「レッドクリフ Part1」
何十億のカネをかけた、という映画で面白いと思ったものは、記憶の中にあまりないようだけれど、100億円かけたというこの映画は、結構見所があって楽しめた。
といってもストーリーは三国志演義(監督は「演義」のほうじゃなくて、正史のほうをベースにしたかったらしいけれど)で周知の赤壁の戦いだけを取り出した単純なものだし、見所はエキストラ1000人、馬200頭を使った大規模な集団戦闘シーンのスペクタクルと、その中で個々の英雄の奮闘ぶりをワイヤーアクションを駆使するなどして微視的に見せる戦闘シーンに尽きる。
もちろんアクションはジョン・ウー監督の十八番だけれど、桁違いのスペクタクルでも采配は見事なものだ。
役者で最も良かったのは趙雲を演じたフー・ジュン。同性愛者を演じたりゲイ・カップルを描いた作品に出ていたそうだけれど、私自身は初見で、その存在感、戦闘シーンでの身ごなしは素晴らしい。はじまって間もなく、蜀軍の撤退戦の最中に劉備の救いに戻って獅子奮迅の立ち回りを見せるシーンで、戦闘映画としての醍醐味を堪能させてくれる。この役者は今後きっと他の映画でも存在感を見てくれるだろう。とても楽しみな俳優だ。
これに比べると、関羽・張飛は、いずれも存在感のある役者を使っているとは思うけれど、演技・演出のほうはちょっと芝居がかっていて、歌舞伎ならともかくも、映画に登場する豪傑としては、いささか張子の虎のように見えるのが残念。
相争う劉備、孫権、曹操だが、これは「さらば、わが愛?覇王別姫」でレスリー・チャンの相手役をつとめたチャン・フォンイーを起用した曹操がこの中では相対的に良いけれど、少々優しすぎる印象だ。もっともっとスケールが大きい、オーラを感じさせるような覇王を演じられる俳優が、広い中国なら居るのではないか、という気がした。
劉備は草鞋を綯う人物だから農民的な風貌というのでもないだろうけれど、ちょっと漢王朝の血をひく君主という器には見えなかった。孫権もいくらファザ・コンで自信に欠ける世襲三代目の君主とはいえ、やはりもう少し大きな器がほしいといった印象。
さてスペクタクルでの集団の肉弾戦を見れば見るほど、こういう戦闘の場で三国志演義に描かれるような英雄豪傑が一人で無数の敵兵をバッタバッタとなぎ倒し、というようなことは絵空事でしかない、というのが視覚的に直観されてしまうので、諸葛孔明や周瑜のような軍師の戦略が数万、数十万の兵士の生死を左右することが観客にも実感できる。
三国志演義の最大の面白さは勿論、軍師たちの和戦両様の駆け引きにあると思うけれど、今回は亀甲の陣に誘い込むところに集約されていて、それ以外には孔明の策略家としての恐ろしいほどのキレを見せてくれるところがなかったのが少々物足りない。琴の合奏で真鍮を披瀝しあう場面を除いて、この二人が緊張感を持った丁々発止のやりとりをする場面はない。
同盟を結ぶとはいえ、ひとつ間違えば寝首をかかれる相手、そうでなくても将来は敵となる確率の高い相手。疑心暗鬼は免れない。相手の真意を確かめようとし、信義を試し、裏をかこうとし、相手の力を試そうとするのは自然なこと。それを乗り越えて同盟を結ぶ、というプロセスは省略されて、孫権の老臣たちの無力な抵抗勢力に矮小化されている。
たぶんこれは周瑜の人物像が三国志演義のそれとはかなり違っているところから来ているのだろう。たしかに孔明に比べれば彼は三国志演義でも生真面目な軍師の印象があるけれども、あれで結構策士。孔明に張り合って、いろいろ策をめぐらす。そのやりとりが面白かった記憶がある。
結果的にはいつも出し抜かれてはいたが、それで口惜しがる周瑜はコミカルな存在にもみえ、いささか鬼神のごとく超人的に過ぎる孔明に比べて実に人間的で好感が持てる。
ところがこの映画での周瑜は、国家、兵士、、家庭の信頼と期待を一身に背負い、その責任を果たそうとする文武両道に秀でた、強く優しい理想的な人物像になっていて、三国志演義の彼のようなコミカルな味はない。そして、どうやら三国志演義とは違って孔明よりもこちらにスポットライトが当たっているらしい。
正史的な眼差しで見られた周瑜は、その現実の立場からしてそのような人物であったかもしれないが、これは軍師のプライドを賭けて孔明と争い、コケにされる周瑜のほうが面白く、魅力的だ。
映画の中で、むしろいささか軽くてコミカルな味があるのは金城武の孔明のほうだ。やや重い感じのトニー・レオンと並んでいると、そんなふうな印象になる。
私自身がいままで見た孔明の像で、一番好きなのは、NHKテレビで連続でやっていた人形劇の三国志に出てきた孔明だった。これは川本喜八郎の人形が素晴らしかった。いついかなるときも冷静沈着、明晰で、深い思考、臨機応変の行動力、冴え渡る頭脳と弁舌、ハートは温かで、澄み切っている、そんな孔明を見事に白皙の面に表現していた。
でも金城武の孔明はそれはそれで、なかなか良かった。 三国志演義で女性というのは記憶にないけれど、映画での周瑜の妻・小喬や孫権の妹役もそれぞれ存在感があった。脇役では魯粛役のホウ・ヨンなども良かった。中国に存在感のある役者が輩出していることがうかがえる映画だった。
わが中村獅童も頑張っていたけれど、なんというか体格のせいだろうか、兵士たちの中に入ると埋もれてしまうような印象が拭えない。中国人の存在感のある俳優たちの中でみると、もちろん脇役ではあるけれども、歌舞伎役者もこの程度の存在感しか示せないか、と幾分残念な気がした。(舞台「浪人街」などでの中村獅童が大好きなだけに。)
映画全体としてはそれぞれの戦闘シーン、クライマックスである亀甲の陣での戦いに見ごたえがあった。Part?まで含めて、赤壁の戦いだけを描くようだから、それだとあとはこの戦いを決定づけた、互いに繋がれた船を焼き尽くす戦闘シーンしかないように思うので、それで2時間を越える起伏のある映画をもう一本どうやって作るのだろう、と興味津々だけれど、それは4月のお楽しみらしい。三国志演義で結末はわかっていても、この映画はPart2を観てみたい。
blog 2008/12/24