下郎の首(伊藤大輔監督)1955
冒頭、クレジットの出ている場面で背景の映像が現代の鉄道にかかる鉄橋で、これを走る列車から上にカメラを向けた映像だったので驚きましたが、この鉄道の走るのが見える街道のとある辻に立つ「藤ノ木地蔵」がこの物語りの語り手なんですね。
「私は見た・・・」とこのお地蔵さんが、100年前にこの辻で起きた惨劇を、その元になった東北に近い山峡の温泉場での話から語り始めます。
主人公は時代劇の主役なんて珍しい田崎潤で、彼は主人もちの槍持ち、歌に歌われるあの「奴さん」です。旦那様は三度の飯より碁をうつのが好きという碁オタクで、湯治場の宿で、きょうも作州津山藩の人だという客人と碁を打っていらっしゃる。奴さんは若旦那のお付き合いで、渓流での魚釣り。のんびりしたものです。
ところがそこへ、大旦那様が大変だ!との声。若旦那と奴さんが急ぎ宿へ戻ると、二階の部屋には斬られて絶命した大旦那の亡骸。どうやら碁の勝負で争いごとが起きて斬られたらしい。相手の名もわからぬが、顔に五つも六つも目立つほくろがあることだけがわかっていて、現場に大旦那が斬ったらしい相手の左手の人差し指の先がころがっていました。
かくして奴さん、若旦那新太郎の御供をして、仇討の旅に出ますが、年月を経ても相手は見つからず、若旦那は病にかかって尾羽打ち枯らした姿でボロ屋に宿り、奴さんは槍踊りの大道芸で若旦那のために生計を立てています。
或る日、奴さんの槍の柄が近くの家の障子を突き破ったのが縁で、そのうちの主で旦那もちの女に雨宿りしていくように言われ、傘を借りて後日返しに来た時に、女の飼っていたひばりが逃げたのを、ちくわの心棒の筒を借りて手早く鳥笛をつくり、それでひばりを呼び寄せて籠に無事またおさめることができ、女が喜んで、いろいろと話をする中で、仇を探している話もします。
女が私なんかにでもできることがあればしてあげたい、と言うと、仇の顔は見知らないので、と奴さんが言いかけるので、女は、いや私にできるのは・・仇を探すってんじゃなくて、女ですから、お薬代など御用立てできるんじゃないかと・・・と遠慮がちに申し出ます。
奴が呼び戻してやったひばりは、逃がしてやってください、私も籠の中の鳥、妾なんですよ、と自分の身の上を奴に聴かせ、ひばりを放してやり、よかったら籠をあなたの旦那にさしあげてください、と鳥好きだという新太郎のために籠を持たせます。
この女のところへ彼女をかこっている旦那が籠でやってきます。その顔には五つも六つも大きなほくろが・・・
鳥かごをもらった奴さん、新太郎のところへ戻っていきます。それを道端で涙銭をかせいでいる
いざりの男が見ていて、奴さんがお妾さんとできたと邪推し、妾の旦那は須藤厳雪という兵学者だということ、もし妾と奴の密通が旦那にばれたら大変なことになる、口止め料をよこせと脅迫しますが、奴さんは身に覚えのないことゆえ無視して相手にせず、あまりしつこいのでいざりを突き飛ばして恨みを買います。いざりは商売用で、その男、実際にはちゃんと立って歩けるのです。
奴さんを逆恨みしたいざり男は、厳雪の邸へ出向いて、奴さんと厳雪の妾との密通という中傷をします。
一方、奴さんは主人新太郎に鳥かごをもらったことを話して主人が喜ぶと思っていたら、新太郎は激怒して、妾風情から下げ渡されたもらいものを主人に与えようとするのか、とプライドを傷つけられ、籠を投げ捨てます。
奴さんは鳥籠を律儀に妾のところへ返しに訪れ、部屋で話し込みます。そのとき厳雪が妾宅へやってきて、奴さんは急ぎ帰ろうとしますが、足が痺れて立てません。この場面はリアルと言えばリアルだけれど、ちょっと滑稽です。命にかかわるようなときは、痺れも吹っ飛んで遁走するんじゃないかな(笑)。
旦那が部屋へ入ってきたとき、妾は病で臥せっていたように言い訳しますが、襖を開けられると、中に奴がいてころがり出てきます。この奴さんとは何もないんですと言い訳する妾に対して、厳雪はそんなことはどうでもいい、おまえが厨房の中へ入り込ませたことが許せぬ、と怒り抜刀して奴さんに迫ります。
