反逆児(伊藤大輔監督)1961
京都文化博物館のフィルムライブラリーのホールで上映されたのを見てきました。
中村錦之助は私が小学生のころ盛んだった東映時代劇の若手一番のスターで、一度、東千代之介と二人で甲子園球場で夜間に行われたイベントに来たとき、見に行ったことがあります。きちっとしたモーニングみたいな正装の二人がスポットライトを浴びて球場の中にしつらえられた舞台の上で挨拶しただけで、遠いから顔も何も見えはしなかったけれど、大変な人気でした。
映画館でみた時代劇にもその後テレビで再放送された映画の中にも、彼が主演あるいは共演した映画はいくつもあったと思いますが、私は彼よりも大友柳太郎なんかのほうが好きだったせいもあって、あまり好きな俳優さんではありませんでした。その後も彼の演技や口舌が、いつも力み過ぎのような、大仰すぎるものに見え、若い頃は二枚目俳優だったかもしれないけれど、演技派だとは思えず、歳をとってもそれは大して変わらないんじゃないかと思ってきました。
この映画は伊藤大輔が監督したものだったから、今回見に行ったのですが、錦之助は徳川家康の長男で織田信長の圧力で父家康に切腹を命じられる悲劇の武将三郎信康を演じています。将来を嘱望される若武者ぶりということで、逞しく、優しい心根の、明るく、溌溂とした若殿を演じていて、それなりにはまっているのですが、やっぱりある種の力んだ「大仰な」演技、という印象は変わりませんでした。
演じ手でいうと、彼の母親である築山殿を演じた杉村春子に完全に食われている、というところですが、考えてみればこの作品の主役はむしろ築山殿かもしれません。二枚目で人気の錦之助にスポットライトをあてて、それに「しの」(桜町弘子)だの「お初」(北沢典子)といった若い女を絡ませ、信長の娘である信康の妻徳姫との間の愛と嫉妬による波風を物語の中心にしているけれども、実は陰で彼らを動かしていたのが武田と通じて息子信康を立てて信長に殺された伯父今川義元の仇を討とうと企てた築山殿なわけで、彼女が自らの想いを遂げるべく信康と徳姫の間に割って入り、武田と密かに通じながら、事が露見して破滅にいたるという、彼女を中心にしたもうひとつ物語が背骨になっているわけです。その物語の中では築山殿こそが主役で、これを杉村春子が強烈な存在感をもって演じています。
もともとこの映画は、大佛次郎の新作歌舞伎の戯曲「築山殿始末」を伊藤大輔の脚本・監督で映画化したものだそうですから、私は原作の大佛次郎を読んでいませんが、築山殿が主役の物語であったのでしょう。築山殿や信康を殺させる信長を演じているのは月形龍之介で、やはり彼は迫力がありました。しかし、信康の父家康を演じた佐野周二や信長の腰巾着をやっている秀吉を演じた原健策など他の武将は役不足。家康の命で信康に切腹を申しつけ、従わねば斬るように言われて信康の切腹の介錯をし、最後をみとることになる信康が兄弟同然のつきあいをしてきた家来、服部半蔵(東千代之助)、天方山城(安井昌二)が少し威勢のいい若武者ぶりを見せていましたが・・・。
いずれにしても、「反逆児」というタイトルは看板に偽りあり。マザコン青年の武将信康が信長への復讐にとりつかれた母築山殿と、愛する妻で信長の娘である徳姫との間で板挟みになって苦しみ、結局築山殿のたくらみと、妻の嫉妬による父・信長への訴えによって、徳川のお家を守るために、その跡継ぎでありながら切腹を余儀なくされる、という悲劇の若殿であって、「反逆」など兆ひとつありません。