ニーベルンゲン(フリッツ・ラング監督) 1924
ずいぶん以前に買っておいたDVDを封をしたまま置いてあって、いつか見ようと思っていたのをようやく封を切って見ました。なにしろ286分という長尺なので、なかなか見始める決心がつかなかったのです。モノクロ・サイレントで一部二部合わせてではあるけれど、4時間46分というのはさすがに長くないですか?(笑)
でも、これが見始めたらやめられない、めちゃくちゃ面白い映画でした。フリッツ・ラングという人の作品を最初に見たのは(たぶん)映画館でみた「メトロポリス」で、オリジナルバージョンを再編集だか音楽だけつけなおしたんだったか、サイレントですが音楽が素晴らしくて、劇場でいい音で大画面で見たら、素晴らしい迫力でした。物語は単純だし、マンガ的なところもあるけれど、あの人造人間の造型は素晴らしかったし、スピーディーな展開と現代音楽のリズムがぴったり合って、サイレントにこんな素晴らしい映画があったなんて!とそのとき思いました。ラングの作品はいくつか見たけれど、あの時映画館で見た感動を超えるものはなかったものの、どれもいい作品でした。
今回はDVDで見たので、私専用の中古テレビのブラウン管に映る映像ですから、映画館で見る印象とはずいぶん違うだろうし、映画館で見たらどんなに素晴らしいかと思いましたが、それでもこの作品のすばらしさは感じられました。
それで、長いあいだ本棚の隅でツンドク状態だった、原作の「ニーベルンゲンの歌」(岩波文庫で相良守峯訳。前後編2冊本)を、今回は拾い読みでなく、最初から最後まで通読してみました。これまた映画同様にすばらしく面白かった。
「万一ドイツ民族がこの世から消え失せた暁に、ドイツ民族の名をもっとも輝かしく世に残すべき作品を挙げよと言われたら、われわれはそれをただ2編の文学に局限することができる。それはニーベルンゲンの歌とゲーテのファウストだ」と評した人もあるそうで、「ドイツのイリヤス」と言われた作品のようですから大変なものなのでしょう。
第一部は英雄ジークフリートが故国のニーベルンゲンを出て竜退治をし、その血を全身に浴びることによって、木の葉一枚肩に落ちた部分だけ残して、あとはどこをどう撃たれようが突かれようが不死身という身体になります。
この竜退治の話は、原作ではジークフリートの過去の英雄譚として語られるだけで、あっさりしていますが、映画では映像としての見せどころで、前半のハイライトシーンのひとつでしょう。巨大な竜が登場して、けっこういい動きをします。血を浴びて不死身になるが、一カ所だけ弱点を残す、というエピソードはあとで彼が暗殺される場面で効いてきます。
またジークフリートは、小人アルベーリヒをとらえて姿が見えなくなる頭巾を与えられ、数々の宝玉とバルムングの剣を手に入れます。このとき、宝物を乗せた巨大な石皿みたいな容器を支えている小人たちがいたのが、一斉に石に変容していきます。ここのところも、サイレント時代の映像としてすごいな、と驚きました。いまのようにコンピュータグラフィックスでチョイチョイ、というわけにはいかない時代でしょうから、どうやって撮ったんだろうと思いました。
日本の時代劇で深作欣二が撮った里見八犬伝という真田広之や薬師丸ひろ子が出た結構面白い映画があって、あれの最後の戦闘場面で、敵の巣窟である巌窟のトンネルの中を敵と戦いながら進む中で、主役級の真田などを先に行かせるために、味方の身体の大きいのと小さいのと二人がセットになって岩を支え、小さな通路を体でトウセンボして敵を防いでいた、その体がまるごと石塊と化していくシーンがあって、素敵な場面だな、と印象に残っていますが、ちょうどあれみたいに、それまで生きた小人だったのが、すっとそのまま小人の形をした石塊に変わっちゃうのですね。
ところで、それらの冒険を経たジークフリートは、ヴォルムスのブルク王国のグンター王のところに赴いて、そこで評判の王の妹クリームヒルトを得るために滞在して、グンター王が望む女性ブルンヒルトを獲得するために協力することを約束します。
