恐怖分子(楊徳昌=エドワード・ヤン監督) 1986
以前にビデオで見た「恐怖分子」を出町座の台湾シリーズで上映したので、また見に行ってきました。物語をたどるような見方をすれば、起承転結があるわけじゃなし、あまりよく分からない作品ですが、インパクトの強い作品だし、映像が、つまり映像がとらえる場面の「選択」とその「転換」が非常にシャープな映画だったので、それをもう一度味わいたいな、と思ったのです。
説明的な描写やセリフ、構成の仕方を排除して、台北の話でみなそこの住人なのでしょう、カメラマンの若者。ツツモタセの少女。女流作家と、病院勤めのその夫、作家の元カレ、病院づとめの夫の旧友の刑事・・・といった登場人物それぞれの表情や行動の一場面を切り取ってきて、一見無造作につないでいくような作品。
映画館のスクリーンの大きい画面で見ると、ビデオで見た時と違って、表情がとても瑞々しく、生きた表情の演技がとらえられていることがよく分かる気がします。
それともうひとつ、ビデオでみたときのテレビのディスプレイではどうということもない風景として流して観ていた都市の自然のカットがすごい、ということに気づかされました。
予告編でもそのカットが入っていますが、音が階段を上がっていく向こうで雨風を受けて揺れる樹々の映像、人の姿がなくなってその樹々の立ち騒ぐ映像だけがほんのちょっと間だけれど目にやきつけられますが、これが別段特別かわった風景でもなく、作為されたようなおあつらえ向きの映像でも、曖昧な映像でもなく、そこらの大通りの並木やなんかでみられそうな風景だし、鮮明な映像ですが、なんとも不穏なものを予感させるような非常に魅力的な映像です。
登場人物ではツツモタセの女の子が素晴らしい。最初にカメラマンの男の子が援けるときの、やばい事件の現場から逃げ出してきて物陰に隠れて顔を出すときの彼女の表情もとてもいいけれど、その男の子とガランとした部屋でちょっとはすかい位置で向き合って、微妙な光と影の空間で言葉を交わすシーンも構図といい光と影の具合といい、色合いといい、なんでもない室内空間の映像なのにすごく魅力的。
それから彼女が、ホテルへ連れ込んだ男の金を男がシャワーを浴びる間に盗んでいてみつかり、男がバンドで暴力をふるおうかという直前、みずから脱兎のごとく男の身体に飛び込んで行って脚に隠し持ったナイフで刺す。
このシーンからすべてが劇的に動き出すような感じで、その転調がすごい。それまで比較的スローテンポで大したことも起きず、日常的な行き違いやそこで溜まってくる鬱積が潜在化して積み重ねられる感じはあるけれど、あの場面を契機に一人一人の心に潜む暴力的なものが一気に表に噴き出してくるような印象で、細い糸でつながっているけれども何の関係もない個人、家庭が、それぞれに破綻し、大小の爆発を起こして崩壊していく姿を、とてもスタイリッシュな映像で見せてくれます。
Blog 2019-2-13