではそれに寄りかかることをどこかで否定しようとする、もう一人の自分の影から逃れられないのである。
やや書き手自身の自画像的部分が反映され過ぎ、ハーンよりも自分を書きたいとはやる思いが、過剰に文中に出ているのが惜しまれると思うものの、ハーンを考える上で興味ある作品であった。
最後にセツ夫人自身による回想「思い出の記」の中から引用しておこう。
・・・・「怪談の書物は私の宝です」と云っていました。私は古本屋をそれからそれへと大分探しました。寂しそうな夜、ランプの芯を下げて怪談を致しました・・・・私が昔話をハーンに致しますときには、いつも始めるその話の筋を大体申します。面白いとなるとその筋を書いて置きます。それから委しく話せと申します。それから幾度となく話させます。私が本を見ながら話しますと、「本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければ、いけません」・・・・その声はどんなでしょう。履物の音は何とあなたに響きますか。その夜はどんなでしたろう。私はこう思います。あなたはどうです。などと本にないことまでいろいろ相談致します。二人の様子を外から見ましたら、全く発狂者のようでしたろうと思われます・・・・。
セツ夫人の文章も妙に説得力があって、記憶を辿って当時を再現してみせる力が感じられる。ハーンはこうしたひたむきな女性の持つパワーに支えられ、美しく怖く、面白い作品世界を構築していったのだろう。まず耳で聞いてイメージをつかみ、聞き取った話を咀嚼し、自分の表現で再現し直す。そこには難しい語彙は一つもなく、難解な言い回しもない。
小さな物語の中に息づいている、生き生きとした人や霊の織り成す超自然の世界は、あるときは彼を少年の日に連れ戻し、魅了したことだろう。妻が物語ってくれる異国の未知の話を聞き、書きとめることが喜びであり、新鮮な驚きであり、再発見でもあったろう。一度ハーンの心を潜り抜けてから、繰り出されてくるあの不思議な文章や言葉、それらが発する一種独特の奇妙な力は、百年の時を経ても色褪せず、衰えることなく、今も確かな手ごたえでもって読み手の心に届く。