このブルンヒルトは男勝りの女傑で、求婚者に投槍、石投げ、幅跳びの三種競技を自分と競わせ、勝てば嫁ぐが、もし求婚者が敗ければ首を置いて行ってもらう、というとんでもない女。しかし彼女にも勝る力のジークフリートは姿が消える隠れ頭巾をかぶってグンターに力を貸して、この女傑を打ち破り、グンター王は望み通りブルンヒルトを連れて帰って王妃に、ということになります。透明人間になれれば万能です。これってずるいですよね(笑)。
この機会にクリームヒルトは兼ねての願いが成就されるようグンターに願い、望み通りクリームヒルトと結ばれます。これはまことにめでたい。ジークフリートが庭園のベンチに一人で腰かけて、木の枝にとまっている小鳥と言葉をかわす(彼は小鳥の言葉がわかるのですね)場面がとてもよくて、そこへクリームヒルトがやってきて横に坐って楽しそうに話す、幸せそうな場面がとっても素敵です。映像として第一部の幸せな二人の世界を象徴するようないい場面です。
他方ブルンヒルトは渋々グンター王に従って王妃となったものの、初夜の寝床で容易にグンター王に身を任せようとはせず、逆にグンター王を力任せに組み伏せて縛り上げる始末。原作では紐で縛り上げられて釘にひっかけられ、二度と私にさわらないと誓わされたり、グンター王もさんざんです(笑)。
さて、これを知ったジークフリートは再び隠れ頭巾に身を隠し、この頭巾は姿が隠せるだけではなく、誰にでも化けることができる魔法の頭巾であったので(このへんは非常に便宜主義的ですな)、グンター王の姿に化けて抵抗するブルンヒルトを組み伏せ、ブルンヒルトが観念したところでホンモノのグンター王に代わったので、めでたくグンター王はブルンヒルトをものにすることができた(笑)。
ところがここに、ジークフリートも余計なことをしなきゃいいのですが、ブルンヒルトを制したときに、どういうつもりか、彼女が腕につけていた宝玉の腕輪を奪っていたのです。原作では妻にプレゼントするために奪ったような書かれ方ですから、わかりますが、映画では妻に渡すでもなく自分で持っていただけのようですから、よくわからない。
でも、とにかくこれを彼の妻のクリームヒルトが彼の荷物を整理していてみつけ、自分の腕にはめます。それを見たジークフリートは驚いて、ぜったいにそれはブルンヒルトにみせてはならぬ、と念押しするのですが・・・
どうもこのブルンヒルトとクリームヒルトの仲はすこぶる良くないのです。というのは、対等な客人であるはずのジークフリートが、最初はクリームヒルトをわが妻とするために、またブルンヒルトという女傑をグンターのものにするために助力しようという目的で、何かといえば自分はグンターの忠実な家臣である、と言ってグンターを立ててやっていたわけです。
だからブルンヒルトは当然、ジークフリートは自分の亭主の家来だと思っていて、その家来である彼にグンター王が妹を嫁がせること自体に驚いているわけです。身分ちがいの自分の家来に、大事な王家の妹を嫁がせるなんて、と。
しかしグンター王もクリームヒルトも実際にはジークフリートはグンター以上の国の王であり、豊かな財産も持ち、英雄的な騎士としての実力もグンターより上であることをよく知っていて、あくまでも対等な友となった客人であると思っているから、そういう付き合い方をしています。
王妃となったブルンヒルトはだいたいこれが気に入らないところへ、家臣の妻となった以上、王妃である自分よりも身分的には下になったはずのクリームヒルトが王妃と対等であるかのように大きな顔をしているのが気に食わない。
それでクリームヒルトとぶつかっては、ジークフリートのことを家臣のくせに、と蔑み、その妻にすぎないクリームヒルトは王妃の私より前に出ることはできない、となにかにつけて押さえつけようとする。クリームヒルトも負けてはいないから言い返す。
それがついに爆発するのが、聖堂でのミサに出るにあたって、どちらが先に入るかで、両者がぶつかって相譲らず、家来の癖にと言い募るブルンヒルトに対して、クリームヒルトは夫に口止めされていたにも関わらず、ブルンヒルトが初夜を共にしたベッドにいたのはグンターではなくてジークフリートなのだ、と暴露し、なにを証拠に根も葉もないことを、と怒るブルンヒルトに対して、これが証拠だわね、とジークフリートが奪ってクリームヒルトに与えたもともとはブルンヒルトがはめていた腕輪を見せるわけです。
