彼方からの手紙(瀬田なつき監督)2008
ぴんぼけの画像でなにか揺れているな、というのから始まって、それは女の子が何かにつかまって体をゆすっているようだな、と思うと、だんだんピントが合ってきて、あぁバスに女の子が乗っていて手すりにつかまっているんだな、と分かります。彼女は封筒をとりだして開きます。そんな場面から始まります。
次にキャッチボールをしている男が2人。高台らしくて、ボールがそれたらしく、石段を転げて落ちていきます。住宅販売セールスの声が聞こえ、セールスマンと客らしい若い男女がモデルハウスらしいのから出て来て、若い男が「申し訳ないんですけど別を探します」と頭を下げて帰っていきます。モデルハウスのあったのは高台らしくて、セールスマンはそれを見送り、けっこう急な石段を降りていきますが、落ちているボールに気づいて拾うと、振り返って思い切り石段の上の方に向かって投げます。彼は車体にHello Houseと書かれた車に乗って会社の営業所へ戻っていきます。
彼が戻ってしばらくすると、最初のシーンでバスに乗っていた女の子が営業所に入ってきます。「担当させていただきます××です」と男。女の子は自分のもってきた書類を示していきなり「ここを見せてください」と言います。男はちょっと見て「遠いなぁ~。一人暮らしにしては広いし・・・高いよ」
女の子「大丈夫です。お願いします。」
男は電話をかけますが出ません。「きょう大家さんがつながらないから無理だわ。また訊いとくよ。なんでこの家を?」
女の子「父が昔住んでた思い出の家だから・・・」
・・・・
その日は彼女とはそれでおわり。あと男が鼻血を出してなんとなく不吉な感じだったり、、コンビニのレジで店員を呼んでも誰も出て来なくて、彼は商品をいっぱい籠に入れてそのまま万引きして出て行きそうになるけれど、思いとどまって出口のところに籠を置きっぱなしで出て行ったりします。
男は住んでいるマンションに帰り、妻らしい女性にきょうコンビニへ行ったら・・とそのことを話したりします。男が買ってきた袋の中のパンをみて、彼女は「パンは全部山崎にしてって言ったじゃん」と言うので、笑っちゃいました。その理由はなにか当たるかららしい。わが家では山崎のパンだけは絶対に買わないようにしています(笑)。
この男女はゾウガメの小さいやつみたいな亀を飼っているようです。男は腹筋運動なんかしますが、すぐ疲れてやめてしまい、乱暴に歯を磨き、咳き込み、顔を洗い、鏡で自分の歯を見、鏡面を拭き、汚れが取れないらしく神経質に何度も拭きます。
女性は化粧中。「きょう仕事終わんの、早いんでしょ」。そして彼女、亀に喋りかけています。「じゃ行ってきます」と男が出ていく。
歩道を歩く男。バスが男を追い越して停留所にとまり、男は追っかけてバスに追いつきますが、バスが出ても彼は停留所のところに残っています。
男はどうも会社をさぼったようで、人の波の中をこちらへ歩いてきます。真っ赤なニット帽みたいなのをかぶって、とても通勤スタイルではないようです。案の定会社へ電話しています。「吉永です。体調を崩したので会社を休ませていただきます」という声。
河辺の草叢の中で煙草を吸い、笹の葉をちぎっている男。コンクリートの堤の石段を上がり、途中で煙草を神経質そうに踏み消します。どこへ行くともなく所在なげに上を見上げ、上の道を歩いて行きます。手すりに凭れて川を眺めていたと思うと、柵を乗り越えようとし、そこへ昨日の女の子の客がとびついてきます。男は足早に歩き去ろうとしますが、女の子はそのあとにピッタリついてきます。
