吉備人出版という岡山の出版社から、鷹取洋二著『瀬戸内シネマ散歩』という本が刊行されている。その帯には「木々の緑が深い中国山地、瀬戸内の海に浮かぶ小さな島、歴史の重みを感じさせる城下町、港町……岡山・香川・広島には名画の舞台となった場所が数多くあります。無類の映画ファンの著者は、その舞台となった町を、村を、島を訪ね、時にはその映画にかかわった人々と語り合い、映画に思いを重ねます。映画と地域への愛情にあふれたシネマ紀行。」と書かれている。この第2弾『瀬戸内シネマ散歩Ⅱ』に「陽光きらめく瀬戸内の港町・花田少年史~幽霊と秘密のトンネル」という紀行文が掲載されているので抜粋して紹介しよう。
◆ 花田少年史はこんな映画
小さな港町で暮らすわんぱく少年・花田一路(須賀健太)は、ある日、トラックと衝突する大事故に遭う。九死に一生を得た一路だったが、幽霊が見えるという不思議な力を授かってしまう。父(西村雅彦)や母(篠原涼子)、そして幽霊たちを巻き込んで、一路のひと夏の冒険が始まる……。
◆ 花田一路のふるさとは、港町・忠海
JR山陽本線の三原駅で呉線に乗り換える。約20分で忠海駅に到着。忠海は、竹原市の中心部から東に約10キロ、かつては朝鮮通信使も何度か立ち寄ったという潮待ち港として栄えた瀬戸内海の港町だ。
平成17年の夏、この忠海で3カ月にわたって「花田少年史~幽霊と秘密のトンネル~」のロケが行われた。ロケの終了後、地域の活性化に役立てば、と、ロケ地マップを作成した忠海ほほえみタウン商店会事務局の北方雅之さんを訪ねた。駅から歩いて5~6分の距離。奥様の美香さん、商店会会長の友田耕一さんと一緒に、DVDから抜き撮りした写真を見ながらロケ場所を教えていただく。途中、友田さんの友人で、さまざまな場面でロケの世話をし、あの“トイレ”も作ったという山根積さんが加わり、ロケの様子も聞くことができた。
主人公の花田一路の家探しに始まって、延べ1200人という運動会シーンでのエキストラの募集、ロケ場面での炎天下の草刈り、東京の撮影スタジオまで運んだ漁船の手配など正味3カ月、足かけ半年に及んだ思い出話、苦労話はつきることがない。「いやあ、大変だったけれど、楽しかったね。〈花田少年史〉の町・忠海のPRもできたし……」と3人。(略)まず、立ち寄ったのが、おかずの店「清水」。ハムカツを買って腹ごしらえのつもりだったが、「よく来てくれました」という女主人の好意で、結局はいただくことに。何故ハムカツか?この映画をきっかけに忠海の名物になったハムカツにかかわる心温まるエピソード、ご存じない方はDVDで……。おいしいハムカツを食べながら、駅前まで戻り、国道185号線を東に向かう。
堀に架かる興亜橋を渡って右に折れ、南下する。右手は忠海港。岸壁にはたくさんの漁船が係留されており、ゆらゆらと揺れている。前方に芸南漁協の建物が見えてきた。この漁協前の船着場で、一路の母・寿枝(篠原涼子)が、海から帰ってきた釣り船のお客さんを出迎えるにぎやかなシーンが撮影されている。今日は人っ子ひとり見あたらない。
後ろを振り向くと、標高266メートルの忠海のシンボル黒滝山が聳えている。荒々しい岩肌がむき出しの山頂から視線を左の方に下ろしていくと、島への連絡船が停泊している忠海桟橋と堀の入り口に建てられた石灯籠、本来は、お寺や神社にあって夜になると火が灯されていた常夜灯だが、ここでは港に入る船のために灯台の役目をしていたのだろう。石灯籠の前を色鮮やかなツートンカラーの連絡船が通過していく。アンバランスさが何ともいえないそんな光景に見とれながら船着場の堤防に座り込んで、しばらくの間、のんびりと瀬戸の海と海上に浮かぶ大小の島々を見つめていた。
◆ 花田一路の母校「忠海東小学校」
腰を上げ、忠海東町1丁目から5丁目に入り、10分ほど歩くと一路や村上壮太(松田昂大)、市村桂(鬼頭歌乃)らが通っていた「忠海東小学校」。グランドのすぐ隣が瀬戸内海という絶好のロケーションだ。(略)1階の廊下の壁面に、大正2年3月の第1回から今年3月の98回までの卒業写真がきれいに並べて掲示されている。これだけきちっと卒業写真が揃っている学校は珍しいとのこと。(略)3階の複式学級の2クラスをのぞいてみる。フィルムに残された教室とよく似ている。この教室でも撮影が行われたのだろう。一路や壮太、桂らが生き生きと動き回っていた学校生活が目に浮かんでくる。(略)教室を離れグラウンドに出る。忠海東小学校の生徒をはじめ延べ1200人に及ぶエキストラを動員して大運動会の撮影が行われたところだ。一路の父・大路郎(西村雅彦)、壮太の母・村上美代子(中島ひろ子)、桂の父・市村和夫(小林隆)なども加わって繰り広げられた運動会は、人間の温かさ、家族の絆や愛する人への思いやりがあふれた名シーンになっている。後日、ロケ当時の校長先生に電話で話を聞いた。「夏休み中とはいえ、小規模校の施設で何百人もの人が集まるロケを受け入れる事に最初は躊躇しました。でも、P(Parent)T(Teacher)C(Child)活動の一環として親と子、先生が一緒にやれば貴重な体験になると考え、受けることにしました。映画製作のプロセスも学習できましたし、ロケが終わったあとも、水田監督には学習発表会のセリフの指導もしていただきました。子どもたちにとって素晴らしい夏の日の思い出になりました。(略)