ここは原作では、指輪と腰ひもということになっています。原作のクリームヒルトはかなり気の強い意地悪なところのある女性で、あんたが初夜に寝て操を捧げたのは兄の王ではなくてうちの旦那のジークフリートだよ!というような言わずもがなの、徹底的に相手を侮辱する言葉を投げつけるんですね。
事実を知ったブルンヒルトは怒らいでか!(笑)当然ですよね。
もう自分の屈辱を晴らすには、ジークフリートを殺すしかない、と固く思い定めて、誰彼とない側近の武将たちに、ジークフリートを殺せ!と命じ、懇願し、夫のグーター王に対しても、ジークフリートを死に追いやる方向へなんとか導き唆そうと謀りますが、ジークフリートの助力に感謝もし、友情も感じているグーター王としては、なかなか容易にはジークフリートを裏切る決断がつきません。
しかし、ここにグンター王の古くからの側近で王の信頼も厚い勇猛果敢な騎士で片目を戦でなくしているらしい将軍ハーゲンがいて、彼はもともとジークフリートを快くは思っておらず、下手をするとグンター王の治めるヴォルムを支配下におさめようとするのではないかという危惧ももっているようで、むしろクリームヒルトとの結婚を機に、ジークフリートがニーベルンゲンにもつという膨大な財産を財政の傾いているヴォルム(ブルク王国)のために手にいれようと考えていて、しきりにグンター王にジークフリートを亡き者とする方向で煽ります。
このへんもジークフリート側に立って見れば悪だくみをする陰謀家ということになりますが、一国を安定的に運営する国王の補佐役の武将としては、ジークフリートのような金も力も存分に供えた異国の王がいつまでも客人として王の傍らをうろついているのは、なにか魂胆があるのではないか、王にとって代わってこの国をのっとろうというのではないか、という警戒心を懐くのはわりと自然なことのような気がします。
そういう意味では早くジークフリートを追い払ってしまいたいのもわかるし、それが王の信頼を得て妹を嫁がせてしまった以上、簡単に関係を断って追い払うこともできないから、事が起きる前に殺してしまうほうがのちのちの国家安泰のためにはいいんじゃないか、と考えるのも無理はないかもしれません。ハーゲンはグンター王には終始忠実な部下なんですね。
そうとも知らぬジークフリートは惜しげもなくニーベルンゲンの財宝を取り寄せ、人々に分け与え、グンターにも提供を惜しみません。ブルンヒルトはクリームヒルトから初夜の事実をあかされて屈辱を味わい、なんとしてもジークフリートを殺そうと、グンター王に私から腕輪を奪った者(ジークフリート)が私の操を奪ったのだ、と告げてジークフリートを殺して自分の恥を雪ぐように言い含め、ついにグンターもジークフリートを裏切る決心をします。
このときハーゲンは一計を案じて、忠臣の振りをしてクリームヒルトに近づき、予知夢のような悪夢を見てジークフリートの身を心配でならないクリームヒルトに、自分が必ず彼を守るから心配ない、しかし、彼を守るためには彼の弱点を知らないと守れない。竜の血を浴びて不死の身になったらしいが、木の葉が落ちてくっついたところだけが弱点らしい。その弱点の場所さえわかれば、そこを絶対に攻撃されないように守ってやることができる・・・と欺いて、アホなクリームヒルト(笑)をいとも簡単にだまし、こともあろうに、ジークフリートの着衣のその弱点になる場所にX印を縫い込んで分かるようにしおくことを承知させるのです。クリームヒルトはそれが夫の命を奪うための導きの糸になるとも知らず、夫の衣服にせっせとX印を縫い込みます。
こうしてハーゲンの画策で狩りに出かけることになり、みなで鹿狩りの用意をして狩場に出かけます。狩りも終わる頃、大活躍で喉が渇いたジークフリートが酒だったか水だったかを所望すると、その場にはないが、冷たい水の湧く場所を知っている、とハーゲンが言い、そこまで競争しよう、と提案します。ジークフリートが剣も置いて身に武器一つ帯びずに森の中を駆けてゆくのを、ハーゲンは槍をたずさえて追います。湧き水の場所に先に着いて、水面にかがんで水を飲むジークフリートの背後から、その背に縫い込まれたX印をめがけて、ハーゲンが長槍を投げ、みごとX印を貫いてジークフリートの背に深々と刺さります。こうして一代の英雄はここにその生涯を閉じたのです。