男が残してきたマンションの女は白いケータイをかけています。テーブルには2人分の食事の用意。呼び出し音が鳴り続けますが、別の黒い小さめのケータイがブーブー鳴っています。どうも男はケータイを置き忘れて出て行ったようです。
男が公衆電話をかけていますが、かからないようです。マンションの女がケータイをかけているときにそこへかけていたのかもしれません。電話ボックスの外には女の子がまだいます。
マンションの部屋の女。一人でスパゲッティを食べています。ケチャップをかけようとして、蓋がとれてドボッと出てしまいます。
黒猫が玄関に入ってきて座っています。「きみも迷子か」と女。
男はコンビニで商品を物色しています。女の子も店内にいます。男は籠をレジへ置いて外へ出て行きます。女子も後を追いますがドアが開かず焦ります。男が笑っています。
男が早足で歩くと女の子もついていきます。「帰りたくないな~」と女の子。「あの家へ行こうか?」と男。営業所で鍵をとって出て来て、「その家までドライブだな~」
女子の名をきくと「ユキ」と答えます。生まれたとき雪が降ってたとか、適当につけたんでしょ、と。
もう夕暮れで、ネオンがともりはじめます。
車の窓から見える夜の東京の街。東京タワー、西武百貨店、マリオン・・・と女の子は見えるものの名を次々に口にします。
「夜じゃないみたい・・・本当にまっくらな夜ってあるのかな・・・」
マンションの女、帰らない男を黒猫と一緒に待つ様子。会社へ電話するけれど、「本日の営業は終了しました」の録音テープの声が流れるだけ。
夜の街を走る二人の車。
「82歳か・・・もう三分の一は過ぎた・・」「何がしたかったの?」「それを探してた・・」
「未来」「希望」「絶望」・・・連想語遊びする二人。クラクション。「まだみつからないの?」
「観覧車に乗りたい!」と女の子。観覧車の上からの眺め。固まってしまった女の子。
「トイレー行きたい!」「トイレ以外のこと考えたら?」「しりとり・・・」
観覧車を下りて走り出る女の子。歌。ギターを弾いて歌う女。~どこでもない場所~
緑のネオン。女の子さっきの歌を歌う。
遠くに観覧車が見える。・・・で、今どこ?と男。「全然わからない」「自分が住んでた家だろ?」でっかい川の橋の上。 女の子の見ている地図。「反対だよ~」
飛行場。向こうから飛び立って近づく飛行機。上空を通りすぎる轟音。
とまっている車の中で女の子、白いジャンパーについたフードを頭にかぶって眠っている。
運動靴が車の外へはみ出している。波止場?長い桟橋。
また飛行機が飛んでいく。
「どっか遠くへ行きたいな」と女の子(ゆき)。「羽田だから国内じゃん」と男。
ふざけ、じゃれあう二人。また一機飛行機が飛んでいく。
車のエンジンがかからない。外へ出て男が押す。二人、車に凭れ、所在なげ。
バスに乗る二人。人影はピンボケ。
大きな樹が何本もある。高層マンション。「ここ」とユキ。ユキの持っていたキーでドアが開く。男、声をかけるが誰もいないよう。床も壁面を覆うパネルもみなけばけばしいオレンジ色。
マンションの女の皮膚?・・女、横になっていて剃刀で毛を剃っている?
部屋でオセロゲームをしているユキと男。ユキ、あっと叫んで男が驚いた瞬間、オセロの駒をひとつ隠す。ずるをしただろ、と指摘されると、「じゃオジサンの勝ちでいい」と言い、オデコパチンの罰を受ける。絨毯の上で寝そべる二人。別々の方向を向いて。
地球儀を回して、ストップで止まったところへ行こう、と言う。フィンランド・・・?
手をつなぐ。うとうと眠って倒れ込みそうなユキ。
男、ビデオ棚をいじっていて、一本をセットする。野球?
