はじめに
少々驚きに近いが、コケ植物の三群(蘚類・苔類・ツノゴケ類)の系統が確定したのは、ついこの間の2018年の事だった。それまでは、形態・化石・DNA分析の各方面から、色々な説が出されていた。そして、概ね、コケ植物は単系統ではなく、苔類が最初に分化し、ツノゴケ類が現生陸上植物に最も近いとされていた。塩基配列を用いた系統推定でも、苔類が一番基部に位置するという結果が出ていた。
所が、陸上植物は分類群によって、AT-GCの割合が異なるため、塩基配列に基づく系統推定では誤った結果が出ると分かった。2014年に、アミノ酸による分析の結果が発表され、従来の説が一転した。ツノゴケ類が基部で分離し、蘚類と苔類が姉妹群を作る単系統と分かった。2018年に至って、ブリストル大学のグループによって、コケ植物の系統が最終的に確定された。
尚、各類の数についても、諸説ある。例えば、Theodor Cole. 2022によれば、ツノゴケ類200種、苔類5,000種、蘚類13,000種。
「基本のき」と言える系統樹が確定したのが、こんなに最近だった。それでは、コケ植物は地球上の全生命体の中で、一体どこに位置するのか、もう一度自分の頭の中で整理しておいた方が良いのではなかろうかと感じた。生物の発生から、順に辿ってみよう。資料に基づいて、考えて見よう。
所が、改めて調べて見ると、上記の成果を反映した書籍の少なさに、再び驚かされた。個別の論文を読んで行くのは、均茶庵の能力を遙かに越えている。結果として、殆どを、長谷部(2020)に頼ることになった。
尚、文章篇は系統樹を僅かに補足しただけであるため、添付の系統樹と表を中心に見て頂きたい。表現は、出来るだけアルファベットを使った。
1.原核生物 Prokaryota
DNAが細胞内にむきだしになっている生物を指す。真正細菌Bacteriaから古細菌Archaeaが分化し、その後真核生物に発展した。
1.1 真正細菌 Bacteria
大腸菌、コレラ菌、シアノバクテリア(藍藻)などが属する。クロロフィルaを持つシアノバクテリアは、光合成により、地球上の酸素を作り出した。その酸素が、大気を生み出し、更には、鉄イオンと結合して、オーストラリアなどの巨大な鉄鉱床を作り上げた。地球生物の生みの親と言える。
1.2 古細菌 Arcaea
メタン細菌・耐熱性細菌・耐強酸性細菌など、温泉・海底の熱水孔の極限環境に生育している。細胞の中に核を持つ真核生物は、この古細菌から分れた。
2.真核生物 Eukaryota
DNAが核膜で包まれている。真核生物は、分子系統解析により、AmorpheaとDiaphoretickesに分類される。名称は、2012年に正式に採用された。一方、鞭毛に着目した分類では、前者をMonokonta後者をBikontaと呼んでいる。一部例外的に、鞭毛を持たないグループもある。
3.Monokonta
一本の鞭毛を持つ仲間を指す。OpisthokontaとAmeboaに分類される。葉緑体をもたず、従属栄養生物となる。
3.1 Opisthokonta
人間の精子のように、鞭毛が後方についている。人間も含んだ動物や真菌類(カビ、キノコ)が含まれる。
3.2 Amebozoa
アメーバ類や粘菌類が属する。体全体が仮足として機能する。
4.Bikonta
二本の鞭毛を持つ仲間を指す。(Rhodophytaは、鞭毛を持たない。)6つの分類群に分れる。真核生物の発生後、シアノバクテリアとαプロテオバクテリアが共生した。前者が葉緑体の、後者がミトコンドリアの元になったとされる。一次・二次共生により、真核生物が光合成を行うようになった。ここから、植物の世界が始まる。高校の生物教科書から、共生の簡単な説明表を添付した。
注)植物とは、自立栄養を行う(光合成を行う)生物を指す。
緑色植物とは、緑藻類Chlorophyta以上を指す。(クロロフィルa/bを持つ)
陸上植物とは、コケ植物、シダ植物、種子植物を指す。
4.1 SARスーパーグループ
Stramenopiles, Albeolata, RhizariaをまとめてSARと呼ぶ。紅色植物または緑色植物との二次共生している。
4.1.1 Stramenopiles
黄色生物(褐藻・珪藻など)が含まれる。褐藻には、昆布・ワカメなどが属する。紅色植物との二次共生。