ここまでが第一部で、ここからが第二部。クリームヒルトの復讐がはじまります。
彼女はジークフリートの喪に服していましたが、ここに彼女の美貌を伝え聞いたフン族のアッチラ王がちょうど先妻をなくしたところで、后をもとめていたので、彼女を后にと望んで使者をつかわし、求婚します。最初は相手にもしない素振りのクリームヒルトですが、一晩考えて、自分ガアッチラ王に嫁いでその権力と財力を支配し、多数の兵士たちを思うままに動かせるなら、と復讐の機会を想い、求婚に応じる返事を伝えて、辺境伯リューディガ―の導きでフン族の地へ出立します。
このリューディガ―も立派な騎士で、グンター王の支配地域の内で領土を安堵された或る意味では王なのではないかと思いますが、みなから一目置かれる勇猛果敢で名誉を重んじる騎士道精神を備えた武将で、フン族とも交流があり、グンター王とフン族との仲介をするわけです。
ですから、のちのちフン族とグンター王らとの争いが生じたときも、どちらからも一定の距離を保って一方に最初から味方することはなく独立を保つわけです。しかし、すぐあとで述べる事情で、やむなく一方に加担して落命することになるのですが・・・
さて、クリームヒルトを迎えに来てアッチラ王に仲介したリューディガ―は、「あなたを侮辱する者があればアッチラ王が許しません」と言って渋るクリームヒルトを説得しますが、クリームヒルトは「それを十字架ではなく、そなたの剣にかけてお誓いください」と言い、リューディガ―は自分の剣にかけて誓います。これがのちのち効いてきます。
クリームヒルトは出立にあたり、夫ジークフリートが暗殺された林に出かけ、夫の血を吸った土を削って布にくるみ、懐に入れて行きます。ジークフリートの血を呑み込んだ大地よ、いつかハーゲンの血で染めてやろう、と決意します。「待っておれ、かならず戻ってきてみせる!」
このときのクリームヒルトの目つきがすごい!
この女優さん、本当に素晴らしい。第一部から通してもちろん同じ女優さんですが、第一部のジークフリートと愛し合い、戯れる清楚で可愛らしい彼女のイメージは第二部にいたって一変し、動きの乏しい、しかし表情だけはものすごい表現力で、心が冷え切って復讐の念のみに固まった女の姿を実にみごとに演じています。
またモノクロだから色彩はないけれども、おそらく白が基調の明るい彼女の可憐な衣装に対して、第二部は黒が基調の暗いシャープなデザインの衣装。冠といい、長い裾の黒を基調としながら、三角形の中に大小の同心円を描いたユニットの組み合わせによる実にモダンなデザインのファッションで、服装を見ているだけでもワクワクします。
あれは色彩はモノクロだけれど、意匠としてはクリムトの描いた女性を見るようなところがありますね。
ついでに書いてしまえば、服装だけでなく、建物のデザイン、外観も内観も、非常にモダンで面白い。リアリズムではなくて、ドイツの表現主義というのかな、単純な直線と曲線から成る、抽象的な印象を与える実にモダンなデザインで、これも見る者をひきつけます。
さてフン族はニーベルンゲンやヴォルムスの人々に比べれば荒野の蛮人といった感じで、半分裸で兵士もきちんとした騎士のような鎧兜も槍楯などの武具もそろわず、思い思いの手斧やら蛮刀やら槍やら手製の弓みたいなのを持っていて、烏合の衆みたいな感じです。でも横山ノックみたいな頭をした王様は絶対権力を持っているようで、その王様は美しいクリームヒルトを大歓迎。
クリームヒルトはここで王の一子をもうけ、王様は大よろこびで、何でも彼女の言うことをききそうです。クリームヒルトの心はなおも復讐一筋。なんとか兄王グンターを呼び寄せれば仇のハーゲンらをこちらの手中に落とせると謀り、グンターを迎えに使者を送ります。