ビデオカメラにつなぐと、この部屋を映したリアルタイムの映像がディスプレイに映る。こへんから話は普通じゃなくなってきます(笑)。
赤ちゃんと母親らしい女が映っている。
それを見て、男焦る? そこに自分がかぶっている赤いニット帽をかぶった赤ん坊を抱いている自分が映っている。男焦る。
赤ん坊に、ママんとこに行く?と言っている自分。そのママはマンションの女らしい。
柱の陰でユキは眠っている。
窓の外というか窓ガラスそのものに張り付いた映像のように、大きな魚が泳いでいる・・・それ自体が非現実的な時空を表現しているようです。ここは男のあるいはユキの夢の世界なのか、白日夢の世界なのか・・でも現実に男とユキが入っていった空間なんだから、すなおにそういう普通とは違った次元の時空へ入り込んでしまったんだ、と思って観ているしかないでしょう。或いはユキが言うように「父が住んでいた」部屋ということは、そういう過去の人間の暮らしや想いや夢が目には見えないけれども全部残っている時空だということなのかな。
画面の中の男が近づく。男、混乱して突っ立っている。ユキが彼の身体を透明なVR映像を通り抜けるように通り抜けていく。
電気が消え、窓の魚とディスプレイだけがともっている。男、叫ぶ。
「これは・・」
ゆき「何を見たの?」
「ここは?」
「どこだと思う?」
「未来、過去、現在はどこだ・・・」
ユキがディスプレイに映るヴィデオ映像の中で踊っている。歌。
男、狂ったようにテレビディスプレイを蹴り、打ち壊す。
歌、音楽はまだつづいている。赤と黄の光。
男、手当たり次第に物を投げ、破壊する。ユキも一緒になって壊す。
ケロっとしたユキ。襲い掛かり、投げ飛ばし・・二人とも何か降ってくるゴミのようなものの下で寝転がって倒れ込んでいる。
黒猫。フランス語の練習らしいラジオ?の声。音楽。
マンションの部屋の女、ソファに座っている。鼻をかむ。
黒猫、すわったまま、ニャオゥと鳴く。
夜の街、明るいビル群。
モノレールか何かに乗っている男。下の方に東京らしい街のネオンが見える。
男とユキ、ふざけあっている。背景は海外の光景。スフィンクス、ピサの斜塔・・・
ケータイの鳴る音。マンションの女、電話をとる。公衆電話から男。「どこにいるの?」「電話ボックス・・すぐ帰るよ」と男。
あのさ・・・「みつかりましたー私の仲に小さい生き物が・・・」
電話を切る。茫然として歩き、突然走り出す男。自転車を盗んでいく。
ユキ、ゲームセンターで遊ぶ。友人「それでユキ、なにか変わったの?」-「何も変わらなかった」
映画のロケ現場らしいところにさしかかり、とめられる。「どうぞ」と言われ、通っていく。
ユキ、ゲーム銃を撃っている。
男、自転車泥棒、と追われ、逃げる。 飛行機。
マンションで眠る女。男、その手を握る。女「最悪!」と男のおでこをパチン! 赤ん坊のアップ。「お父さんみたいにならないでね」と女。
ユキ、絨毯の上で寝転がって、オセロの駒一つ、もてあそぶ。
「お父さんってどんな人だった?」
「どんな人だと思う?」
「オセロが強そうー」
「山下さんが引っ越しのあいさつに来るから、挨拶してよ」(ユキの母親?)