4.1.2 Albeolata
渦鞭毛藻や夜光虫などが含まれる。リボン状に波打つ鞭毛を持つ。鎧板でがっしりと体が守られた種もある。紅色植物との二次共生。ヒストンH1を欠く。
強毒性の渦鞭毛藻フィエステリア(Pfiesteria piscicida)は、ごく微量で人の神経系に影響を与え、呼吸困難や記憶障害を引き起こす。均茶庵が5年間暮らした米国ノースカロライナ州で発見された。均茶庵は、カヤックが大好きでNC州の川・湖・海を漕ぎまくった。最近頭がぼんやりとしているのは、この時の後遺症かもしれない。ご興味ある方は、Rodney Barkerの「川が死で満ちるとき 環境汚染が生んだ猛毒プランクトン」(草思社. 1998)を読んで下さい。
4.1.3 Rhizaria
糸状や網状の仮足を持つ。有孔虫・放散虫などを含む。緑色植物との二次共生。
4.2 Hacrobia
ハプト藻Haptophyta・クリプト藻 Cryptophytaをまとめて呼ぶ。紅色植物との二次共生。クリプト藻は、円石藻とよばれ、表面が丸い石で覆われた藻類が典型となっている。
2009年に、岡本によって提唱された。SARに含める説もある。
4.3 Excabata
ユーグレナ(ミドリムシ類)、トリコモナスなど雑多な種類を含む多系統群となる。2~4あるいは、それ以上の鞭毛を持つ。基本的には、従属栄養生物だが、ユーグレナ類は、緑藻類との二次共生により、自立栄養となる。
4.4 Arcaeplastida (Primoplantae)
緑色植物、紅藻、灰色藻が含まれる。シアノバクテリアとの一次共生。陸上植物は、ここから発展した。
4.4.1 Rhodophyta
紅藻(ノリ・テングサなど)。鞭毛を持たない。
4.4.2 Glaucophyta
灰色藻。シアネレ(原始的な葉緑体)を持つ
4.4.3 Viridiplantae
緑色植物。緑藻ChlorophytaとStreptophytaが含まれる。
詳しい系統樹については、重くなるので、リンクの陸上植物系統樹2020を参照 頂きたい。
クロロフィルa/bを持つ酸素発生型光化学生物の内、ユーグレナ植物とクロララクニオン植物を除いたもの。
下記の特徴を持つ
①二重膜だけに包まれた葉緑体
②葉緑体内部に澱粉を蓄積
③クリステは板状
④遊泳細胞は、鞭毛移行部に星状構造を持つ
4.4.3.1 Chlorophyta
クロレラ、ボルボクス、クラミドモナスなどが含まれる。Streptophytaに対して、下記のような特徴を持つ。
① 交叉型鞭毛根 (MLSスプライン型鞭毛根に対して)
② ファイコプラスト型の細胞分裂 (フラグモプラスト型に対して)
③ 細胞分裂時に、隔膜が崩壊しない。
④ 細胞分裂時に、中心体が出現。
⑤ 中間紡錘体は、細胞分裂が起こる終期以前に崩壊。
⑥ ミトコンドリアでグリコール酸酸化酵素が働く。(パラオキシソームに対して)
4.4.3.2 Streptophyta
陸上植物と緑藻類(シャジクモ藻類、コレオケーテ藻類、接合藻類)を含む。細胞分裂の際に、隔膜を形成するので、Phragmoplastophyta(隔膜形成植物)とも呼ばれる。
隔膜形成緑藻類からコケ植物が分岐する際、つまり、水中→陸への上陸により、大きな変化が起こった。540百万年前(カンブリア紀初期)。
① 胞子から幹細胞ができるまでに、多細胞体を形成する。
② 前の分裂面と交わるような分裂をする頂端幹細胞を、配偶体と胞子体の双方に形成する。
③ 体の内側と外側を分ける分裂により、外界に接しない細胞を作る。
④ 表皮細胞を作る。
⑤ 胞子壁にスポロポレニンを含む
⑥ クチクラの生合成
⑦ 気孔の生成
⑧ 造精器と造卵器の生成
⑨ 胚が造卵器の中で成長する
⑩ 原形質連絡による細胞間コミュニケーション
⑪ 細胞死による水通導細胞を、茎の中心に形成
⑫ 栄養輸送細胞を形成
⑬ 軸柱のある胞子嚢を形成
⑭ 二叉分枝
4.5 前維管束植物 Protracheophytes
スコットランドで、4億年前のデボン紀前期の地層から見つかったライニー植物群Rhyniaには、仮導管を持つ種と仮導管が無い種の2種が見つかっている。仮導管が無い群をリニア状植物、仮導管がある植物をリニア類と呼んでいる。いずれも、まとめて前維管束植物と呼んでいる。トルチリカウリス、ホルネオフィトン、スポロゴニテス、アグラオフィトンなどは、いずれも仮導管を持たない。