グンター王は気が進まぬ様子ですが、夏至の前日にアッチラの宮殿へやってきます。クリームヒルトは家来たちに、わが感謝を得たい者はわが悲しみを癒すべし、と言い、アッチラ王にも、「私を侮辱した者は断じて許さないという誓いを思い出して下さい、ジークフリートを殺した下手人はあなたの手のうちに居るのですよ」と唆すのですが、アッチラ王は「女よ、ジークフリートが忘れられぬか」と言い、なおも「子供の命にかけて誓いを果たすのです!」と迫るクリームヒルトに、「わたしは荒地の出身だ。そこでの唯一の宝は客人だ。ハーゲンはわが家の平和を乱さぬ限り平穏でいるのだ。」とまっとうなことを言って、彼女の煽動にも動じず、請け合いません。このへんのアッチラ王という人物の造型もなかなかのものです。
クリームヒルトはフン族の兵士たちに、ハーゲンの首をわれに届ける者には金を与えよう、と煽り、試みようとする者もありますが、グンターやハーゲンは警戒を怠らず、機会はなかなか訪れません。翌日は夏至の祭り。盛大な宴が催され、グンターも部下の諸将をつれ、武器を携行して正餐の席につきます。
クリームヒルトはある謀を胸に、このような宴会にアッチラの王の相続者が欠けてはならぬのではないか、と言って、王と自分の子である赤ん坊を連れて来させます。誇らしげに赤子を抱き上げ、客人にも回して見せるアッチラ王。赤子を抱いて正面に見据えたハーゲン、「この子が長生きすることはないと思う。我々がこの子の宮廷へ行くこともないだろう」と予言めいたセリフを吐き、アッチラ王はムッとして座が白けた様子。
クリームヒルトがわが子をこの宴席へ連れて来させたのは、自分の手の者がハーゲンらを襲うとき、ハーゲンがこの子を殺すであろうことを予見し、そうすることでアッチラ王を憤激させ、いまは客人には手を出そうとしないアッチラ王にハーゲンらを殺させよう、という残酷・冷酷な思惑があったためと思われます。事実、その通りにことが進んでいきます。
他方、この宴席の影で、フン族の者たちの手から手へと武器が手渡されていく様子が、宴席の王たちのやりとりの合間に映し出されます。クリームヒルトがひそかにフン族の兵士たちに命じておいたハーゲンらを殺害する準備が進められていたわけです。
用意が着々と進み、まずは広間のこの宴席から離れた、ニーベルンゲンの兵士たちの宿舎で、フン族は突然客人である兵士たちを襲い、たちまち両者入り乱れての戦闘になります。宴の最中だった広間にも、矢を受けて逃げて来たクンター側の兵士の報せで事態の発生を知ったハーゲンは直ちにまず王の後継者たる赤子を殺します。
「客人が殺したのです!」と叫ぶクリームヒルト。子供を抱きしめて嘆くアッチラ王もことここに至って「いまやニーベルンゲンのやつらは保護の外に置かれた!」と叫びます。
しかし、ニーベルンゲンの兵士たちは圧倒的に武力に勝り、襲い掛かるフン族をことごとく返り討ちにしていきます。グンター王とその兄弟やハーゲン以下臣下の騎士たちとは距離をおく(クリームヒルトをフン族の王妃にと仲介した)リューディガ―辺境伯はみなが一目を置く武功の誉れも高い騎士で、彼ともう一人の騎士とは、グンター王たちとは別れ、クリームヒルトとフン族の王アッチラを守りながら広間を出て行きます。
そのあと広間の扉は閉じられ、残っていたフン族はグンター王の配下の騎士たちの手でことごとく殺されて、一人だけその様子をクリームヒルトに伝えよ、と扉の外へ放り出され、彼がクリームヒルトに広間の中の仲間が皆殺しにされた一部始終を伝えます。
「死者の復讐を!」というクリームヒルトの命令で、フン族は仲間をさらに増やして広間の扉を叩き、中から出て来たニーベルンゲンの騎士たちと戦闘が再開されますが、ここでもニーベルンゲンの騎士たちは圧倒的に強くて、フン族はクリームヒルトの足もとに服して「無理です」(笑)。
城壁の階上から顔を出したグンターの弟が、クリームヒルトの姿をみつけて、姉上!と嬉しそうに呼びかけるシーンなども印象的です。その姉上はハーゲンともども、夫や義弟をも殺してしまおうという復讐の鬼と化して城を見上げているのです。
しかしニーベルンゲンの騎士たちは強くて、またしても押し返し、扉を固くしめて、フン族の兵たちの死体が累々というありさまです。これを見てクリームヒルトは、リューディガ―辺境伯を呼べ!と呼びにやり、彼がそばにくると、「時は来たれり。リューディガ―殿、誓いを果たしなされ!」と自分をアッチラ王のもとへ連れて行くときに誓わせた剣にかけての誓いを思い出させて迫ります。「ジークフリート殺害の下手人を求めます!そなたはハーゲンを守って自分の兄弟に剣を差し向けている。剣の刃にかけて誓いを立てたはず」と。
