斬人斬馬剣(伊藤大輔監督・脚本・原作)1929
名のみ聞きながら見たことのなかったこの映画、やっと見ることができました。サイレント映画ですがきょうは弁士とピアノ伴奏つきで、文博の旧日銀&平安博物館のほうの天井の高い別館ホールでの上映。弁士は片岡一郎氏、ピアノ演奏は鳥飼りょう氏。弁士、ピアノがついて、とてもいい雰囲気でした。
主演は月形龍之介で、若いときなのと、メイクがきついのと、あと歌舞伎的に誇張された表情なので、ずっとあとになって出演した映画でなじんだ月形龍之介とは別人のように見えましたが、ときおり、あぁ確かに月形龍之介だな、と思える面影が見えて懐かしい感じがしました。
映画は当時「傾向映画」と言われたらしい、一匹狼の凄腕の浪人が圧政代官に弾圧される百姓の味方をして相棒や城の正義の武士に呼応して幼い城主を暗殺せんとする家老(正義の武士の父)と 先代城主の愛妾の陰謀を打ち砕く、という民衆のヒーローのお話ですが、そのヒーローがヒーロー扱いされるのを嫌う世捨て人的な一匹狼の浪人で、悪者をやっつけ、磔刑になる直前の庶民を救ったあと、どこへやら行方知れずの旅に出る、といったところがいかにも日本的な感じです。
映画のハイライトは城で幼い若様が毒殺されそうになるのを、必死で白馬をとばして駆け付けて若様を助け出し、取って返して農民らが磔刑にされる寸前の処刑場へ駆け戻って役人をけちらす、という疾走感満点のシーン。それ以外にも馬が頻繁に使われていて、動きのある迫力満点の映像を創り出しています。また、圧政に立ち上がる百姓らも、それを阻止する代官方の鉄砲隊の兵士らも、とにかくその群像劇としての迫力がすごい。こういうダイナミックな映像はめったに見られないと思うほどです。お気に入りは主人公の「十時来三郎」が、味方につけた武士らとともに白馬で城へと疾駆するシーン。とても美しい。
また、この凄腕の侍は、悪家老に雇われて彼を斬りにきた暗殺者たちをことごとくやっつけてしまうのですが、斬り殺さずに、「おまえはなぜ俺を斬ろうというのだ?」と訊き、「飯を食うためだ」と答えると、「その米は誰が作っているんだ?」と訊く、という具合に相手に答えさせて、なぜ自分が百姓の味方をしているのか、なぜそうしなければならないのかを、相手に納得させ、味方にしてしまうのですね。そこは「傾向映画」と言われる所以だけれど、そんなことよりも、今見るとすごくユーモラスで、笑えてきます。おおまじめに時代劇を通じて社会主義的思想を主張・啓蒙しようなんてものじゃなくて、紋切型の傾向映画的シチュエーションを設定して滑稽味を出しているような印象を受けます。
このフィルムは完全なものではなく、家庭用映写機のためのダイジェスト版として編集された9.5ミリのフィルムで、オリジナル版の2割強しかなかったのだそうです。これをデジタルデータに変換して様々な修復・復元処理をして、35ミリのネガ・フィルムへの出力を経て、35ミリポジ・プリントに作成した、というもののようで、今日上映前の説明では、オランダの会社がその修復・復元に当たったのだそうです。現代の技術と色んな人の努力でようやくいまのような形で見ることができたようです。原作の2割でも、きっと非常にダイナミックで迫力満点の活劇だったろうな、と確信できるような映像でした。
Blog 2018-11-3