◆ 一路がばあちゃんに叱られた〈宮島さん〉の前
ところで、映画のオープニングは、ど派手な親子ゲンカでスタートする。
学校から帰った一路、おやつのブドウを食べながらテレビをつけるが、画面は乱れっぱなし。怒った一路、近くにあったギターを振り上げ、テレビを打ちのめす。まっぷたつに折れるギター。そこへ入ってきたのが母・寿枝。ほうきを片手に髪を逆立て怒った、怒った。「私の大事な青春の遺産を壊したな!」「テレビが古いのが悪いんだ。新しいテレビを買え!」「うるさい!許さん!」
あの名作「ALWAYS 三丁目の夕日」で淳之介を演じた須賀健太少年が、今回はクリクリ坊主のイタズラ小僧・一路に扮し、彼を愛してやまない母親役の篠原涼子(怪演?)と正真正銘、マンガチックな母と子の奇想天外な大立ち回りを始めるのだ。結局、一路はブドウを口にくわえたまま、自転車に飛び乗って一目散に……。逃げ出した一路は、愛車(?)に乗って忠海の町なかを元気いっぱいに走り抜ける。どこか懐かしい瀬戸内の港町の家並みが、一路の動きに合わせるようにして映し出される。
吉川のばあちゃん(もたいまさこ)、一路を怒鳴る、というシーンが撮影された場所は、忠海東小学校のすぐ近くだ。小学校の敷地の一部に食い込むようにして鎮座している金毘羅宮の前を通って学校の西側に広がっている東町5丁目の町中に入り込む。路地が網の目のように伸び、その周りを昔ながらの民家がびっしりと軒を連ねている。昭和30年代の子どもの頃にタイムスリップしたような町並みだ。
四つ辻の角に朱色が鮮やかな祠がある。自転車に乗って家から飛び出した一路が、この祠の前で、ばあちゃんの愛犬シロのえさの入った食器を轢いて逃げようとする。「待て!」。ブレーキをかけて急停止する一路。「花田一路、地獄に落ちさらせ!」。一路、振り向いてブドウの種をプッと吐き出す。「フン!」。ばあちゃんに背を向けて再び走り出す一路……。
そんなシーンが、撮影された場所だ。
忠海は港町。町なかのいたるところに、神社や祠がある。四つ辻にある新中商店の奥さんによるとこの祠は〈宮島さん〉と呼ばれているそうだ。数ある祠の中でも一番印象に残る〈宮島さん〉だった。
◆ 一路が自転車でかけ上った高台の坂道
〈宮島さん〉をあとにして、東町5丁目の中心地点にあるロータリーまで歩く。近くには今も銭湯が健在だ。そこから幅1メートルほどの路地をくねくねと通り抜け、映像にも残っている特徴のある門柱の家を探す。見つけた。間違いない。この通りだ。ブドウを食べながら真っ赤なTシャツを着た一路が、自転車で走り抜けたのは。狭い道の両側に立ち並ぶ民家の軒下にはたくさんの植木鉢がきれいに並べて置かれている。桔梗の花が太陽の光をもろに受け止め、凛とした姿で咲いている。格子窓のある家の軒先では釣忍が揺れている。うだるような暑さだったが、路地を行きつ戻りつしながら、懐かしいふるさとの風情を楽しんだ。(略)最後に一路と壮太がやってきたのは、東町3丁目にある上り坂。坂道のすぐ上が忠海中学校という高台にある場所だ。一路、「おりゃー」という掛け声を出しながら、自転車に乗って坂道を上ってくる。一方壮太は、自転車を押しながら、今にも泣きそうな顔で必死に一路を追いかける……。私も壮太の後を追う。
残暑が厳しい。だんだんと汗が吹き出てくる。坂道の中ほどあたりで一度立ち止まり、忠海の町を見下ろす。町並みの向こうに穏やかな瀬戸の海が広がっている。手前に浮かんでいるのが大久野島と小久野島。その向こうに見える島々は、墨絵のようにうっすらと横たわっている。タイトルバックの風景も、多分ここから撮影されたのだろう。監督やスタッフが、一路のふるさとはここだ、と忠海をロケ地に選んだ理由が納得できる光景だ。(略)
坂道をゆっくりと下り、国道185号に出て、忠海駅にもどる。待合所に「花田少年史」のロケを記念して募集された似顔絵コンクールの入賞作品が展示されている。ロケから5年が経過した今でも、忠海と「花田少年史」の熱い絆は続いている。(取材日/平成22年9月16日)