リューディガ―はこれより前に、自分の一人娘をヘルダー王の末弟ギルダーに嫁がせたばかりなので、アッチカ王の前へ出て、どうかわが一人娘を殺させないでください、と哀願しますが、赤子の遺骸を抱いたまま茫然と座っていたアッチカ王は、黙って自分の抱いた子の遺骸を示すだけでした。
ことここに至ってはやむなしと、リューディガ―は宮殿の門の前にまかり出て呼びかけます。中のニーベルンゲンの騎士たちは、立派な騎士として経緯を払うリューディガ―が来たとあって、彼は和平をもたらす、とギルダーが扉を開けて導き入れます。「あなたは何を私たちにもたらすのですか、お義父さん?」と問うギルダーに、リューディガ―はひとこと、「死を!」と叫んで挑みます。
アッチカ王は、子供を殺した者を渡せばほかは見逃すと呼びかけますが、ニーベルンゲンの騎士たちは、「ドイツ魂を知らぬと見えるな、アッチカ王!」と叫んで、最後の闘いに臨みます。
リューディガ―も、「クリームヒルトが私に立てさせた近いが、そなたたちのよりも古いのだ」と言ってニーベルンゲンの騎士たちとの戦いに臨みます。騎士にとって自分が剣にかけて誓った誓いは命よりも重いのでしょう。それも古い誓いのほうが効力が大きいらしい(笑)。
ハーゲンに闘いを挑むリューディガ―に義息ギルダーが止めに入ろうとして傷つき、死にます。リューディガ―は動揺しますが闘い、みずからも討たれてしまいます。ギルダーを抱いたクリームヒルトの義弟が「姉上、あなたの仕業です!」と言いながら出てきます。
「ハーゲンを引き渡せばそなたたちは自由じゃ」とクリームヒルト。でもフン族が弟を取り囲み、殺してしまいます。動揺するクリームヒルト、急ぎ建物から下へ降りていきます。
フン族が城内へなだれこみます。ハーゲンが出て来て、クリームヒルトに向かって言います。
「そなたの復讐を楽しむがいい。そなたの弟は死んだ。リューディガーもその部下たちもみな死んだ。だがジークフリートを殺したハーゲンはまだ生きておる!」
そういうと、傷ついた仲間、仲間の死体を部下らに運ばせ、再び門を閉じて中へこもります。
そこでクリームヒルト、「広間に火を放て!」と命じます。フン族が宮殿に火矢を放ちます。懸命に火矢を払い落とすニーベルンゲンの兵士らですが、宮殿は燃え上がります。
アッチラ王は、クリームヒルトは正しい!と叫び、ハーゲンらが出てきたらクリームヒルトの側につく、と最後の戦いに身構えます。そしてクリームヒルトに言います。「そなたと私は愛でひとつにはならなかったが、憎しみでひとつになった」と。
クリームヒルトは応えて言います。「アッチラ殿。わが心がいまほど愛で満たされたことはなかった」と。
広間の内部では、ハーゲンがグンター王に、「グンター殿下は火の中で死んではなりません。私の首を差し出しましょう」と提案します。「いや忠義は鉄のように火でも融けぬ」とグンター王。
勇猛な騎士にして楽士のフォルカーが最後の歌のために楽器を調整しています。
外ではクリームヒルトに対して、リューディガ―と共に居た老騎士が、武器で負かせない者らを火で滅ぼうというのは恥辱だ、と火攻めによる攻撃を非難し、やめさせようとしますが、クリームヒルト聴く耳を持たず、「聴け、フォルカーが歌っている」と聞こえてくるフォルカーの歌に耳を傾けます。
あぁ、冷たい緑色のライン川のほとりにいられれば・・・
屋根が燃え落ちてくる中、ハーゲンは楯でグンターを守りながら火を避けています。
老騎士が再びクリームヒルトに、「人間ではござらぬか」と諫めますが、クリームヒルトは「ジークフリートが死んだとき、私も死んだのです」ともはや老人の助言に聴く耳を持ちません。
煙の噴き出る扉から、ハーゲンがグンター王を支えながら出てきます。クリームヒルト、こちらの騎士から剣を手渡され、クンタ―をハーゲンから引き離させ、ハーゲンに対して「すべてのあやまちが償われるまであの世に行くことはできぬ」と言い、ハーゲンが奪ったニーベルンゲンの宝物をどこへ隠したかを言うようにと迫ります。
