葛 城 古 道
葛 城 古 道
西の山の辺の道ともいわれている、葛城古道を歩いてみた。
近鉄御所駅で降り、西へ進むと櫛羅(くじら)というところに出る。櫛羅から風の森峠の辺りまでが、葛城古道と呼ばれている散策コースである。葛城金剛の山麓を歩くその道筋には、多くの寺社や遺跡が点在している。
雑草が花をつけている畦道を、南へ向かって歩き始めた。細い道を抜けていくと、九品寺がある。
境内にある千体石仏を見て、さらに古道を進み、一休みして大和三山を眺めた。葛城の野は緩やかに広がり、のどかな田園風景の中に、畝傍、香具山、耳成の三山が遠望できる。
やがて、大きな銀杏の木が目を引く一言主(ひとことぬし)神社に着いた。善も悪も一言で言い放つといわれる葛城山の神が祀られており、境内には蜘蛛(くも)塚という古い塚もある。 古事記には、葛城の神に関して、こんな逸話が載っている。
雄略天皇が葛城山で狩をしたとき、天皇や一行とそっくりの青摺りの衣を着た不思議な人たちが、山中に現れた。問いかけると木霊のように同じ声が返り、矢をつがえると向こうも同じ動作をする。
相手が人ではなく、神霊だとわかって、天皇は太刀や弓矢、自分たちの青摺りの衣を脱いで差し出すと、神はそれらを受け取り、一行を山麓まで見送ってくれた。
また日本書紀では、その日葛城山に入った雄略天皇と一言主神は、山中で一緒に鹿を追い、日暮れまで狩を楽しんだとある。
やがて極楽寺を過ぎ、高天原(たかまがはら)へと通じる急坂を上っていった。その道は見つけにくく、木々が重なり合って薄暗い。
このまま異世界へ入って行きそうな不安にとらわれる山道だが、登り切るとふっと視界が開け、広々とした橋本院の庭に出ていた。
寺院の庭を抜けて歩いていくと、山上には緑の田畑が波打つように続く、別天地のような村が開けていた。ここが神話の高天原といわれる地域で、かなり広い空間である。山を背にして、高天彦神社がある。鶯宿梅という古木の東側の林の中に分け入ると、蜘蛛窟と呼ばれる古い塚があった。
土蜘蛛とは、大和朝廷に従わなかった先住民族を指す言葉で、その人たちを葬ったものという。一言主神社の境内にも、蜘蛛塚があった。古代にこの葛城山麓で、初期大和朝廷軍との壮絶な戦いがあり、滅ぼされた一族があったことを、この二つの塚は示している。
彼らの元の名は記されず、木立の下にひっそりと、蜘蛛の名で呼ばれる簡素な塚だけがある。
(2006.9.27)