マリア(アレクサンドル・ソクーロフ監督) 1975-88
これは劇映画ではなくて、ドキュメンタリーで、マリア・ウォイノワという40代の農場で働く逞しいおばさんの日常の光景をとらえた第一部と、それから9年を経てそのときのフィルムを持って同じ村へ戻ってきたソクーロフが村人を集めて上映会を開いたときの様子をみせる第二部から構成されています。
第一部は美しいカラーで、きらきら輝く黄金色のイネ科か何かの穀物をコンバイン車に乗って男勝りのきつい労働をこなし、仲間の女性たちと明るい表情で食事をするマリアの姿をとらえて、厳しいけれども健康でつよくたくましいその土地の人々、とりわけ中年の女性たちの生命力あふれる姿をとらえています。
マリアは男の子を中学生のとき、交通事故で亡くしているのですがその悲しみを乗り越えて生きているわけです。女性たちの働く風景をとらえるカメラに伴うマイクが、同時につねにノイズのような虫の羽音をひろっています。
第二部で上映会が開かれた文化会館にマリアの姿はなく、かわりに娘のタマーラが来ています。マリアは既に亡くなっていたのです。上映会で9年前の映像を村人たちは自分たちや仲間の姿を見出して楽しんでいます。
マリアは1982年の6月17日に亡くなり、質素な葬儀が村葬によって執り行われた、とその写真がみせられます。彼女は1936年生まれ。大地を耕して生きた世代。「マリアには45年の人生で十分だった」と。息子を亡くしてあらたな息子をほしがっていたけれど、できなかった。おそらく長年車に乗って苛酷な労働をしていたからだろう、と。
晩年、地域の幹部とよく争い衝突したといいます。仕事熱心で、黙ってはいられないことが多々あったのだろう、と。
マリアのデスマスク、マリアの肖像写真、亡くなった息子の墓、雪のしげみ、鳥の声、雪のぬかるみ道、雪の街道と平原、鐘の音、鶏の声・・マリアの思い出と現在の風景がモノクロの映像と写真で、モンタージュされて登場します。
こうしてマリアの生涯を現在の村の様子と合わせて振り返った末に、突然モノクロの世界がカラーに転じて青い空と平原を映し出し、女性ボーカルでよく知られた「マンマ」が歌われます。ここで一挙に観ているわたしたちの抑えられていた情念が溢れ出てきます。すばらしい場面です。
モノクロに戻ってナレーション。「5,6年後この地に戻ってきた。そしてこの物語は続いていくだろう・・・」
鉄道の車窓から見える風景。赤ん坊を抱くタマーラ。息子の墓の前で涙するマリアがそれにかぶさるように再度登場します。
たった40分のフィルムですが、ロシアの農村で生きた中年の女性の一生が切なく心に響く、美しい作品です。
Blog2018-10-18