せとうち文庫『瀬戸内ゴーランド』を読み進めると、「ナンパとご馳走」と題してコミュニティデザイナー出野紀子の忠海の祇園祭訪問記が掲載されている。出野紀子さんは、現在しまのわ2014のスタッフとしてたびたび忠海を訪れている。その経歴は、次のように紹介されている。「2011年よりコミュニティデザインの仕事を始める。島根県海士町では自主運営テレビ局『あま・コミュニティ・チャンネル』で放送局の運営に携わり、住民による番組づくりをサポート。その他、商店街の活性化、医療・福祉分野の住民参画の事業にも携わる。2014年4月から東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科教員就任。」(『瀬戸内ゴーランド』P138)
それでは、「ナンパとご馳走」から忠海の祇園祭を活き活きと表現している文章を抜粋して紹介しよう。
瀬戸内の海ギリギリに走る呉線の絶景スポットがちょうど終わる頃に無人駅がある。「忠海」と書いて“ただのうみ”と読む。駅を降りるとまっすぐに道路が走り、突き当たりにはまちのシンボルである黒滝山がそびえる。(中略)今日は、忠海に祇園祭を見に来た。広島県の無形民俗文化財にも登録されている歴史ある祭りである。町で20歳になる青年を祝う祭りで、神輿を上下左右に回して町を練り歩くのだ。と説明されたものの、どんな状況か想像できず実際に見に行くことにしたのだった。
遠くで太鼓の音が聞こえる。音の方へ向かい「上下左右に神輿を回す姿に対面した。神輿の腹(下部)が見える。そのまま腹を見せながらその場を一周回る。そのあとは、神輿を元に戻して今度は縦に持ち上げる。もちろん神輿の腹を見せながら。
ものすごい勢いで神輿を戻し、狭い路地へ入って行った。なんだか、見てはいけないものを見たような気持ちになりながら、神輿のあとをついていった。狭い路地でもそんなことをやるというのだから気になって仕方がないのだ。
ちなみに、主役は「輿守(こっさん)」と呼ばれ、白いハッピに派手な「さる」と呼ばれる大中小のぬいぐるみを付けている。彼らのお母さんや同級生の女子たちが手づくりし、ハッピをさるで一杯にするのだ。
年々、子どもが減って忠海から参加できる20歳の青年がいなくなり、隣町などから遠征してもらっているのが現状である。しかしこの同級生たちのつながりは強く、昔同じように祇園祭で20歳を祝ってもらった歴代の同級生たちは後輩たちが頑張れるよう、初めての神輿担ぎを精一杯サポートする。
夏の太陽のもと、一人ずつ色合いが違うカラフルなさるをつけた男子たちが一生懸命神輿を担ぎ、慣れない酒を飲む。その姿は、全くの他人の私にも、彼らの成長を祝いたくさせるものだった。
このさるは、持っていると災いが「去る」ということで、こっさんのハッピから引きはがして見学者に向けて投げられる。手を伸ばして投げられたさるを手に入れようとする人々の姿も面白い。
路地を抜けて広い通りに出ると、昼の部は休憩に入る。さて、どこかでお昼ご飯でも食べようかと思案していると、「お姉さん、ひとり?」と21世紀らしからぬナンパの文句を投げてくる男性がいた。「ひとりです」と素直に応えるやいなや、「それじゃうちへ来んさい」と言う。
いやいや、好奇心のかたまりである私も、さすがに初対面の男性の家へお邪魔するのはなあと気が引けている間もなく、すぐに「うち」はやってきた。魚屋らしき店の奥に通され、母親らしき人を紹介された。まるで初めて恋人の家を訪ねる彼女のような図だ。
どぎまぎしていると、「いいから、入りんさい」と、彼はさっさと居間のドアを開く。すると見事な「ごちそう」がテーブル一杯に並べられていた。
こんな結納もどきの展開があるものだろうか、とますます不安になってくる。母親らしき人も「あがってあがって、早く!」とせき立てる。
私は既婚者です。こんな歓待に値するカワイコちゃんでもありませんと辞退したほうがいいのだろうか…。と思いながらも目の前のごちそうには勝てず、結構素直に居間にあがった。
すると続々と家族や友達らしき人も居間にあがってきた。「こんにちわ」と声をかける私を「誰?」と思う人たちに、私をナンパした人は「あ、さっきナンパして来た、名前はなんだっけ?」。私はここで初めて自己紹介することになった。遅い…。
自己紹介も一段落し、「すみません、ここは何の集まりでしょうか?」といぶかしげな私に、「祇園祭ではこうして担ぎ手をもてなすんよお、でもお祭りを楽しむ人なら誰でもいいんじゃけえ。で、どこから来たん?ま、ビールでも飲みんさい」と有無を言わさぬ勢いで宴は進行していく。
祇園祭ではこうした宴が各家庭で行われ、ゆく先々で担ぎ手はお酒や料理をいただく。そして運が良ければこうして見学者も呼んでもらえるのだ。ちなみに、この家は私をナンパした人の同級生の家だった。つまりナンパした人は、友達の家に勝手に私を招き入れたのだ。
この祭りのために帰省してきたという同級生は、会社の上司と後輩を連れて来ていた。後輩はなんとその場で「担げ、担げ」と言われ、上半身はだかにされて人生初というさらしを巻かれていた。その後、「俺たちが絶対に助けてやるから担いでみろ」と言われるがまま、神輿を上下左右に回していた。
彼の友達が、誰に断ることもなくまるで我が家のような振る舞いを、見ず知らずの私にしてくれたわけだが、そんなことは誰も気にしていないようだった。
この忠海の人の圧巻の大らかさというか大雑把さに圧倒されながら、祭りのクライマックスである八坂神社への還御を見届ける。
神輿は長い階段を上下左右に回しながら徐々にのぼっていく。煌々と燃えるたいまつの光の中、狭い境内で上下左右に回しまくり、その横で同じく20歳になる女子(輿娘/こしむすめ)が一生懸命に祇園祭歌を歌い上げる。真剣なまなざしで神輿を回し、声がかれるまで歌う20歳の忠海の成人を先輩たちが見守り成長を祝う。忠海の祇園祭は、祭りであると同時に神事なのだ。そしてそのただ中にいる若者たちの姿は神々しいエネルギーにあふれていた。(『瀬戸内ゴーランド』「ナンパとご馳走」せとうち文庫P139~144)
忠海の祇園祭の空気を実に良く伝えた文章なので、一部を省略し、ほぼ全文を掲載させていただいた。