フェイシズ [Faces] (ジョン・カサヴェテス監督 1968)
この映画は、前作「愛の奇跡」製作中にプロデューサーと衝突してハリウッドでは干されたカサヴェテスが、自宅を抵当に入れ、自らが俳優として得ていたギャラも全部つぎ込んで、自力で製作した作品で、国際的に高く評価されることによって、「インディペンデント映画」というジャンルを確立した作品と言われているそうです。キャストもスタッフもノーギャラで参加し、撮影はカサヴェテスの自宅を舞台に夜間行われたとか。
この作品は何も知らずに素直に見て、とても面白い映画でした。その魅力がどこから来ているかといえば、それは登場人物たちを演じている主だった俳優のすばらしい個性と演技力によるのだと思います。とりわけ主役のリチャード役の会社の裕福な経営者である夫リチャードを演じたジョン・マーリーと、彼を迎える高級娼婦の一人ジェニーを演じたジーナ・ローランズ、カサヴェテス監督の実生活上の奥さんであるこの女優さんがすばらしい。ジーナ・ローランズはとうに花の盛りを過ぎた、人生の甘いも酸いも知り尽くした女の役だけれど、これがものすごく魅力的で、リチャードのような男がまともに惹かれるのはすごくよく分かります。
しかしリチャードという男は勝手な男ですよね。家庭や職場ではまったくワンマンの勝手な経営者であり暴君であって、細君の立場や気持ちを思いやるところがまったくない。これでは細君が満たされないのはよく分かります。仕事はできるかもしれないけれど、家庭人としては完全に失格です。
全然魅力的じゃないし、やさしさもカッコよさも賢明さもない、ただの爺々のくせに威張っていて自分は動かずに人を召使のように動かすことしか考えていない。自分が気に入らないと、すぐ苛立ち、怒鳴り、ときに優し気な言葉を吐いても気まぐれにしているだけで、相手のことなどこれっぽっちも考えてはいないから、すぐに別れよう、と言えるほど冷淡になれる。どうしようもない人間です。
ところが、この同じ男が、高級娼婦ジェニーたちの前に出ると、老人のくせに、ものすごくダンディで繊細で優しく魅力的な男性になってしまう(笑)。この変貌ぶりたるや、同じ男性としてみていて呆気にとられるほどだし、男からみていても、こいつは魅力的な男に見えるわなぁ、と感心せざるを得ません。その男が、さらにいっそう人間的な魅力に富んだ女性ジェニーに迎えられて、娼婦と分かっていながら、半ば本気になって一夜を過ごします。
でもそこがいいところだけれど、翌朝、男は帰っていきます。ジェニーに、ふだんの自分に戻れ、というセリフを残して、ですね。それはつまり自分もまた本来の自分に戻ろう、ということで帰っていく。
ところが彼が高級娼婦のところで一夜を過ごす間、細君マリアのほうも若い男を連れ込んでよろしくやっている(笑)。最初は彼女と数人の同じ年頃の裕福で満たされないおばさまがたが、芝居を見て、それを演じていた若い役者をマリアの家に連れてきて、からかって遊んでいるのですが、結局本命どうしのマリアとその役者と2人になって絡み合うという次第。
でもマリアが睡眠薬を飲み過ぎて明け方に瀕死の状態になり、男は大慌てで救命措置をとります。やっと彼女が意識を取り戻したところへ夫が帰宅し、寝室へ来ると、窓から夫人が逃がした男が逃げていくのが見える・・・
夫であるリチャードはもう一度帰ってやりなおそう、ということで帰ってきたと思うのですが、帰って見たら妻は間男と・・・ということで、二人の間は最終的に破綻がはっきりした形にみえますが、リチャードはジェニーを一過性の娼婦に戻して別れて来たわけで、細君のほうも若い男とはやりきれない鬱屈をつかの間なぐさめるための一過性のできごころからの行為にすぎないので、必ずしも現実的にはこれが夫婦関係の破綻ということになるかどうかは定かではないでしょう。たがいに深手を負ったことは負った状態でしょうけれども、二人の夫婦としての関係はここからしかリスタートできないともいえるでしょう。
Blog 2018-7-27