赤線地帯(溝口健二監督)1956
近松物語などとはうってかわって敗戦後のまだ復興期の日本に残っていた売春街のひとつ「夢の里」を舞台とする現代のドラマです。
もちろん「祇園の姉妹」や「祇園囃子」を戦後の赤線地帯へ移し替えればこうなるんだ、と言われれば或る程度納得できるような、古い体質を遺した日本社会のありように対する監督の批判的な姿勢が、社会の最下層で差別されながら、それぞれに懸命に生きていこうとして、苛酷に搾取され、ささやかな夢や生きがいを押しつぶされ、見捨てられる女たちの姿を通して非常にクリアに表現されています。
体を売るところまで身を落としても、ひとりひとり夢を紡ぎ、また身内のためにと生きがいをもって身も心も傷だらけになりながら必死に生き抜こうとし、互いに競い合わされ、いさかいもし、けれども「ゆめこ」が去っていくときには集まってそれぞれに送別の贈り物を差し出すように、心を寄せ合うところもある。
自分たちを雇用し、その運命を握っていて、いいように搾取もしている経営者を「おとうさん」「おかあさん」と呼んで頼り、売春禁止法が成立しそうだというニュースに、こんな赤線地帯なんかなくなってしまえばいいんだ、と思いながら、そうなったらおまえたちは監獄行きだ、明日から食っていくこともできなくなる、おまえらの味方はわしらの業界だけなんや、と説得する「おとうさん」の言葉に誰も抗うことができない、そういう姿を、一人一人に丁寧に焦点を当てて描くことで、全体の構造をあからさまに浮かび上がらせた作品です。
赤線の女を演じているのが、ドライなミーハー現代っ娘「ミッキー」に京マチ子、売れっ子No.1でその色香で複数の男を手玉にとって貢がせ、ちゃっかり赤線から身を引いて客が破綻させた店を買い取って商売をはじめるたくましい「やすみ」に若尾文子、病で仕事もなく自殺ばかり考えているような夫と赤ん坊を支えて通いでこの仕事に出てきている「ハナエ」に木暮実千代、息子と一緒に暮らすのが夢だったがその息子に拒まれ、捨てられて気が変になる「ゆめこ」に三益愛子と錚々たる女優陣。女たちを仕切る「お母さん」に沢村貞子、「お父さん」には進藤英太郎、あと十朱久雄や菅原謙次も出ています。撮影は宮川一夫。すごいですね。
ラストは、彼女たちの次の世代になる若い娘「しず子」が「おかあさん」に化粧させられ、これから客引きをさせられようという、これからもこういう世界が続いていくんだというような場面で終わっています。
あけすけな赤線地帯が舞台の社会派的な作品で、祇園町を描くような情緒は味わえないけれど、一人一人の女たちの個性と多様な事情、生き方、思いに寄り添って丁寧に描く、多様で会って一人一人についての彫りの深い描写がすぐれた作品にしていると思いました。
blog2018-11-9