奴さんは、自分は斬られても仕方がないが、自分が死んだら病で衰弱している主人も仇討できずに死んでしまう、と頭を下げて助命を乞います。
厳雪は、妾に向かって「お市、この男と一緒になりたいか?」と訊き、お市は、奴さんがよければ・・・と肯定します。厳雪は、そう思い通りにはならぬぞ、と奴に斬りかかり、奴さんは斬られそうになりながら逃げまくりますが、相手が主人の仇であることに気づきます。さんざん逃げまどったあげく、相手の刀で逆に思いがけず奴さんのほうが厳雪を殺してしまいます。
この様子を覗き見していたいざり男、またまた厳雪の邸へ御注進に及びます。
一方、主人の仇を自分が討ってしまったことに気づいた奴さん、急ぎ主人のもとへ駆けつけ、新太郎をかついで厳雪の遺体のある現場へ駆け戻ります。
「取返しのつかぬことを・・」と新太郎はやっこさんを殴ります。妾お市は、追手がかからぬうちに急ぎ逃げて、と二人に知り合いの一文字屋へ行ってかくまってもらうよう促し、旅用の金も用立て、紹介状まで持たせてくれて、奴さんは新太郎を籠にのせ、街道筋を一文字屋へ急ぎます。お市もまたそのあとを追います。
いざり男から急を知らされた厳雪一門の武士たちは、奴さんたちを追って街道筋に馬を飛ばします。
宿場につき、一文字屋へ身を隠す新太郎と奴さん。女もおっつけ宿場に着きます。また、追手の武士たちの馬も宿場に着き、一文字屋の前を通り過ぎていきます。
奴さんは新太郎のために薬を買いに宿を出ます。その間、新太郎は宿の寝床の中で、「仇討本懐と言っても、わしが討ったんじゃない・・・」と悩んでいます。
薬を買いに出た奴さんを別の宿の2階からみつけたお市は喜んで声をかけ、奴に抱きついて、「国元に着いたらあんたのお嫁さんになれるのね」と言います。
奴さんは「いまはそれどころか・・もし追手につかまりでもしたら・・・」と相手にしません。
「仇討を果たしたんだもの、国元へ帰ったらもう下郎じゃないんでしょ」と言うお市に、奴さん「仇を殺したのは俺だが、仇を討ったのはご主人だ。下郎は主人のために働くだけだ」と言い、「働くだけだなんて・・」というお市に「それでいいのだ」と言います。
それでも「国へ帰って一緒になったら、可愛がってよ」と抱きつくお市に、奴さんも「うん」とうなずき、女は「うれしい・・・」とほんとうにうれしそう。
奴さんが薬屋へ来ているところを、追手の見張り2人が目撃し、奴の名が「訥平(とっぺい)」であることを店から聞き出します。
かくして追手の侍たちが、新太郎にあてた書状を書きます。いわく、厳雪の門弟一堂、遺児の仇討に助太刀いたす。訥平なる者を引き渡し願いたい。お聞き届けなくば、いかなる手段を用いても、たちどころに主従ともども討ち果たす、と。ついては藤ノ木地蔵にて明朝卯の刻・・・と果たし状をつきつけたわけですね。
新太郎はこの書状を読み、返事を、と言われて「承った。返事は明朝までにと伝えてくれ」と使いの者に言います。
そして書状の文言を思い出します。「追伸、引き渡しなくば、不本意ながらご貴殿ともども討ち果たすべく・・・」
訥平は実は文字が読めません。主人に書状が届いたときいて、どなたさまからで、と尋ねるが、新太郎は、近くにいる友人だとごまかし、返事を届けてくれ、と訥平に言います。
訥平が寝ている横で、新太郎は返事の書状を書こうとしますが、なかなか書けずに悩みます。そこは独り言がナレーションで流れます。
「わしが病で寝込む間に、けがらわしい仇の妾と馴染んで、自分の命が助かりたい為に殺しただけだ」
でも、新太郎の内心には別の声も聞こえます。「いやそれが武士道か。それでも人間か・・」と自分が訥平を裏切
ることになるのを責める良心の声も聞こえています。このモノローグのあいだ、ずっと返事用の書状の紙は白紙のままカメラにとらえられています。
やがて眠っていた訥平が起き上がり、新太郎は「届けてくれるか」と、今度はその場でさらさらと返事を書いて訥平に渡します。訥平はそれを届けに出ます。
それをたしかめると新太郎は急ぎ宿を逃げ出します。その姿を別の宿の2階から歯をみがきながら不審げに見ているお市。