テラスから下を眺めているユキ。
こちらを2人が見ると、ユキ身を隠す。しばらく間をおいて、外の離れた二人の姿を自分の両手で掴む形をして、その手を解くと、2人の姿は消えている。もう男を送っていったらしく、母が戻ってくる。
石段をあがる男。
ビルから出てくるユキ。
赤ん坊を抱いた母親。男が赤ん坊をあやす。
ユキ、友人と男の子といて、石段を下りてくる。
赤ん坊、母親、男・・石段を上がる。
(上がっていく男たちと下りてくるユキたちを交互に)
別の石段のはずだけれど、同じところを一方は上がり、他方は下がってくるように見える。でも出会うわけではない。
ユキ、振り返り、石段を見上げる。
ライターの火がつく。
夜の街。ネオン。
マンションの女、嬉しそう。男、女の片を抱く。雪の中。
言葉・・連想・・子供の名を考えているらしい。
雪が降ってくる夜空。
・・・・こうやって逐次映像を追っかけてもよく分からなかった。ただ、先へ興味をつないでいく映像なので、次々どうなっていくのか、と見ていくけれども、何か一つ一つの映像に「意味」を求めようとすると分からないまま迷路に入ってしまいそうです。
ユキが仕事をさぼってぶらぶらしていた不動産屋の営業店の男と一緒に、自分の父親が住んでいたというマンションの部屋を訪ねるまでは、自分が育ったところを見たい(あるいは借りて住みたい)という女の子と、若いのになんか仕事にも家庭にも飽きが来て自分の行方を見失っている男が出会って、その部屋を訪ねるだけの、まぁ普通にあり得るような話ですが、ひとたびその部屋に入ると変なことが起きます。
はじめは突然ホラーが始まるのか(笑)と思いましたが、そうではなくて、どうもユキはユキが訪ねたかった思い出の世界?が、男には未来の自分が見えて、その幻想が現実の空間を支配する感じになり、この部屋を体験した二人はそれぞれの「現在」へ帰っていって、それまでの、たぶん自分が目をそらして見ようとしなかったがゆえにたどりつけなかった現在の自分を見出す、という自己回帰と新たな出発への再生の物語のようだな、と思いました。
それまでは冒頭の場面みたいに、今の自分というのはピンボケの映像みたいにぼんやりして姿かたちも定かに見えていないわけですが、最後はちゃんとピントのあった自分の像を見出すのでしょう。ユキは母親の彼氏を受け入れるのだろうし?、男は青い鳥のように愛する妻子を自分の中に取り戻すのでしょう。
見当違いの見方かもしれませんが、そういうものだとすれば、とても個性的な回路を通ってそういう登場人物の心の旅路を表現しようとしているんだなと感じます。
本筋とは関係ないけれど、車の窓から見える東京の夜景をひとつひとつ名を言って次々に目に飛び込んでくる建物の固有名詞を声に出してユキが言う場面が印象的です。ユキの観ている建物や広告塔が映像として見えるわけではないのですが、ユキが見て次々にその名を声に出して言う固有名詞が、声だけなのにまるで次々に心躍るようなイメージを見るような新鮮な響きをもたらして心地よいのです。東京タワーは別としても、広告塔のネオンにしてもビルの名にしても西武百貨店とかマリオンとか会社名を聞いても東京に滅多にいかないような私には具体的な建物や広告塔の像が浮かぶわけではありません。でもユキの目に映っているそれらが生き生きとした像として映っている、その躍動感が、ただ彼女がそれらの固有名詞を車の疾走とともに連ねていくだけでこちらに感じられる。
これは考えてみれば不思議な映像体験です。映画を観る私たちはそこに何を見て、想像力を刺激され、快感をおぼえたりするのか、単に映像がとらえた現実の美しさ、或いは現実をとたえた映像の美しさに感動するわけでもなく、また私が西武百貨店だマリオンだと言われて何も具体的にそれらの像を脳裡に結ぶことができるわけでもないのに感動するのはなぜかと考えると、登場人物の言葉や聴こえてくる音に刺激されて、それが指示する対象を想像することで私たちの脳裡に結ばれる像に感動しているわけでもなさそうに思えてしまうからです。
飛行機が何度も現れる場面、ビデオの中に赤いニット帽の赤ん坊が登場して男がハッとする場面等々、いくつも印象的な映像がありました。冒頭からボールが石段を落ちていく、なんでもない場面でふっと引き込まれていくのはなぜでしょう。
濱口竜介監督の「PASSION」が入った東京芸大大学院映像研究科第二期生修了作品集2008というDVDに収録されていた作品で、他の作品とともに黒沢清の「ついに本当の映画へと行き着いたのだ」という言葉がジャケットに記されていたのと、この監督の名がシネアストを自称するウェブ上のブログでよく登場していたので、いったい最近の若い人はどんな映画を観てすごいすごい、って言ってるんだろうという興味本位で拝見しましたが、正直のところよく分からなかった(笑)。
Blog 2018-11-9