ラージクマール・ヒラーニ監督 『きっと、うまくいく』
めちゃくちゃに面白い映画です。誰にでもお奨めします。今年一番の映画かもしれません。いや、同じ日付で「はじまりのみち」を日本映画では今年最高みたいに書いてしまったので(笑)、これは今年封切された洋画(インド映画も洋画?「非邦画」と言うべきか)で最高!と書けばいいでしょうか。いや、まだまだ観るつもりですから、なんぼでも面白い作品に出会えるのかもしれません。
それにしてもこんなに楽しい、元気づけられる映画は久しぶりです。インドを舞台にした『スラムドッグ&ミリオネア』も面白かったけれど、今回の『きっと、うまくいく』のほうがインド映画らしさたっぷりだし、私には中身もこちらのほうが面白かったです。
原題は”3 Idiots” なので、「三バカ大将」、ってところでしょうか。でも邦題、うまくつけたな、と思いました。作品の中でとても重要な役割を果たす、主人公が繰り返す言葉「Aal Izz Well」(アール・イーズ・ウェル)の翻訳ということらしいです。
内容は、平凡な言い方をすれば、3人の学生の友情を描く青春コメディで、学歴社会・格差社会への風刺をたっぷり盛り込んだ作品です。
コメディ映画の範疇に入って、もちろん何度も爆笑させられるけれど、中にシリアスな場面もあり、シリアスな問題がテーマの中にも場面の中にも違和感なくちゃんと埋め込まれていて、本当にすごいなぁと感心させられます。
そう、私がこの映画で一番ガーンとやられる気がしたのは、この映画の自由さのスケールの大きさです。
「踊るマハラジャ」のあの典型的なインド映画の歌と踊りは、たっぷりこの作品でも味わえます。それが何の違和感もないどころか、作品を盛り上げ、見ている私たちを巻き込んで踊り出したくなるほど、のりにのれる感じに盛り上げてくれます。なんと楽しい映画なのでしょう!
主役のアーミル・カーンは最初に登場したときから存在感のある、すばらしい俳優です。1965年生まれというから、結構な年齢のベテラン俳優さんらしいけれど、若い学生を難なく演じています。
三バカで競演する主役級のあとの二人、R・マーダビンも、シャルマン・ジョーシーも素晴らしい。紅一点のカリーナ・カプールもとても魅力的な女優さんです。敵役の学長さんもなかなかいい。彼が踊り出したりするところなんか最高!
こういう自由でスケールの大きい映画をみると、ハリウッド映画、ヨーロッパ映画、日本映画の秀作が、なにかカタブツの秀才のこしらえた人工的な構築物、といったふうにさえ見えてくるから不思議です。
とりわけ日本映画は、もちろん優れた作品は今も幾つも生み出されているに違いないし、ときおりその一つ二つに私なども触れる機会があるのですが、それでもなにかそれらの作品は才能のある映画作家とそれを支える一群の人たちが、そのトンガッた感性と才能で辛うじて作りだしたもの、という印象です。
すぐれた作品ほど、深ければ狭くとんがり、かっちりと隙のない武装をし、表面を磨き上げられた、閉じた球体のように完結した作品になるような気がします。
『きっと、うまくいく』に感じるのはそれとは正反対の、何でもかんでも放り込んだ鍋のように見た目も味も豊かで、開放感あふれる世界です。
映画って窮屈なもんじゃないな。もっともっと自由でいいんだ、何やったっていいんだ、そんな思いを強くします。
この映画は、でもそれだけではありません。宇宙飛行士用のペンのような小道具の使い方も含めて、いろんな伏線が全部生きるように、周到に作られていますし、ここぞ、というときにあの歌と踊りが登場するので、待ってました!と嬉しくなります。
テンポも上々で、次から次へと色んなことが起こって、171分という長尺でもまったく観客を飽きさせることがありません。
昔、劇場や実演芸術を調べるためにアジア諸国を巡ったとき思ったのは、アジアの国々の実演芸術はこの映画のように、どれも伝統的なものをちゃんと自分の体の中に残していて、その自分が圧倒的な力で浸潤してくる欧米文化とどう向き合うかという課題を自分に課しているようにみえ、その点私たち日本人はきれいさっぱり伝統を自分の体の中から追い出してしまったものだな、というふうなことでした。
もちろん国立劇場に歌舞伎を、国立文楽劇場に文楽をおさめ、それぞれ国家が天然記念物を保護するように大切に「守る」形で伝統文化を残してはきたわけですが、私たち平凡な庶民の一人一人の体の中に、そういう伝統文化が息づいているかと言えば、それはないでしょう。
でもこういう映画をみると、インドの人の体の中に、あの「踊るマハラジャ」の踊りや歌が、そっくり生きていることを実感せざるを得ません。
きっとそいつは、爆笑するときも、怒り心頭に発するときも、悲しみに打ちひしがれた時も、人を恋してのぼせあがったときも、ひょいと体からあふれ出てきて、自然にこの手足を動かし、この唇に歌わせるにちがいない、ということが、この映画を見ていて確信できるのです。
インドは毎年、世界一沢山の映画を生産しているそうです。そのほとんどはわが国で上映されることのないような、あの延々とインド的な音楽が流れ、それに合わせて踊り、歌う、インド庶民のエンターテインメントとして消費されていくだけの映画なのでしょう。
でも、その毎年毎年生み出されるおびただしい作品の山、私たちが目にしたこともないほど広大な映画の海の中からしか、この『きっと、うまくいく』のように伝統に根ざし、開放的で、自由で、途方もなくスケールの大きい、豊饒な作品が生まれることはないのだろう、と思わずにはいられません。
Blog 2013-6-23