宮床に、松尾芭蕉の句碑があるのをご存じでしょうか。
『忠海案内』には「かの有名なる俳聖芭蕉かつて此地に於て
『このあたり 眼に見ゆるもの 皆涼し』
の名句を残され」と書かれています。
しかし、残念ながら芭蕉が忠海に来たという記録は、芭蕉の旅行記を見ても史実を見ても見当たりません。
そして、この句は、長良川のほとり「十八楼の記」にあるものだということが明らかになっています。では何故この句碑が忠海にあるのでしょう。このことについて『近世芸備地方の俳諧』を研究している下垣内和人氏は次のように述べています。
「私の調査では芸備地方には芭蕉塚が20余基あり、これらは、芭蕉を尊敬する人たちが、芭蕉の句の中から、その地によく合った句を選んでたてている。
その土地によく合っているので、そこから芭蕉西遊の伝説が生まれたものと思われる。福山でも仁方でも広でも、そうした伝説が、まことしやかに伝えられている。
その伝説は『わが郷土を少しでも有名にし たい』という誤った郷土愛から、郷土誌(仁方)、立札(福山)等に書かれ て宣伝に利用されているが、忠海のもそうした類のものと考えられる」この一文は、安芸津郷土史を語る会 が1973年11月に発行した『安芸津風土記第13号』に掲載された阪田泰正「忠海にある芭蕉の句碑の追録」から抜粋したものです。