『半島を出よ』
久しぶりに出た村上龍の長編、電車の往き復りだけで読んだので、3日がかりになったが、さすがに後半はその世界にのめりこんで一気に読む。
北朝鮮の擬「反乱軍」に福岡が占領されて、人質をとられているために政府は手も足も出せず、逆に九州を封鎖して、占領軍の思う壺にはまる。福岡市民らは日本政府に反感をいだき、恐怖感と背中合わせではあるがむしろ占領軍に擦り寄っていく。
なおも後続の12万人の「反乱軍」が迫る中、日本社会から完全に疎外されてきた奇妙な集団が占領軍を敵として、周到な準備の後、占領地域に侵入し、ホテルの高層ビルを爆破倒壊させて占領軍を壊滅させる・・・・
そんな荒唐無稽なストーリーだが、北朝鮮軍や軍事や武器や毒虫等々についてよく調べて細部を書き込んであるのと、日本の戦後社会の作り上げてきた秩序や思想の弱点をふまえた政治・軍事的シミュレーションの形をとっているところに、単なるドンパチ・エンターテインメントとは異なるリアリティがある。
シミュレーション小説とでも言おうか。
村上龍は、ずっと以前から、日本人の戦後の生き方やものの考え方に対する異和感を表明してきた作家で、この作品では北朝鮮軍の登場人物の目を通してその異和感を鋭く表現している。
その目にうつる日本人は、曖昧で、情緒過多で、卑屈で、弱々しく、非現実的であり、それらに対して、明晰で、力強く、クールで、現実的なものとして、北朝鮮擬反乱軍の人物像を対置している。
これでもか、これでもか、と日本人の平和ボケや危機意識の欠如を嫌悪し、批判する言辞に触れると、石原慎太郎やニューライト風の政治論を聞いているような錯覚を覚える。
よく調べてよく仕掛けられたエンターテインメントであることは間違いない。わずか500人かそこらの軍人でどうやって福岡を制圧するのか、またてんでバラバラのおちこぼれ集団がどうやって全身が武器のかたまりのような占領軍を攻撃できるのか、そういう興味で単純に読んでも面白い。武器や毒虫についての薀蓄には興味がないので、惹かれないが、落ちこぼれ集団の面々一人一人について、なぜそこへたどりついたかを紹介するところなどは、いまの社会を背景にリアリティがある。また、「反乱軍」兵士の回想やその目でみた日本人への違和感もよく描けている。
ただ、この作品の文体は情報を記述する文体に近い。村上龍はデビュー作以来、鮮やかなイメージ喚起力をもつ言葉を矢継ぎ早に重ねていくような作家だと思っていたけれど、この小説ではそのように浮き出てくるイメージの深さ、強さはない。
ただ、情報の細部がつくるリアリティと抜群のストーリーテラーの才能が、分厚い2冊本を長いと感じさせない、エンターテインメントをつくりだしているのはさすがである。
blog 2005年04月13日