藤ノ木地蔵では、新太郎の水尾何某にあてた書状を届けに来た訥平が、文字が読めないものだから宛先の下の名がわからず、誰かれなく、字の読める者は読んでくれ、と言ってまわります。その姿をみとめた敵方の侍が、仲間のところへ案内し、訥平は待ち構えていた厳雪の遺児とその助太刀の武士たちに囲まれます。
そのころ、新太郎はびっこひきひき街道をひたすら遁走しています。稲の穂が揺れています。
訥平はこれが主人への最後のご奉公、と書状を差し出し、受け取った武士が書状を開き、下郎とは縁もゆかりもないので、存分にいたしてくれ、と書いてある、と言います。
信じられない訥平は、この手紙にそんなことが書いてあるはずはない。自分が成敗されるのは仕方がないが、主人を疑ったままでは死にきれない、どなたか読んでくださいませ、と付近で見物していた旅人たちにその手紙を読んでもらおうとしますが、みんなちらと見て、黙って逃げ出します。
それでも読んでくれる男が見つかり、彼が新太郎の書状を読みます。
下郎の身柄・・・いかように処分なさろうとも異議なく・・・
これを聴いて、訥平は呆然と佇み、主人に裏切られたことをはじめて悟り、大声で旦那様!と叫びます。
街道を遁走中の新太郎、自分を呼ぶ声を聴いたような気がして振り返り、戻ろうとします。
訥平、武士たちに囲まれ、河原を歩かされていきます。
一方、お市は宿を出て訥平がいるはずの一文字屋へ。そのとき新太郎が戻ってきて一文字屋の前を通っていきます。
「仇討だ!」という群衆の立ち騒ぐ声。お市もあわてて藤ノ木地蔵の辻へ急ぎます。
武士たちに囲まれた訥平の前に刀が置かれ、「尋常に勝負しろ」と促され、相手が斬りかかってくるので、やむなく刀を抜いてめくらめっぽう振り回して抵抗します。
が、もともと剣術の心得もない槍持ちにすぎない訥平、無残に斬られていきます。
お市が駆け付け、訥平の姿を認めると我を忘れて河原へ降りて武士らの輪の中へ駆けこんでいき、斬られてしまいます。かくして訥平もお市も侍たちにズタズタに斬られて息絶えます。
新太郎がようやく戻ってきて、馬上で去っていこうとする武士たちに、敵討ちは自分だ、訥平の仇・・・と勝負を挑みますが、馬上の武士は、命を惜しんで下郎を裏切るような未練者を相手にするは武道の恥、と嗤って去っていきます。新太郎、刀を取り落として泣きます。
あとの瓦には訥平と女が手をとりあって倒れ、死んでいる姿。
それらをことごとく見ていた100年前の藤ノ木地蔵の姿。
現代の藤ノ木地藏の姿。その向こうを列車が走っていきます。・・・終わり。
なかなか面白い映画でした。自分が生涯かけて忠勤に励んで信じ切ってきた主人に裏切られた下郎が、無残に斬り殺される話で、当時の身分制社会の犠牲者に寄り添ってそうした社会の制度、倫理の不条理に声をあげる「傾向映画」の一種でしょうか。
仇討だ、武士道だ、といった支配層の倫理の欺瞞を、主人たち以上にその倫理規範に忠実な純粋武士道の権化たる下郎の悲劇を通じて告白、といったところでしょうか。
下郎の訥平となじみになる妾のお市が、仇討が成功したら訥平も晴れて国元へ帰ってもはや下郎ではなくなるんでしょ、と所帯を持つ夢を語る場面で、訥平が仇討に成功したからといって自分が下郎でなくなるわけではない、仇討は主人の功であり、下郎はただひたすら主人のために働くだけだ、と言うところがあり、お市が「働くばかりって・・・そんなぁ~」という感じで不満げに応じるのですが、訥平は「それでいいんだ」とあくまでも封建秩序の倫理に忠実で自分のことより、ひたすら主人への忠義に生きる姿勢を強調するところがあります。
ここなんぞは、会社に働かされるばかりで、安月給で自分の身体を壊すほど働かされてバカみたい、という妻子に、いや勤める以上は会社のために全力を尽くして働くのが責任を果たすことだ、と自らか重労働に身を投じるサラリーマンや労働者にそのままなぞらえられるでしょうね。今は昔のおはなし、というわけでもないでしょう。
面白かったけれど、少し残念だったのは、これまで見て来た伊藤大輔のこの種の作品にも必ずと言っていいほど見られた滑稽味、ユーモアのセンスが影を潜めていることでしょうか。
blog2018-11-9