今年の本屋大賞受賞作の和田竜著『村上海賊の娘』には、忠海の賀儀城の城主浦宗勝が重要な役どころで登場する。瀬戸内しまのわ2014にちなんで、小説やエッセーを集めた文庫本『瀬戸内ゴーランド』に和田竜さんが『村上海賊の娘』の取材の様子を寄稿している。その中に「毛利の家臣、乃美宗勝がいいですね。」と題して忠海の取材について書かれているので紹介しよう。
『村上海賊の娘』は、大坂本願寺とその寺地を奪いたい信長の対決が引き起こした木津川合戦の物語です。寺領を奪われまいとする大坂本願寺は5万人の門徒と一緒に籠城して徹底抗戦することを決断するのですが、そのためには兵糧が必要となります。その兵糧10万石の提供と運搬を求められたのが、やはり信長に敵対する中国地方の覇王の毛利家でした。その頃の毛利家の重鎮が小早川隆景。その家臣で、10万石の兵糧を村上海賊を使って瀬戸内海経由で大坂・木津砦まで海運する作戦を指揮したのが乃美宗勝です。
乃美宗勝は自身も水軍の出自で、本のなかでは、主人にズケズケと物を言う禿げ頭の古強者として描きましたが、その乃美宗勝の居城が竹原市忠海にある賀儀城です。
JR呉線の「忠海駅」から駅を背にして左へ歩いた床浦地区の海岸べりのわずか標高の20メートルの丘にその城跡があります。足元は海に続く垂直な崖になっている、文字通りの水軍城。その崖をくり抜いて船隠しがつくってあります。(中略)この賀儀城跡とJRの線路を挟んだ山手に、乃美宗勝が建立した勝運寺があります。実は私はこの寺に行けなかったのですが、寺には小早川隆景が贈ったと伝えられる弾薬輸送庫もあるそうで、宗勝が主君隆景の厚い信頼を得ていた有能な武辺者であったことが伺われます。(瀬戸内しまのわ魅力向上コンソーシアム監修『瀬戸内ゴーランド 瀬戸内しまのわをめぐる13の読み物』せとうち文庫P36~38)
早速『村上海賊の娘』を購入して一挙に読んだ。そこで、この本の中で浦(乃美)宗勝がどのような人物として描かれているか紹介しよう。
(本願寺を救うべきか、否か)隆景の頭にあるのは、そのことである。すでに大坂本願寺の使者が安芸郡山城に達していることを、隆景は知っている。隆景は向後を諮るため、毛利家当主、毛利輝元の居城である郡山城に呼ばれていた。使者の口上によれば、兵糧入れの話であるらしかった。だが使者は兵糧入れの石高については、「毛利家当主様の御前で申し上げる」と頑として口を開かないらしい。(大坂本願寺への兵糧入れとなれば、まず海走の話となるな)隆景が当主である小早川家の家中で最も船に明るい者といえば、乃美宗勝という名の家臣だ。(宗勝か)考えがその男に至ったとき、隆景はわずかに顔を顰めて後ろを振り向いた。すると「ほい」と男が顔を上げ、目を見開いた。大きな耳たぶが何やら商家の楽隠居のごとき長閑さを感じさせる。乃美宗勝その人であった。
宗勝は、小早川家中の海賊衆である。毛利、小早川家では、主人を警固して海を行くことからこれを、「警固衆」と呼んだ。いくら海の男とはいえ、当時、主持ちがほとんどである。それどころか宗勝は、小早川家の支流の家柄で親戚筋に当たった。そんな家柄のせいか、当時の一般の人間が抱く海賊衆らはほど遠い。固太りではあるものの、背が低く、そのくせ頭が大きかった。今年四十九歳だが、頭は随分と禿げ上がり、実際よりも年老いて見えた。(また髷を結うておらぬ)隆景は、嫌な顔をした。宗勝は禿げ上がってきてから髷を結うのを止めた。「わしゃ面倒」と残り少ない白髪を後ろに撫で付けている。自然、大頭はむき出しになり、白髪付きの蛸のような頭は、他人を脱力させる妙な威力を備えるに至った。(こんな男が、武辺においては隠れなき者とはな)隆景は、そのことを思わざるを得ない。
いまは亡き毛利元就が、敵対する九州の大友宗麟の支城だった門司城を船で攻めたときのことである。一度、その囲みを解いたことがあった。門司城は関門海峡を見下ろす半島に築かれている。離れ行く船から隆景が見ると、ただ一騎、崖の下の浜で悠々と馬をうたせている敵がいた。大友宗麟の侍大将、滝田民部という男で、こちらの陣を挑発しているのは明らかだった。(おのれ)隆景が歯噛みしていると、味方の船団からするすると門司城の方へ戻っていく一艘の小舟がある。(誰だ)と思ううち、浜へ乗り付けた小舟から一人の武者が降り立ち、たちまち滝田の首級を挙げるや、何事もなかったかのように再び舟に乗り込んだ。(何と)唖然とする隆景の横で、父の元就がその名を明かした。『常山紀談』には、そのときの元就の言葉が記されている。「只一人、陸にあがりたらば必ず兵部なるべし」兵部とは、宗勝が号した官職名、兵部丞のことで、果たしてその男は宗勝であった。いまから二十年近くも前の話である。宗勝は、毛利家創業のころからの歴戦の古強者なのであった。永禄四年(1561年)に負ったという左鼻の脇の刀傷がそれを物語っていた。
(和田竜『村上海賊の娘』上巻P34~36)