4.5.1 トルチリカウリス
胞子嚢が茎の先端に頂生する。しかし、胞子体が均等に二叉分枝するため、コケ植物に先行する植物とされている。化石からは、明確な情報が得られていない。
4.5.2 ホルネオフィトン
根・葉が発達せず、胞子嚢が茎の先端に頂生する。しかし、胞子体が均等に二叉分枝するため、コケ植物に先行する植物とされている。
4.5.3 スポロゴニテス 420百万年前(デボン紀初期)
扁平な組織から胞子体を沢山生やしている。胞子嚢が胞子体の先端に出来る事、胞子体が分枝しない事、胞子体の形及び胞子嚢に軸柱があり、その周りに胞子が形成されることなどから、蘚類の系統ではないかとされている。蘚類と苔類の分岐は、490百万年前(オルドビス紀初期)に起こった。
4.5.4 アグラオフィトン コケ植物からの分岐 500百万年前(カンブリア紀末期)
根・葉が発達せず、胞子嚢が茎の先端に頂生する。胞子体が二叉分枝する。しかし、軸柱は隆起程度に退縮している。頂端幹細胞が4面で分裂するなどの形態的な特徴から、コケ植物とリニア類の中間の植物とされている。アグラオフィトンは、生活史も良く解明されている。
4.6 コケ植物 Bryophytes
ツノゴケ類(6属、200~250種)、蘚類(845属、12,800種)、苔類(391属、7,500種)からなる。コケ3群の対照表を添付し、説明に代えたい。より詳細な対照表は、リンク
タイ類・セン類・ツノゴケ類の主な相違点(嶋村正樹. 2012)を参照頂きたい。
併せて、概略系統樹を参照頂きたい。研究者により、微妙な違いがある点、留意したい。
更に詳細な系統樹については、コケ植物系統樹ポスター. 2021,Theodor, 秋山 を参照頂きたい。重いので、リンクにした。
4.6.1 ツノゴケ類から苔類・蘚類が分岐 490百万年前(カンブリア紀末期)
① 胞子体の退縮と配偶体への半寄生
② 胞子嚢内で、胞子と共に弾糸を形成
③ 介在分裂組織の形成
4.6.2 ツノゴケ類のその後の進化 130百万年前(白亜紀前期)
① 介在分裂組織により、角状の胞子体形成
② 葉状体の空隙にシアノバクテリアが共生
③ 造精器が、組織内の空隙に出来る。
4.6.3 苔類から蘚類が分岐 485百万年前(オルドビス紀初期)
① 表皮細胞から多細胞の突起として葉状器官が形成される
4.6.4 苔類のその後の進化 450百万年前(オルドビス紀中期)
① 油体の形成
② 胞子嚢の軸柱が消失
4.6.5 ミズゴケ綱・ナンジャモンジャコケ綱からその他の蘚類が分岐 440百万年前(シルル紀初)
① 多細胞の仮根が出現
4.6.6 マゴケ綱・ヨツバゴケ綱・スギゴケ綱からその他蘚類が分岐 340百万年前(石炭紀中期)
① 蒴歯の発生
5. コケ植物より上位の陸上植物(維管束を持つ植物を指す)
前維管束植物のアグラオフィトンが、500百万年前(カンブリア紀末期)にコケ植物から分岐した。その後、下記のような特徴を持つ維管束植物が現れた。470百万年前(オルドビス紀前期)
① クチン、スベリン、リグニンの生合成
② カスパリー線を形成
③ 内皮を形成
④ 水通導組織が二次肥厚し、仮導管が進化
⑤ 配偶体と胞子体の双方に仮導管を形成
⑥ 心原型原生中心柱を形成
⑦ 胞子嚢の軸柱が消失
⑧ 表皮細胞の分裂で胞子嚢を形成
6.藻類についての補足
現在約4万種が記載されているが、自然界には30万種以上が存在すると推定されている。(2012年1月)これは、種子植物の30万種に匹敵する。また、多系統群に分れている。
藻類とは、「光合成をする」という共通点でまとめられている一群を指す。つまり、「酸素発生型光合成を行う生物の内、陸上植物を除いた生物の総称」という定義となる。従って、酸素発生型ではない硫黄細菌などは、含まれない。極めて漠とした集合だ。
そして、藻類は30億年かけて多様な進化を遂げている。
主な参考書: 陸上植物の形態と進化. 長谷部光泰. 2020
コケの生物学. 北川尚史. 2017
植物の系統と進化. 伊藤元己. 2012
コケ植物 新しい分類体系の捉え方. 嶋村正樹. 2012
陸上植物の新しい分類体系. 嶋村正樹. 2012
藻類30億年の自然史. 井上薫. 2006
220403 均茶庵