ハーゲンは、「最後の一人の王が生きている限り、誰にも宝物のありかを明かさぬと誓った」と答えます。するとクリームヒルトはすぐに斬らせたグンターの首を高くかかげさせます。最後の一人の王の死です。ハーゲンはショックを受けますが、もはやニーベルンゲンの宝物は誰の目にも触れぬだろう、と言って、クリームヒルトの剣に斬られて果てます。
長年の宿願であった復讐を果たしたクリームヒルトは、懐から、ジークフリートの血に染まった土を取り出し、「さあ大地よ、たっぷりと飲み干せ」と敵の血を吸わせるのでした。
しかし、すべてを果たし終えたクリームヒルトは、その場に倒れ、そのまま息をひきとります。
アッチカ王はその姿を見て「彼女をジークフリートのもとへ!彼女はジークフリート以外の誰のものでもなかった」と叫びます。
このラストは原作「ニーベルンゲンの歌」とは違っています。原作ではクリームヒルトは騎士として敵将たちにも敬意を払っていた老将軍ヒルデブラントが、クリームヒルトが自らハーゲンを斬殺したのを見て、女の手で勇士を討つとは見過ごせぬ、と勇士の仇を討つとして怒りに燃えてクリームヒルトに一太刀あびせて殺してしまうのです。
映画ではすべてをやり終えたクリームヒルトが生命力のすべてを復讐のために蕩尽して死んでしまうような形になっています。そのほうが自然な気がしますが、原作はあくまで騎士道の倫理みたいなものが最優先で、主人公さえその道理の前では命を差し出さなくてはならないようです。
ストーリーはもちろん古典的な神話の世界の物語で、けっこう起伏はあって複雑ですが、ひとつひとつの挿話は単純で、全体としても、一人の英雄の輝かしい姿と、その絶頂で裏切られて死んでしまい、その妻が生涯かけて復讐を果たす、という一貫した物語になっていて、サイレントだけれどとてもわかりやすい。
ただ、敵味方がはっきりした勧善懲悪型の話ではありません。第一部でヒーローを暗殺するハーゲンをはじめ、それにそそのかされてヒーローの友情と信頼を裏切り、暗殺を許容するグンター王なども悪者の典型みたいに見え、残されたヒーローの妻は悲劇のヒロインに見えます。
でも第二部に入ると、もはや弱々しい被害者としての彼女の姿はどこにもなく、首尾一貫徹頭徹尾復讐の鬼として燃える炎を氷のように冷たい外見に隠して、策略を用い、新しい夫アッチカも、自分とアッチカの間の子の命までも復讐の道具として利用し、第一部のハーゲンの悪知恵に勝るとも劣らない謀略を用いて仇を自分たちの城へ招き入れ、襲撃し、最後は火焔でみな焼き殺そうと謀る、とてつもない悪女のように変貌します。
むしろ仇であったハーゲンなどのほうが、クリームヒルトの企みを察しながら、主君グンターへの忠誠心から、逃げ出しもせずにつき随ってみすみす敵の巣穴へ入り、勇猛果敢な騎士として主君を最後まで守りながら堂々と力尽きるまで戦うというどっちがヒーローだかわからなくなりそうな具合です。
登場人物もグンターやハーゲンの一党とアッチカ王の支配するフン族との二元対立ではなく、リューディガ―に代表されるように、両者をもともと仲介していた、両者に対して一定の距離感と親和性とを併せ持った、やはり名誉を重んじ誓いを必ず守る騎士として尊敬を集める武将がいたり、クリームヒルトの敵の中にも兄グンターをはじめその兄弟たち、彼女を姉さんと慕う弟がいたり、リューディガ―の一人娘が王の末弟(だったか)ギルダーと結婚したりと、複雑に人間関係が入り組んで、決して、敵味方、白か黒か、みたいな割り切り方のできない構図になっています。
それは原作の物語自体がそうなのですが、この映画でもそれがきちんと反映されていて、俗っぽい単純化がないところがとてもいいと思います。
フン族がニーベルンゲンの騎士たちが立てこもる広間のある城の壁に梯子を立てて続々と侵入していき、燃えあがる城で壮絶な戦いがくりひろげられるあたりは、すでにグリフィスの「イントレランス」でお馴染みの壮大な戦闘場面を見ていると、目新しいとは言えませんが、それでもよくまあサイレントの時代にこれだけのことができたなぁ、と感心します。
Blog 2019-2-24