大林宣彦監督の映画『時をかける少女』は、『転校生』『さびしんぼう』と共に尾道三部作の一つに数えられている。「当時一世を風靡していた角川映画の夏休 み興行用作品。そして薬師丸ひろ子、渡辺典子に続く角川三人娘の末っ子として大々的に売り出された原田知世の映画デビュー作でもあり、大林作品としては記 録的な興行的成功を収めた。タイムスリップといういかにも映画的な題材に大林宣彦の絢爛たる映像テクニックが呼応し、『角川映画=お子様映画』と軽く見て いた大人の観客・評論家をも唸らせた。‥‥‥ロケ撮影は尾道市内と竹原市の町並み保存地区で主に行われた。」(大林宣彦監修『a movie book[尾道]』P36)
石原良太+野村正昭責任編集『A MOVIE・大林宣彦』(芳賀書店)という本の『時をかける少女』のあらすじ紹介には次のように書かれている。
「和子は一夫の家の温室で、またあの時の不思議な香りをかぎ、気を失ってしまう。それはラベンダーの香りだった。気がつくと和子は一夫が植物採集している 海辺の崖にテレポートしていた。和子は不思議なことの起こるきっかけになったあの土曜日の実験室に戻りたいと強く念じると、その実験室には一夫がいた。彼 は実は西暦2660年の薬学博士で、植物を手に入れるために現代へやって来たこと、周囲の人々には自分に都合の良い記憶を持たせるように強い念波を送って いたのだと告白する。」(P213)
同じく大林宣彦監修の『a movie book[尾道]』(PSC)には次のように書かれている。
「温室へ駆け込み、ラベンダーの陰にあったフラスコを倒した和子は、深町くんに会いたい一心でタイムトリップをはじめる。赤い花が咲く崖っぷちに現れる和 子。『芳山くんどうしてここに?こんな無茶な飛び方をしたら、時の亡者になってしまう!』『戻れる?土曜日の実験室に。わたし知りたいの、本当のことが』 『知らない方が、幸せだってこともあるんだ』」(P44)
この海辺の赤い花の咲く崖の場面のロケが行われたのが黒滝山である。真下の海は合成だが、タイムトリップをテーマとするこの映画のクライマックスシーンに 黒滝山を選んだところが面白い。右ページの写真は、そのクライマックスシーンと撮影風景である。この映画のビデオを観る機会があったら、どのような形で黒 滝山が登場するか注視して欲しい。
最後に、この映画はSFかファンタジーかという大林監督の映画論を掲載しよう。 「『時をかける少女』も、これは非常に難しいところで、物語の前後はSFなんですが、原田知世が時をかける肝心のシーンは、ファンタジーで撮っているん です。だから、あの映画は、SFとファンタジーの合体映画なんですね。もし『時をかける少女』をSFでやろうとすれば、肝心の時をかけるシーンをコマ撮り で処理せずに、原田知世の肉体そのものを、竹原から尾道まで走らせてしまう。こっちもキャメラを担いで一緒に走って、彼女が走るのをワンカットで撮る。彼 女の肉体の汗と生理感を描ききることによって、SFになったはずなんですね。それをSFXでやることによって、あの映画は、むしろファンタジーになっ た。」(『A MOVIE・大林宣彦』P117~118)